恒心文庫:思い出クロス

2022年8月6日 (土) 23:26時点における>麻布署SIMKANBEによる版 (ページの作成:「__NOTOC__ == 本文 == <poem> 閑静な住宅街の公園で、たかひろ少年は俯いてベンチに座っていた。弟が生まれてからというもの、家族は誰もたかひろに構ってくれなくナリ、日中は仕方なくこうやって時間を潰すのであった。 夏休みなんて早く終わってしまえばいいのに。 「ぼく、ひとり?」 突然の声に驚いて顔を上げると、目の前に若い女性が立っ…」)
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本文

閑静な住宅街の公園で、たかひろ少年は俯いてベンチに座っていた。弟が生まれてからというもの、家族は誰もたかひろに構ってくれなくナリ、日中は仕方なくこうやって時間を潰すのであった。
夏休みなんて早く終わってしまえばいいのに。
「ぼく、ひとり?」
突然の声に驚いて顔を上げると、目の前に若い女性が立っていた。
「隣に座ってもいいかな」
こくり、と頷くと彼女は僕の左側に座った。
怪しい人だったらどうしよう。逃げたほうがいいのかな。僕、誘拐されるのかな。
緊張と困惑で固まっていると、その女の人は言った。
「ねえ、アイス食べない?ちょっと溶けちゃったけど」
どう答えたらいいか分からなくて、僕は恐る恐る頷いた。
女の人はけっこう溶けちゃったーと笑いながらガリガリ君をくれた。
でも知らない人から食べ物をもらっても食べちゃいけないってお母さんが言ってた。どうしよう。
「毒なんか入ってないよ、ほら」
女の人はアイスを袋から出し、僕の方へ差し出す。
断るのも悪い気がして、僕はアイスを食べ始めた。
「ぼく、名前は?」
「……たかひろ」
「たかひろくんは近くに住んでるの?」
「……うん、あれが僕の家」
「あそこなんだ、いい家だね」
そんなことないよと言いかけたけど、言えなかった。
「えっと、お姉さんは……どこに住んでいるナリか?」
「私?どこだろうね」にこっと笑ったがその顔がやけに悲しげで反応に困った。
その時、溶けたアイスの塊が僕のズボンに落ちた。
どうしよう、お母さんに怒られる。
「あらら、あそこで洗おっか」
僕はお姉さんに連れられ公衆トイレに入った。頭の中ではお母さんの怒った顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え、女子トイレに入ったことも気付かなかった。
「洗うからズボンをぬぎぬぎしようか」
「……じ、自分でできるナリ」
「大丈夫、大丈夫。はい、右脚上げて」
何が大丈夫なのか分からなかったが、言われるがまま、僕はたちまちズボンもパンツも脱がされてしまった。大切なところが丸見えになり両手で隠そうとしたがお姉さんが強引にその手を払い除けた。
「アイスがついていないかよく見せて」
「ついてないナリ!」
「ほんとぉ?少しでもついてたらアリさんが来て食べられちゃうよ?」
「それは、嫌ナリ……」
お姉さんは大切なところをじっくり観察している。僕は体中が燃えるように熱くなるのを感じた。アリに食べられる方がマシかもしれない。一刻も早くこの場から逃げ出したかったが、体が動かない。
「たかひろくんのここ、かわいいね」
「恥ずかしいナリ……お父さんはもっと大きいんだ」
「恥ずかしくないよ。これから大きくなるから。もっと見せて」
そして囁くように言った。
「邪淫って、しってるかな?」
「え?ナリ」
「ううん、なんでもない。あ、アイスみっけ」そう言うとお姉さんは大切なところをぱくっと咥えた。
「お姉さん、そこはおしっこする所ナリよ!」
温かくて、頭がクラっとした。自分が自分でなくなる気がして、怖かった。
「お姉さん、僕、怖いナリ」
大事なところが熱い。
「おしっこが出ちゃうナリ」
それでもお姉さんは黙って大切なところを舐めている。
おしっこか何か、分からないけどこのままだとだめな気がした。
恥ずかしいよ、お漏らしなんて。お姉さん、助けて。
蝉の声が遠くに聞こえ、全てが真っ白になった
公衆トイレから出たとき、僕の影は少し伸びていた。僕が帰ろうとした時、お姉さんは言った。
「たかひろくんの思い出」
「え?ナリ」
「さっきの答え。私が住んでいる場所。そこでしか生きられないんだ」
何を言っているのか分からなかったけど、僕はもうこれっきりこの女の人と会えない気がした。
「また会えるナリか?」
「そう望めばね」
どういうこと?そういえばお姉さんの名前を聞いていなかった。
「……お姉さん!」
勇気を出して振り返ると、ひぐらしの鳴く声以外はなんにもなかった。僕はまたひとりぼっちになった。

それから30余年が経った。
たかひろはすっかりその女性のことを忘れて仕事に勤しんでいた。
そう、ニコニコ超会議で彼女に会うまでは。

「たかひろ!サインお願いします!写真も!」
聞き覚えのある声がして振り返ると、あのときのお姉さんがいた。その正体はツイッターで馴れ馴れしく絡んでくる女性ファン、ななののだった。
でも、僕が小さい頃に20,30代だからもうあの女性は60前後のはず。この人とは違う。そう思ったが、声も顔もあの時のままだった。そんなはずないと言い聞かせたが、耳と心ははっきりあの時のことを覚えていた。恥じらえさえも昨日のことのように思い出された。

事務所に帰ってからもななのののことが頭から離れなかった。
たかひろはヨギボーに身体を預け、火照った下半身を優しく撫で始めた。間違いない。あの人はななののさんだったんだ。
ななののさん、あなたは当職に会うために生まれてきたのですね。あの時、僕の記憶から時間を超えて会いにきたのですね。
顔も声も仕草も口の温もりも、急に全てが愛おしく感じられた。あの時言えなかったことを今なら言える気がした。
会いたい。
あぁ!ななののさん……!!僕はあなたをひと目見た時から、そしてそれからずっと僕は…………
溢れる想いは津波のようにたかひろを襲い、机に散らばっていた紙を2,3枚掴んで息子に宛がうのがやっとであった。1週間ぶりの濃い液体は鼓動と共に暫くの間どくどくと流れていた。ふと手元の紙を見ると、それはななののからのファンレターだった。万年筆のインクがたかひろのミルクに溶け出し、わずかに青みがかって広がった。ななののが下書きに下書きを重ね、何時間もかけて綴った想いも、成人男性の一発を前にしてはあまりにも無力だった。
悪いことしたかな。
でもまああいつのことだしまたすぐに手紙を送って寄越すだろう。
汚れた手紙をくしゃくしゃっと丸めてゴミ箱に投げ入れた。
「ななののもあの時の女も、よく考えたらブッサイクだったな」

それより腹が減った。その時だった。
ピンポーン
「来たナリ!」
たかひろは下半身を露出したまま笑顔でインターホンに駆け寄った。「今日は何をご馳走してくれるナリか?」
たかひろが鰻だったものを食したのはその15分後のことであった

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。


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