恒心文庫:ベストな方策

2021年5月10日 (月) 21:33時点における>Ostrichによる版 (正規表現を使用した大量編集 恒心文庫のリンク切れ修正)

本文

殺人未遂。
そんなタイトルで、我が社のトラックが公道を暴走する映像が動画共有サイトにアップされたのは数日前のことである。
この映像はネットの一部コミュニティで拡散され炎上した。
トラックにペイントされた我が社のマークからすぐに彼らは我が社にたどり着いた。
ネット上の炎上は歯止めが効かない。真偽不明の様々なことが、あたかも本当であるかのように書き並べられる。
私は困惑した。確かに暴走運転は許されることではない。
だから私は当該運転手の生爪を剥がし、耳をちぎり尿道に錆びた釘を差し込み、舌にハンダゴテを押し当てるという処罰を下した。
目には目を歯に歯を声なき声には力を。
ハンムラビ法典にこの言葉が起源を遡るのは有名だが、これが処罰の限界を定めた同害復讐法であるということは忘れられ、
やられたらそのままやり返せという意味で使われるようになっている。
殺人未遂を犯した運転手には、殺人未遂を味わってもらうのが一番であり、それが私にできる精々のことであった。
しかし、処罰を下したにもかかわらず、ネット界隈の炎上は収まらない。
殺せ、というのか。そんなことはハンムラビ法典に従えば許されない。一体どうすればよいのか。
そのとき、私は我が社に炎上のプロがいることを思い出した。
何でも彼は息子がネットで炎上、爆発四散したらしく、その害を父親である彼まで受けているという。
嫌がらせは長年続き、さらにその手法は実にバラエティにとんだラインナップであるという。
私は彼を早速呼び出す。ハンムラビ法典の定めにより、彼もまた炎上し、皮膚は焼けただれ、得体の知れない体液が皮膚からにじみ出ている。
私は彼に対策案を尋ねた。彼は首を振り、何もしないのが最善であると答えた。
ネットの住民はこちらの反応を楽しんでいるのであり、反応したら負けなのだという。それが、彼の炎上生活から学んだ真理のうちの一つであるらしい。
ふむなるほど。説得力が違う。
しかし、君の家は途中からなにも反応を見せていないのに、今もなお嫌がらせは続いているではないかね。私は重ねて問うた。
彼はしばし押し黙った。そして、無反応も反応なのだと言った。
曰く、それまで反応していたのに途中から無反応になると、それはそれでネット炎上の対処法を学んだという反応だとみなされるのだという。
しかし、それでは君の家はもうどうしようもないのではないか、と私は冷笑した。
我が社は無反応でなんとかこの事態は乗り切れそうである。
だが、目の前にいるこの男は、もうどうしようもない。死んだほうがマシだと私は思ったから親切心から殺してあげた。
それにこの男がいたら、さらに暴走運転とは別の火の粉までふりかかる恐れがあるのだ。
きっと、これがベストな方策である。

リンク