恒心文庫:唐澤貴洋に対する考察

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本文

唐澤貴洋に対する考察

“到底許されるべき行為じゃないなと、思います”

“これが果たして許されるんですかと、いうのを一般の人に考えていただきたい”

TVの中の男が語る。
僕はこの頃毎日このビデオを見ている。何か違和感を感じるのだ。
そこに映っているのは紛れもない唐澤貴洋であり
僕にとっての大事な人であるはずだった。
実際には彼の姿は長い間イラストでしか知らなかったのだが
TVの男はそこから十分に想像できる容姿をしていた。
改めてそのイラストと見比べてみる。
垂れた目、丸く太った体、無造作な髪の毛。デフォルメはされているが彼そのものだ。
何が違うのだろう?
ふと、気づいた。彼は笑っていないのだ。
僕の心の中の唐澤貴洋はいつも笑顔だった。
あの頃、若さゆえの例えようのない苛立ちを感じていた僕は
その怒りをどこかムカつく顔をしている彼にぶつけていた。

「よくもそんなアホ面晒して生きていられるな
この糞漏らしの詐欺師が
猿以下の知能のくせして弁護士とか何の冗談だよ
今まで関わった全ての人に謝罪しろ」

「お前の醜態を世間に広めまくってやる。
誰からも相手にされないようにしてやる。
ゲロ以下のゴミ核以上の汚染物がこのまま生きてられると思うなよ」

「唐澤死ね絶対に殺してやる
覚悟しろよ無能
お前の居場所は分かってるんだ
あとはお前を始末するだけだ」

「ナイフでめった刺しにして、殺す」

それらは親や教師への恨みつらみであったり
自分の不甲斐なさだったりの八つ当たりだったのだろう。
思いつくままに精一杯彼を罵倒した。
それでも唐澤貴洋はなんともないかのように
いつもあの怪しげな笑顔のままだった。

“それで終わりか?もっとやってみろよ”

彼をやっつけようとしている人は他にも大勢いて
たまにやりすぎて捕まった奴らもいた。
しかし、それはほんの一部で僕には何も起きなかったし
関係のないことのように思えた。
不思議なことにやめる気にはならなかった。

罵倒をくり返すたびに、心は癒やされていった。
現実でこんなことをいったらキチガイ扱いされて病院にぶちこまれるだろう。
でも唐澤貴洋には好きなことを言える。
本音をいくらぶつけても平気な相手。
だからこそ彼は誰よりも身近な存在だった。
けして揺るぐことがない絶対性に
ある種の憧れさえ感じていた。

TVの男は違う。
彼は怒っているのだ。
まるで口ごたえをされた親のように不機嫌をあらわにしている。
つまらない普通の人間だ。

それに気がついた時、何かが抜け落ちるような喪失感に襲われた。
僕が尊敬したあの人は存在しなかったのか?
彼は幻だったのか?
あの思いをぶつける先は本当はこの世のどこにもなかったのか?
大事なものが、僕の中から消えていった。
世界から色がなくなったようだった。


しばらくたったある日、僕は大学で講義を受けていた。
退屈な毎日の、変わらない一日、のはずだった。
目の前で信じられないことが起きた。

“えー今日はインターネット上の権利侵害に詳しい先生にお越しいただいています”

目の前にあの男がいる。
つまらない現実の中で、僕の捧げた理想の相手が立っている。
やめろ、その名前をいうな。

“弁護士の唐澤貴洋です”

僕は手にはカッターナイフが握りしめられていた。
体が勝手に動いた。やらなければいけない気がした。
叫び声が周りに響く。
男は情けなく震えながら何かをいっている。

“や、やめなさい!そ、そんなことしても何の特もないぞ!ど、どうかやめてくれ!”

お前も、後ろで騒いでる連中も、この世界も、みんな偽物だ。
だけど、この思いだけは本物だと、心からそう思えた。

「ナイフでめった刺しにして、殺す」

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