鳥取ループ/恒心教
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恒心教
カテゴリー: 社会 | タグ: 5ちゃんねる, なんJ, 唐澤貴洋, 恒心教 | 投稿日: 2019年3月8日 | 投稿者: 宮部 龍彦
2015年から去年にかけて「恒心教」というものが話題となった。メディアで広く報道されたのはグーグルマップで原爆ドームに「恒心教 核実験場」と表示するなどのいたずら。そして、それより前から行われていた唐澤貴洋弁護士への大量の殺害予告。また、地方自体や公的機関への大量の無差別大量殺人予告である。
「恒心教」とは何かと一言で言えば、日本における「インターネット・ミーム」の 1つである。発端は、「5ちゃんねる」(発端当時は「2ちゃんねる」)の「なんでも実況(ジュピター)」(なんJ)で、当時高校生だった長谷川亮太という人物が、掲示板の利用者(なんJ民)を挑発するような書き込みを繰り返したことである。
匿名で書き込みつつ、特定できるなら特定してみろとなんJ民を挑発していた長谷川氏であったが、過去の書き込みやSNSの情報等から本当に本名と通っている高校等を特定されてしまった。そこで、個人を特定する書き込みを削除させるために長谷川氏は唐澤貴洋弁護士に依頼したのだが、そのことで唐澤弁護士もなんJ民の攻撃対象とされてしまったというのが騒動の流れである。両者の名前からこの騒動は「ハセカラ騒動」と言われるようになった。
「恒心教」という名前は当時唐澤弁護士が運営していた「恒心総合法律事務所」に由来しており、唐澤弁護士をオウム真理教代表の故・麻原彰晃の後継者という虚偽の風評を広めようという悪ふざけの中で自然と生まれたものである。騒動に加勢する者は「ハセカラ民」あるいは「恒心教徒」と呼ばれ、ミームの中で様々な独特の造語が生み出された。
筆者がいわゆる「ハセカラ騒動」を知ったのは2012年10月23日のこと。当時は、とても便利なネットの電話帳サイト「住所でポン!」はラクサバというエンタルサーバーで運用されていたのだが、ラクサバの担当者からサービスを停止したとの電話がかかってきた。担当者によれば、会社に苦情が殺到しており、特に「2ちゃんねる」で炎上しているというのである。無論、「住所でポン!」はラクサバから追放されることとなった。
検索していみると、たしかに「2ちゃんねる」で話題になっている。しかし、「住所でポン!」が問題とされているだけではなくて、むしろ称賛するようなスレッドも立てられていた。その中で、なぜかさきほどの両氏の名前が見られたというのが筆者の第一印象である。
後に分かったことであるが、当時はまさに 長谷川氏 の住所はどこかということを、なんJ民 たちが血眼になって突き止めようとしている最中だった。その時期と、「住所でポン!」の登場時期がちょうど重なっていたために、住所特定のツールとして 「住所でポン!」 が注目されたということなのだ。
過激化する恒心教徒
長谷川氏の住所は「住所でポン!」には掲載されておらず、過去の長谷川氏の発言とストリートビュー、現地調査、そしてSNSにおける知り合いの発言などで特定された。しかし、それだけでは飽き足らず、彼の親戚関係と、なぜか唐澤弁護士の親戚関係等も調査対象とされた。
そして、いわゆる「サジェスト汚染」等の方法でネット上で両者に対する嫌がらせが行われるようになった。嫌がらせの方法は非常に多岐にわたり、カードゲームのカードを作る、自動作曲システムで歌を作るなど、巧妙でバラエティに富んだ方法が競い合うように生み出される一方、「2ちゃんねる」に住所を書き込む、単純に「唐澤貴洋殺す」と殺害予告を書き込む行為も頻発した。
無論ネットだけでは留まらず、両者の関係先で物を壊す、物を盗む、ペンキを撒くなどの古典的で単純な犯罪行為を行う者も現れた。彼らは「恒心教過激派」「悪芋」と呼ばれた。
また、インターネット上での嫌がらせも恒心教徒が競い合う上に過激化し、まとめサイトやスパムを利用した殺害予告の拡散、企業や公的団体のウェブサイトの改ざん、ウイルス・マルウェアの作成など、いわゆるサイバー犯罪の手口を競い合うようになった。 「恒心教 核実験場」 の件も、このような動きの中で起こったことである。
そして、ハセカラ騒動には、単に元高校生と弁護士に対する嫌がらせを超えた別の面もある。「2ちゃんねる」等の掲示板で不特定多数の人々がやり取りしながら嫌がらせの方法を競い合う中で、ネット上での様々な嫌がらせの手法、ハッキング及びソーシャルハッキング、Tor等の暗号化技術を使って警察の捜査を回避する方法、警察の操作手法、法律の知識といったことも広まることになった。
その影響は今も続いている。例えば今年の1月18日に新潟県警のウェブサーバーが乗っ取られて、神奈川県警に対する爆破予告が「5ちゃんねる」に書き込まれる事件があった。あれも「恒心教徒」によるものと見られている。
なぜ彼らは恒心教に走るのか
「悪芋」の中でも過激な行動を繰り返していた一人に安藤良太氏がいる。彼は2015年頃から唐澤弁護士 への殺害予告を繰り返し、唐澤弁護士がプロバイダであるNTTコムに発信者情報の開示を求めて訴訟を提起し、結果的に情報が開示された。
そのことをきっかけに行動が過激化し、長谷川氏宅への不法侵入、ドローンによる空中撮影等を行った。それでも警察からは警告される程度だったのだが、2016年1月に唐澤弁護士の事務所付近の住居表示版を盗んだこと、長谷川家の自動車のエンブレムを盗んだこと、近隣自治体への爆破予告が自分の手によるものだと暴露。週刊誌やテレビの取材を受けた後、同年2月23日に千葉県警により逮捕された。
この件は懲役2年6ヶ月執行猶予4年の有罪判決を受けて終わるのだが、執行猶予期間中にも安藤氏は同様の爆破予告を繰り返し、昨年の9月13日についに懲役3年8ヶ月の実刑判決を受けた。
筆者は、今年の2月19日、川越少年刑務所に収監されている安藤氏に会った。第一印象は髪を短くして話し方が穏やかなので、失礼ながら「若いお坊さん」といった雰囲気だった。
実は安藤氏については「唐澤貴洋Wiki」というサイトでまとめられているのだが、ここに書かれていることは概ね事実であるという。気になったのは「いずれ社会に戻ることになった場合自殺する予定」という記述だ。
これについて、安藤氏は否定した。確かに以前は自殺することを考えたが、今は出所した後は普通に事務職に就くなどして更生するつもりだと明言した。実は筆者に送られた手紙でも「刑務官様のご指導」により恒心教をやめたことを書いていた。ちょうどその刑務官が面会に立ち会っており、横で頷いていた。
安藤氏によれば、2016年2月の連続爆破予告事件は全てが自分の手によるものではないという。裁判でも全てが安藤氏によるものと認定された訳ではなく、そのような意味では裁判は公正に行われたと語る。一方、爆破予告をしておきながら、逃げおおせた人も多数いるはずだという。
爆破予告はTorを使って行われたので、安藤氏が逃げおおせることも簡単だったはずだ。実際、筆者は警察のサイバー捜査に関わっている人物に取材したことがあるが、純粋にTorだけで犯罪が行われた場合、日本の警察に犯人を突き止める能力はないという。すると、なぜ安藤氏はわざわざ名乗り出て自ら捕まりに行くようなことをしたのか。
その点を安藤氏に問うと「あの時は自暴自棄になっていて、刑務所に行けば自分が変われると思った」というのである。ある意味、安藤氏の望むとおりになったということだろう。また、幸いにも刑務所は更生施設としての機能を発揮したとも言える。
安藤氏によれば、 唐澤貴洋Wikiにある通り、母親の交通事故死により受け取った保険金を原資に株式投資を行った。また、安藤氏はいわゆる「嫌儲民」でもあった。
「ジャップジャップとからかって人を怒らせるのが楽しかった」
と安藤氏は語る。ちなみに嫌儲と言えば昨年5月頃の「ネトウヨ春のBAN祭り」をご存知の方もいらっしゃるだろう。安藤氏によれば嫌儲は左翼とか反保守と思われているが、実はあまりそのような政治思想的背景はないという。右だろうが左だろうが、意識の高い人々をおちょくって怒らせるのが面白いということなのである。
ただ、背景にあるのは「アフィリエイトで不労所得を得るのは悪」という考え方だ。安藤氏も、アフィで儲けるのは駄目ですと言うが、自身も株式投資で不労所得を得ていたのでは? と問うと「矛盾してますね」ということだ。
そんな安藤氏だが、事件の直前に信用取引で大損を出して、文無しになってしまった。無論今も状況は変わっていないので、出所したら文字通りゼロからやり直すのだという。
安藤氏から見ても、恒心教は純粋なインターネットミームである。恒心教徒に横のつながりは全くない。
別の恒心教徒によれば、 安藤氏に手紙をしただけで警察から目を付けられ、事件とのつながりを聞かれるようなことがあったというが、本当につながりなど何もなかった。なぜ何のつながりもないのに恒心教徒が同時多発的に発生するのか。
「いつの時代でも、跳ね返り者っていますから…」
答えはそれしかないようだ。