恒心文庫:斜陽

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本文

八雲法律事務所の問い合わせにPornhubのリンクが送られてきた時点で、嫌な予感はしていた。
しかし、僕は嫌でもそれを見なければならないのも分かっていた。

「いなくなった君の元カレの消息を知っている。」
2019年10月を最後に消息を絶っていたからさんのことだ。
最近はまたテレビに出たりTwitterをやったりしているが、僕は彼が偽物であると分かっていた。
3年間ずっと一緒に事務所にいて、愛し合ってきた日々はただの思い出ではない。
わずかな仕草、口使い、ゲームでのコントローラーの操作等から彼がからさんでないことはほぼ分かっていた。

決定的だったのは食卓日記である。
からさんは苦い物が大の苦手で漢方茶なんて飲めない。
競馬もほとんど勘で賭けていた。
持ち前の舌禍と態度のせいで、五反田時代からの友人なんていなかった。
そして、からさんはあんなに上手く、恒心教徒ですら騙せるほどの嘘をつくことはできない。

つまり、僕の目の前にあるこのリンクだけが、本物のからさんの行方の手がかりである。
指が震え、呼吸が早くなるのを感じながらも、僕はリンクを開いた。
動画のタイトルは「おっさんずラブ」。昔、同一のタイトルで放送していた同性愛的な番組があったのを思い出す。
単発版も、シーズン1もからさんと二人で見たのが脳裏によみがえって少し辛くなった。
そして、僕は再生ボタンを押した。
「こんにちは、山岡くん!」
動画を再生してまず初めに聞こえてきたのは、白水力と字幕が入った男の声。その隣には…
「こっちは俺のセフレのたかちゃん!」
からさんが、いた。

それからのことはよく覚えていない。
からさんが、まるで恋人にするようなディープキスをしている姿、
脈打つ力強い男根に絡むニラ、
それとは対照的な、男性器と表現するにはあまりにも小さい棒、
白いシーフードスープに混じったコーン、
札束でひっぱたかれて昏倒するからさん、
「おっさんずラボ」と書かれた字幕、
そして…
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

目が覚めると夕方になっていた。
同僚の杉本くんとWebカメラを使って自宅から事務所にテレビ電話をしている千葉くんが、恐怖をたたえた目でこちらを見ている。
話を聞くところによれば。普段根を積めてからさん探しをしている僕を見ていた彼らは、僕が何か思い詰めているのではないかと思っていたらしい。
そこで絶叫しながら僕が起きたのだから、あんな顔をするのも当然といえば当然だろう。
「大丈夫だから。心配ないよ。」
そう言って杉本くんを家に帰し、千葉くんとのビデオ通話を切断した。
そして、ここ半年間、ずっと辛いときに使っていたナイフを取り出す。
斜陽が、ナイフを茜色に染める。
美しく、まるで核が爆発した時のキノコ雲のように輝くそれは、僕の内面に不思議とリンクした。
そっと、ナイフを腕に当てる。
いつも当てている場所ではなく、動脈に目星をつけた。

僕の腕は赤く染まり、やがて固まって赤黒く姿を変える。
僕の鼓動。愛とも、憎悪とも言われるそれが、少しづつ弱まっていくのを感じる。
それに追従するように、ナイフは輝きをなくし、雨粒の音と共に暗い闇に消え去っていく。
頬を流れるものが何かさえ、もう、分からない。
降りしきる雨と夜闇の中に、粒のような光だけが、まるで宝石のように輝いていた。

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