恒心文庫:エイチ氏の仕事

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本文

ある日突如として世界が不毛になった。植物が一切育たなくなったのである。
人々は慌てた。科学者たちも原因を探ったが結局わからなかった。
ある者は地磁気の影響だといい、別のものは太陽風の影響だといった。新種の細菌のせいだとする説もあれば、大地の成分組成が長い年月をかけ変化した結果だという説もあった。
神が無秩序に増え地球を破壊していく人々に罰を与えているのだという宗教がいくつも生まれ、どれもそれなりに信者を獲得した。
世界は混乱に陥った。植物が育たないことでまず草食動物が滅び、それに続いてそれらを餌とする肉食動物も滅んだ。
水中の藻も育たなくなったのでプランクトンや小魚も滅び、大型の魚も滅んだ。
つまり、世界から食糧は消えた。保存食の類がかろうじて残るだけで、皆飢えに苦しんだ。
戦争はそれどころではなくなり全てなくなったが、代わりに人間同士の共食いが始まり、以前より酷い有様になってしまった。
しかし、それでも食糧がないので人間はどんどんと死んでいき、世界に残るのはわずかばかりの人々だけであった。
食糧がないというのにどうやって彼らは生きているのだろうか。
「エイチ様、今日も食糧を頂きに参りました」
世界がまだ不毛ではなかったかつての時代には、世界有数の大国の元首をやっていた男が皿を両手に持って差し出し頭を下げて頼む。
エイチ氏はふんぞり返りながらスプーンを自分のアナルに差し込んでから引き抜く。スプーンの先には蛆虫が何匹もくっついていた。
これを繰り返すこと数回、皿は蛆虫でいっぱいになる。
「ありがとうございます。エイチ様のおかげで今日もまた生き延びることができます」
もと元首は頭を下げる。エイチ氏は満足げに、白く伸ばしたもみあげを触っている。
今や、世界の食糧はエイチ氏の体内で繁殖する蛆虫だけになってしまった。
体内の蛆虫は、エイチ氏が摂取した蛆虫を栄養に繁殖を続ける。エイチ氏のお腹はさながら妊婦のように膨らんでいた。
生き残っている人々は頭を下げてエイチ氏に食糧の蛆虫を分け与えてくれるように頼まなければならなかった。
エイチ氏の機嫌を損ねることは即ち餓死を意味していた。
エイチ氏の蛆虫を自分の体内で育てようとした人々もいたが、体を食い破られ死んでしまった。
この蛆虫を繁殖させることのできるのはエイチ氏だけになっていた。
エイチ氏はあたかも自分が神になったかのような気分になり尊大に振る舞った。これがいけなかった。
この態度は他の人々の怒りを買った。人々はエイチ氏を縛り付け、一定時間ごとにエイチ氏のアナルにスプーンを差し入れ、蛆虫を書き出す機械を作りセットした。
エイチ氏は蛆虫を繁殖させ、産み落とすだけの存在となった。
この仕組みのおかげで大量の蛆虫が手に入った人々は、この蛆虫を使い様々なものを作った。
ペースト状にしたものを固めて焼いてケーキを作ったり、蛆虫からエキスを抽出して薬を作ったりした。
技術は段々発展し、蛆虫から様々なものが作り出せるようになり、食糧には困らなくなった。
こうなると人口も少しずつ増え、世界は以前の賑やかさを取り戻していく。
更に、蛆虫から作った肥料を散布することで、不毛だった土地に植物が育つようになった。
科学者たちが保存していた動物の情報を用いて復元がなされ、世界に少しずつ動物が戻っていった。
やがて、世界はかつての有様に戻った。戦争が始まったが、殺される人数よりも増える人数のほうが多かった。
世界は以前のように動いている。
だが、まだエイチ氏の機械は動き続け蛆虫を書き出し続けている。この蛆虫がなくなれば、世界はまた止まってしまう。
このことを知っている人は、ごくごく僅かで、世界のほとんど全員は、自分たちがエイチ氏の蛆虫に依存して生きているなどということはつゆほども知らない。
事情を知っている人々は、エイチ氏が死んでしまったらどうしようということを心配しているが、解決策は見つかっていない。
きっと、以前に世界が不毛になったのも、誰かの蛆虫生産が止まったからなのだろうとぼんやり考えていた。
当面の間はエイチ氏に働いてもらうほかないのである。

(終了)

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