恒心文庫:~時代劇としての高速道路~地下闘技場の真剣勝負

本文

俺は、今の生活に満足している。

と、言っても、別に俺は大金持ちな訳でもなけりゃ、何か特別な才能がある訳でもない普通の会社員だ。
ただ、ちょっとした会社に勤めて、周りの奴らよりちょっとばかし多めに給料を貰って、そこそこのマンションに住んで、割と上司にも気に入られてて、気の合う友人も何人かいる。

その程度の幸せだが、これでも何の才能やら産まれやらに恵まれなかった
ただの凡才である俺が、俺自身の努力で勝ち取ったものだと胸を張って言える。
自分の今のポストも、このマンションの一室も、信頼も、

全て、誰かとのレースに勝った俺のためのトロフィーな訳だ。

         〜時代劇としての高速道路〜

マンションのベランダから見える高速道路。
俺は、この眠らない高速道路を眺めるのが好きだ。
昼も夜も、絶えず車が流れ続ける高速道路。
鋼鉄とゴムと油で出来た赤血球を運ぶ大動脈。

その夜は何故だか寝付けなかった。
特にやりたい事も無かったから、流れる車列でも見て眠くなるのを待とうかと思い、俺はベランダの手すりに腕をかけた。

流れる光の粒をぼんやりと見つめながら、最近の自分を顧みる。
最近、勝利することへの興味が薄れて来た様に感じる。
俺は今まで勝利してよじ登ってきたんだ。そのことに間違いはない。
だが、いつからか俺の満足は、自分で勝ち取ったトロフィーを眺めることになっていたんだ。
今のままで満足だし、自分より稼いでる奴等に嫉妬する気持ちも、羨む気持ちも湧かない。
このままでも良いのかと考え込むこともあるが、他人の上に立つ為に苦労して不幸せになってしまうような奴よりかは、俺の方が何倍も幸せだとも思っている自分がいるんだ。

答えの出ない問題を頭の中でこねくり回している間にも、高速道路は変わらず誰かに愛を運んでいる。
結構、「今の俺は十分に幸せだ」と言う、もう聞き飽きた結論に達して、もうそろそろ寝ようかと大きく溜息を吐こうとした時、
高速道路に走る一台の自動車が目に付いた。
ひとつの光子が緩やかにカーブする巨大な血管を滑らかにドライブしている。
誰かと競い合う訳でもなく、ただ一本の道路の上でタイヤをすり減らす事に身をやつして。

その金属の図体の内部には大きな海を持っている。
その海は、常に蒸発し続けて内部の世界に複雑な気候変化をもたらしているが、
定期的に河川から大量の水が流れ込んでくるため、干上がる事は無い。
勿論、生態系だってある。
その海の蒸発と流入のリズムに合わせて海の生き物達は、
産卵、孵化、成長、交尾を繰り返しているのだろう。

蒸発した海水は気体となり、その一部は空間にぽっかり開いたワームホールに
吸い込まれて行く。(ちなみに、このワームホールはここの海域を飛ぶ飛行機を
吸い込むこともあるから、この海域は行方不明多発の魔の海域と人々に恐れら
れているんだ。)
ワームホールに吸い込まれた蒸気は、哀れな事に別の次元に飛ばされてしまう。
一方、その別次元の政府は、ワームホールから出て来る別世界からの「贈り物」への対処に苦慮していたようで、
悩んだ挙句、潰して燃やして棄ててしまおうと言う結論に辿り着いたらしい。
可哀想な次元の迷い人は、まず初めに狭い部屋に閉じ込められる。
その直後、壁が一面、自分を押し潰そうと迫って来るのが見え。
そのまま壁と壁に挟まれ、圧死寸前。もう駄目か、と思った瞬間
眩いばかりの閃光と共に、彼は意識を手放した。

彼の亡骸は爆発し、その爆発は壁を押し戻す。
そして部屋の扉が開き、また次の「贈り物」を処理するのだ。

このエネルギーの要らない処理施設は、エネルギーが要らないばかりか、
爆発の余剰エネルギーを運動エネルギーとして還元する。
そのエネルギーで、この車は走ってるって訳だ。
カーブを滑らかに走る車。
まるでスローシャッターで撮った写真の様に
その軌跡が光の線になった。
風景さえも、
全ては線状に

光の線は

伸びて

伸びて



止まった


大きな光の弧を描いて伸びていた光は、音を立てて止まった。
金属と金属が擦れる音。
刀同士が擦れ合う緊張の絶頂。
暫くの緊迫は不意に解け、
その瞬間浪人は相手を押し切り、体勢の崩れた相手の腹にすぐさま刀を斬り込んだ。

男が倒れ込む。
浪人は感情の読み取れない顔をしたまま去っていった。
俺の心の奥底から、何か熱いものが湧き上がって来るのを感じる。
あの男を斬ったとき、浪人が何を感じていたのかはわからない。
だが、久しぶりにあの感情が呼び起こされてしまった。
そうだ、今俺が求めているのはレースの一位なんかじゃ無い。
相手と正面切ってぶつかり合う、一対一の勝負だ。
生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの勝負。
今、俺に喜びを与える勝利はそれしか無い。


次の日、俺が起きたのは昼間だった。
昨日の体験は鮮明に覚えているが、夢なのか幻覚なのか。
現実味の無い体験だったと思った。
今日は、仕事が無い日だった。
そして、やる事ははもう決まっていた。
午後、ある女子校の前で待ち伏せをしていた。
と言うのも、昨日の夜、浪人の刀を見た時に思い出したことがあったからだ。

数日前、ちょっとした遠出をした時に見た光景。
あまりにも現実味が無くて、記憶の奥底に封じ込めた記憶。
路地裏で行われていた、女子高生4人の忌わしい「行為」。
そのうちの1人、赤髪の少女。
ありえない話だが、彼女には「ソレ」が付いていた。
そして
彼女の「ソレ」はあまりにも硬そうで、あえて形容するなら
「バッキバキ」だった。

俺はあの「バッキバキ」と闘いたい。
一対一の真剣勝負だ。
だから、彼女の下校中に誘拐する事にしたんだ。


なんとか、日没までに準備を終わらせることが出来た。
この地下室は闘技場。内側から鍵がかけられ、その鍵は俺が持っている。
薬で眠らせた少女は、まだ起きていない。
さっき、こっそり下着の中を見てみたのだが、確かに「付いて」いた。
この地下室から生きて出られるのは1人だけだ。
お前のバッキバキの刀と、俺の自慢のこの刀。
服なんて脱ぎ捨てて闘おうじゃないか。
俺たち「グラディエーター」の命をかけた闘いの始まりに胸が高鳴る。

お前が起きたら始まりだ。
長くて、熱い、闘いの夜の。

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。

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