恒心文庫:カンフル剤

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本文

ありきたりな家族の団欒。
それが失われて久しかった我が家だったが、最近は平穏が戻りつつあった。

「亮太、祐太、ご飯よ」

「分かったンゴ」

妻の声にも明るさが戻り、全ての元凶たる息子もまた、落ち着きを取り戻してきた。

あの日。

息子がインターネット上で特定されたあの日から、私達の暮らしはどん底に落ちた。
しかし全てのことは時間が解決してくれるというのが事実。
今でもインターネットの話題をすれば気まずい空気が流れるが、それも無くなっていくのだろう。
人が永遠の存在でない以上、物事は必ず風化する、と思う。

「いただきます」

繁忙期に差し掛かり、最近は残業続きだ。
それでも、家族揃って食卓を囲むことは変わらない。
遅い時間に食べさせてしまって申し訳ないと思う反面、私を待っていてくれることが嬉しい。

私が味噌汁を啜った時。
上の息子が醤油瓶を取ろうとした時。
下の息子が納豆をかき混ぜている時。

妻がテレビの電源を入れた時。


「 唐 澤 ? 」


私が味噌汁を吹き出し、
上の息子が醤油瓶を倒し、
下の息子が納豆をこぼし、

妻の悲鳴が場を支配する。



安穏とした生活は戻らない。
消えかけた火に油を注ぐように。
フラットな心電図を吐き出す心臓にカンフル剤を打つように。

ささやかな幸せは、もう、戻らない。
忌々しい男の声が流れる中、ただ溜め息をつくしかない自分が惨めだった。




おわり

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