恒心文庫:「得意案件」

本文

当職は「ネットに強い弁護士」だ。そういう看板で売り出している。
近頃は弁護士が増えたせいか、それぞれ分野を細かく決めて仕事にありつくのがやっと、という始末である。
そんな時代なのにあろうことか、当職は得意分野としているネットで炎上をしてしまった。
根拠なき誹謗・中傷をしている若輩共を訴えれば成果は手に入るが。
いかんせん、本音を言ってしまえば当職が強いのは"ネットの問題解決"であって"自分の問題解決"や"自分への謂れなき誹謗中傷"は苦手なのだ。裁判を起こしたところで勝てるかどうかわかったものではない。
そんな中、当職はうってつけの人物と巡り合った。
昨晩唐突にコンビを組むことを持ちかけてきた、そして今目の前にいる男がそれである。
なんでも、「誹謗中傷対策に強い弁護士」らしいのだ。弁護士の種類も増えたものだ。
当職も誹謗中傷案件は得意であるが、ネット案件、と括った方が得意である。対して彼は誹謗中傷案件は無敵であるがネット案件はてんでだめ。

そんな彼が提案した、「我々が組んで掲示板で罵倒して遊ぶ輩を一網打尽にしてしまえば、一生遊んでも困らぬほどの金が手に入る」との計画は理論上は完璧であった。
乗っかってみるとしよう。こんなに心強い味方はいない。

彼、「誹謗中傷対策に強い弁護士」とコンビを組んでから3ヶ月が経つ。
最初のうちは飽きるほど勝ちを重ねていた我々であるが、次第に勝てなくなってきた。
負け始めはそういうこともあるだろう、と思い気にしていなかったが、だんだんと負けが込んできた。
彼の手腕を信頼していた当職は、何か他に原因があると探っていたが、当職を常日頃から罵っている者達の掲示板を見るとその原因はすぐにわかった。
「誹謗中傷に強い弁護士」。こいつのせいである。また変な弁護士もいるものだ。
どうやら彼が悪質な書き込みをする者の弁護につき、また入れ知恵をしているために当職らは勝てないらしい。

さて、困ったことになったと父親に相談すると、彼は「それでは私が良い人を探してきてあげよう」とだけ言って何処かへ行ってしまった。
当職は「誹謗中傷対策に強い弁護士」を信頼している。まさかコンビを解消するというわけにもいくまい。
だが、そんな当職の心配は杞憂であったことが少しして判明した。
父洋は「弁護士解任に強い弁護士」を紹介してくれたのだ。
また妙な弁護士か。まともに勝とうとするのではなく根本から断てと父は言いたいのだろう。
しばらく採用を悩んだが、せっかく父が紹介してくれたのと、久々に仕事にありつけると喜ぶ「弁護士解任に強い弁護士」を見て依頼することに決めた。

さすが弁護士解任に強いと名乗るだけあって、彼はあっという間に、見事に辞めさせてしまった。「誹謗中傷に強い弁護士」の悪評は立ち続け、その依頼者たる掲示板の住人たちも信用しなくなった。
かわいそうだが、これでしばらくは安泰である。

さて、無事勝利を収めた我々だったが、今度は彼がもうコンビを解消したいと言い出した。
理由を聞くと、「自分はもう十分に稼いだし、解任騒ぎで疲れてしまった。あとはあなた1人でやってくれ」
とのことである。
全く身勝手な話だ。勝ち取った金は折半だったとはいえ、自分1人満足したらそれでいいのか。
当職は直接彼の事務所に抗議しに行った。

彼と話し合いをし、なるべく稼げるようにしなくては。引退は、まだ早すぎる。
気炎を吐いて乗り込んだ当職であったが、彼が見覚えのない男を連れているのを見て少し腰が折られた。しかし、ここまできて黙るはずもない。
「あなたは何を考えているんですか。私と散々仕事をしてきたのに、話し合いもなしに一方的に要求を押し付けるのは身勝手すぎる。」
と当職が言うと、その見覚えのない男が横から入ってきた。
「おっと、そこまでだ。私は「コンビ解消に強い弁護士」です。あなたが論戦を挑もうが裁判で挑もうが、受けて立ちますよ。」
最近妙な弁護士が増えすぎだ。だが、こっちにも手がないわけではない…
「おっと。残念ながら、今回は私の同期の「事前解決に強い弁護士」に頼んで、前もって「コンビ存続に強い弁護士」と話をつけさせていただきましたよ。」

くそっ忌々しい弁護士共め。

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