恒心文庫:当職の人生に甘さはない

本文

靴の裏を嘗めるという行為がある。この世で最も屈辱的なもので、身も心も相手の支配下に置かれたという意味を持つ。
そのような行為に比べれば、大抵のことはまともに思えてくるはずだ。
……そう、それが例え、父親のアナルを嘗めるという行為であっても。


小皿にこんもりと盛られたピーナッツが洋の肛門に収まってから、蓋をするという名目で当職はそこを嘗めさせられていた。苦みやにおいなどは5分で慣れたが、舌を動かすたびにひだの本数が変動し、窄まりが中身を覗かせる度に、当職の背中に冷たいものが走る。
――一粒堕とす毎に、堕としたピーナッツを当職のアナルに入れられる。かつて戯れで入れた粒が腸壁を傷つけ、三日三晩苦しんだことを思い出し、舌に力が入る。
戻れ、戻れ、戻れ――切実な願いと裏腹に、洋の肛門がまた、ぐぐぐと盛り上がる。でこぽんの如く盛り上がった穴から、ぽろり、ぽろりとピーナッツがこぼれた。

「……またか、貴洋。これで何粒目じゃ?」
「ごめんナリ、洋! お願いだからピーナッツだけは……」
「なら、ワシの靴でも嘗めるか? ワシはどちらでもいいぞ」

一度だけ味わった、強烈な記憶が吐き気とともに甦る。アナルより苦く、大便より臭い洋の靴。あれに比べれば地獄の最下層の拷問でも、そよ風のようなものであった。
恐怖のあまり固まる当職に、選ばんようならワシが決めるぞと、死神の囁きが投げかけられる。それを聞いた当職は、必死に洋に懇願する。

「嫌だ、何でもする、何でもするナリから、靴嘗めだけは……」
「頼み方は教えたじゃろう、貴洋」
「あ……」

――先ほど当職は靴嘗めは何にも勝る屈辱と言ったが、それと同じか、それ以上に屈辱的な行為が求められる。応えたくはないが、さもないと靴嘗めが待っている。
180度、四つ足で回り、片手に体重を預ける。あいた方の手でたっぷりとした尻肉をわしづかみ、洋の視線に肛門を晒す。
ピーナッツの一件があって以来、一度も排泄以外に使っていない肛門。唯一毛に阻まれないひだが、洋の荒い鼻息を感じ取った。

「と、当職の……私のアナルに、入れてほしいナリ……」
「……何を、が欠けているが……まあいいじゃろう」

ぷつり、かつり、かつり、じゃらり。個数の変化が音でわかり、羞恥心を煽る。
記憶にある限りで、取りこぼした数は10個。洋の腸内細菌が、当職の細菌に殺されていく。全部飲み終える頃には、薬瓶のような音がした。

「……これで全部か。貴洋、言うことがあるじゃろう」
「……と、当職をお腹いっぱいにしてくれて……ありがとう……ございます……」

生命のために、人間性を犠牲にする。およそ近代国家に相応しくない状況に、涙があふれる。
当職のいじましい答えに気をよくしたのか、洋は肛門から残りのピーナッツをひりだした。洋の宿便がこびりついていて、さながら味噌ピーナッツのようである。

「食べていいぞ、貴洋」

逆らえば、あの地獄の靴嘗めが待っている。ひりだした直後の糞便と、空気に触れ、雑菌まみれの靴。当職の生存本能が、迷わず前者を選び取った。

当職の人生に甘さはない。あるのは苦みと、饐えた臭いだけである。それがこれから先も変わることはないと思うと、気が重くなる。
食事を終え、眠りにつく。洋の腹から伝わる鼓動に眠りの世界へ誘われながら、明日こそこの音が消えていることを祈っていた。

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。

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