恒心文庫:唐澤乳業設立秘話 ~洋と貴洋の紡ぐ想い~

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本文

今でこそ国内トップシェアを誇る唐澤乳業であるが、その栄冠を勝ち取るまでには幾多の困難にぶつかり、時には"社会"と言う名の大きな荒波に呑まれ、その度に必死に踠き抗い続けてきた。
これは初代社長(前社長)の唐澤洋(以下洋)と二代目社長の唐澤貴洋(以下貴洋)と共に歩んできた唐澤乳業の物語である。
唐澤乳業の前座となる牛乳の小売店は今から半世紀以上も前になる1961年、すなわち"東洋の魔女"が世間を騒がせ、高度経済成長の恩恵や池田勇の所得倍増計画によって日本経済が急速に好況へ向かい出した時期である。
洋は当時23歳。若気の至りからなのか、最初は思いつき半分で始めた商売なのであった。
開業当時から「妥当森永乳業。森永卓郎が東洋の魔女を抱く前に俺が魔女を抱く。」と意気込んでいた。
当然だが開業当時は田園調布の一角にある小売店であるわけだから、森永になど勝てる訳がなかった。
それでも洋は頭は決して良くはなかったが、体力はあったため、近所を訪問してはミルクの押し売りをしていた。
時には「貴方がミルクを買うまではここを動かない。」と言って高値のミルクを買わせ、夜な夜なパープルな夜を過ごしていた。
こんなことをすると国セコにすぐ捕まりそうだとは思うが、実際はそうではなかった。
洋には体力以外に2つ大きな武器を持っていた。ーそれは顔とトークの才能である。
洋は都内をフラフラすると一日に最低一回は芸能界にスカウトされるほどハンサムな男だった。
芸能には甚だ興味のない洋はなぜか就職もせずにミルクの押し売りに日々勤しんでいたのであった。
顔と持ち前のトーク力でぼったくり値のミルクを買わせるのは容易いことであった。
儲けたお金で夜は遊び呆け、朝になる頃には昨日儲けた金はすっかり消えているのが日常だった。
とは言え、洋は概ねこの生活に満足していた。
しかし、そんな日々は長くは続かなかったのである。

ある日カモの男性客に「この牛乳河野生乳ですよね?なんか昔飲んでいたものとよく似ているのですが。」
ついにこの日が来てしまったと洋は思った。
そう、洋はメーカーのミルクを買い占めてあたかも自家製を称して販売していたのである。
焦った洋は慌ててその場を去った。
とても今日は夜の繁華街に行く気にはなれない。
隠し事はいつかバレてしまうのは世の常である事は頭の足りぬ洋でも分かっていたのだが、本人はもっと隠し通せると思っていたようだった。
「このままでは商売は続かないだろう。俺の毎日はこんなすぐに終わってしまうのか。」自問自答の一日を過ごすことになった。
普通なら潔く店を畳むか牛乳の配達業に変えるか、はたまた乳牛を買って本格的に自己製ミルクを作るかの3択であろう。
店を畳むのと牛乳の配達業に変えると言うのは洋のプライドが許さなかった。
当時の店名は唐澤洋ミルクファーム、すなわち自分の名が店名に入っている。
牧場を持っていない時点で大嘘なのはさておき、洋は店名に自分の本名を入れている事が誇りであった。
社長でいる事が洋のアイデンティティだったのだ。
3つ目の乳牛を買うことはかろうじてできたとしても、毎日の飼育代やミルクの消毒代はとてもじゃないけど払うことはできない。
そもそも乳牛を飼育するのに十分なスペースがない。
そして洋は高卒のまま親の脛をかじって大学に行かないニート生活を送っていたものだから農学や経営学の知識は持ち合わせていない。
洋は八方塞がりだ。
考えても考えてもいい案が浮かんで来ない。
気づけば日は落ちて外は暗くなっていた。
気分転換にと約束していた都内の繁華街のとあるホテルで女の子と遊ぶ。
いつもの日常だ。
洋は自分の抱える問題の事などすっかり忘れてプレイに興じていた。
するとふと白濁液が自分の口に付く。
舌でペロって舐めてみた。
洋は突然自分の中で何か革命が起こったような強い感情に襲われたのだ。
「そうだったのか。」
女はアルコールが入っているのか意識は朦朧とし、返事がない。
「乳牛が買えないのなら、"俺自身"が乳牛になってやろうではないか!」

洋は自分の衝動を忘れないために服やズボンを履く事すらせず、家へ一直線に駆け込んだ。
あの瞬間感じた原乳は衝撃的なものだったのは言うまでもない。
「甘い。芳醇な甘さだ。しかし、ただ甘いのではない。
甘味の中にもさまざまな"深み"が互いに衝突しすぎずかつ主張しすぎずハーモニーを奏でている。
味蕾の上で原乳の全ての成分が手を繋ぎワルツを踊っている。
味覚以外の感覚も絶妙な甘味に刺激されて過敏になる。
これを"極上のミルク"と呼ばずして他に何があるのだろうか、いやないだろう。」
凝縮された深く甘いミルクは洋にとって革新と確信を与えたのだった。
洋は「俺はもう森永を超えたんだ。俺に勝てるものなど他に誰もいない。
しかも極上のミルクは俺自身で性造できる。俺に勝てるものなど他とない。」
考えてみれば大抵女は洋のソーセージを好んでいた。
洋の中で全てのパズルピースが繋がったようだ。
そこからは早かった。
洋のミルクは飛ぶように売れた。
地元田園調布では知らない者はいない程の大盛況ぶりだ。
地元の人間ではない者も噂を聞きつけわざわざ買いに来る者まであった。
さらにはテレビで特集を組まれると洋がハンサムであった事も理由となり、ますます人気に火が付いた。
遠くからだとサンパウロから来る者がいたそうだ。
洋は朝昼は客捌き、夜はミルク性造に勤しむ忙しい日々を送るようになった。
お金は入るわ女の子と遊べるわ、洋にとって大満足であったのは想像に容易い。
ニートの洋の面影はもはやない。
そこにあるのは(2つの意味で)やり手敏腕社長の姿であった。
店の成長と共に洋も一人前の大人の男性に成長していたのだ。

しかし、そんな日々も長くは続かなかった。

この作品について

唐澤乳業掲示板に投稿された作品である。 恐らく未完成。

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