恒心文庫:ほんとうにあった怖い話「夜行バス」

本文

もう時効だろうから言うね。7〜8年前のことなんだけど、私当時バンギャでさ。その頃は贔屓のジャーマンメタルバンドがちょうどヒットの第一波を迎えた頃だったのね。もう私すごく熱狂してて、札幌から南下していくディー・リュークナーの全国ツアーライブをリアルタイムで追ってたの。
で、ここからが本題なんだけどね。さいたまスーパーアリーナでのライブを終えて、次にナゴヤドームに向かう夜行バスでのこと。これはちょっと失礼なんだけど、かなり太ってて、脂汗ダラダラで、見るからに挙動不審なオッサンがのこのこ乗り込んできたんだよ。発車予定時刻を10分くらい過ぎていたかな。でもそのオッサンは悪びれもせず、踏ん反り返ってキャリーバッグを無造作に置いた。よりにもよって私の隣の席に。もう呆れてものも言えなかったね。それから匂い。ハンバーガーみたいな。学生だからって安いバス選んだのが間違いだったのかな。まあ案の定オッサンは私の隣に座ったね。おもむろに取り出した分厚いハンバーガーを頬張り、でっかいジュースの容器を片手に、ズゾゾ、ハフハフみたいにうるさい音を立て始めてね。移動中寝ようと思ってたのもおじゃんになったよ。ヘッドホン爆音でリュークナーの名曲「ディー・ヴェルト・イスト・ガンツ・ミストシュトュック(この世なんてウンコだぜ、みたいな意味らしい)」を流して耳を塞いでたんだけど、どうしても隣のオッサンが気にかかる。なんか呪文みたいなの唱えてたね。よく分からないけど「俺は弁護士だ、お前らとは違う」とか言ってた気がする。
これだけでも異常だよね。でも、もっと怖いことが起こるんだよ。どこだったかは忘れたけど、運転手さんの休憩としてサービスエリアでバスが止まった。その間にトイレに行ったり、飲み物を買ったりできるんだよね。私は早々にトイレを済ませて、リュークナーの曲を聴いて過ごしていたんだけど、そのオッサン何したと思う?何と、自販機でアイスやらジュースやら買い込んで、それをまた車内で飲み食いしだしたんだよ。もういい加減にしろと、私は内心ブチギレてたね。でも仮にも人様に対してキレるなんてできないから黙ってた。
それで、ここから先はもはや笑い話なんだけど、ことはサービスエリアを出て、リュークナーのアルバム一つ聴き終わる頃に起こった。ボーカルのリヒャルトのデスボイスに負けず劣らずの絶叫が、隣の席から聞こえてきた。やはりあのオッサンだった。情けないシャウトかましながら、汚い楽器を奏でている、いや、直球で言おう、奴は絶叫しながら放尿脱糞していた。汚らわしい飛沫が、私のライブTシャツにかかって最悪だったよ。
こんな事件があったから、私はもう夜行バスを使うのはやめようと決心した。

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