恒心文庫:隠された毒針

本文

「ワシには会長職なんて無理じゃよ」
都内の料亭の一室、小太りの男が肩をすくめながら言った。
「そうかな」
黒いスーツをスマートに着こなした痩身の男は、その言葉を受けて答える。
「ああ。そうじゃ、きみちゃんが会長をやればいい」
「なんだって?」
突然の提案にきみちゃんと呼ばれた男はうろたえる。
「きみちゃんは能力十分じゃ。大丈夫じゃよ」
小太りの男はたたみかける。
「きみちゃんが、そういうなら……」
小太りの男はにやりと笑った。

「くそっ!やられた!あの白もみ、私をだましやがったんだ!」
数年後、きみちゃんと呼ばれていた男は会長室で叫んだ。
「粉飾決算を私の責任にする気だ!ふざけるな!」
きみちゃんは机の上の書類をなぎ払い、力任せに電話線を引きちぎると電話を壁に向かって投げつけた。
秘書は、この嵐に巻き込まれないようにじっとしているほかなかった。
「粉飾決算はあいつの主導だった。しかし、それをまんまと逃れ私に責任を押し付けやがったんだ!くそっ!」
きみちゃんは肩で息をして、誰に向かってともなく叫び、怒りをぶちまけた。
「だったら私にだって策がある。訴訟だ」
秘書はその言葉に反応する。
「訴訟ですって?今そんなことしたら旗色が悪くなるだけですよ」
秘書の助言を拒絶して、きみちゃんは言葉を続ける。
「訴訟の相手は、この私だ」
「え?」秘書は訳がわからないといった顔だ。
「監査法人としての責任を果たしていなかったとして、私を訴える。
そして、代表代理人弁護士は、あいつの息子だ」

「原告の請求の一切を棄却する。また、原告の代表代理人弁護士を死刑に処する」
粉飾決算によって不利益を被った株主を集め、監督する義務を怠ったとして監査法人に対して損害賠償請求裁判が提起された。
しかしながら、原告側の代表弁護士がとにかく無能で、審理が進むにつれボロがでて、
むしろ監査法人には非がなかったことが皮肉なことに証明されてしまった。
そして、粉飾決算の主導は当時その監査法人に所属していた元社員であることも判明し、
その元社員こそ無能弁護士の父親であった。
この父親は、自らの罪と謀略が露呈したことをうけ、ショックの余りに破水し、妊娠五ヶ月目の赤子を流産してしまった。
弁護士は自分が全面敗訴したという事実が認められず、法定内で絶叫脱糞踊りを繰り返したため、
裁判長により死刑判決がくだされ、即日執行された。

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