恒心文庫:夏祭り、縁日、海水浴

本文

埠頭に賑やかに屋台が出ていた。屋台の明かりは色とりどりに辺りを照らしている。
楽しげな空間であったが、しかしながら、奇妙な点が二つある。
ひとつは、屋台には人がいないということである。
無人の屋台が、それでいて誘蛾灯のように光を放つ屋台が、並んでいるのである。
二点目は、客が二人しかいないということである。
賑やかに屋台が出ているのであれば、家族連れやカップルが大勢いても良さそうなものではあるが、歩いているのは二人だけであった。
一人は、紳士然とした初老の男性、そしてもう一人は、手を後ろ手に縛られ口にはさるぐつわをはめられている青年であった。
「岩村くん(仮名)、せっかくの夏祭りなのだから楽しみましょうよ」
男はにっこりと、もう一人の岩村と呼ばれた男に話しかける。
岩村はただ怯えたように震えながら首を横に振るだけである。
「ほら、あそこに金魚すくいがある。やってみましょう」
そういうと、岩村の髪の毛をつかみ、引っ張りながら金魚すくいのやたいの前までやってくると、そのまま岩村の頭を水槽へと突っ込んだ。
岩村は抵抗するが、かなわない。しばらくして岩村の動きが鈍ると、頭を引っ張り上げる。
「おい、どうした。金魚をつかまえてないじゃないか。君は、業界のルールも力関係も政治もわからないばかりか、金魚すくいのルールすらわからないのかね」
そういうと、必死に呼吸をし酸素を取り戻している岩村の頭を再び水槽へと押しやった。
岩村は水槽の中で口を開け、金魚を捕まえようとする。が、次第に苦しくなりゴボゴボと息を吐き出すと、またあたまを持ち上げられ、数秒の休息が与えられた後、また戻される。
このやり取りを幾度となく繰り返し、やっと岩村がその口に金魚をとらえることができると、男は言った。
「よく、噛んで、くいなさい」
岩村はもはや抵抗する気力もなく、口の中で暴れる金魚を奥歯ですりつぶし、吐き出したくなる衝動を抑えながら飲み込んだ。
「さて次は、あそこにいきましょう」
男は飲み込んだのをみると、特になにか反応をするでもなく、次の目的地へと岩村を引っ張り進んだ。

「ほら、鉄板焼きだ。みたまえ、鉄板が灼熱している」
そう言いながら男は油を鉄板に垂らす。
「おいおい、岩村くん(仮名)、どうしたビショビショじゃないか。乾かす必要があるな」
この言葉を聞いて後退る岩村の髪の毛を再び掴むとそのまま顔面を、熱せられた鉄板へと押しやった。
岩村の体が反射により大きくのけぞるが、その力にも負けずに男は力を込めて岩村を鉄板に抑え続ける。
火葬場で嗅ぐことのできる、肉が焼けるあの不快な臭いがあたりに漂う。岩村は失禁していた。
顔を鉄板から話そうと抵抗して、その両手を鉄板へとあて力を込めたものだから、手も焼け始めていた。
「そろそろかな。どうだ、焼けたかね」
男は岩村の顔を鉄板から引き剥がすが、顔の皮膚の一部は鉄板へと焦げ付き、顔面から剥がれ落ちた。
右の顔面がより強く押し当てられたため、右の眼球は熱によって破れ、中の水分が沸騰し泡をのぞかせている。
左の眼は、まぶたは黒く焼け焦げてしまってはいるが、眼球自体は無事でかろうじて見えている様子である。
「ふん、あまりおいしくなさそうだな」
男は、自分のしたことの結果に動揺することもなく冷酷にいいはなつと、次の屋台へと進んだ。
「次はあれに行こう」
そういった男の視線の先には、射撃屋があった。

射撃屋につくと男は景品の台をその手でなぎ払い、そこに岩村を立たせる。
店の奥から、屋台で使うようなおもちゃの空気銃などではない、本物の猟銃を取り出し弾を込め始める。
「いやあ、最近はね、本物の人間はあまり撃ってないからどうなるかねえ」
腕前に不安があるかのようなことをいいながら、男は岩村に狙いをつける。
岩村は無抵抗で、この苦しみが終わるのであればひと思いに脳天を撃ちぬいて殺して欲しいと願っているほどであった。
「ばーん!」
男がまるで子供のように口で銃声を再現するのと同時に、本物の猟銃も火を噴いた。
岩村の願いむなしく、弾丸は彼の左の膝を貫通する。
熱によって火傷をおった喉から、悲鳴にもならない呼吸音を発しながら崩れ折れた。
男は間髪を入れずに弾を今度は岩村の右大腿に撃ち込む。全部で都合五発の弾丸が、岩村の両足の膝と太もも、そして股間に撃ち込まれた。
「夏祭りはまだ終わってないですよ。でも、次で最後だ」
なんとか生命を保っているだけの肉の塊と化した岩村を引きずり、男は最後の屋台へとやってきた。
「ほら、ここだよ。最後はここで一息つこう」

最後の屋台、それはかき氷屋であった。
「さて、さっそく作るとしようか」
男は岩村の右手をとり、電動氷かき機の刃の部分にあて、機械のスイッチをいれる。
自動で刃が回転し、岩村の右手がみるみる削り取られていく。骨の部分も容赦なく刃は削り、受け皿には真っ赤なミンチ状の肉と、骨の欠片ができていた。
「これはこれは、いちご味ですかねえ」
皿を交換するとすかさず岩村の左手をとり、同じように削っていく。
岩村はときたま痙攣を起こすだけである。彼は、もしかしたら自分が削られているということも知らなければ、痛みすら感覚していないかもしれない。
両手を削り終えると、男は反応のなくなった岩村がつまらなくなってしまった。
「ふん、やはりつまらない男だな君は。
そうだ、せっかく海に来たんだ。泳ぎたまえ。海水浴だ」
そういうと、顔は焼かれ足と股間は潰され、手を削られた岩村の、まだ生きているのか死んでいるのかのすらわからない体を海に投げ込んだ。
海の中で一瞬もがいたようにみえたが、すぐに沈み見えなくなった。
おかしなことだと思うかもしれないが、数日後死体が発見されると、彼は自殺したということで処理された。

(終了)

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