恒心文庫:全身唐澤貴洋

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本文

ある日の夜のこと。
夕飯の弁当に、唐澤貴洋が混入していた。電子レンジで数分間加熱されたからか、ぐったりとした様子だった。私のことを眺めながら、モゾモゾと動いている。
話に聞いたことはあった。しかし、唐澤貴洋のおぞましさを形容する語彙は、この世に存在しないのではないだろうか、と感じた。
恐怖と嫌悪感に、動悸が高まり、脂汗がじわりと滴る。
あまりのことに何も出来ない私を尻目に、唐澤貴洋はデミグラス・ソースまみれの太った体をくねらせながら、ハンバーグの中に潜り込んだ。

なぜ、私なのだ。

唐澤貴洋という、あまりにも理不尽な現実を突きつけられ、私は絶望した。
この唐澤貴洋さえいなければ、私の日常はこれまでどおり平穏だったはずだ。
交通事故や急病ならば、金銭によって問題の大部分を解決することができるが、私の場合は取り返しがつかない。
唐澤貴洋を解決する方法は無いのだ。

時間の経過とともに、怒りとも、焦燥感とも、狂気とも言える何かがこみ上げ、私の頭のなかを満たした。
走馬灯のように駆け巡ったのは、私の一生ではなかった。絶望の淵に沈んだ人間の、どす黒い何かだった。
無論、目の前の問題を解決する方法が無いことは理解している。唐澤貴洋が孵るのは時間の問題だ。
ここから逃げ出したところで、唐澤貴洋はどこまでも私を追いかけるだろう。
居ても立ってもいられなくなった私は、何度も転びながら台所に向かい、包丁を握りしめる。
そして、唐澤貴洋が逃げ込んだハンバーグに思い切り包丁を突き立てた。

ぐにゃり、という感触が手に伝わると同時に、無数の唐澤貴洋が飛び散り、私の体を覆う。
私の世界は、唐澤貴洋に埋め尽くされた。唐澤貴洋がありとあらゆるところでモゾモゾと動いている。
下着の中にも潜り込んだ。鳥肌が立つ。脳みその内側が痒くなる感覚に襲われた。

生暖かく、ぬめぬめとした唐澤貴洋に全身を蹂躙され、私の意識は朦朧としてきた。
ああ、こうしてこの耐え難い苦痛から解放されるのか。人間の体とはよく出来たものだ、と感心した。
口がこじ開けられ、大量の唐澤貴洋が入ってきたあたりで、私は鋭い悲鳴を上げ、気を失った。

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