→アカウント消去=死亡の表現について
*>ShiraiWinter (→アカウント消去=死亡の表現について: 新しい節) |
>唐澤貴洋が人間革命燃やしつつ創価学会インターナショナル馬鹿にした |
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現在、当ページではヒ垢消去をもって死亡との表記となっていますが、これは不自然ではないでしょうか。例えば[[鈴木康史]]もヒ垢を消去していますが、死亡としては取り扱われていません。--[[利用者:MegaRairyu|MegaRairyu]] ([[利用者・トーク:MegaRairyu|トーク]]) 2016年4月7日 (木) 19:50 (JST) | 現在、当ページではヒ垢消去をもって死亡との表記となっていますが、これは不自然ではないでしょうか。例えば[[鈴木康史]]もヒ垢を消去していますが、死亡としては取り扱われていません。--[[利用者:MegaRairyu|MegaRairyu]] ([[利用者・トーク:MegaRairyu|トーク]]) 2016年4月7日 (木) 19:50 (JST) | ||
確かに死亡という表現はあまり適切ではないような気がします。強いて音信不通くらいが良いかと。 | |||
ただ、鈴木康史の場合は現在もアメブロを恒心しているため、生存していることが確認できます。しかしながら加藤力はヒ垢以外には日常的に恒心するインターネット上の媒体を有していません。(以前はberugaなども使用していたようだが全て恒心が途絶えている)そこで一切の生存を確認できる媒体が失われたことからも「死亡」という表現に行き着いたのも致し方ないとは思います。--[[利用者:唐澤貴洋が人間革命燃やしつつ創価学会インターナショナル馬鹿にした|唐澤貴洋が人間革命燃やしつつ創価学会インターナショナル馬鹿にした]] ([[利用者・トーク:唐澤貴洋が人間革命燃やしつつ創価学会インターナショナル馬鹿にした|トーク]]) 2016年4月7日 (木) 20:02 (JST) |