恒心文庫:2人の1日
本文
♡僕の1日
「おはようございます!からさん!」
元気よく笑顔で事務所の扉を開ける。
"リャマ""痔持ち"など、不特定多数の人間から馬鹿にされたり、殺害予告までされて、毎日憂鬱だけど、
でもそんな毎日でもひとつだけ希望がある。
からさん。
あなたは僕より酷い目にあっていながら僕の事を心配してくれる。
癒してくれる。
とても優しい人だ。
…あれ?
おかしい。
からさんの姿が見当たらない。
「からさん!どこにいるんですか?」
僕は鞄を
ドスン
と デスクに置いて
からさんとかくれんぼを始める事にした。
困った事に
とても純粋で子供っぽいからさんは遊び好きなんだ。
♡僕の1日
「からさんどーこだ?」
声をワクワク弾ませながら、僕はからさんを探す。
クスクス
からさんの笑い声だ。
どこに隠れてるかなんてすぐにわかるのになあ。
まったく、からさんはお馬鹿さんですね。
でも、これは遊びだから。
あなたが大好きなかくれんぼだから
わざと探すフリをしてあげますよ…
本当にしかたない人だ。
♡僕の1日
「みーつけた!」
からさんは机の下に隠れていた。
「もう。探しましたよ、からさん。」
そう言って僕はからさんを抱きしめ、頭を撫でる。
からさんは大声で笑いながら
僕の腕の中から抜け出す。
なるほど、
かくれんぼの次は鬼ごっこですか。
しょうがないですねえ。
僕が鬼になって、あなたを捕まえてみせます。
…
あっさり捕まるからさん。
ほら、普段から運動しないからですよ。
今日はこれで体力をつけましょう。
20kgのダンベルで。
▼当職の1日
「おはようございます!からさん!」
机の下の身が震える。
希望に満ち溢れたあの笑顔も、
今では当職の精神を蝕む材料だ。
彼の足音。
当職を探す足音。
「からさん!どこにいるんですか?」
当職探す声。声。
いづれ見つかってしまう。
当職自ら出て行くか? いや、
見つからないという0%の可能性に賭けて隠れ続けるか?
どうする事もできない無能な当職は
傷だらけの頭を傷だらけの手で抱えて
恐怖に身を震わせ続けた。
▼当職の1日
「からさんどーこだ?」
知っている。
当職の隠れ場所を知っていてわざと焦らしている。
知っている。
今日も地獄のような1日が始まる事を
当職は知っている。
鬼の声が事務所の中を這いずり回る。
当職の耳から侵入し当職の心臓を鷲掴む。
血が滲むほどに拳を握り締める。
ガチガチと歯がぶつかり合う音が
無能な脳に響く。
鬼の足音が近づいてくる。
こわい 大丈夫
こわい
▼当職の1日
「みーつけた!」
当職の心臓が
……!!!!!!
「もう。探しましたよ、からさん。」
鬼は当職の体を締め潰し
頭を殴りつける。
当職は誰にも届く事のない悲鳴をあげ
なんとか鬼の腕から逃げ出す。
たすけて おねがい
たすけてください おねがいします
いや こわい たすけてください
事務所にあるはずのないものが散乱する
血に濡れた床を
這う。
…
この事務所に監禁されたあの日から
ろくなものを食べていないし
度重なる虐待のお陰で体中骨折だらけだ。
そんな体で逃げ切れるはずもなく、あっさり捕まった。
ニヤニヤと気味悪く笑う鬼の顔
が眼に映る。
瞬間
!!!!?!??????
頭脳に重い衝撃が走った。
……
……
♡僕の1日
からさん、またエッチな事を考えてますね?
鼻血が出てますよ!
いけない人だ。
ダンベルをもう一つ追加しちゃいますよ?
駄目です。
そんなに嫌がっても追加します。
悪い子には罰を与えなければいけません。
そうでしょう?
それが僕ら弁護士の仕事。
頑張ったらご褒美をあげますよ。
だからほら、がんばって。
▼当しョくのいち日
グルグルぐるぐる
当職の頭脳が揺れる
ああ、当職は鬼に捕まったんだった
いやだ いたいのは 当職 痛いのは
当職 悪い子じゃ あ、あ やめ
ドスン
ドスン
ドスン
……
♡僕の1日
からさんは黙って頑張っている。
そんな一生懸命な姿も好きですよ。
大丈夫、僕がサイゴまで見守ってあげますから。
▼と トととと アアアア
あ、 あわ ア あ ア ああア わ あワ
あ ワ あ わあ ア アア あ あ
当職 と あ や あ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ!!!!
あ ご ゴ ご あアワ メ
め な あ ア や あ ヤ
さ さ ンん あ ワ あ ャ ぁ
♡僕の1日
いっぱい頑張りましたね。
からさん、疲れて寝ちゃったのかな。
からさん、謝ることはありませんよ。
あなたは無能な弁護士などではないのだから。
僕の大切な人。
こうなったのはあなたのせいじゃない。
あいつが悪いんです。
あなたに依頼した 自業自得のあいつが。
大丈夫、全てが終われば
また一緒に遊びましょうね。
あなたは待っててくれるでしょう?
優しいあなたはそこで待っててくれるでしょう?
▼
…
…
…
…
…
…
……。
唐澤貴洋さんの日常的な虐待の痕が残る遺体は
頭蓋骨は陥没し
口の端から血の混じった泡を零し
手と足と首はあらぬ方向へと曲がった状態で
トンカチ、釘、鞭、縄、スタンガン、ダンベル、金属製のバット、ゴルフクラブ、包丁
の散乱する事務所内で発見されました。
犯人は依然逃走中。
……
……
……
完
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