恒心文庫:勝負の行方

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本文

虎ノ門からそう遠くはないところにある倉庫に黒塗りのベンツが乗り付けた。
ボロボロの倉庫の外観とミスマッチなみすぼらしい見た目をしたその車から出てきたのは痩身の男であった。
黒いシャツに灰色のジャケット、靴はピカピカに磨かれている。腕にはロレックスが光り、まぶかに被った黒い帽子の下、サングラスが光っていた。
部下と思しきスーツを着た屈強な男が三人、後続の車から降りてくる。
倉庫からは小太りの男が出てきて、痩身の男に歩み寄り手を差し出した。
「久しぶりじゃのう、きみちゃん」
きみちゃんと呼ばれた痩身の男はその手を握り返して言う。
「ああ、久しぶりだ、ひろくん。どうだ元気にしてたか?」
「ああ、この通り」
ひろくんと呼ばれた小太りの男は、きみちゃんを倉庫の中へと案内しようとする素振りを見せたが、一言きみちゃんに放った。
「後ろの男たちはなんじゃ?ワシらの取引には不要じゃろ」
ひろくんがそう言うと部下の男のうちの一人がジャケットをめくり腰元を見せた。そこには拳銃がおさめられていた。
「そういうことか。きみちゃんもだいぶ暴力的になったのう」
「いいから案内するんだ、ひろくん」
ひろくんは肩をすくめ倉庫の中へと手招きできみちゃんとその部下たちを誘った。
倉庫に入り、扉が閉められると、ひろくんはそこに置かれた資材のうちの一つを機械でどかした。そこには地下へと続く扉があった。
「この下じゃ」
ひろくんは扉をあけ、ハシゴを降りてゆく。きみちゃんと部下たちもそれに従った。
下まで降りると電気をつけながらひろくんは言った。
「最近は監視の目が厳しくなってきてのう。今日も事務所にいるときに外から望遠レンズで覗かれたんじゃ。
尾行をまくのも、一般人のふりをするのも得意じゃが、さすがにこれの製造を目立つ場所でするわけにもいかんからこんな地下まで潜るはめになったんじゃ」
「それはお気の毒に」
きみちゃんはサングラスと帽子を外した。帽子の下には白髪があった。
「興味なしといったところかのう。で、どれくらいご所望なんじゃ?」
ひろくんはきみちゃんに尋ねた。それに対して、きみちゃんも質問をした。
「ここには今どれくらいあるんだ?」
「ざっと300から400ほどじゃが」
「それじゃあ全部だ」
ひろくんは驚いた顔をみせる。
「金ならある。もちろんキャッシュだ。ここに6億あるからそれで十分だろう?」

「6億?たったの?ワシが命がけで作ってる製品がたったの6億?
ワシもきみちゃんも会計士じゃ、勘定は得意じゃろ。ふざけるな、くそくらえ、じゃ」
きみちゃんは動じずに答える。
「確かに末端価格はざっとその百倍はする。だが、ひろくん、ここで私に売らなかったらどうやってさばくんだ?
君には販売ルートもコネもない。もちろん私以外に売れば頭に穴が開くことになるぞ」
「ふん、殺せはしない。ワシを作ることができるのは、世界でワシだけじゃからな!」
ひろくんは近くに全裸で逆さになって吊るされている自分の腹を叩いた。腹はいい音を鳴らしながら揺れた。
「見回してみろ。ここには質のいいワシが300体以上はある。どれも経産夫にはなっていない。処女じゃ。
酒もタバコもやっていない最高級のワシじゃ」
そういうとひろくんはナイフを取り出し、近くのひろくんの腹をさばく。中から内蔵と血とがこぼれ出て床に散らばった。
「どうじゃ。いい色じゃろ。これは売れる。そこかしこの通りではワシが欲しくてたまらないジャンキーどもが大勢いる。
ワシの内蔵を摂取したら頭がやけつくようなハイになれるんじゃ」
「6億だ」
きみちゃんがひろくんに再び言う。
「交渉決裂じゃのう。帰ってくれ」
ひろくんはそう言いながらハシゴを指さし、帰れとジェスチャーした。
「残念だよひろくん。仕事仲間を殺したくはなかったのに」
きみちゃんがそういうと部家の男は素早く銃を取り出しひろくんに三発撃ち込んだ。ひろくんが床に倒れると近づいて頭に一発撃った。
「ご苦労、岩村。さあ、作業にとりかかれ」
部家の男たちはそれを聞くとひろくんの元へ駆け寄り腹をナイフで切り開き、手を突っ込む。しばらくゴソゴソしたあとに報告する。
「ありました。子宮です」
部下たちは医療用クーラーボックスを取り出すと大事にひろくんの子宮をしまった。
きみちゃんはひろくんの変わり果てた死体を見ながら無表情でいう。
「ひろくん、君はこれから子宮として生きるんだ。必要なのは君じゃない、子宮だ。
子宮に適切な栄養を与え温度に気をつければいくらでも君を産んでくれる。
君がやっていたよりも大規模に、清潔に、効率的にこのビジネスができるんだよ」
きみちゃんはもう動かないひろくんの死体を背にしてハシゴを上る。部下たちもそれに従った。
「やれ」
きみちゃんがそういうと部下の一人はなにかを地下に投げ込んだ。それは爆発し大きな炎をあげた。
地下室が炎に包まれてゆく。無数の全裸で吊るされたひろくんたちが、熱で変形し体を捻じ曲げてゆく。
人間を焼く臭いがあたりに立ち込める。
「私の勝ちだ、ひろくん」
きみちゃんはそう宣言した。だが、きみちゃんは考えていなかった。
ひろくんの体は特に脂が多いことに。きみちゃんが考えていたよりもずっとはやく火は地下室に広がった。
きみちゃんが危険性に気がついた時にはひろくんの体数百体は一気に燃え爆発し、その炎は地下室の扉を破りきみちゃんを襲った。
きみちゃんはあっという間に肉を吹き飛ばされ、惨めたらしく骨にこびりついて残った顔面の肉も炎で焼けてしまった。
最後に何も発することなくきみちゃんは倒れ、他の部下もろとも死んだ。

(終了)

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