恒心文庫:事故物件

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本文

この話は俺が前の事務所に勤めていた時の話だ。破産管財人の仕事がかなり手間取り先輩の山岡さんに手伝ってもらっていた、このくらい1人でこなせるようになれよ、と笑いながらテキパキとこなす。
さすがこの法律事務所の代表なだけはある、もう1人のコピーすらまっすぐ取れない人とはわけがちがう、全くあの人は仕事してんだかしてないんだかわからない。
書類の作成が終わる頃には午前2時を回っていた。さてどうやって帰ろうか、このまま事務所に泊まるのもありか、あぁ、山岡さんに申し訳ないなと思いつつ机の上を片付けていると、ポンと山岡さんに肩を叩かれた
「せっかくだ一晩付き合えよ、割といける口なんだろ?」
と手をクイっと杯を呷るような動作をする。
なるほど、悪くない左ききとまではいかないか飲める口ではある。
二つ返事で荷物をまとめ、事務所を施錠し
どこに店に行こうか、と階段を降り外に出た。ふと事務所の窓を見ると、何やら窓を人型の影が横切った、いや、揺れているのか?
まさか泥棒?それとも、幽霊?
まさか、そりゃある意味ここは事故物件だが、それはサジェストのみのはず。
これは、2人で行った方が良さそうだ、山岡先輩に一緒に見に行こうと提案する
「おいおい、幽霊とか怖いのか?スポーツマンのくせに小心者なんだな」
「やめてくださいよ、俺幽霊とか本当に苦手なんすよ」
など言いながら事務所の鍵を開け確認する
軽く見回しても何もなかったので帰ろうとするも、やれもっと見て回ろうだの、隅々まで見ないとだの、人影が揺れた窓まで行こうだのと言う。そこで俺は気づいたのだ、良く考えたら山岡先輩は扉のすぐ前で待ってるはずじゃ?
ブチュッという不意に後ろから何か液体のような、湿ったものが落ちる音がした、俺はその場に凍りついた、粘つく筋張った手のようなものが俺の頬を撫でるくぐもった聞き取り難い声で呟く背後の何か、あたりには異様な臭気がたちこめる、酸っぱいような、嗅いだことのない臭い
筋張った手に溶けかかった何かが付着したようなものが俺の首に手を回そうとした瞬間、山岡先輩が俺の手を引き脱兎の如く駆け出し事務所の外に出るとそのまま鍵を閉めた。
コンビニのトイレを借り顔を洗った後、その辺の飲み屋でしこたま酒を飲んでさっきのことを忘れようと勤めた、無理やり楽しい話題を肴にし強い酒を流し込む。
トイレには必ず2人で行く、ホモと思われようと2人で行く、俺たちはまだ怯えていた。
その後すぐ俺たちはこの事務所を辞めた
事務所は別々になったが、相変わらずあの人は歩く事故物件状態で入居した物件が次々にサジェスト汚染されていた。アレは人為的なものだが、あの夜のは一体?何かを訴えようとしていたのかそれとも?そういえば
風の噂で聞いたが、あの人は弟を自殺で亡くしているらしい。
ある雨の日、たまたま三田の事務所の前を通りかかった時、あの人が入居している部屋の窓に目をやるとびっしりと手形がついていた。窓に張り付いた雨の雫が下に向かって流れていく、しかしその手形が雫によって消えることはなかった。あの手形が外からではなく内側からつけられついることに気づいた俺はゾッとし、足早にそこから立ち去った。
もちろん後ろを振り返らないように。

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。

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