恒心文庫:破歌(ぱっか)

2019年12月25日 (水) 10:54時点における>植物製造器による版 (ページの作成:「__NOTOC__ == 本文 == <poem> ナイフは冷たく微笑んだ。まだ温かい皮膚の上を、新雪を面白がって踏み歩く幼子のように不規則に、…」)
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本文

ナイフは冷たく微笑んだ。まだ温かい皮膚の上を、新雪を面白がって踏み歩く幼子のように不規則に、それでいて楽しげに滑った。
生暖かい血が、とろりとこぼれた。人の身体は思ったよりも固かった。
僕は一層力を込めた。体重を入れ、ナイフを突き入れる。地層をもぐるもぐらのごとく、何があるかわからない身体を旅する。
彼の身体をほんの一時間前まで構成し、巡っていた液体が、主人をなくし彷徨するのか、ナイフの足跡を辿り傷を綴る。
やっと開かれた腹部は、鮮烈だ。図鑑で見た内臓が、図鑑そのままの配置で行儀よく座っている。
僕は、弟を、殺して、開示した。
僕の弟は優秀であった。それが僕には耐えられなかった。
弟は僕の半身。それが優秀であるというのに、僕は周囲から無能扱いされていた。
それが許せないものだから、殺した。
僕には弟が、同じ人間だとは思えなかったから、その中身を覗いてみようと思ったのだ。
図鑑と同じ構造ならば、きっと弟は人間だったということになる。
そして、内臓の配置は弟は人間であったことを示した。
つまり、そうだ、僕は人殺しになったというわけだ。
僕は警察を呼ぶ。「弟を殺しました」と伝え、住所を教えるとすぐに警察がやってきて身柄を拘束された。
取り調べが行われ、僕の担当の国選弁護人がやってくる。
「亮太くん、なんでこんなことをやったんだい」
唐澤と名乗るその弁護士は、今まで親に警察に何回も聞かれた質問を繰り返した。
この男は、僕に似ている。そう直感した。
きっと、この弁護士と二人なら、なにか歴史に残るようなことだってできるはずだ。
なぜだか分からないが、そんな確信が訪れた。
僕の中のナイフは、再び微笑んだ。

(終了)

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