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[[恒心綜合法律事務所]]のホームページに、唐澤貴洋が青春時代に[[唐澤厚史|弟]]を失ったエピソードが書かれているのを発見したなんJ民が、唐澤貴洋が弟を殺したと決め付けネタにしたのが始まり。 | [[恒心綜合法律事務所]]のホームページに、唐澤貴洋が青春時代に[[唐澤厚史|弟]]を失ったエピソードが書かれているのを発見したなんJ民が、唐澤貴洋が弟を殺したと決め付けネタにしたのが始まり。 | ||
恒心教では、[[用水路]]に突き落として殺害、「兄さんやめて!」と叫びながら這い上がる厚史を更に蹴り上げて溺死させ、その理由は[[生きるため 仕方なかった]]とされる。 | |||
本当の動機については諸説あり、有能な弟に嫉妬したという説や前世の1つである[[カラカラ帝]]の因果によるというものや、実は厚史が貴洋を殺しており、今の唐澤貴洋は厚史が成り代わったものという説まである。また殺害方法についても異説が多数存在する。 | |||
なお唐澤貴洋本人はこの事を否定しており、[[Faithbook]]で「[[当職の弟を当職が殺したなどという当職のアイデンティティを否定する投稿]]」として怒りを露わにした。一般的な[[事実追求路線]]の観点からは、自宅で首を吊って自殺したという唐澤の証言が概ね受け入れられており、上記の論争はいわゆる(本来の意味での)神学論争となっている。 | |||
{{see also|唐澤厚史#詳細判明の経緯}} | {{see also|唐澤厚史#詳細判明の経緯}} |