恒心文庫:The Sealed Swordman "K"

2023年11月26日 (日) 19:28時点における>化学に強い弁護士による版 (→‎リンク)

本文

The Sealed Swordman "K"

Stage1 -目覚め-

(ハァ…ハァ…)「流石にもう振り切れないンマ…!」
"立入禁止区域"に鳴り響く足音と警報。「タチサレ…タチサレ…」無人のラブドール型警備ロボに追いかけられるけんま。
(ひっ…ひとまずあそこに隠れるンマ!)やっとの思いで見つけた部屋に転がりこむ。しかし無残にも別の警備ロボに見つかってしまう。
「イブツ…ハイジョ…ハイジョ…」感情の感じられない声で警備ロボが動き出すと、けんまは慌てて銃を構える。
「こっ…こっちに来るなンマ~!!」「ハイジョ…ハイジョ…」「ンマ~~~~っっ!!!」しかしけんまがいくら銃を乱射しても一発も当たらない。(お…終わりンマー!!!)
けんまがそう思った次の瞬間、遠くで何かが割れる音がした。同時に警報が鳴り出した。「ビーッ!ビーッ!制御装置破損!制御装置破損!」
不測の事態に驚いたけんまだが、偶然眼の前の警備ロボの動きも止まった。後ろからは新たな警備ロボが来ている。
けんまはまた奥へと走り出したが、すぐに行き止まりに突き当たってしまう。警備ロボに追い付かれ、今度こそ駄目だと思ったその時

「まだコイツらが居たのか…しつこい奴らだな。」

けんまが声のした方向を向くと、誰かが立っていた。けんまは目を疑った。(あれはカナチ…!?文献上の存在のはずンマ!?)
そう思った矢先、カナチはこちらを向いて「おい、ソレを貸せ」そう言ってけんまから銃を取り上げると、正確無慈悲に警備ロボを撃ち抜いてけんまが来た道を進む。
「あの銃を片手で扱うンマか…」けんまはカナチの強さに驚きつつも、彼女の後を追っていく事にした。
けんまは銃を取られたので何か使えそうな物を探すと、さっきの流れ弾が当たった跡がある制御装置らしき物の陰に1本のビームセイバーを見つけた。
「とりあえずこれがあれば何とかなりそうンマね。ただこれはまだ使えるンマか?」
そう言ってセイバーを起動した瞬間、「ンマっ…!?なんて出力ンマ!!」セイバーの出力が規格外なまでに高く、腕を持っていかれそうになった。
「…とりあえずコレは最後の手段として取っておくンマか。」そう言ってセイバーを持ってカナチの後を追うけんま。
彼女が通った後は死屍累々と化しており、全ての警備ロボが破壊されていた。
ようやくカナチに追いついたけんまだが、後ろから親玉と思われる大物が近づいていた事に気づかず捕らえられてしまう。
「やめろ!離すンマ!!」けんまは必死に抵抗するも無駄で、それどころか銃弾すら通らない。「やめろ~~!!離すンマ~~!!!」
けんまが必死に暴れたが、その時に誤ってセイバーを手放してしまう。「ンマっ!?僕のセイバーが!!」床にセイバーが転がる。「ツブス…ツブシテヤル…」低く唸るように呟くロボット。
その時何かを思い出したかのようにカナチがセイバーを拾い、ロボットに斬りかかる。
「くたばれッ…!!」

―衝撃だった。カナチがロボットの腕を斬り落としたのもそうだが、それよりもあの高出力セイバーを扱える事を。それも"片手で"。
腕を斬り落としてけんまをロボットから離すと、カナチはもう一度斬りかかる。
「とどめだッ!!」腹部を切り払うとロボットは動かなくなった。
ロボットが破壊されたのを確認してからカナチは走り出す。
「とりあえず出口まで行くぞ。アンタ、名前は?」「僕はけんまンマ。」「けんま、か。よろしくな。封印を解いて感謝する。」そう言って出口へと二人は走り出した。

二人が出口まで何事もなく辿り着いたと思ったら、今度はなんと4~50体の警備ロボを引き連れた1匹のリスが立っていた。
「よう、お前ら。よくもワタシの"秘密基地"を荒らしてくれたクマね。」「お前は確か…」「ゾーノだ。封印された影響で記憶まで飛んでいるクマか。」
二人が強烈な殺気を放ち、睨み合う。あまりの殺気にけんまは逃げ出したくなる。
「まぁいいクマ。お前はここで終わりクマ。やれ!お前達!」そう言い放ってゾーノは警備ロボを一斉に起動した。
警備ロボがカナチを取り囲む。「そこのちっこいのは後回しにするクマ。まずはコイツから仕留めるクマよ!」ゾーノが攻撃命令を下す。

「雑魚共が…おとなしくスクラップになってろ!!」
カナチがセイバーを振り回すと、あっという間に囲んでいた警備ロボが全て真っ二つに切断されていた。
「クマッ!?Zセイバーは別で封印されていたはず…!?」「さっきから封印封印うるさいな。生憎こちらは寝起きで機嫌が悪いんでな。どうせお前のソレは遠隔監視機(マリオネット)だろ?だったら斬らせろ。」
カナチは強烈な殺気を纏って斬り掛かる。ゾーノもバスターを構えようとするが、それよりもカナチが突っ込んでくるほうが早く、バスターごと真っ二つに切断された。
「やるじゃねぇか…だがお前を追う者はまだ…」そう言いかけてゾーノは壊れた。カナチ曰くアレは遠隔操作で動いてるだけなので斬ったところで大した損害にはならないらしい。

「とりあえず自分はこっちの基地に戻るけどカナチはどうするンマ?」「ならオレも同行させてもらおうか。流石にここに居続けるのはマズい。」
そういって二人は基地に戻った。彼女らの戦いはまだ始まったばかりだ。

Stage2へ続く

Stage2 -凍結-

―「それで封印される前はどうしてたンマ?」「…確か"A.C."と名乗る奴を追っていた。ただ知らぬ間に封印されていたらしく、アンタがオレを開放するまで封印されていたのは分からなかった。」
「"A.C."…」"A.C."という名前にどこか引っかかるけんま。
「ハイ、健康診断は終わりンマ。50年も封印されてたのに問題一つ無いというのも凄いンマ。」先程していた話から、カナチが封印されたのは今から50年くらい前との事だ。
あそこは見た感じコールドスリープ施設ではなさそうだがどうやって封印したのかという事をけんまが考えていた時の事だった。
突如パソコンに大量の警告と共に通信が入る。

「どうやらウチの"お宝"をアンタらが盗んだらしいな。」通信が入ると共に部屋に緊張が走る。
「…その声は"A.C."か。」「ご名答。ウチが"A.C."や。何や、覚えとるんか。」「お前らの言う"お宝"はオレの事か。」「せや。だから"返して"ほしいんや。」
「!! カナチをお前には渡さないンマ!!」「なんや、"リス"から報告のあった"ちっこいの"もソコに居るんか。」「けんまはちっちゃくないンマ~!!」
「またえらい可愛らしい反応やな。まあ、今日中に"返さない"となればこちらも行動に出るとするわ。今日"返す"気は無くても流石に明日になればその気になるやろ。
じゃあな、"お宝"と"ちっこい女子さん"。」「けんまは雄ンマー!!」切れた通信に向かってけんまが叫ぶ。

―「とりあえずカナチ的にはどう思ってるンマ?」「オレは奴の下に戻る気は無い。例え明日から不幸が訪れようとも―」カナチがセイバーを握る。「この剣で叩き斬るまでだ。」
「分かった。それならボクも全力で応援するンマ!」「さっきの話だと今日は向こうが攻めてこないだろう。オレが明日に備えて今日は休ませてもらう。」
「分かったンマ。戦士にも休息は必要ンマね。」

その夜
(感覚は今日の鍛錬の感じだと鈍ってはなさそうだ。明日からはしばらく休めそうにないし今日は早めに寝ておくか…)風呂上がりにカナチはこんな事を考えていた。
「けんま、風呂から出たぞ。」「50年ぶりの湯船はどうだったンマ?」「何か不思議な感じだったな。冷めないうちに次入りなよ。」「今やってるのが終わったら入るンマ。もう寝るンマ?」
「ああ。どこで寝ればいい?」「2階の一番奥の部屋に布団を準備しといたンマ。」それを聞いてカナチは床に入った。
「さーて、大急ぎで仕上げるンマね…」けんまは再び目の前の仕事に向かい合った。部屋の明かりは深夜になっても付いていた。

翌朝
「ふぁー…」カナチが欠伸をしながら2階から降りてくる。「おはようンマ。今朝ご飯を用意するから待っていてほしいンマ。」けんまが急いで台所に向かう。
「けんま、その目…」「カナチのためにそこのアーマーを大急ぎで完成させたンマ!」「オレのためにそこまで…」けんまが座っていた椅子の前にはアーマーが一式置かれていた。
「カナチ、コーヒー飲むンマ?」「…じゃあカフェオレでお願いしたい。」大急ぎでけんまがコーヒーを入れる。
「これ食べて今日も頑張ってほしいンマ!」時間の割に豪華な朝食をけんまが持ってきた。食卓に付いてテレビを付けると衝撃の光景映されていた。
なんと街一帯から人影が消えており、それどころか要塞まで築かれている。それも1箇所だけでなく、全国に4箇所も。
「"A.C."が言っていた事はコレの事か…」「そうみたいンマね。」「奴の事だ、まずはオレら以外を潰すとこを見せしめにして牽制してくるのだろう。」「ンマッ!?直接ボクらを叩くんじゃないンマか!?」
「奴の性格から考えると恐らく最初からこっちを攻めてこないだろう。」「てっきり最初からこっちを攻めてくるものって思って迎撃装置のメンテナンスまでしたのに無駄になったンマ…」
「一晩のうちに無茶し過ぎだぞ、体壊すぞ?」「でもカナチの事を想ったら居ても立っても居られなかったンマ…」「もういい、一旦休め。俺はまず札幌にある要塞から叩きに行く。」
「分かったンマ。ご飯を食べたら転送装置を準備するからそれを使うンマ!」心配そうに見るカナチとそれを気にせず張り切るけんま。けんまは食事中も常に何かを調べているらしく、パソコンの画面から目を離さなかった。

「よし、まずは札幌の要塞から叩くか…」カナチがアーマーを着込みながら呟く。「カナチ、これも持っていったほうがいいンマ!」「何だソレは?」カナチに小さな物を手渡す。
「小型の酸素ボンベンマ。調べたらどうも要塞内で水没してるところがあるらしいンマ。」「そうか、それなら遠慮なく使わせてもらう。」カナチが転送装置の上に乗る。
「座標入力完了ンマ!いつでも準備出来てるンマよ!」「了解、こちらもいつでも出れる。」「カナチは強いから絶対負けないンマ!」「そう言われると何か照れるな…」
「それじゃ行くンマよ!転送!」けんまが勢いよく転送装置のスイッチを押す。「…I'll be back.」転送される瞬間にけんまに一言かける。
カナチが転送されるのを見届けて倒れ込むけんま。「昨日は十分頑張ったから少し休むンマか…」けんまは側にあったクッションを枕にして眠りだした。

(ここがその要塞か。けんまはあの様子だし多分もう寝てるだろうな。一人でも頑張らないといけないぞ…)現場に到着し意気込むカナチ。
さっそく屋上から中に入る。場所は札幌市にあるショピングモールだ。多くの人が集うこの場所を要塞化したのには"A.C."の思惑が垣間見える。
中に入ってみると、いたる所に巨大な氷が生えていた。行く手を阻むように床から、天井から、壁から。
エアコンが止められているのか、外よりも気温が低い。早いとこ主を倒して帰りたいところだ。
しかしカナチが歩みを進めると、思わぬ敵と遭遇した。
(あのアーマーの下に見えるのは生身の人間… という事は一般人か!?)カナチは驚愕した。"A.C."は現地で捉えた市民を手駒にしているのだ。
「一般人相手にセイバーでぶった斬る訳にはいかないな…」カナチは通信機でけんまに相談しようとした。しかし幾ら待てども出ない。
(やはり寝てしまったか… 少々かわいそうだが起こすしかないな…)カナチは通信機に叫ぶ。「おい、けんま!起きろ!!」
管制室では、けんまがカナチの呼びかけに驚いて起き上がる。「ンマッ!? カ、カナチ、どうしたンマ!?」急いでモニターに向かう。
「寝ていたところ悪いな。ちょっとアレを見てくれ。」モニターに敵兵の姿が映る。「あのアーマーの下は生身の人間のようなんだ、こっちはどうすればいい?」
「えーっと確かあれは…」急いでまとめた資料を読み漁る。「あれは一種の洗脳装置ンマね。」「洗脳装置… また物騒な物だな。」
「胸部にコアがあるンマよね。」「ああ。」「あの装置はコアを破壊すれば機能停止するンマ。そして左太腿のホルスターの中に入ってるマーカーを付けてほしいンマ。」
「コアを破壊してマーカーを付ければいいんだな。」「そうしたら後はこっちが全部回収するンマ。」「分かった。なるべく多くの人を助けるように心がける。寝てるとこ起こして悪かったな。」
「大丈夫ンマ。こっちも受け入れ体制を準備しておくからよろしくンマ。」
洗脳兵は無力化すれば救出出来る事は分かった。後はただひたすら突き進むのみだ。
道中は吐く息が白くなるほど寒い。だがカナチはそんな事も気にせず来る敵のコアを破壊する。中には武器を持った洗脳兵も居た。
しかしカナチはここである事に気づく。(妙だな… 敵に男性が混じってる気配がしないぞ…) "男性型"のロボットは混じっていても、"男性"が居なかった。
氷だらけの売り場を命ある者は救い、命なきロボットは斬り払いながら進む。ロボを斬った際に飛散るオイルが余りの寒さに凍りつく。

1階まで降りると一際大きな敵が待ち構えていた。「さしずめルームガーターと言ったところか…」敵が湯気を上げて動き出す。
「フロストアーマー キドウ… テキ サッチ ハイジョスル…」フロストアーマーの持っていた物が凍りついて剣と化した。
カナチがセイバーを構える。相手も剣を構える。その場に緊張が走ったが、破られるのも早かった。
次の瞬間、フロストアーマーが一気に距離を詰める。(あの巨体であの速度だと!?)とっさにカナチは後ろに飛び退く。
(クソッ!こんな程度で撤退する訳には…)双方の距離は徐々に縮まっていく。気づけばカナチは壁際にまで追いやられている。
(流石にコイツを飛び越せそうにないな… せめてあのヒーローのような力があれば壁キックで飛び越えられるのだが…)だがカナチはまだ気づいていなかった。既にアーマーの力を使っている事に。
「無駄だと思うが、やってみる価値はあるか…」カナチは後ろに飛び退き、壁を蹴った。その時だった。
脚部のアーマーがカナチを上跳ばせた。「!!」アーマーの力をカナチは理解した。これはただのアーマーでなく、強化装置でもある事を。
カナチはフロストアーマーの頭上を飛び越え、後ろに着地した。(そうか!オレは"上"も使えるのか!なら!)
フロストアーマーとの距離を一気に詰める。氷の鎧を斬り裂く。フロストアーマーがよろける。だが負けじと剣を振り下ろしてくる。
カナチは再び壁に向かって跳んだ。壁を使い、相手の裏を取る。鎧の一番弱そうな所を斬る。切っ先が吹いた湯気ごと斬り裂く。
フロストアーマーは最後の抵抗と言わんばかりに大きく剣を振り回した。が、余りにも振りが大きく、下をくぐられてしまう。カナチは股下から脚部関節を斬り裂いた。
敵はその場に倒れ込み、ついには動かなくなった。「このアーマーを一晩で作り出すとは… けんまも只者ではないな。」そう言ってカナチはまた進みだした。

地下に降りるとフロアが丸ごと水没していた。電気配線なんかお構いなしの状態だったので所々で漏電している。カナチはけんまから貰った酸素ボンベを装着して水の中に潜った。
この凍えるような寒さで水中はさぞかし寒いかと思いきや、水中はかなり温かかった。水中にはかつて売り物だった物が散乱しており、混沌としていた。
服屋のテナントからはジーンズが漂っていたり、車屋のテナントからはオプションで売られていたハンドルが漂っていたりした。
一刻も早く主を倒さねば、と決心したカナチは暗い水中を進んでいく。しかし道中も敵は居ない訳ではなく、魚型のロボットや酸素ボンベを背負った洗脳兵が居た。
敵を倒せば倒す程水中は混沌としていった。飛び散るコアの欠片、ロボットのオイルや部品、更に敵が動かした売り物までが散乱していた。

カナチは奥へ奥へと進んでいき、ついに最深部に辿り着いた。そこには一人の少女が待っていた。
「ようこそ、私の要塞へ。あの守りを破るとは相当ですね。」「アンタの兵士、片っ端から無力化したぞ。」「それはまた気性が荒い事。そんな人は私の力で押し流してあげましょう。」
少女がどこからともなく一本の槍を取り出した。「"L"の加護を得し私の力、お見せしましょう。」「…戦う前に1つ聞いておきたい。アンタの名は何だ?」
「あら、失礼な事を聞きますのね?こういう事は自分から先に名乗るのは礼儀では?」「そうか… オレはカナチだ。で、アンタの名前は?」「私は座間子。"L"の加護を得し水の遣い。」
(どうやら中身は生身の人間のようだな… コイツもコアを潰せば!)カナチが泳いで距離を詰める。しかし相手は優雅に離れる。
「あら、喧嘩っ早いこと。残念だけど水中は私のもの。あなたには追いつけないわ。ここで散りなさい。」座間子が槍を構える。同時に槍の周りに巨大な氷が生成される。
「スピリット・オブ・ジ・オーシャン!」先程までただの氷塊と思っていた物が意思を持ったかのように動き出す。
カナチは避けようとする。しかし氷塊はなんと軌道を曲げてカナチを追ってくる。「ふふっ、この氷の竜から逃げれるかしら?」「クソっ!」カナチは必死に逃げ回る。座間子はそれを優雅に見つめる。
「砕けろッ!」カナチがバスターを氷竜に撃ち込む。氷竜は砕けた。「お上手なこと。でもこれで終わりじゃないわよ?」座間子が上に泳ぎだす。
「次、行くわよ!マリンスノー!」座間子が通った跡に鋭い氷が次々と生成される。それらは全てカナチ目掛けて降ってくる。「喰らうかッ!」カナチが落ちてくる氷を次々と斬り裂く。
「これでどうだッ!」カナチが氷をかいくぐり、セイバーのリーチまで近づいた。コアに向かってセイバーを振り抜いたその時、「やるじゃない。でもこれで終わらないわよ?」
なんと手元に氷でできた盾を作り、斬撃を防いだ。「動けるからって無茶してるのは分かってるのよ?この水中でいつまでそんな強気で居られるかは見ものね。」
座間子が素早くカナチの裏に回る。「でも貴方、少しは私を楽しませてくれそうね。」座間子が槍を大きく構える。「水月斬!」
持ち前の反射神経で間一髪直撃を避けるもアーマーを斬られてしまった。「凄い反応ね。流石あの守りを破っただけあるわ。でも今度こそ終わりよ。」
座間子が一旦距離を取る。「アイスジャベリン!」槍によって作られた氷が巨大な氷槍となって飛んでくる。しかしカナチも一筋縄ではいかない。
相手もある程度高さを取って撃ってるので下を潜ろうと思えば通れるほどの隙間はある。カナチはその隙間に向かって一気に動き出す。
「やるじゃない。でもこれは―」座間子が構えた瞬間、カナチのセイバーが唸る。

「水月斬!!」

切っ先がコアを斬り裂く。コアが砕けた衝撃で座間子は気絶した。
「大体の要領は掴めた。これだけ出来れば問題無いだろう。」カナチは戦闘中に敵の技を学習(ラーニング)していた。
「こちらカナチ、城主を無力化した。これより帰還する。」通信機でけんまにミッションの終了を伝えた。
カナチは座間子を抱えて転送された。

拠点では洗脳を解かれた一般市民で溢れていた。しかし洗脳の後遺症は多少なりとはあるらしく、座り込んでる人も居れば、立ち上がれないほど重症な人も居た。
後遺症のほとんど無い人には誘導と搬送を分担していたが、それでも常に誰か走り回ってる状況だった。
聞けば重症な人は脳に問題があるかもしれないらしく救急車の手配が必要で、軽症な人は帰宅支援をしないといけないと大忙しの現場だった。
カナチも手伝おうとしたが、けんまはそれを引き止める。「カナチには休んでほしいンマ!!」「…そうか。ならシャワーだけ浴びて今日はもう寝させてもらうか。」
「カナチは十分頑張ったからもうこれ以上今日は手伝う必要は無いンマ!疲れを取るためにも今日はもう寝てもいいンマ!」「…2徹だけはするなよ。」
そう言ってカナチはシャワーを浴びに行った。その日は日付が変わるまで明かりがずっと付いていた。

Stage3へ続く

Stage3 -陽炎-

札幌の要塞を制した翌日、カナチは誰よりも早く起きた。
(昨日のゴタゴタは片付いたのか。彼女らは大丈夫だったのだろうか…)昨日カナチが無力化した人の事を考えてると、けんまが起きてきた。
「カナチ、もう起きてたンマか。」「さっき起きたばかりだ。昨日の彼女らはどうなった?」「症状の大小はあれど誰一人死んでないンマ。ただ後遺症が心配な人も居たンマが…」
「ひとまず誰も死んでないなら安心した。座間子の様態はどうだ?」「彼女は多少の肉体損傷はあれど、精神汚染は無さそうンマ。とりあえず朝ご飯用意するンマ。」
けんまが台所に向かう。カナチがテレビを点けるとやはり昨日のニュースが引き続き流れていたが、札幌の物だけは内容が変わっていた。今日から復旧工事らしい。
カナチがテレビを眺めていると、座間子が起きてきた。「おはようございます、カナチさん。」「あぁ、おはよう。身体は大丈夫か?」「えぇ、この通りもう大丈夫よ。」
「そうか、変なとこを斬ってなくて良かった。」

三人は朝食を食べながら"A.C."の事について話していた。「こんな事聞くのもアレンマが、捕まった時の事を教えてくれないンマか?」「ごめんなさい…その時は何が何だか分からなかったの。
確か、帰りに自転車に乗っていたら後ろから何か刺されたような…」「麻酔か?」「多分違うンマ。麻酔は血管探さないといけないから多分スタンガンンマ。」
「年頃の女を拉致した挙げ句、洗脳して自分の手駒にするとは卑劣な奴だな…」「襲った奴は男ンマ?女ンマ?」「分からないわ。死角から音も無くやられたから…」
「一昨日の通信じゃ変成機使ってたから分からないンマね…」空前の畜生にカナチは怒りを募らせる。「50年前より酷いな…」

カナチが最初に食べ終わる。「今日は福岡を叩く。出撃準備頼む。」「ちょ…ちょっと待ってほしいンマ…」けんまが頬張りながらカナチを止める。
「…ふぅ。座間子のアーマーを解析してたらバスターの強化に使えそうなパーツがあったンマ。だからバスターに組み込ませてほしいンマ。」
そう言ってけんまは急いで朝食を食べ、カナチのバスターを改造した。「…よし、出来たンマ。これで"アイスジャベリン"が撃てるようになったンマ。」
けんまが試し打ちをすると、弾丸が氷を纏い、氷の槍として飛んでいった。「通常の弾を撃ちたい時はこのパーツを外せばいいンマよ。あと酸素ボンベに防塵機能を付けたンマ。」
カナチに酸素ボンベとバスターを手渡す。「悪いな、それじゃあ行ってくる。」「ファイトンマ!」「…日が暮れるまでに戻る。」カナチは福岡に転送された。

「くっ… なんて熱さだ…」ニュースで見たとおり火災現場なのは分かっていたが、現場は想像を超えた熱さだった。
「出来ればLサイズの水筒を飲み干す前に帰りたいところだな…」生きているが故の悩みを抱えながらもカナチは燃え盛る工場へと入っていった。
流石にこの熱さの中洗脳兵を投入する訳にはいかないのか、敵は機械兵ばかりだった。「コイツは斬りがいがありそうだな。」
カナチが目の前に居た機械兵を斬ろうとした瞬間、機械兵は口から青白い炎を吐いてきた。カナチは直撃を逃れたが、その温度で水筒の塗料が溶けていた。
近付こうにも近づけなかったカナチだが、けんまから通信が入る。「カナチ!大丈夫ンマか!?」「あぁ、大丈夫だ。どうした?」「よかったンマ… カナチが出た後に座間子から説明があったンマが、
どうもアイスジャベリンの氷は熱を寄せ付けない特殊な氷らしいンマ。その程度の炎なら消火出来るらしいンマ。」「なるほど… コイツを使えってか。」
カナチがバスターにエレメント・アクアをセットする。「喰らえッ!!」カナチが機械兵に向けてアイスジャベリンを放つ。
機械兵は再び炎を放ったが、氷の槍は物ともせず、放った燃料ごと凍らせた。周囲の熱ですぐに氷が溶けたが、足止めには十分だ。
「サンキューけんま。これで炎も怖くねぇな。」「ンマ!頑張るンマ!」敵の効率的な倒し方を知ったカナチは次々と敵を倒していった。

無双していたカナチだが、ここでこんな事に気づく。(待てよ…?氷が効くって事は"アレ"も効くって事か?)敵との相性を考えながら、炎に塞がれてない一室に入る。
何事も無く通り抜けようとした時、部屋のシャッターが下りる。「クソッ!罠か!」突破口を見つけようとするカナチだが、どこからか声が聞こえた。
「フフフ… この先に進みたければこの部屋の守りを破ってみなさい。もし全員倒せたならば私はこの部屋のシャッターを上げましょう。
但しもし勝てないようであればここで炎に飲まれてもらいます。札幌の要塞を落とした貴方ならこの位は余裕ですよね?」「どこだ!どこに居る!出てこい!」
「私はこの先に居ますよ。逃げも隠れもしませんが、会いたければこの守りを破ってください。」何者かがそう言った時、天井を突き破って多数の機械兵が出てきた。
「…どうやら"アイツ"はオレが戦うとこを見たいようだな。ならば望み通り見せてやろう。 全員まとめてかかって来い。スクラップにしてやる。」
双方が構えて睨み合った次の瞬間、敵兵の一体が姿勢を低くして突っ込んでくる。「試合開始だ!」カナチは敵の裏に周り、放ったアイスジャベリンを壁にして突っ込む。
「まずは一体!」氷の破片とオイルが飛び散る。息つく暇もなく次の敵が背面から飛び込んでくる。「無駄ァ!」カナチは敵の懐に飛び込み関節部を斬り裂き無力化する。
着地隙を狙って別の機体がバーナーを吹き付ける。カナチは着地硬直を打ち消すかのように後ろの台に飛び退く。
もう一度アイスジャベリンを盾に飛び込もうとしたその時、カナチの上下から機械兵が飛び込んでくる。何たる機械的連携か!だがカナチは屈さない。
「ならコイツだ!水月斬!」セイバーが水を纏い、三日月の如き軌道を残す。濡れた斬撃は敵が吐いた炎ごと叩き斬る。着火装置が故障したのか、斬られた敵は炎を吐かなくなった。
「"当たり"だな。オレの読み通り水月斬が通ったか。」敵の新たなる弱点を知ったカナチの眼には、最早恐れなど無かった。
「次はどいつだ!たたっ斬てやる!」機械兵5台が陣形を組んで突っ込んでくる。カナチも負けじとアイスジャベリンを盾にして突っ込む。カナチの手は水月斬の構えを取っていた。
アイスジャベリンが一体を貫く。だが機械兵は倒された一体を無視して突っ込んでくる。敵兵が残骸を飛び越えてカナチを襲いかかろうとした時、カナチは水月斬を放つ。
斬撃は残された4体を一度に斬り裂く。飛び散るクーラント液が炎を消す。消えた炎の中から別の集団が現れる。
「…まだ残っていたのか。」機械兵はカナチを取り囲むように陣形を取る。「しつこい野郎だな…」敵兵がカナチを包囲すると、一斉にバーナーを噴射した。
流石に360°全ての敵を一辺に対処する事はカナチでも無理なので一旦飛び退く。もう一度アイスジャベリンを壁に敵を斬る。一体、二体、三体…
半数を処理した時、更に上から追加で敵兵が投入される。「クソッ!まだ増えるのかよ!?」カナチが増え続ける敵に苛立ちを覚えたその時だった。

「スピリット・オブ・ジ・オーシャン!」

突如視界の外から氷竜が飛んできた。「座間子、何でここに!?」カナチが振り向いた先には座間子がアーマーを着込んで立っていた。「私も手伝いたくて。」
「お前、そのアーマーはどうしたんだ?それに身体も…」「身体のほうは朝にも言った通りもう大丈夫です。アーマーに関してはけんまさんに頼んで修復してもらいました。」
けんまから通信が入る。「カナチ、間に合ったみたいンマね!」「けんま!何で彼女を転送したんだ!」「それは… 彼女が直接行きたいって言ったンマ。」
「座間子、どうして…」「あら、仲間を助けるのに理由なんて必要かしら?それにこの数だと一人じゃ厳しいでしょ。私も手伝うわ。」「…分かった。けんま!座間子のサポート頼む!」
「了解ンマ!」二人は手分けして敵を倒す。一人は水を纏ったセイバーで、もう一人は氷の竜を従えて。けんまから引き続き通信が入る。「カナチ!敵の増援生産を止めたからあともうちょっとンマ!」
「通りで次から次へと湧いてた訳だな…」現場となった工場だが、制圧された後に機械兵を作り出す工場へと変えられていた。「今からシャッター制御を乗っ取るからもう少し頑張ってほしいンマ!」
「了解した。出来るだけ早く頼む。」二人は引き続き敵を倒し続ける。一室には壊された敵の残骸が数多く散らばっている。二人が敵を倒してるうちに、気づけばその一室の火は鎮火していた。
「カナチ!制御権取れたンマ!」行く手を阻んでいたシャッターが開く。「サンキュー、けんま!」カナチはまた燃え盛る工場の中へ進んでいく。
カナチが再び進んだのを見送った時、座間子は力を失い床に座り込んでしまった。「座間子、大丈夫ンマ!?」「…少し無茶をしすぎたようね。」「まだ体力が回復しきる前に出たンマから…」
「いいの。私を救ってくれたあの人の役に立てたなら…」座間子はカナチに完全回復したと言っていたが、それは嘘だった。彼女はカナチを安心させるためにわざと嘘をついた。
朝見た時にけんまも薄々気づいてはいたが、あえてそれを指摘しなかった。彼もカナチを最善の状態で送り出す事が第一であり、カナチに不安要素を持たせたくなかったからだ。
「とりあえず早く戻ってくるンマ!」「…分かったわ。」座間子は持っていた緊急用転送装置を使い、拠点に戻る。「…負けないでね。」座間子は燃え盛る工場を後にした。

さっきの部屋に兵力を投入して生産ラインを止めたからか、あの一室を出てからはほとんど敵は居なかった。そしてカナチは工場の最奥に辿り着く。
「罠、突破したのですね。残念なこと。」「…お前の目論見通りには物事は進まなかったようだな。」「えぇ。なのでここでこの六実が、直々に"始末"してあげましょう。」
「望むところだ。果たしてどちらが"始末"されるのだろうな。」「甘く見てると火傷するわよ?」「そうか?ここまでの道のりのほうが熱かったけどな。」
「減らず口も…」六実が手を構えると、炎で出来た弓と矢が現れる。「そこまでよ!!」先に仕掛けたのは六実。炎の矢がカナチを襲う。
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ!」カナチは放たれた矢の合間を掻い潜り、懐へ潜る。「喰らえッ!!」カナチがセイバーを振り上げる。

「そんな物などお見通しよ!」

なんと、六実はカナチのセイバーに反応して手に宿らせていた炎の弓でそのまま斬り上げた。「グッ…!!」敵の一撃をモロに喰らうカナチ。
幸い急所は外れたが、それでもかなりのダメージを受けていた。「どう?私の必殺技の"昇炎斬"の威力は。決してさっきの言葉が過大表現じゃないって分かった?」
まだ致死量ではないものの、カナチの身体から血が滴り落散る。荒い息遣いのまま何も返せないカナチ。「どうしたの?もう終わり?さっきの威勢はどうしたの?」
カナチは急いで拾った治療キットで応急処置をする。「その様子だと相当きてるようね。いいわ、待ってあげましょう。"獲物"は"新鮮"なほうがいいですし。」
余裕を見せる六実。思わぬ被弾に焦りを見せるカナチ。「そろそろ次いきますわ。唸れ!烏(からす)座の力よ!ペインヘルフレイム!!」
六実の両手から禍々しい色をした炎が次々と飛び出る。「これで終わりよ!灰となりなさい!!」
「そうは…いくかァ!!」カナチがアイスジャベリンを盾にして突っ込む。「何度やっても同じこと。その手は私には通用しないわよ。喰らえ!昇炎…」
アイスジャベリンごと斬り裂こうとした六実だが、構えた炎ごと槍に振り払われる。「…!!」すかさずカナチも追撃体制に入る。
「水月斬!!」コアにこそかすらなかったが、斬撃は敵のアーマーを引き裂いた。アーマーの下から生身の身体が姿を見せる。
「…どうやらこちらも一筋縄ではいかないようね。いいわ。楽しもうじゃないの!ヘル・ノクターン!!」六実のアーマーのマントと思われていた物が突如伸び、壁や床に突き刺さる。
引き抜くと同時に刺した穴から爆炎が吹き出す。「もっと…もっと私を楽しませて頂戴!!」爆炎の波がカナチに押し寄せる。カナチは奥へ奥へと逃げていく。
壁際に追い詰められたカナチだが、壁を蹴って敵の頭上を飛び越える。「そう、それでいいの。貴方がそうする事で私はより楽しくなれるの。だからね…」
六実が再び禍々しい炎を放つ。「もっと逃げ回って頂戴!グレイヴクロー!!」炎が壁となって押し寄せる。カナチはセイバーを構える。
「何故…!何故こんな事をする!」カナチが水月斬を放つ。斬撃が炎を斬り裂く。「それはね… "あの御方"が私に最高の"遊び"を教えてくれたからよ!」
六実がマントでカナチを引き裂こうとする。「何言ってるんだ!正気を取り戻せ!!」カナチは飛び退きつつ相手の攻撃をかわす。
「いいえ、最初から正気よ!」六実は禍々しい炎を展開する。「ならば力尽くでも…」カナチがバスターを構える。「取り戻すだけだ!」カナチがコア目掛けてアイスジャベリンを放つ。
「そんな攻撃、当たる訳が―」六実は動こうとしたが、動けなかった。先程の斬撃のガタが来たのだろう。
氷の槍はコアを砕く。六実はそのまま倒れ込んだ。「…死んではないか。」倒れた六実の脈を取りながらカナチが呟く。
「こちらカナチ、対象を無力化した。これより帰還する。」
激闘の福岡での戦いは幕を下ろした。

Stage4に続く

Stage4 -常磐-

―「どうしても麻酔を入れなきゃいけないのか。」「…ンマ。」けんまが縦に首を振る。「流石のカナチでも麻酔無しは耐えられないンマ。
常人が麻酔無しでやったらショック死するンマ。」「…そうか。」カナチが吸引麻酔用のマスクを付ける。
「多分カナチなら1日もあれば回復すると思うンマ。だからそれまで…」「分かった。長い説教はゴメンだ。」カナチがけんまの話を遮る。「分かったンマ。」けんまがスイッチを入れる。
「…それじゃ、おやすみンマ。」カナチにこの声が聞こえてるのか、そんな事を考えてけんまはその場を去った。

翌朝、けんまが起きてくると先に座間子が起きていた。「カナチさんの具合はどう?」「今のとこは問題無いンマ。多分カナチの体力なら高速再生機の出力を上げても大丈夫ンマ。」
「そう… 六実さんは?」「彼女はカナチみたいに体力が無いから高速再生機を使っても一週間は掛かるンマ。急所に攻撃が当たってないから回復は早いと思ってるンマが…」
二人は高速再生機の画面を見ながらカナチと六実の様態を話していた。

「…ねぇ、けんまさん。大阪の要塞、私が行っていいかしら?」「なっ、何言ってるンマ!?今出たら昨日みたいになるンマよ!?」
「大丈夫よ。昨日はゆっくり休んだし。 …それに私以外に出れる人は居ないでしょ?」「確かにそうンマが… 別に座間子が無理をして行く必要も無いンマ!」
「あら、私が無理してるとでも?心配性さんね。ちゃんと自分の体調くらいは分かってるわよ。」「…そこまで言うなら行ってくるンマ。」
けんまは半分根負けして朝食の用意をしに台所へ向かった。

座間子が朝食を待っている間に見ていたテレビによれば、あの工場地帯に立ち込めていた火は今朝早くにようやく鎮火したらしい。
夜を徹しての消火活動を強いられたあの炎は工場7棟を全焼させたらしい。現在は警察が捜査に入ってるとの事で、テレビには焼け焦げた外観しか映っていなかった。

二人は朝食を食べると出撃準備に移った。
―「左腕のケースにマーカーが入ってるから、コアを壊してマーカーを付けてほしいンマ。」「分かったわ。」けんまが座間子にミッションの説明をする。
「それじゃあ、行ってくるね。」「くれぐれも無理はしないでほしいンマ!」「大丈夫よ。」座間子はけんまに微笑みながら大阪に転送された。

大阪城公園に転送された座間子だが、眼前には元が分からないような光景が広がっていた。複雑に入り組む木の枝、アスファルトを割り線路まで伸びる根、
ダンジョンを構築するかのように絡まった蔦、そびえ立つ複数の大木― まるで森が人間に牙を剥いたかのようだった。
「自然を暴走させる能力ンマか…?」けんまが通信機越しにその惨状を見て驚く。「ニュースだと逆側しか映ってなかったからこんな事になってるとは思わなかったンマ…」
「人工的に作られた自然の要塞ってとこかな…」「ややこしいンマ。人造なのか天然なのかはっきりしてほしいンマ。」「でも行かなきゃね。」
座間子は槍を握り、鬱蒼とした森の中に入る。
森の中はまるで迷路のようになっており、何度も同じような光景が続いていた。「この道で合ってるのかしら…」「一応エネルギー反応には近付いてるみたいンマ。」

薄暗い森を進んでいくが、不思議な事に敵の気配はあまりしなかった。洗脳兵は所々に居たが、機械兵をあまり見なかった。それどころか機械兵を見かけたとしても、一切動かない物がほとんどだった。
「…なんでこんなに故障した機械兵が居るンマかね?」「さぁ…」「一応何らかのデータが手に入るかもしれないンマ。マーカーを使って転送してくれないンマか?」「分かったわ。」
座間子が故障した機械兵を転送する。(もしかしてあの人が? …まさかね。) 座間子にはこの事について思い当たる人が居たが、気のせいだと思う事にした。

しばらく進んでいくと、日が差す広い空間に出た。足元には複雑に蔦が絡まり合っており、下層の様子が見えた。しかし座間子がその広間に入った時、待ち構えていたかのように何かが乱入してきた。
「嫌…」その姿を見て座間子は生理的に嫌悪を覚えた。所々でもぞもぞと動くパーツ、黒く光沢を持った甲殻、大型の複眼、毛の生えた脚部、座間子の3倍はあろう巨大な体格―
まるで蟲のおぞましい部分だけを集めた風貌をしていた。頭では機械と分かっていても、身体が逃げようとする。引こうにも本物と見間違うムカデ型ロボが入り口の周りで多数徘徊している。
「やめて… 来ないで…」恐怖心に縛られた座間子の目には涙が浮かんでいた。けんまが必死に座間子に呼びかける。「座間子!アレは機械ンマ!虫なんかじゃないンマ!!」
そんな事は重々承知している。しかし本能がここから逃げ出そうとしている。座間子はどんどん追い詰められる。次第に逃げ場が無くなっていく。
遂に壁際まで追い詰められた。恐怖心で逃げられなくなった座間子を蟲型機械兵が襲おうとした時だった。

座間子に送信主不明のメッセージが入る。通信機は淡々と機械音声で読み上げる。
「なんとか権限掌握出来た 相手とのせめぎ合いでハックが相当困難になっている だが多少の時間稼ぎは出来る 完全に閉め出される前に倒してくれ」
そのメッセージには、署名代わりにこんな英文が綴られていた。
"There's no way back,the time is now for me."と。
通信が入ったと同時に敵はビープ音を出して動作を停止した。メッセージ通りならエラーでも吐かせて無理やり止めたのだろう。
座間子は落とした槍を拾い、再び動き出す。「"帰り道は無い、この時間は私の物なんだ" ね…」その言葉が座間子を励ましたのか、もはや恐怖心など無かった。
「…そうね、自分の意志でここに来てるからにはやらなきゃね。」座間子が再び槍を構える。脇を抜けて横に出た時、機械兵も再び動き出す。
機械兵は蜂型のドローンを卵を産むように放出する。「やっぱり怖い…」座間子は怯えるが、それでも果敢に立ち向かう。
彼女の決意が影響を与えたのかは分からないが、怯えを振り払うと同時に座間子を狙っていたドローンの挙動も不安定になる。急に姿勢を崩したり墜落して再起不能になったりした。
(そうね… 私は決して一人でないんだわ。)彼女は意を決して槍の力を放つ。「スピリット・オブ・ジ・オーシャン!」氷の双竜は残ったドローンに向かって飛んでいく。
氷竜はドローンを喰らう。喰われた残骸からは機械である証のように火花が飛び散る。
機械兵は一気に距離を詰めようと、脚を全て設置させるために倒れ込む。突進しようとしたその時、一瞬動きが止まる。座間子はその隙を見逃さず、死角に潜り込む。
ガラ空きになった空間に機械兵は構わず突っ込む。裏を取れた座間子には致命傷を与える絶好のチャンスが来ていた。
槍を構えた座間子だが、彼女の意思と関係無く槍が力を纏う。槍に纏った力は意志を持ったかのように自分から竜の姿を取る。
それも今まで使ってきたものと比べ物にならないくらい大きな竜の姿を。氷竜は形成されると同時に唸り声を上げる。―まるで生命が宿ったかの如く。
だが座間子はその氷竜を通じて何か感じ取っていた。1つはとても頼もしいオーラを。もう一つは座間子にはとても理解出来ない物だったが安らぎに近い物を感じた。
座間子が槍を構えて突進すると、氷竜もそれに呼応するかのように機械兵に喰らいつく。それも一度だけでなく何度も。
いくら硬い装甲を持つ大型機械兵とはいえど、氷竜の連撃は着実に装甲を削っていった。そして装甲が剥がれ、座間子は止めの一撃を放つ。
「落烈斬!!」槍は氷を纏い、騎馬槍の如し刀身を形成する。貫通力を増した槍は敵に空いた穴から内部機構を破壊し、遂にはもう一度装甲を貫通し機械兵を串刺しにする。
機械兵はその場に崩れ落ちる。座間子は恐怖に打ち勝ったのだ。「…やっと倒せたみたいね。」「一時はどうなるかと思ったンマ。座間子!頑張ったンマね!」
座間子が恐怖に打ち勝ったのを見届けるかのように、巨大な氷竜も音を立てて崩れる。「…ありがとうね。」座間子は氷竜の欠片に感謝を言う。
座間子が広間から出ようとした時、けんまが氷竜の残骸から何かを見つける。「座間子、ちょっと待ってほしいンマ!」「どうしたの?」「あの残骸からまだ電波が出てるみたいンマ。」
「どういう事?」「あの氷竜、多分中に何かあったと思うンマ。ちょっと調べてくれないンマか?」座間子が氷竜の残骸を調べると、1枚の基盤が落ちていた。
「なんだろ、これ。分かる?」「何かの部品だと思うンマが…?それちょっと持って帰ってきてほしいンマ。」「分かったわ。」座間子は基盤を拾って広間を後にした。

広間を抜けると、複雑だった道もほとんど無くなった。恐らく侵入対策してあるのはあの広間までだったのであろう。
しばらく行くと、玉座と思われる大部屋に着いた。「ここがゴール…なのかな?」「エネルギー反応見てる限りではそうっぽいンマが…」
しかしその大部屋は妙に小ざっぱりしていて誰も居なかった。―その時までは。
「よく来たわね、いらっしゃい。」天井から一人の少女が降りてきた。「あの蟲、あなたが壊したのね。見かけによらず大した度胸だわ。」
「座間子、気をつけるンマ。この反応、城主の反応ンマ。」けんまが座間子に警告する。
「えぇ、あのロボットは少し苦労したわ。」「あらそう。ならば少しは退屈しのぎになりそうね。まさかここまで来れる人が居るとは思わなかったもの。」
「何の偶然かは知らないけど、ここまで迷わず来れたわ。」(迷ってたンマよね…)「ならその"偶然"とやらをここで私にも見せて頂戴!」
敵はいきなり爆弾を放つ。「フォレストボム!」木の実のような爆弾は炸裂すると同時に大量の枝葉をそこら中に撒き散らす。
一瞬にして障害物を発生させると、敵は更に追撃体制に入る。「まだまだよ!」もう一度フォレストボムを放つ。
「くっ…!」座間子は飛んでくるフォレストボムを斬り落とすのがやっとだった。「あら、さっきまでの威勢はどうしたの?もうおしまい?ならこの十七実が直々に手を下す必要は無さそうね。」
「何ですって…!」座間子は再び槍を構える。「アイスジャベリン!」十七実目掛けて氷の槍を飛ばす。しかし一七実は余裕の表情を見せている。
「ホーネットチェイサー!」なんとバスターから蜂型のドローンを複数召喚し、槍を強引に相殺した。
「その程度の攻撃なら私が喰らうまでもありませんわ。行きなさい!」十七実は再びホーネットチェイサーを放つ。
蜂型ドローンが座間子に襲いかかろうとする。

しかしその時、襲いかかってきたドローンが急に全て動作を急に停止した。
「上手くいったンマ!座間子!」「けんまさん!どういう事なの?」「実はついさっき差出人不明のプログラムが送られてきたンマけど…」
(差出人不明… あの時の人?)「そのファイルがどうも敵の機械兵にピンポイントで感染するウィルスだったみたいンマ。感染するとシステムの制御権を乗っ取るバックドアを作るんだけど―」
「けんまさん、私にそういう話されても…」「すまないンマ。要約すると、あのドローンはこっちで制御出来るンマ!それじゃ早速…」
けんまがドローンを再起動する。「貴様…!一体何をした!!」「…これがあなたの言うところの"偶然"ってやつかな。」今や先程召喚されたドローンは座間子のオプションとして動いている。
「ならばもう一度召喚するまでだ!!」十七実はホーネットチェイサーを放つ。しかしそれに反応するように座間子のホーネットチェイサーも激しく動き出す。
なんとそれに呼応するかのように放たれたドローンが再びこちらに寝返る。「もうウィルスに感染したンマ!?なんて感染力ンマ…」通信機越しに見ていたけんまが驚く。
「…そんなにすごい事なの?」「凄いってレベルじゃないンマ!!これは…大戦でも通用する軍事兵器レベルンマ!!」けんまが興奮気味に話す。

「一度ならぬ二度までも!!もういい!ならばこちらから行ってやろうじゃないの!」十七実が勢いよく後ろに飛び退く。
「喰らいなさい!フライングインパクト!!」十七実が勢いよくこちらに突っ込んでくる。
座間子はアーマーによって強化された身体能力で回避したが、それでも座間子の反応速度では到底避けきれない速度だった。
「あぁっ…!!」左脚が敵の攻撃に喰らってしまう。「そう、それでいいの。大人しく私の退屈を紛らわせてくれればいいの。」攻撃を喰らった座間子の左脚からは血が垂れる。
「座間子!大丈夫ンマ!?」「平気よ… これくらい…。」「平気じゃないンマ!!座間子は人に余計な心配させたくないのは分かってるンマ!!」
「ありがとう、けんまさん。でも…」座間子が槍を使って再び立ち上がる。「でも、私が行きたいって言ったから最後までやり遂げないとね。」
座間子は覚悟を決める。(神様… どうか私を護って…!)「いでよ氷竜!スピリット・オブ・ジ・オーシャン!」「そのザマでまだやるとはねぇ… 私も見直したよ。」
座間子はドローン、氷竜と共に突っ込む。左脚から垂れる血が軌跡を描く。「一刀両断!」座間子が槍を振り上げる。
「よろしい!ならばその意気に迎え撃ってあげましょう!!」十七実も両腕を合わせ、斧のようになった腕部を振り上げる。
その時だった。座間子の高ぶる精神と覚悟に同調したのか槍が輝き出す。「OVERCLOCK ACTIVE」槍が電子音声を発する。
座間子は興奮して聞こえなかったのか、そのまま振り下ろす。「水月斬!!」同時に十七実も腕を振り下ろす。「割木斬!!」

相打ちかのように思われたが、結果は一目瞭然だった。なんと、槍は十七実の腕に付いていた刃を切り落とした。
しかし座間子も今の一撃で力を使い果たしたのか、槍の光が消えると共に倒れ込む。十七実は今の一撃で唖然としていた。
無防備になった十七実に蜂と氷竜が喰らいつく。蜂はアーマーを破壊し、氷竜はコアを喰らう。
コアを破壊され、力を維持出来なくなった十七実は気を失い倒れ込む。

しばらくしてから座間子が再び立ち上がった。「やっと… やっと終わったのね…」座間子の頬には涙が伝っていた。
「こちら座間子、回収をお願いするわ。」座間子は十七実と共に拠点に帰還した。

Stage5に続く

Stage5 -閃光-

座間子が十七実を倒したその夜、拠点はいつもより静まり返っていた。
処置室でただ静かに光る高速再生機のモニター、誰も居ない食卓、研究室からカタカタと聞こえるキーボードの音…

座間子は満月に照らされた屋上で、夜景を見ながらただ一人考えていた。
何故"A.C."が私を狙ったのか、何故男性の洗脳兵が居なかったのか、そもそも何故私が隊長格だったのか。
降り積もった雪がよるの静寂を作り出していた。

研究室では、けんまが故障した機械兵の解析をずっとしていた。
「ンママ… コレを送ってきた人はどんなバケモノンマか…」けんまがディスプレイを見て驚愕する。
「2日で暗号解析してその上ウィルスにまで感染させるとか人外ンマ…」故障した機械兵はウィルスによりシステムを破壊されていた。
けんまに送られたファイルには、機械兵の解析に必要な事が一通り書かれており、けんまはそれを見ながら解析していた。
「こんなアーキテクチャ初めて見たンマけど、どうやって解読したンマか…」けんまは一心不乱にキーボードを叩く。
機械兵が破壊された時には自身のデータを消去するという挙動が書かれていたのだが、感染したウィルスがその挙動ごと強引にねじ伏せていた。
「どういう考え方してたらこんな綺麗にシステムだけぶっ壊せるンマか…」

解析を続けていると、ある特徴的なデータを見つけた。「ンマ…?このデータ、もしかして…?」
けんまは見つけたデータにアクセスしてみるが、エラーでアクセスを拒否されてしまう。
しかしけんまはエラーコードで何かを察したようで、「最後の鍵は東京にあるンマか…」と呟いた。

翌朝、麻酔が切れて眼が覚めたカナチが食卓に来ると、既にけんまと座間子が起きていた。
「カナチ、おはようンマ!身体の調子はどうンマ?」「若干痛みは残ってるが何ら問題は無い。それより座間子、その脚どうしたんだ?」
座間子の左脚には血が染みた包帯が巻かれていた。「ううん、大丈夫よ。」座間子がカナチに笑顔で返す。
カナチは大丈夫じゃないだろと言おうとしたが、けんまがこれ以上聞くなという気迫でこちらを見てきたので、それ以上聞かない事にした。
「カナチ、朝ご飯の用意は出来てるから出すンマ。それと、ご飯食べてる間にバスターを改造させてほしいンマ。」
そう言ってけんまはバスターを受け取り、朝食を取りに行った。

カナチがテレビを点けると、新宿で機動隊と"A.C,"の部隊が衝突する映像が流れていた。
機動隊は"A.C."の部隊に向かって発砲するも、何ら動じる事無くただ歩み寄り、それどころか謎の閃光と共に何人かが敵に寝返っていた。
その後、"A.C."の部隊が撮影されている事に気づいたのか、カメラに銃口を向けた後、映像が崩壊して終了した。
流石にカナチもこれは捏造だろうと思ったが、別のカメラもその事を捉えており、その映像には敵の指揮官らしき人物も映し出されていた。
―そこには、10代前半であろう少女が、大型武装を身に付け飛び回っていたのだ。
こちらのカメラは先程の謎の閃光を捉えた後に身の危険を察したのか、その後急いで撤退する様子が映されていた。
「次の相手はアイツか…」「あの女の子… けんまさんと同じくらいの歳?」「恐らくそうだ。顔はよく見えなかったが、背丈からするとそうだろう。」
けんまが朝食を用意してくれたのでカナチは朝食を食べた。その間テレビでは、大阪城公園に生えた巨木に対する議論の様子が映されていた。

カナチが朝食を食べ終わり、けんまの下へ行くと、バスターの最終調整をしていた。
「カナチ、ちょうどいいとこに来たンマ。後ちょっとで調整が終わるンマ。」けんまがバスターを弄る。
「…よし、出来たンマ。」「今回はどんなのだ?」「えっと… まずこの"エレメント・ヒート"が―」けんまが試し打ちをする。
「こんな感じで炎の矢を扇状に飛ばせるンマ。で、こっちの"エレメント・ウッド"が―」再び試し打ちをする。
「こんな感じで衝撃で起爆する爆弾を飛ばすンマ。」「分かった。」カナチはけんまからバスターを受け取る。

「今回は渋谷に行けばいいんだな。」「ンマ。」「相手が相手だから少々やりにくいが…」カナチが転送機に乗る。
「それでもオレがやるしか無いな。けんま、転送を頼む。」「ンマ!ここまで来たカナチだから今回もきっと大丈夫ンマ!」
「カナチさん… 必ず帰ってきてね。」「あぁ、負ける訳にはいかないな。」カナチは二人に見送れられて渋谷に転送された。

カナチが転送された先では、空調から"A.C."の部隊と機動隊が衝突した時の火薬の臭いがしていた。
「…渋谷駅を要塞化したか。アイツの所まで辿り着くのに時間が掛からなければいいのだが…」
カナチは要塞化された渋谷駅を進む。普段なら一般人でごった返している渋谷駅なのだが、今日は違った。
歩いているのは自動哨戒用の機械兵、重装備を身に纏った洗脳兵、軽めの装備とローラーブレードを身に着けた機動歩兵…
更に道中には鉄道用電源や商用電源を使ったであろう電撃トラップが仕掛けられていた。
カナチはセイバーとバスターを手に転送された渋谷ヒカリエから飛び出した。

元々"魔境"と称される渋谷駅なだけあり、敵将の所まで辿り着くのも一苦労だ。
レーダーを使って探し出そうにも、電撃トラップが放つエネルギーがそれを邪魔する。
「クソッ…!自分で探すしか無いのか!」
カナチは改札前に居座っていた洗脳兵を倒し、改札を飛び越える。
普段なら駅員が居て止められるが、今日は駅員は誰一人居ない。仮に居たとしても洗脳兵に取り込まれてるだろう。
カナチは改札を越え、階段を駆け下りた。

地下4階は待っていたと言わんばかりに大量の敵兵が配置されていた。
敵兵はカナチに気づくと、電撃などを飛ばして攻撃する。
カナチは迫りくる電撃を潜り、飛んできた銃弾を飛び越え、敵を無力化していく。
けんまも応戦の為に、早速昨日入手したウィルスを実戦投入する。
カナチは洗脳兵を、けんまは機械兵を相手取り、ひたすら敵を迎え撃つ。

道中のトイレには、偶然戦火から逃れた一般人が隠れていた。
一般人は敵兵と思い込んで怯えていたが、カナチがあやす。
「ヒッ… も…もう終わりだ…!!」「おい、落ち着け。オレはお前を偶然見かけたから助けに来ただけだ。ほら、コレを使え。」
カナチは転送用マーカーを手渡す。「コレを貼ればお前を仲間が回収してくれる。オレの拠点は奴らには見つかってないから安心しろ。」
「あなたは一体…?」「オレの名はカナチだ。奴の存在を追う者と言っておこう。」「カナチさん!!あなたは私にとっての英雄です!!この恩は一生忘れません!!」
「英雄か… オレは正義の味方でもなければ、自分を英雄と名乗った覚えも無い… ただ自分の信念に従って戦っているだけだ。」
カナチはそう言って、転送されるのを見送ってその場を去った。

敵将がどこに居るのか分からない中、カナチは直感で田園都市線のホームに向かう。
カナチが地下3階に上った時、大型の敵がカナチを待ち伏せていた。
声こそ発してはいないが、生身の腕が垣間見えてる辺り、洗脳兵が乗り込んで使うパワードアーマーのようだ。
「クソッ…!こんな狭いところで!!」カナチは電車4両分の幅で戦う事を強いられる。
柱や壁を盾に使ってもいいが、下手に使うと天井崩落の危険もある、匙加減の難しい地形だ。
双方睨み合いが続いたが、先に動いたのは敵のほうだ。
敵は周りの地形を気にせずいきなりガトリング銃を放つ。
放たれた弾丸は時刻表、ゴミ箱、安全柵などといった物を破壊していく。
カナチも敵の掃射に合わせて動くが、天井が低く思うように避けられない。
カナチの皮膚を数発の弾丸が切り裂く。傷口からは弾丸を追うように血が飛び出る。
距離を詰めようにも、機銃掃射のせいでまともに近づけない。
「けんま!どうにかしてくれ!!」カナチはけんまに助けを求める。
「カナチ、そんな事いきなり言われても…」けんまも必死でキーボードを叩く。
敵の機銃掃射は止む事なく無慈悲にカナチを狙い続ける。

その時だった。辺り一面が一瞬で暗くなる。
「停電か!?」「ち、ちょっと調べてみるンマ!」
しかし空間が闇に覆われると同時に敵の機銃の音も止まった。
しばらくすると再び明かりが点いたが、敵兵は動き出せなかった。
「どうやらオーバーキャパシティ(電力超過)だったみたいンマね。」「電子制御であるが故の弱点か…」
敵のパワードアーマーには駅の商用電源を使っていたようで、余りの消費電力にブレーカーが落ちたのだ。
再起動にも相当な電力が必要なのか、カナチが動き出してもまだ動かない。
動かないパワードアーマーなど最早ただの鉄塊に過ぎない。カナチは一気に駆け寄りガトリングを斬り落とす。
充電が終わったのか、ようやく再起動したパワードアーマーだが、時既に遅し。
武装の剥がされたパワードアーマーは手際良く解体され、操縦者のコアを破壊する。
パワードアーマーは再び膝を付く。その鉄塊は二度と動き出す事は無かった。
カナチは破壊されたパワードアーマーを横目にハチ公改札の方へ走っていった。

地下2階に上がったカナチだが、未だに相手が居る位置を把握してない。
「どこだ…!」カナチが再び動き出そうとしたその時、上のほうで何かが崩れる音がした。
カナチが急いで階段を上がると、巡回兵が東急百貨店を荒らして回っていた部隊と衝突した。
敵はいきなり発砲してきたが、低い姿勢で弾丸を掻い潜り、敵の懐に潜る。手慣れた手付きで敵のコアを破壊していく。
巡回部隊を無力化した後東急のほうに向かうと、大胆に破壊された壁と飛散した瓦礫で変わり果てたしぶちかの姿があった。
進むか戻るか悩んでいたカナチだが、レーダーが一瞬強力なエネルギーを捉える。
「この反応… 山手線のほうか!」カナチは瓦礫で埋まったしぶちかを駆け抜ける。
途中、地上で交戦中の自衛隊員を見かけたが、構っている余裕など今は無い。
今はただ、敵将を探し出す事に集中しなければならない。

再びJRの駅構内に入ると、最後の守りと言わんばかりに敵兵が固まっていた。
敵兵は一斉に襲いかかってくるが、カナチは果敢に立ち向かう。
一見カナチが不利なように見えるが、カナチはこの状況を利用する。
先陣を切って突っ込んでくる機械兵の脚を斬り落とすと、後続がそれに躓くように次々と倒れていく。
銃弾を放ってくる敵に対しては高速で飛び回り、相手を翻弄する。
すると銃撃の精度があまり良くないのか、撃ち損じが別の敵兵に当たる。
カナチは次々と同士討ちで敵を無力化する。しばらくすれば、辺りは斬られた機械兵の残骸ばかりになっていた。
カナチは散らかった残骸を後に、奥に進む。南改札を抜けホームに降りる。

ホームに降りたカナチは衝撃を受けた。
テレビで見たあの少女が、鉄道用電源で充電をしていたのだ。
「アイツ…アンドロイドか!?」カナチは自分の目を疑う。しかしセンサーが感知した信号にはきっちりと"人間"と出ていた。
「どういう事ンマ…!? 20kVの電源ンマよね!?」けんまも通信機越しに驚く。
向こうもこちらに気づいたのか、充電を終え、こちらに近づいてくる。
「ちょうどいいタイミングで来たのです。」「…アンタがこの部隊の指揮官か。」
「そうなのです。あんな奴らに電(いなづま)が自ら出向く必要は無いのです。」
「やけに自信たっぷりだな。それが20kV電源からくる自信か。」
「電の本気を見るのです!雷鳴に慄くがいいのです!!」電は蓄えた電力をオーラのように纏う。
「ならばその意気に答えさせてもらおう!!」双方が突っ込む。
お互い手にした武器には刃が形成されていた。
「落砕牙!」「昇炎斬!」お互いの斬撃が交差する。
しかしお互いに傷一つ付けなかった。初撃はお互いに様子見で放っただけだ。
「電の攻撃に怯まないのは流石なのです。」「あの程度でビビるようじゃ、ここまで来れないんでな。」
お互いの武器には斬った時の炎と電撃が残る。
電は再び武器を構える。「次は本気なのです!!」
銃口から電撃弾が放たれる。ゆっくりとした動きなのだが、かなりのエネルギーが圧縮されているのがカナチでも分かる。
「さぁ!私から逃げ惑うといいのです!」電撃弾は時折大きく放電しながらこちらに迫ってくる。
逃げ惑うカナチに電は追い打ちをかける。「こっちからも逃げてみるのです!スクランブルサンダー!!」
銃口から地を這う電撃が放たれる。電撃弾は双方からカナチを追い詰める。
「ならば…!」カナチもバスターを構える。「アイスジャベリン!!」
氷槍は電撃弾に向かって飛んでいく。氷槍は2つの電撃弾を貫き、ショートさせて強引に相殺した。
その隙にカナチも突っ込む。しかし突っ込まれるのを相手も想定していたのか、即座に反撃される。
「読み通りなのです!雷光閃!!」電は電気をオーラのように纏い、目にも留まらぬ速さで突き抜けた。
「ぐぅっ!!」カナチはセイバーで弾いたが、それでも電撃から逃れる事は出来ず、感電してしまう。
アーマーの効果により、致命傷にはなっていないものの、依然として痺れは残る。
「まだまだなのです!!スクランブル―」「させるか!!」電が構えたところにすかさずカナチがバスターを連射する。
カナチは息を切らせつつも再び立ち上がる。「この程度の攻撃で… くたばるかッ!!」
再びセイバーを握り懐に潜り込もうとするカナチ。「何度やっても同じなのです!!雷光―」

「見切った!!」カナチは背中回り込み、コイル状のパーツを斬り落とす。
電の背中で急激に解放された電気が爆発を起こす。「ぐうっ!!」電はその衝撃でダメージを受ける。
斬り落とされたパーツからは、依然として火花が散る。
「よくも… よくもやってくれたのです!!もう怒ったのです!!」電は残った電力を全て解き放とうとする。
「ライトニング…」電の武器の間に巨大な電撃球が作られる。
カナチはバスターを放つも、強力なエネルギーに遮られる。
「これで終わりなのです!!ライトニングボルト!!」

電が電撃球を放とうとした途端、背中のパーツがオーバーロード(負荷超過)を起こしたのか、一斉に爆発してしまう。
「がはっ…!!」電は爆発の衝撃で大きく吹き飛ばされてしまい、線路に頭をぶつけて気絶してしまった。
「大丈夫か!?」カナチが近寄ったが、反応は無い。カナチは焦ったが、まだ脈はあるので生きてる事は確認した。
そしてカナチは静かに電のアーマーのコアを破壊した。
「けんま、聞こえるか?対象を無力化した、回収を頼む。」そう言ってカナチは幼き兵士と共に拠点に戻った。

Stage6に続く

Stage6 -変幻-

カナチが電を抱えて帰ってから5日、けんまはずっと謎のデータの解析を続けていた。
札幌、渋谷、大阪、福岡の4箇所にあった"A.C."の部隊活動拠点を制圧して鍵は全て揃ったはずなのだが、解析は難航していた。
それぞれの街は賑わいを徐々に取り戻しており、人々が惨状を過去の物にしようとしていた頃だった。
ニュースでは当てにならない情報が流され、挙句の果てには陰謀論まで出回りだしていた。

拠点の中でも"A.C."の正体は分からず終いかと思われていたが、その日の夜、けんまが大慌てで全員を呼び出す。
「たっ、大変ンマーーー!!!」「けんま、どうしたんだ?いきなりそんな大声出して。」
「とりあえずコレを見てほしいンマ!!」けんまはテレビに解析した情報を出す。「何だよ…コレ…」
そこには通信の発信元と思われる海上要塞の座標及び"A.C."の活動部隊のリストが表示されていた。
「多分ここに"A.C."が居るンマ。割ったデータが正しければ、あの要塞はだんだんこっちに近づいてきてるンマ。」
「…戦いはまだ終わってないって事か。」「それじゃあ… 私達は囮だったって事!?」
「…多分そうンマ。要塞の兵装情報を見てる限りではアレが本命っぽいンマ。」
「けんま、アレに乗り込めそうか?」「カナチお姉ちゃん!?」
「セキュリティ解読さえすれば一応行けるンマが… でもカナチ、本気ンマ!?まだセイバーの修理は終わってないンマよ!?」
「バスターだけで何とかする。どうせ余裕は無いんだろ?」
「確かに計算が合ってれば2日程度しか無いンマが… それでもセイバー無しで行くのは無茶ンマ!!」
「じゃあ何だ?一日で直せるのか?」「それは…」けんまがうつむく。
カナチのセイバーはけんまの理解力を超えた設計で、けんまでさえ少なくとも一ヶ月は掛かる物だった。
「だったらオレがセイバー無しで行ったほうが―」

「待って。」座間子がカナチの話を遮る。「多分あの人なら… あの人なら1日で直してくれるはず…」
「ンマっ!?そ、その人はどこに居るンマ!?」
「それは言えないの… あの人ちょっと変わってるから。でも私が持っていけばやってくれると思うわ。」
「1日か… 賭ける価値はありそうだな。分かった、お前を信じる事にするよ。」
「カナチさん… 分かったわ。けんまさん、後で私が言った所に送ってくれない?」「わ、分かったンマ。」
そう言って座間子は別の部屋に行った。どうも電話してるようだが、相手が誰かは分からなかった。
しばらくして座間子が出てきて、けんまからセイバーを受け取ってどこかへ転送された。
彼女がどこに行ったのか気になったけんまは追跡しようとしたが、向こうから通信が切断されたらしく、追跡出来なかった。
「本当にアレを1日で直せるンマかね…」「今はアイツを信じるしかない。」

翌日になっても座間子との通信は途絶えたままだった。
泊まりになると言っていたので帰ってこないのはわかっていたが、通信も出来ないとなると不安だった、
「まさか座間子ちゃん、変な事に巻き込まれてないよね?」「座間子お姉ちゃんはきっと大丈夫なのです!」
電が拠点に漂う不安を和らげようとする。「果たして間に合うかどうか…」
その日いっぱいは座間子からの応答は無かった。

翌日、朝早くに座間子から連絡が入り、けんまは寝ぼけ眼で応答する。
「けんまさん、セイバーの修理、終わりました。」「ふぁー… 分かったンマ、今回収するンマ。」
けんまが座間子を回収する。「カナチさんは?」
「まだ起きてないンマ。けんまはまだ眠いからもう少し寝かせてほしいンマ…」
けんまはソファーで眠りについたが、しばらくして非常事態が起こる事はこの時誰も予想してなかった。

あれから2時間程度たった時、突如として防災スピーカーから鳴り響く"武力攻撃"を意味するアラート。
拠点中が騒然とし、出勤時間になりつつある街は一瞬で静まり返る。その瞬間、日本中がパニックに包まれた。
―一部の人物を除いては。

「…遂に奴が来たか。」アラートでカナチも眼が覚めたが、けんまと対照的に冷静沈着だった。
「あっ、カナチさん!セイバーの修理終わりましたよ!!」座間子がカナチにセイバーを手渡す。
「間に合ったのか。」「えぇ、あの人の技術力を甘く見てはいけませんわ。」
受け取ったカナチは早速セイバーを起動してみる。
「!! 何だこの出力…!!」出力がさらに上げられていたのか、カナチでも両手で持たないとセイバーに振り回されそうだった。
「座間子、コイツに何をした?」「あの人、"修理したついでに自分が出来る限界までチューニングした"って言ってたけどまさかここまで…」
「まさかコイツがここまでの性能を秘めていたとはな。面白い、使いこなしてやろうじゃねぇか。」
「凄いンマ… けんまでも悩んだあの構造を一日で修理した上にあそこまで改造するって一体何者ンマ…?」
「本人は"イリーガルな機械馬鹿"って言ってたけどね。そんな事より朝ごはん、用意しなくていいの?」
「忘れてたンマ!!」「けんまちゃん、まだ朝ご飯用意してなかったの!?なら私も手伝うから早く用意するよ!!」
けんまは六実に急かされながら、台所に朝食を用意しに向かった。

朝食を待っている間にテレビを点けると、どこの局も例の海上要塞と米軍及び海上自衛隊が交戦する様子が映されていた。
事態が事態なだけに当然と言えば当然なのだが、危機感と同時に違和感も伝わってきた。
今まで国内でここまで大規模な軍事テロが無かったので、この映像には複雑な感情を感じた。
しかし感心している場合でも無く、事態は深刻だった。
急遽招集された軍艦が海上要塞に攻撃するも、謎のエネルギーによって防がれ、反撃される様子が放映されていた。
あの要塞は緊急招集された艦とは言えど、軍艦の攻撃を物ともしない程に堅牢な物だった。
早く撃退しなければこのままでは"A.C."の部隊に制圧されてしまう、未曾有の国家存続危機でもあった。
放送は国内どころか世界中に恐怖と衝撃を与えた。一体あんな化物をどうやって倒すのか。

「カナチお姉ちゃん、電も行ったほうがいい?」「お前は来ないほうが身のためだろう。恐らくオレでやっとの所だ。」
「カナチさん、無理だと思ったら帰ってきてもいいのよ。」「分かってる。だがここまで来た以上、退く訳にはいかない。」
「お待たせンマ!朝ご飯出来たンマよ!」「…やけに今日は豪華だな。」
「カナチちゃんを私達も全力でサポートしたいから本気だしたわ!」「六実…」
「さて、けんまは先にセキュリティの解読の続きをしないといけないンマね…」けんまは飯を食べずに先に研究室に向かう。
が、すぐに出てきた。「何か分からないけどセキュリティが無効化されてたンマ… 誰かやったンマ?」
「あの人がやったんじゃないの?軍事通信解読したって自慢するくらいだし。」「恐ろしいンマ… その人って人間ンマよね?」
「一応人間よ。」(何だよ"一応"って…)

全員が食事を終え、出陣用意をする。
「…遂に決戦の時が来たか。」「えぇ。私だけでなく、皆がカナチさんの事を応援してるから… 絶対に帰ってきてね。」
「けんまも頑張るンマからカナチも負けないンマよ!!」「電も応援してるのです!!」
「無理そうなら私達も呼び出していいのよ?」「お前ら… よし、行ってくる。」
「カナチは絶対負けないンマ!」「…オレを信じろ。」
カナチは海上要塞に転送された。

海上要塞の小さな一室に降り立ったカナチ。外からはまだ砲音が聞こえる。
(妙な胸騒ぎがするな… 国家存続危機だからか?) カナチは何かを感じ取っていたが、それが何か分からなかった。
だがここで悩んでる時間は無い。カナチは小部屋から飛び出す。

カナチ小部屋から出て、真っ先に見た光景は不思議な物だった。
ぶら下げられてる訳でも無いのに宙に浮かぶ足場、宇宙でもないのに落ちていない水、所々で飛びかう謎のエネルギー球…
「何だこの空間… まさか別次元とかじゃないよな?」「一応GPSで捕捉出来てるンマが…」
カナチは浮いた足場に乗っても落ちないどころか、逆に上昇する。
「この空間一帯がトラップっていう訳か。」カナチは浮遊足場を次々に渡っていく。
浮遊足場を渡り抜けると、次は氷塊の間に出た。
しかし、この部屋も奇妙で、氷塊と燃え盛る炎が同じ空間に存在していた。
炎の側にある氷は何故か溶けず、炎も消えずに弾けながら燃えていた。
敵の構成も同じように、氷を吐き出す機械兵と火炎放射機を携えた洗脳兵が居た。
「…ここにも洗脳兵が居たのか。」カナチが敵を斬ろうとしたその瞬間、カナチの眼の前に電撃が落ちる。
「!!」カナチが上を見ると、放電装置を背負った機械兵が居た。
「流石に本命なだけあって守りは硬いか。」機械兵相手にウィルスを感染させてある程度減らせてるとは言えど、ここは敵の本丸。
並大抵の敵の量では無かった。「ならば!」カナチはバスターを構える。
「フォレストボム!」大地の力を固めた爆弾は機械兵に向けて飛んでいく。
炸裂した時に放たれた蔦は放電装置の僅かな隙間に入り込み、複雑に絡まり合う。
もう一度放電装置を起動した時、基盤がショートを起こし、内部から破壊する。
そのままカナチは残った2体も流れ作業の如く対応する。
「次だ!」カナチは更に奥に居る敵にも奇襲をかける。
機械兵に背後から斬りかかり、背中から両断する。そのまま側に居た洗脳兵にはバスターを連射する。
奥に居た機械兵もバスターで撃ち抜く。

そうしていくつかの部屋を切り抜けていったカナチだが、広く開けた部屋に出た時、カナチは目を疑った。
「そこに居るのは… 山岡!?何故こんな所に!」「よう、久しぶりだな。アンタも奴を追って来たのか。」
「あぁそうだ。分かっているなら先に進ませてくれ。」「おっと、そうはいかねぇ。"彼"にここを守れとの指令があった。」
「…そうか。」「だから俺はココでお前を倒す。」
「カナチ!知ってるンマか!?」けんまが通信機越しに驚く。「あぁ。アイツは… アイツはかつての仲間だ。」
拠点が騒然とする。「ど…どういう事ンマ!?」
「記憶が曖昧になってるが、これだけははっきりと覚えている。封印される前、オレはアイツと共に行動していた。
オレらは"A.C."を追っていた。ただ…」「ただ?」「それ以外の事が思い出せない。今覚えている事はこれだけだ。」
「何を一人で話している。お前の相手は俺だろ。さぁ、かかってこいよ。」「やるしか無いのか…!」
「いざ尋常に!」「「参る!!!」」
双方が剣を構え、お互いの隙を探る。歴戦の強者同士、いきなり突っ込むと反撃を喰らうのは分かっている。
カナチは必死に山岡の癖を思い出そうとする。山岡は鋭い目線でカナチの弱点を探る。
「どうした、以前のように突っ込んで来ないのか?」山岡がカナチを挑発する。
「あいにく以前どうしてたか思い出せないんでな。その挑発には乗らんぞ。」
「そうか、それは好都合。ならばこっちから!!」山岡が姿勢を低くし、弾丸のように突っ込んでくる。
山岡が手にした剣で斬りかかろうとするも、咄嗟にセイバーで防ぐ。
「そうだ!それでこそお前だ!」防がれたのを確認してから追撃しようとする。
「何故お前はオレに斬りかかる必要がある!」カナチも反撃の構えを取る。
「それはだな!"彼"が選ばれたからさ!」双方の斬撃が衝突する。
「"彼"とは誰の事だ!」鍔迫り合いしながら山岡に問う。
「教えてやろう!」山岡はカナチの斬撃を跳ね飛ばし、一旦距離を置く。
「"彼"とは私の同期… いや、我らが"尊師"だ!喰らえ!スクリーンディバイド!!」
山岡の剣から一瞬刀身が消えたかと思えば、何と離れた場所に居るはずのカナチを斬撃が襲う。
「ならばその"尊師"とやらに何を望む!」カナチも負けじと剣を携え一気に突っ込む。
「喰らえ!雷光閃!!」「遅い!!」何と山岡はカナチの斬撃を見てから回避した。
「その程度では"尊師"が望む"優しい世界"には適応出来ないぞ!」山岡がカナチの背後に回り込む。
「前より強くなってるが、まだ俺に追いついてないぞ!」山岡がカナチを羽織っていたマントで包む。
「奥義!アスパイアブレイク―」「させるか!昇炎斬!!」カナチはマントごと山岡を斬る。
山岡は寸前で回避したが、切っ先は山岡の髭を焦がす。「ほう… 少しはやるな。」
「当たり前だ。でなければここまで来れてないからな。」カナチは焼けたマントを払う。
「だが俺にはその斬撃に迷いが見える。だから俺に攻撃が当たらない。先に進めないのだ。」
「悩みだと?」「悩みを捨てきれてないからいつまでも俺の格下止まりなんだぞ!フミコミザン!!」
山岡が弾丸の如しスピードでカナチに斬りかかる。
「クソっ…!」カナチは反応したが、完全に防御する事は出来なかった。
「これが俺とお前の実力差だ!分かったか!」山岡は再び追撃の構えを取る。
「させるかっ…!!」カナチはバスターで咄嗟に山岡の腕を撃つ。
山岡の構えが解ける。「ほう、そんな物に頼るのか。お前らしくないな。」
「言ったはずだ、以前のやり方を思い出せないと。」カナチは再び立ち上がる。
「だが、思い出せないからこそ出来る事もある!フレイムアロー!!」
放たれた炎の矢は山岡の逃げ場を封じる。
「これでどうだ!水月斬!!」カナチは大きく振りかぶり山岡に斬りかかる。
「何だと!?」山岡はカナチの斬撃を防ぎきれなかった。
「…面白い、ここからが本番と行こうじゃないか。」
山岡は体制を立て直しながら笑うように呟く。
「我が力!"尊師"に認められ、"Colonel"(大佐)として認められた力を見せてやろう!!」
山岡の発した言葉と精神の昂りに同調するかの如く、山岡のセイバーが唸り、刀身が紅く染まる。
「今までの力は抑えていた物だという事を教えてやろう!クロスディバイド!!」
紅に染まった刀身は唸り、揺らめき、煙の如く形を失う。
同時にカナチを貫くように2つの斬撃が同時に発生する。
「ぐはっ…!!」
X字にカナチを貫こうとする斬撃は、強化されたセイバーの出力でもいなしきれないくらいの力だった。
完全に相手のペースになっている。このまま戦い続けたらカナチが負けるのは確実だ。
「おっと、今のはただのウォームアップだぞ。こんなのでくたばってたらこの先には進めないぞ。」
山岡が再びカナチを挑発する。カナチのセイバーを握る手にも力がこもる。
「ならば!!」カナチは飛び石を渡るかの如く、低い姿勢で一気に突っ込む。
「この!オレが!お前に!負けるなど!誰が!決めた!昇炎斬!!」カナチが怒涛の連続攻撃を叩き込むも、全てかわされてしまう。
―最後の一発を除いて。
揺らぐ炎は山岡のアーマーを焦がす。ようやくまともな一撃が入ったのだ。
「ようやくか。よく当てれたな。それだけは褒めてやる。だが… それだけでは足りん!!」
再び剣を構える山岡。その構えはフミコミザンの物だった。
「喰らえ!フミコミ―」「させるか!!」カナチは振り抜く寸前で山岡の剣を弾く。
「何!?」剣を弾かれた事に動揺する山岡。
「一度喰らってアンタの癖は何となく分かった。こっちも成長してない訳ではないんでな。」
「…そうだ。それでこそお前だ。お前は以前から"喰らって覚える"タイプだった。」
「…昔のオレの事か。」「俺は以前からお前のその能力が羨ましいと思っていたくらいさ。」
「他人の強烈な技くらい一度見たら誰だって覚えるだろう。」
「いや違う。俺が見た中でそんな事が出来たのはお前くらいだ。」
「…何が言いたい。」「つまりだな… お前は最初から戦うべくして生まれた存在なのだ。」
「戦うべくして生まれた存在…」「隙あり!!」山岡は動揺したカナチに斬りかかる。
「覚えてないだろうが言ったはずだ。"戦いは一瞬たりとも気を抜くな"と。」
咄嗟に反応して無理やり鍔迫り合いに持っていくカナチ。
「その反応速度、見事だ。ここまで来れただけあるな。」
カナチの剣を払い、再び距離を取る山岡。
「そしてお前は今この戦いの中でも洗練されている感じがするな。流石は天才だ。」
「そうか。だが―」カナチも山岡の如く高速で突っ込む。
「出来れば剣は振るいたくないがな!水月斬!!」
山岡も剣で防ぐ。「いつまでそんな世迷い言を言っている!!」
追撃体制に入るカナチ。「世迷い言だと?」カナチの剣に電撃が走る。
「山岡ァ!何故オレがこうしてお前と戦う事になったのか考えろ!雷光閃!!」
セイバーは山岡の頬を掠める。
「…今のオレは誰も殺したくない。昔はどうだったか知らないが、少なくとも今はそうだ。」
「フッ…」山岡はカナチの言葉を鼻で笑う。「何がおかしい?」
「争いの為に生まれた者が争いを拒むとはな… それがどれだけ無駄な事か分かってるのか?」
「…どういう事だ。」カナチは剣を突き出したまま山岡に問う。
「お前はだな… お前の信念を真っ向から否定する事が最も重要なのだよ!!分かるか!?」
「山岡… 貴様ァ!!」カナチがキレる。山岡と同じように、精神の昂りに応じるが如く、刀身が蒼く輝く。
「そうだ!その感覚だ!!」カナチの剣を即座に弾き、カナチを飛び越え距離を取る。
「お前の力は怒りによって解放されるのだ!!」山岡はクロスディバイドの構えを取る。
「怒りの力、どれ程の物か見せてもらおう!!クロスディバイド!!」2つの斬撃がカナチを襲う。
「見切った!!」カナチはいなす事すらせず避ける。そのままの勢いで山岡に突っ込む。
「覚悟しろ山岡ァ!!」怒涛の連撃で山岡に斬りかかる。
剣は荒々しくも力強い軌跡を残すが、全てかわされてしまう。
「どうした!それがお前の本気か!」山岡は剣で受けるどころか身体を軽く反らすだけで全てかわしてしまう。
しばらく挑み続けるも、一発も当たらない。息を切らすカナチと余裕の表情すら見せる山岡。
「何故当たらない…!」「さぁな。お前がそんな事も分からないとは俺は思わないぜ?」
剣を持つカナチの手には焦りの色が見え始める。当然ながらこの戦闘には他の仲間はついて行けてない。
カナチの中では怒りが焦りに変わり始めていた。怒りが強かった分、また焦りも強い物となる。
山岡が何もせずともカナチは窮地に追い詰められる。一体何が悪かったのか、今のカナチには見当も付かない。
焦りで周囲の音が聞こえなくなっていく。砲音も、山岡の声も、仲間の声も、自分の声さえも―
自分でも何を言っているのか分からず、知る手段も無かった。
山岡がカナチに止めを刺そうと一気に距離を詰めた時、カナチの脳裏に聞き覚えのある声がした。

「激流に逆らおうとする者は自らの身を滅ぼす。だが激流に同調する者はどうか?答えは自分で見つけよ―」

ふと意識が戻るカナチ。眼前には迫る山岡。
いつか聞いた師の言葉を思い出したカナチは最小限の動きで山岡の斬撃をいなす。
同時に忘れていた一つの技を思い出す。その技は未完成だったが、山岡の勢いを利用すれば完成しそうな予感がしていた。
(師匠、貴方の言っていたことの意味がようやく分かった気がした。言いたかった事はこういう事なんだな!)
自分の感覚に確信を持つカナチ。
「今の防御、見事だ。だがコイツはどうかな!!」再び猛牛の如し気迫で迫る山岡。
「甘い!!」山岡の斬撃の勢いを利用し、宙を舞うカナチ。(この感覚… 出来る!)
「何だと!?」斬撃を利用され、驚く山岡。空中で回転しながらセイバーを構えるカナチ。

「一刀両断!幻夢零!!」

強化されたセイバーの刀身がそのまま衝撃波となって地を割りながら飛んでいく。
しかしこの威力ではアーマーを粉砕するどころか山岡すら真っ二つにしてしまう。
「山岡ァ!よけろ!!」カナチは山岡に叫ぶ。
山岡もクロスディバイドで相殺しようとしたが、威力が高すぎて斬撃すら"斬り裂いて"しまった。
山岡は間一髪のところで避けたが、衝撃で壁にぶつけられる。山岡が着ていたアーマーの下には砕けたコア部分が見えていた。
彼も他と同じく、"A.C."の被害者だった。

「あれ… 俺はどうして…?それになんだ?この格好。」しばらくして山岡が目を覚ます。
「山岡、大丈夫か?」「えーっと、あなたは…」「オレはカナチだ。」
「カナチ…」山岡はカナチの名前を聞いてしばらく黙り込む。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」山岡が突如大声を上げる。
「ど、どうしたんだ!?いきなりそんな大声出して!?」不意の自体に驚くカナチ。
「カナチさん、早く奴を止めてください!!このままだと…!!」どうやら山岡は記憶が残っていたようだ。
「分かってる、鍵出してくれないか?」カナチに言われ、着ていたアーマー中を急いで探す山岡。
「あったコレです!早く止めてください!!」「確かに受け取ったぞ。お前は一旦拠点に帰ってろ。」カナチは転送マーカーを渡す。
「それ、付けたらオレの拠点に帰れるぞ。今動くのは危険だから一旦安め。」「お、おう。じゃあ気をつけてな。」
山岡は落ち着かぬ様子で拠点に戻った。拠点はざわめいたが無理も無い。今まで男性が居なかっただけに山岡の存在は異質だった。
「けんま、山岡はさっきと違って素は紳士だからそんな騒ぐ必要無いぞ。」
カナチは山岡を見送って再び歩みだした。

ここまで来れば玉座までもう一息、しかし奇妙な空間は奥へ奥へと広がっていた。
まるで現実世界と仮想空間の境目が分からなくなっているようだった。
しかし奥から何か強烈な物を感じるのでこの先に何かがあるのは確実だ。
カナチはひたすら奥へ進む。進むごとに仮想空間に近づいているような気もする。
敵も様変わりしており、いつの間にか洗脳兵はおらず、機械兵ばかりになっていた。
「…別世界に迷い込んでないよな?」「多分時空は乱れてないと思うンマが…」
カナチが更に進むと、シャッターを発見した。「ようやく玉座か。早いとこここから去りたいところだな。」

カナチが中に入ると、これまた奇妙な空間の中に奇妙な"何か"が居た。
「…お前ナリね、ひろあきを倒したのは。」「あぁそうだ。お前の名は何だ?」
「当職はカラコロス、この要塞の主ナリよ。」カラコロスはこちらを向き、首元から炎を吹き上げる。
「ここまで誰も来なかったナリが、ようやく誰か来たナリね。でも当職は忙しいナリ。」
「外の事か。」「●はい。でもお前には当職の邪魔させないナリよ!」
「カナチ、来るンマよ!」「分かった!」
「バトルオペレーション、セット!」「イン!」
「すぐに灰にするナリよ!」
カラコロスが戦闘意思を示した瞬間、空間が一瞬歪む。今まで絨毯だと思っていた物が突如パネル状に変化する。
カナチが困惑してる間に先に仕掛けたのはカラコロス。目の間から居なくなったと思えば突如上から降ってくる。
カナチは間一髪のところで避けるも、再びテレポートする。
「コイツ…!超能力者か!?」カナチが目で追うも、テレポートされて見失う。
ノイズとともにけんまから通信が入る。「―ようやく繋がったンマ。」「けんま、どうした?」
「どうやらカナチはカラコロスの力で一種の電脳世界に入り込んでしまったみたいンマ。」
「電脳世界… というと?」けんまと通信してる間にもカラコロスは休む間も無く猛攻を続ける。
「お互い見てる限りデータ化されてるっぽいンマ。だからその空間では―」
再びノイズが強くなって聞こえなくなる。同時にカラコロスの眼も光る。
カナチの眼前に謎の光が発生する。本能的に危険を察知したカナチは直様離れる。
光が大爆発を起こす。爆発が空間を揺らす。不思議なことに衝撃波と鼓膜を破るくらいの爆音は発生しなかった。
爆発が落ち着くとともに通信も再度安定する。「―カナチ!何があったンマ!?」
「分からない。ただアイツがいきなり爆発を起こしただけだ。」
「通信妨害ンマか…?まあいい、さっきの話の続きンマ。カナチの居る電脳世界では、全てがデータ化されてるみたいンマ。」
「…何となく察した。」「話が早いンマね。多分カナチの予想通り、データさえ書ければどうにでも出来る世界になってるンマ。」
「奴の動きは全部その影響か。」「カラコロスが有利になるコードなのは間違いないっぽいンマね。」
「書き換え次第で強化も弱体化もするって事か。」「そうンマ。だからけんまも―」再びノイズが強くなる。
再びカラコロスも動き出す。どうやらカラコロスの行動が止まると通信が安定化するようだ。
カラコロスはちゃぶ台返しの要領で床を剥がそうとする。
「させるか!」カナチもバスターを連射しながら突っ込む。
カラコロスが床を弾き飛ばす。パネル状の床は破片となってカナチのほうに飛んでくる。
「当たるか!」カナチは軽やかに飛んできた破片を飛び越え、カラコロスの懐に潜り込む。
「喰らえ!!」カナチは怒涛の猛攻をカラコロスに叩き込む。
しかしカラコロスからは血が飛び出る事もなく、それどころか傷一つすら付かなかった。
カラコロスは再びテレポートでカナチの元を去る。同時にけんまとの通信も安定する。
「―カナチ!」「どうもアイツが動くと切れるみたいだな。援護出来そうか?」
「分からないンマ。今やってみてるけど…」通信機越しにひたすらキーボードを叩く音が聞こえる。
カラコロスがようやくじっとしたかと思いきや、いきなり体が光りだす。
光が落ち着いたかと思ったら、カラコロスが放っていた光の色も変わった。
先程まで赤い炎のような光を放っていたが、今度は硫黄のような黄色い光を放っていた。
「光無きところに光を。」カラコロスがそう言い放つと、カナチの足元のパネルが突如電気を纏いだす。
そして次の瞬間、その電気に引き寄せられるかのように雷が落ちる。カナチは雷が落ちる瞬間にカラコロスのほうに突っ込んで回避する。
再びカラコロスを斬りつけるも、やはり傷は付かなかった。「けんま!応答しろ!」「カナチ!どうしたンマ?」
「カラコロスを斬っても傷一つ付かないがちゃんと攻撃は通ってるのか?」「ちょっと待ってほしいンマ…」
再びけんまはキーボードを叩く。「…あったンマ!どうやらちゃんとダメージは通ってるみたいンマね。」
「一応斬った感覚はあったから通る事には通ってたんだな。」「一応このくらいのデータなら…」けんまの打鍵音が加速する。
「よし、出来たンマ!これでカナチにもカラコロスの体力が見えるようになったと思うンマが…」
そう言われ逃げ回るカラコロスをカナチが見ると、確かに足元に数字が表示されていた。どうやらこれが体力らしい。
「攻撃が通ってる事が分かっただけでもありがたい。サンキューけんま。」「容易い御用ンマ!」
「当職の秘密を探るとはいい度胸ナリね。」そう言うとカラコロスは再び強く光りだした。
今度は体から翠玉(エメラルド)のような光を放ち出した。
カラコロスが「身が震える。」と言うと、いきなり部屋自体が大きく揺れだした。
「カナチ!足元から何か来るンマ!」けんまがノイズまみれの通信でカナチに伝える。
カナチはそれを聞いて壁伝いに上へ上へと逃げる。
部屋の揺れが一段と大きくなった時、カラコロスが居るパネル以外を突き破るように巨大な木の杭のような物が飛び出してきた。
「あんなのに貫かれちゃお陀仏だな…」カナチは高所で杭が引っ込むのを待った。
不思議なことに、杭が引っ込むのと同時に割れて無くなったと思っていたパネルがどこからともなく出現する。
どうやらこの空間では自分達だけでなく、部屋自体がデータ化されてるようだ。
再びカラコロスは逃げ回る。カナチは動かずして上から落ちてくるのを待ち構える。
カラコロス視界から消える。もしやと思って上を見ると、やはり上から落ちてきた。
「来たな!」カナチは読み通りカラコロスを迎撃する。3段斬りに加え、昇炎斬も当てる。
カラコロスの足元に出ていた数字が大きく減る。「…どうやら弱点のようだな。」
「今のは痛かったナリよ。でもこれはどうナリか?」そう言うとまたカラコロスの体が光りだす。
カラコロスは瑠璃色の光を纏い、「始まりはいつも雨でした。」と呟くと、謎のエネルギーが上空で氷塊を形成する。
「裁きを。」カラコロスがそう言うと、空中で固定されていた氷塊が落ちてきた。
氷塊はカナチを追跡するように落ち、逃げ場を奪うように追い詰める。
カラコロスは次の攻撃の体制を整えている。「クソっ…!ならば!」カナチはセイバーを構える。
「雷光閃!」電撃を纏い、一気に突き抜ける。切っ先はカラコロスの腹を刺す。
「ナリッ!?」カラコロスは不意に攻撃されたからなのか、全身が麻痺して動かなくなる。
「今のうちに!!」カナチは畳み掛けるように連撃を決める。カラコロスの体力が残り300を切る。
カラコロスは再び翠玉色の光を纏い、カナチに「もうやめにしませんか。」と言う。先に仕掛けてきたのはそっちだろうが。
奴が翠玉色の光を纏ったという事はもう一度あの攻撃を出そうとしている。さっき分かったが、ギリギリ一発くらいなら入れる隙はある。
「身が震える。」そう言い放ち、再び部屋ごと揺らす。
「今だ!」カナチは壁を蹴り、回転しながら宙に舞う。
「一刀両断!幻夢零!!」放たれた斬撃はパネルを斬り裂きながらカラコロスを襲う。
カラコロスは逃げようとしたが、時既に遅し。強烈な斬撃はカラコロスを真っ二つに斬り裂く。
「自分の無力感… なぜ…こんなに…」カラコロスは最後に何か言っていたようだが、カナチには聞き取れなかった。
斬られた衝撃でカラコロスの体から何かのチップが飛び出てくる。カナチはそれを拾おうとしたが、その瞬間に山岡から通信が入る。

「カナチ!早く逃げろ!!崩壊するぞ!!!」山岡がそう言った瞬間、カナチの居た空間が再び歪む。
どうやらあの電脳空間はカラコロスの力で維持されていたらしく、息絶えると同時に元の空間に戻った。
そして同時に海上要塞自体も大きく揺れだす。明かりが消え、壁も崩れだす。
どうやらカラコロス自体が動力源になっていたようだ。要塞はゆっくりと落ち出す。
息絶えたカラコロスの体からは青白い光が発生している。カナチは急いでチップを拾い帰還する。

カナチが拠点に戻り、アーマーを脱ごうとした瞬間、拠点が大きく揺れだす。
「地震か!?」揺れはしばらく続いた。
揺れが収まって、カナチはけんまに拾ったチップを手渡す。
「山岡は大丈夫なのか?」「見た感じ、大きな怪我は無いンマ。」「俺を誰だと思ってるんだよ。」
「…その様子だと全然問題は無さそうだな。」「あの程度の怪我、回復を待つまでも無いぞ。」
「で、さっきの揺れは何だったんだ?」「…アレは奴が爆発したんだ。」
爆発と聞いて一同が騒然とする。「爆発…ンマ?」「あぁそうだ。奴の体で発生していた核エネルギーが抑えられなくなったんだろう。」
「という事はオレが見たあの光とも関係がある訳か。」「…チェレンコフ放射ンマね。」
「何だそれ?」「詳しい説明は省くけど、簡単に言えば物質中の原子が速すぎる時に出る光ンマ。大抵の場合、核施設関連で発生するやつンマ。」

不安になった電がテレビを点けると、海底でカラコロスが爆発する瞬間の映像が流れていた。
マイクをぶち壊す程の爆音や異様な揺れと同時に巨大な水柱が立つ瞬間が収められていた。
側に居た複数の軍艦は押し流され、海面が大きくうねる様子が映されていた。
その爆発で津波が発生したらしく、画面には津波警報の表示がずっと出ていた。

カナチは報道内容に衝撃を受け、一人部屋に戻る。心配した山岡はカナチの部屋に入った。
「お前が辛いのも分かる。"A.C."が何を考えていたのかは知らないが、お前は救世主なんだ。」
「…オレはアイツを倒して良かったんだろうか?」カナチは暗い声で山岡に問う。
「俺は倒すべきだと思ってたぞ。あのままだと国自体が滅んでいたかもしれん。それに―」
「分かった、しばらく一人で居させてくれ…」カナチはそう言って山岡を部屋から追い出した。
(カナチがあそこまで辛いのは分かるが、奴を倒し損ねてたらもっと辛かっただろうな。)
山岡は言いたかった事を心に秘めつつ部屋を出ていった。

今回の事件でカナチはしばらく部屋から出てくる事は無かった。

Stage7に続く

Stage7 -流星-

カラコロスを倒して数日、カナチは部屋を出れないで居た。皆が元気付けようとしたのだが、カナチは聞く耳を持たなかった。
強靭な精神力を持つカナチと言えど、所詮は人間。完全無欠でないが故に何らかの理由で再起不能になる事もある。
カナチは人間であるが故の苦しみに蝕まれていた。
けんまがカナチに昼食を持っていき、戻ろうとした瞬間、突如入電通知が鳴り響く。けんまは嫌な予感がするも、通信機に向かう。
そのただならぬ様子を察した山岡もけんまの後を追う。

けんまが通信に応答すると、そこには逆光に浮かび上がる謎の人物が映し出されていた。
「…ようやく出たようだな。遅かったぞ。」加工されて誰だか分からない声で喋りだす。
「お前は…!!」見覚えがあるのか、山岡が反応する。
「…その声は山岡か。ウチの下から逃げ出してどこに行ったんかと思ったらそんなとこに居るんか。つべこべ言わんとはよ帰ってこい。」
どうやら通信相手は"A.C."のようだ。「生憎お前の下に戻る気なんぞ初めからないぞ、"A.C."さんよ。」
「そうか、ならそれはそれでいい。この機会や、裏切り者も纏めて全員"処理"したるわ。」「"処理"だと?何を言ってやがる。」
「アンタらが"協力"してくれたおかげでこっちの事は注目されずに済んだわ。」
「まさかあの海上要塞は最初から…!!」「ようやく気づいたようやな、その通りや。"アレ"は最初からウチが時間稼ぎのためにに用意したんや。」
「完全に騙されたンマ…」衝撃の事実に呆然とするけんま。「今更後悔しても遅いわ。こっちの計画は最終局面まで来たんや、ここまで来たら誰にも邪魔させんで。」
「最終局面だ?何を言っている。」「最後にこれだけ言っておくわ。3日後にはアンタらは全員こっちの物になる。残された自由を楽しむんやな。」
"A.C."はそう言い残して通信を切った。

「3日か…」「時間がありそうで無いンマね…」「おい、通信元割れるか?」「割れると思うが… どうするンマ?」
「どうするも何も決まってんだろ、俺がブッ壊しに行くんだよ。」「まだ傷が回復しきってないから…」
「うるせぇ!つべこべ言わずにやれ!」「分かったンマ…」けんまは通信の解析を始める。
少し時間は掛かったが、すぐに発信元は特定された。
「オーストラリアの荒野地帯… 何でそんな所ンマ?ちょっと調べてみるンマ。」けんまは衛星写真を調べ始める。
しばらくして、同じく衛星写真を眺めていた山岡が何かに気づく。「おい、左下のアレ、何だ?」
画面の端には何かの建築物が見切れていた。「ちょっと待つンマ。」けんまは別の衛星写真を取得した。
「「これは…!!」」二人は驚愕した。そこには大量のパラボラアンテナと小さな建物が写っていた。
「これ、見る限りつい最近建てられた物みたいンマね。」「電波望遠鏡や人工衛星用の通信設備じゃないよな、これ…」
「まだ分からないから一旦調べてみるンマ。」けんまは海外のデータベースを参照する。
しかし幾ら探せども一向にこのアンテナの情報が見つからない。「なぁけんま、もしかして…」
「…多分間違いないンマ。NASAや国立天文台機構のデータベースに無いのも見ると、これが"A.C."の物である可能性はかなり高いンマ。つまり…」
「―奴が宇宙に居るって事か。」「カナチ!もう大丈夫ンマ?」「さっきの通信を聞く限りはもう地上に居ないと思うぞ。それに…」
カナチが解析途中のカラコロスのチップを拾い上げる。
「コイツの件をいつまでも引きずってるようじゃ、こっちが負ける事は間違いないからな。」
「ようやくいつものお前に戻ったか、俺も心配したぞ。」「…なぁ、この事を皆に伝えたほうがいいか?」
「僕は伝えたほうがいいと思うンマ。宇宙に行くとなると距離的に簡単に戻ってこれないから、どうすべきかを皆と相談したほうがいいと思うンマ。」
「俺も同じく。もしかしたら何か分かるヤツがいるかもしれないからな。」「…そうか、なら夕食の時にでも言うか。」
カナチはそう言い残し、その場を去った。

その夜、カナチは久々に食卓に顔を出した。
「カナチさん、もう大丈夫なんですか?」「あぁ、もう落ち込んでいられない状況になったからな。」「落ち込んでいられない状況…?」
「そうだ。今からその件について伝えようと思っていた。」「何ですか?」
「実は今日の昼間、"A.C."から通信が入った。そこでは3日後にこちらに対して何らかの行動を起こすと言っていた。」
何も知らない4人は驚く。「どういう事…?」「それについてはこっちも分からないンマ。ただ…」「ただ?」
「この間の海上要塞よりも規模が大きくなると思うンマ。更にあれから分析を続けてみたら、どうも宇宙に居るのは確定っぽいンマ。」
「…あまり信じたくないけど、私の直感だと衛星軌道上から何かしてきそうね。」「サテライトキャノンでも使うのですか!?」
「まだそこまでは分からないンマ。どの衛星か特定出来てないからどういう事をしてくるか分からないンマ。」
「でも攻撃用なら探しやすいんじゃないですか?」「…恐らく"A.C."は旧式の軍事技術を流用してる可能性があるンマ。」
「現行の軍事衛星との区別が付きにくいって事か。だが前に国際条約で攻撃衛星は禁止されたはずじゃ?」
「あの条約はまだ中東の一部の国がまだサインしてないから散々批判されてるだろ。」
「となると、事はかなり厄介ね…」「今日含めあと3日でどうにか出来るのか?」
「多分特定は出来ると思うンマが… 問題はそこからンマ。場所を特定しようにもセキュリティを突破出来るかが問題になってくるンマ。」
「でもまずは衛星の特定する事が重要でしょ。私達はけんまちゃんを信じてるんだからね!」
「そうンマね。ならご飯を食べたらまた挑戦するンマ!」「…また徹夜だけはするなよ?」
7人は初めて全員揃って夕食を食べた。7人も居るとなるとかなり狭かったが、そんな事は彼女達にとっては大きな問題でなかった。

翌日、けんまは衛星の特定には成功したものの、セキュリティ突破に難儀していた。
(やはり軍事技術を流用してるだけあって相当なセキュリティンマ…)3時間悩んでも一向に緒が見つからない。
「けんまさん、調子はどうですか?」座間子が差し入れに来る。「駄目ンマ… 復号化鍵が未だに分からないンマ…」
けんまが座間子に資料を見せる。「一応特定は出来たンマが、ここから先に進めそうにないンマ…」けんまは机にへばり付く。
「それは大変ね… ところでこの資料、ちょっと借りてもいい?」「別にいいンマが… 何に使うつもりンマ?」
「ちょっとこっちも調べてみたい事があってね。」そう言って座間子は資料を持って出ていった。
「どうしてこう上手く行かないンマかね…」けんまは不満をボヤきながら再びパソコンの画面に向き合った。

世間はまだ恐怖が迫っている事を知らず、テレビではいつもどおり下らないバラエティ番組が流れていた。
「…このまま何も無く終わったらいいのにね。」「電は… 電はどうしたらいいのですか?」
迫りくる恐怖に怯える電。六実は怯える電を優しく抱きしめる。
「きっと大丈夫よ。この間の海上要塞の時だってどうにかなったでしょ。」
落ち着けようとする六実だが、電の目には涙が浮かぶ。「それでも… 怖い物は怖いのです…」
(今回ばかしは私も不安だけど… それでも…!)

その日の晩、けんまは情緒不安定になっていた。「ンマ…!!どうして…!どうして!!」
ソファーに倒れ込み動かなくなるけんま。「もう考えるのが嫌なくらい頭痛いンマ…」
「あの衛星、NASAのデータベースに載ってないのが腹立つな。どうやって他の衛星回避してんだ?」
山岡はけんまの出した資料を見ながらコーラを飲む。
「NASAのデータベースから他の衛星の位置抜いて使ってるっぽいンマ。軍事衛星に関しても位置だけは載ってるンマよ。」
「寄生虫か何かかよ、タチが悪いな。」「全くンマ… もう今日は晩ご飯食べたら寝ていいンマか?」
「その様子だとそれ以上やったら流石に体調崩すから今日はさっさと寝たほうがいいと思うぞ。」
「分かったンマ… 今日はこれ以上考えたくないンマ…」
けんまはさっさとご飯を食べると、そのまま風呂も入らずに寝た。
けんまが寝て2時間くらい経った頃だろうか、作業途中のまま放置されていたパソコンに一通のメールが届いた。

翌朝、9時を過ぎてもけんまは起きてこなかった。痺れを切らした六実はけんまを起こしに行く。
「けんまちゃん、もう9時ですよ、いい加減起きてください!」「…ンマっ?」けんまは六実に布団を剥がされようやく目覚める。
「昨日頑張ったみたいですけど、まだ終わってないんでしょ。」「そ、そうだったンマ!早くやらないと―」
けんまは慌ててパソコンに向かうが、一通のメールが届いている事に気づく。
(何か来てるンマ… 誰からンマ?)けんまが届いたメールを開くと、けんまは驚愕した。
そこにはけんまが散々悩んだ暗号化の復号化方法と暗号生成鍵及び通信の暗号化アルゴリズムが一通り書かれていた。
「!? ど、どういう事ンマ!?あれだけ悩んだ方式が…」メールの内容に驚愕するけんまを影から見つめる座間子。
「これ、偽情報じゃないンマよね…?」けんまは恐る恐るメールに書かれていた通りの手順で復号化に挑む。
コマンドを実行した時、けんまは恐怖すら覚えた。何とあれ程悩んでいた衛星の情報があっという間に筒抜けになったのだ。
「何がともあれ、衛星にアクセス出来たみたいね。どう?そこからどうにかなりそう?」側で見ていた六実がけんまに問う。
けんまは驚きで声が出ないまま、ひたすらキーボードを叩く。画面には様々な情報が映し出される。
「これは…!!」けんまは慌てて資料を出して食卓に走った。

「ようやく起きてきたのです!寝坊助さん!」「あら、やっと起きたのね。」十七実と電がけんまを待っていた。
「あれ… カナチはどこに居るンマ?」「カナチさんなら先程山岡さんと一緒に出ていきましたよ。」
「電話持ってるンマか…」けんまは急いで電話を鳴らし、カナチを呼び出す。
「どうした、けんま―」「カナチ!!早く帰ってくるンマ!!アクセス出来たンマ!!」
そのままけんまは興奮気味に何かを話していたが、カナチには理解出来なかった。

けんまに呼び出され、足早に帰ってきたカナチと山岡はけんまに押されて食卓に向かう。
「まずはこの資料から先に読んでほしいンマ!」けんまが出した資料には衛星の事が書かれていた。
資料には衛星の名前も記されており、名前から今までの規模を容易に上回る事が想像出来た。
その衛星の名は"The Ragnarok"(終焉の日)と記されていた。
「ラグナロク… この設計はそれほど威力が高い物なのか?」
「計算が間違ってなければ、最大出力だと北海道を丸ごと焼けるくらいンマ。」
「北海道全域が炸裂範囲!?」けんまの言葉を聞いて、一同愕然とする。
「見てる限りは核兵器を軽く上回る衛星兵器ンマ。もしこれが起動すると…」
「文字通り"終焉の日"と化す訳か。」「ンマ。しかも厄介な事に、今まさに充電されてるンマ。」
「…どのくらい余裕があるのですか?」電が涙声で聞く。「…多分あと15時間程度ンマ。」
「ハッキングは試したの?」「こっちからの命令は何も送れなかったンマ。多分、中から直接制御してるンマ。」
「この大きさだと確かに中に相当量なクルーが居てもおかしくはないな。」
「ISSより大きいって相当ね… どうやって打ち上げたのかしら?」
「そこまでは分からないンマ… でも見た限り中に制御装置があるのは確定してるからそこに直接アクセスすれば…!」
「…そこにアクセスするのがオレの仕事って訳か。」「多分見る限りではこれを挿したらこっちから制御出来るンマ。」
けんまはカナチにドングルを渡す。「この作戦、失敗出来ないンマよ。」
「あぁ、分かってる。 …全てはオレに託されたと。」「カナチならきっと出来るンマ。」
「…そうと決まればやるしか無いな。」「俺も一緒に行きたいが行けるか?」
「残念だけど… 衛星軌道上までかなり距離があるから一回で転送出来るのは一人だけンマ。それに充電にも時間が掛かるンマ。」
「そうか。なら俺はここで待っていたほうがいいのか。」「でも出撃用意はしといてほしいンマ。何があるか分からないンマ。」
「分かった。いつでも出れるようにしておこう。」「それじゃあ、今回のルートを説明するンマ。」
けんまは内部構造図を卓上に出す。
「調べた結果、ここの転送装置から送れそうな場所はここになるンマ。で、コンパネと思われる物がここにあるンマ。」
けんまが説明したルートは下層にある倉庫に転送した後、内部を伝って上層を目指すルートだった。
「多分扉には電子ロックがされてると思うけど、そのドングルをかざせば解錠出来ると思うンマ。」
しばらくけんまは作戦の説明を続けた。

「―これが今回の作戦である、"The Punisher"(断罪者)の概要ンマ。」
(いつの間にそんな名前付けたんだ…)山岡は声にはしなかったものの、作戦名にツッコミを入れた。
作戦の概要を聞いたカナチは最後の出撃用意をする。「…これが本当に最後だよな。」
「映像分析した結果、"A.C."があの中に居るのはほぼ間違いないンマ。だからアレを停止させれば…!」
「分かった。ならば行って倒すまでだな。」けんまの説明を受け、カナチは出撃準備をする。
カナチの出撃準備が終わるまでの間、その場には海上要塞の時とは違う空気が流れていた。
恐怖、困惑、不安、そして希望―
「よし、これだけ持っていけば大体対処出来るだろう。それじゃあ、行ってくるぞ。」
カナチは皆に見守られ、ラグナロクへと向かった。
「必ず帰ってこいよ…」山岡は一人カナチに向けて呟いた。

(…ここ衛星軌道上だよな?)ラグナロクに到着したカナチだが、少し違和感を覚える。
本来衛星軌道上まで来ると、上下の概念が無くなるのだが、ラグナロクには存在した。
恐らくラグナロクのどこかに重力を発生させる装置があるのだろう。
吸い込まれるかのような静寂の中、カナチは上層に向かって進みだした。
周囲の構造を把握するために静かに物陰に隠れるカナチ。遠くから響いてくる足音に妙な緊張を覚える。
顔を出して確認したいところだが、障害物も無く、覗き込もうにも覗けない。
やがて足音はカナチが隠れていた柱の手前で止む。静かに鳴るモーターの音。カナチは息を潜める。

しかしその静寂はすぐに破られた。
「異常な生体反応確認!異常な生体反応確認!警備班は直ちに出撃せよ!繰り替えす、異常な生体反応確認―」
鳴り響く警報音とアナウンス。招集されて続々とカナチを囲うように集まる機械兵。
機械兵の銃口が一斉にこちらを向いたが、カナチは微動だにせず、冷静沈着だった。
やがて敵兵のうち一体が引き金を引く。同じくして機械兵の間にも閃光が走る。
「雷光閃!!」まるで撃ったのは残像だと言わんばかりに勢いよく銃を斬り裂く。
そしてカナチはまるでレーザー光の如く駆け回り、囲んでいた敵兵をあっという間に破壊した。
(増援が来る前に一気に奥に行きたいところだな…)カナチはまた静かに上層を目指して走り出した。

一方司令室では、"A.C."がモニターを見つめて作戦を練っていた。
「親方、第3層に侵入者が出たようですが、如何しましょうか?」
「ネズミが一匹入り込んだか… まぁいい、"コピーの部屋"に誘導しろ。」
「了解しました、シャッターを閉めて誘導させます。」そう言って機械兵が端末をいじると、シャッターが次々と閉まっていった。
「誰が破ったんか分からんが、ようアレを突破したな。とりあえずは消耗させるのが優先やな。」
そう言って"A.C."は司令室から去った。

カナチは次々と閉まるシャッターに本来のルートを阻まれていた。しかし道は残されているので奥へ奥へと進む。
道中、敵の妨害もあったが、カナチにとっては大した事でなく、ただ突き進んで行った。
しばらく進むと大きく開けた部屋に出た。部屋には転送装置と思われし物が4つ置かれていた。
カナチが入ると部屋のシャッターがロックされた。「閉じ込められたか!?」
部屋にはもう1つシャッターがあったが、こちらもロックされていた。
電子ロックのようなのでドングルを使ってみたが、開きはしなかった。
「多分転送装置の先にこの部屋の鍵があるンマね。」「攻略しろと言わんばかりに置いてるから逆に怪しいが…」
カナチが転送装置に乗る。「他に手段は無さそうだな。」そう言って転送装置のスイッチを入れた。

カナチが転送された先は広めの部屋だった。扉も無く、他にあるのは帰りに使うであろう転送装置と生気を感じられない人影だけだった。
しかしその人影はどこかで見たような物だった。やがて逆光が収まり、その正体を表すと皆が驚愕した。
「あれは… 私!?」通信機の向こうで一七実が反応する。
「私はドッペルゲンガーを見てるのかしら…?」「多分アレは精密に作られたアンドロイドだと思うンマ。」
十七実のコピーは静かに顔を上げ、こちらを認識する。その眼は紅く輝いていた。
「そうか、ロボットなら遠慮なく斬らせてもらう。」カナチが剣を構えると、相手も瞬時にアーマーを展開した。
「Enemy Encountering…」十七実のコピーは抑揚の無い機械音声を発する。
次の瞬間、相手はいきなりフライングインパクトで突っ込んでくる。
軌道が単純なので簡単に避ける事が出来たが、不意打ちにカナチは驚いた。
そのまま十七実のコピーは間髪入れずに銃口をこちらに向ける。
「"Reset Bomb" Ready…」機械音声が不気味さを一層引き立てる。銃口に何かが装填される様が見える。
「Launch!!」十七実のコピーがそう発すると、巨大なフォレストボムが放たれた。
しかしカナチもそう簡単にやられる訳にはいかない。
「ならば!」カナチは手際よくバスターにエレメント・ヒートをセットする。「フレイムアロー!!」
放たれた炎の矢は植物塊である敵弾を焼き尽くす。矢は弾を貫通し、十七実のコピーのアーマーを焼く。
焼かれたと共に、強烈なノイズ音を出す十七実のコピー。「どうやら弱点と言ったところか。」
しかし相手もこれで引くような相手でなく、直様体制を立て直し、攻撃体勢に戻す。
両腕の翼のような刃を展開し、斧のように振り回す。カナチは咄嗟にセイバーで受ける。
鉛のように重たい一撃はカナチでもいなすのが精一杯だった。状況はカナチが不利になってきている。
だが、カナチもただ押されているわけでもなく、相手の癖を探っていた。
どうやら相手は隙を無くそうとして両手を別々のタイミングで振り下ろしているようだが、両手を振り下ろした後、振り上げるのに僅かに隙が存在する。
カナチはその隙を見逃さなかった。相手の連撃の僅かな隙に一気に攻め込む。
斬撃は相手のアーマーを斬り裂く。アーマーの下からは基盤が垣間見えた。
カナチは敵が機械である事を確信し、再び攻めの構えを取る。
相手も高く飛び上がり、割木斬でカナチを斬り落とそうとする。
カナチも昇炎斬を放ち、迎撃する。
セイバーから炎が消えた時、空間は静寂に包まれた。双方が微動だにしなかった。
十七実のコピーは膝から崩れ落ちる。コア部からカードが浮き出る。
「…これが鍵のようだな。」カナチはカードを手にし、その場を去った。

再び転送されて元の場所に戻されたカナチは早速扉を開けようと試みる。
しかし扉は開かなかった。だが、扉に付いていた発光体の色が1つ変わった。
発光体の数は全部で4つ。つまり4つの鍵を全て手に入れなければ先へ進めない仕掛けだ。
「どうやらこれはただの飾りじゃなさそうだな。」「まるでカナチを試しているかのようンマね…」
そして再びカナチは転送機に乗り、スイッチを入れた。

転送された先はどこか見覚えのある場所だった。屋根の無い開けた空間にそびえ立つビルの数々…
カナチは宇宙に居る事を忘れたかのようだった。そこに一筋の閃光と共に何かが現れた。
「…どうやら次の相手はお前のようだな。」そこには電によく似せられたアンドロイドが立っていた。
「Battle mode Active…」抑揚の無い機械音声で起動メッセージを発言する。
相手がアーマーを展開すると同時に電気を纏い、青白い光を帯びる。
「Lightning Bolt,Charging…」不気味な音声と共に両腕の武器に電力が蓄えられていく。
カナチは斬りかかろうとしたが、先に充電が終わってしまった。
相手が武器を天に向けると、強烈な閃光を放ち、放電する。
「クソッ…!!」閃光に目をやられるカナチ。
「Fire!!」カナチの目がようやく見えるようになったと思えば、カナチに向けて雷が落ちる。
カナチがアーマーの機能で無理やり避けたかと思えば、次から次へとまた雷を落としてくる。
数発ほど落としてようやく止んだかと思えば、次は雷光閃で一気に距離を詰めてきた。
カナチは無理やり弾いたが、オーラのように纏っていた電気で感電してしまう。
アーマーのおかげで立っている事は出来たが、思うように身体が動かない。
電は振り返って両腕の武器を再び構える。「Buster Mode,Active…」機械音声は不気味に呟く。
両腕の武器から刃が消え去り、銃口部に電気が蓄えられ、青白く輝く。
カナチも痺れた身体を無理やり動かし、バスターを構える。
「やられっぱなしで… いられるか!!」すかさずバスターを連射する。
しかし電のコピーは微動だにせず、弾丸を放つ。青白く輝く電気の弾丸は正確にカナチを狙って飛んでくる。
カナチはアーマーの機能に物を言わせて無理やり回避する。ようやく痺れが落ち着いてきたが、まだ満足に動ける状態でない。
再びバスターを構えるカナチ。「ならば…!」バスターにエレメント・ウッドをセットする。
電のコピーは再び弾丸を放つ。それに合わせてカナチもフォレストボムを放つ。「貫けぇ!!」
放たれたフォレストボムは炸裂し、相手の弾丸を喰らうように広がり、お互いの弾丸は相殺して消えた。
電のコピーは再びライトニングボルトを放とうと、電気を再び溜めだす。所々から漏れる電気がカナチの肌を刺激する。
ならばと、カナチは壁を蹴り、宙に浮く。カナチはセイバーに大地の力を込め、一気に突き出す。
「喰らえ!割木斬!!」全体重をかけた下突きは、電のコピーに大ダメージを与える。
破損した銃身からは所々電気が弾ける音がした。しかし電のコピーは一向に引こうとせず、次の攻撃準備に移る。
「Blade Mode,Active…」再び両腕の武器に刃が出現し、カナチを貫かんとする。
ようやく痺れが収まったカナチは、相手を翻弄するかのように裏を取る。
「コイツを叩き斬れば…!!」カナチは裏にあるコイルを狙ってセイバーを振り下ろす。
しかし相手もそれを防ぐかのように、カナチの左腕を狙って突き刺そうとしてくる。
カナチは咄嗟にセイバーの軌道を反らし、敵の攻撃を弾いた。状況は再びイーブンに戻った。
お互い睨み合いが続く中、先に動いたのはカナチ。今度は武器を斬ろうと先に突っ込む。
「ならば先にコイツを!!」セイバーの軌跡は相手の武器目掛けて描かれる。
しかし電のコピーもそれを見切っていたのか、跳んで回避する。
「…想定通り!」なんとカナチは相手が回避する前提で斬りかかっていた。
カナチは後隙を打ち消すかのように、そのまま勢いを殺さずに、セイバーに炎を纏わせる。
「昇炎斬!!」燃え盛る炎の剣は相手の右腕の武器を斬り落とす。切り口からは剥き出しの電線から火花が漏れる。
大量の電気が漏電したからか、相手の動きも鈍くなる。
(今ならいける!)そう確信したカナチは再び裏を取る。電のコピーも反応したが、漏電の影響か、途中で止まってしまった。
相手の背中のコイルをぶった斬るカナチ。大量の電気が蓄えられていたからか、爆発を起こして機能停止した。
カナチが電のコピーに近づくと、コア部からまた1枚のカードが浮き出た。
カードを手にしたカナチは火花散る残骸を残してその場を去った。

また元の場所に転送されたカナチは再びドアにカードをかざす。予想通り、発光体のうちの1つの色が変わった。
「あと2つか…」「ここが折り返し地点ンマ!あともうちょっとンマよ!」けんまはカナチを励ます。
カナチは敵が居ないのをいい事に、少し休憩してからまた転送された。

―所変わって綜司令室では機械兵たちが慌てていた。「親方さま、例の人物は我々の罠を突破しているようですが…」
「そうか、なら"アレ"の準備をしてほしいんや。」「了承しました。それではここに持ってきます。」
(破られるのは想定してたといえ、あのペースで突破されるんは想定外やな… 間に合うか?)
"A.C."モニターを見つめながら、静かに次の一手を探る。

カナチが転送された先には巨大な水槽が設置されていた。眼前の水槽は深く、潜るのが申し訳ないくらい澄んだ水で満たされていた。
マスクを付け、いざ水中に潜ると、予想通り1体のアンドロイドが待ち構えていた。
人の姿をしているが、呼吸で生じる泡が一切出ていなかった。相手は何も発さず槍を構える。
お互い無言の空間に緊張が張り詰める。AIがどう認識しているのかは不明だが、カナチは無言の圧力を感じていた。
しかしその緊張も長くは続かない。先に動き出したのはカナチ。水の抵抗で動き辛い中、素早く相手に近寄る。
だがここは相手が本領発揮する水中。座間子のコピーはあの時と同じく、優雅に回避する。
そして宙を舞うように氷を残しながら泳いでいく。氷は不規則に揺れながらゆっくりと落ちてくる。
カナチはセイバーで叩き割るも、水の抵抗に力を奪われ座間子のコピーまで辿り着く事が出来ない。
相手の表情は一切変わってないのだが、カナチには不敵に微笑むように見えた。
水はカナチの身体に纏わりつくように力を奪い、カナチを苦しめる。
座間子のコピーは苦しんでいるカナチの前に降り立ち、手にした槍に強烈な冷気を纏わせる。
カナチは絶体絶命の危機に立たされるも、一か八か、バスターにエレメント・エレキをセットする。
水中で電撃弾を放つとどうなるか分からないが、それでも賭けるしか無かった。
カナチは感電覚悟でバスターを構える。銃口は電撃を放つ用意をする。
相手の持っている槍から氷竜が放たれる。カナチはそれを撃ち抜くようにバスターを放つ。
感電すると思っていたカナチだが、不思議な事に放たれた電撃弾は漏電する事なく相手の方へ向かった。
放たれた弾丸は氷竜を撃ち抜き、座間子のコピーに当たる。強烈なノイズがヘルム越しに聞こえる。
何とも言い表せないその音は、機械ながらも苦しんでいるようにも聞こえた。
しかしここで同情する訳にもいかず、カナチはさらなる追撃のためにも動き出す。
倒さねば先に進めないのは分かっている。カナチの中で一瞬葛藤が生じたが、相手は機械なのだと改めて認識させて打ち消した。
セイバーを握る手に力が籠もる。剣は座間子のコピーを貫くかのように軌跡を残す。
しかし相手はこれでもまだ動けるらしく、再び槍に冷気を纏わせる。
先程よりも早く冷気を装填する為に、周囲の水が凍りつくほどの冷気を槍が放つ。
カナチもこれに対抗すべく、再び剣を構える。セイバーは放電準備をし、その刀身に電撃を灯そうとしていた。
相手はカナチ目掛けて氷竜を放つ。カナチもそれを打ち破るように雷光閃を放つ。
お互いが動かなくなり、しばらく静寂の空間が訪れた。双方が止まっている中、座間子のコピーは凄まじいノイズ音を放つ。
数秒程経って、ノイズが止んだ。座間子のコピーは力を失い、ゆっくりと崩れ落ちる。
胸のコアからゆっくりとまた1枚のカードが出てくる。カナチはそれを手にして早々と部屋から出ていった。

戻ってきたカナチだが、その息遣いは荒かった。「カナチ… 大丈夫ンマ?少し休んだほうが…」
「休みたいのはやまやまだが、ここで立ち止まる訳には…」カナチは扉に向かおうとしたが、身体が言うことを聞かない。
常人だと生存の危機に瀕するほどの疲労を負いながらも、扉に向かって歩こうとするカナチ。
扉に向かう途中でついに倒れ込んでしまうカナチ。「クソッ…!!」声を出す余力も無いのか、誰にも聞こえないような声だった。
「カナチ、効くか分かんないけどコレ使ってみるンマ?」けんまは転送機を使い、カナチに1本のドリンクを送る。
ラベルの無い褐色瓶には無色透明の液体が入っていた。「それ、本来医者が数字見ながら使う物ンマが…」
瓶の蓋を開けると独特の臭いがしていた。カナチは覚悟を決めて一気に飲み干す。
「そ、そんな一気に飲んじゃ…!!」「…何も無いよりマシだろ。」
しかし数分ほどしてカナチの身体に異変が起こる。「何だコレ… 身体中が痛い…!」
「副作用も聞かずに飲むから… 大丈夫ンマ?」しばらくカナチは苦痛に耐えていた。
しかし30分もすると、自然と痛みが収まってきた。痛みが引くと、カナチは再び動けるようになっていた。
「あの副作用に耐えたンマ…!? 本来劇薬のはずンマよ!?」「でも結構効いたみたいだな。さっきまでの疲れが嘘みたいだ。」
「カナチの身体、どうなってるンマ…」カナチは扉にカードを通す。残るところあと1つの鍵を通せば開くはずだ。
そしてカナチは再び転送された。

転送された先は火の粉が舞う空間だった。どこかから焦げた臭いもし、六実と戦ったあの場所を思い出した。
「…やはりお前が相手か。」炎を掻い潜るように現れたのは六実の姿をしたアンドロイドだった。
六実のコピーは何も言わずに両手に炎を纏わせ、弓を形作る。
「Ready…」六実のコピーは静かに呟くと、高速で炎の矢を乱射してきた。
飛び交う弾幕の中、カナチは一つ一つ着実に避け、懐に飛び込む。
斬りかかろうとしたカナチだが、相手もこの行動は想定内であり、直ぐ様両手の弓で斬り上げて反撃する。
カナチは構えを見切り、飛び退いたが、相手の後隙に喰らいつくように再び飛び込む。
六実のコピーも飛び退きながら矢を連発し、お互い読み合いが続く。
ならばと、カナチは素早くバスターにエレメント・アクアをセットし、アイスジャベリンを放つ。
放たれた氷槍は六実のコピーが放った炎の矢をかき消しながら突き進む。カナチは氷槍に続くように懐に潜り込む。
氷槍は六実のコピーに宿る両手の炎を消し飛ばし、凍てつかせる。カナチもそれに続くように追撃をする。
「水月斬!」セイバーは三日月の如き水の軌跡を残し、敵を斬り裂く。
斬られると同時に強烈な電磁波を放ったのか、通信機から異常なノイズが鳴る。
しかし相手もまだやれると言わんばかりに再び両手に炎を灯す。灯された炎は勢いを増し、身体を包むかのように燃え上がる。
六実のコピーは片手に荒れ狂う炎の弓を、もう片手には一筋の光と化した炎の矢を構える。
カナチは水月斬で炎の弓を叩き斬ろうとしたが、相手が矢を放つほうが早かった。
放たれた矢は空中で炎の柱となり、カナチ目掛けて降り注ぐ。「間に合うか!?」カナチは全速力でその場から逃げ出す。
炎の柱は一面を焦土にせんとばかりに燃え上がる。
燃え上がる炎を静かに見つめる六実のコピー。その目には意思という物を感じさせなかった。
しかしその炎の柱を大穴を穿つとともに貫いてきた物があった。アイスジャベリンだ。
カナチは大穴をくぐるように再び懐に飛び込む。カナチの持つセイバーには水の刃が形成されていた。
相手も炎の剣と化した弓で防ごうとするも、水の刃の前では無力だった。炎は音を立てて消える。
斬撃の軌道はコアを逸れるも、相手に大きな痛手を与える。飛び散った水が一気に蒸発して辺りは一瞬蒸し暑くなる。
カナチは更に追撃しようとしたが、相手は火花を散らせながらも無理やり回避する。
しかし相手も相当無茶をしているのか、動きが鈍くなる。関節部にダメージが相当入ってるのか、時折姿勢を崩す。
カナチはその隙を見逃さず、姿勢を崩した瞬間にセイバーをコアに突き刺す。
六実のコピーはノイズすら立てずに静かに崩れ落ちる。そして再び立ち上がる事は無かった。
そして貫かれたコア部分からは、オイルで汚れたカードが出てきた。カナチはカードを手にし、その場から去った。

4枚のカードを手にし、戻ってきたカナチは再びあの扉の前に立つ。
「いよいよこの扉が開く時だな。」「何があるか分からないンマ、何かあったらすぐに逃げるンマよ。」
カナチは4枚目のカードを通す。すると4つの光の色が全て変わり、ゆっくりと扉が開いていく。
静寂の中、カナチは先に進む。行く手にはトラップこそあれど、敵が一切居ないのが逆に不思議だった。

所変わって綜司令室では、総員が戦闘用意をしていた。「親方様、ついに突破されたようですが、如何しましょうか?」
「せやな… アンタらは全員奇襲の用意はしといて。1箇所にはくれぐれも固まらんようにな。」
「了解しました、親方様。」そう言って戦闘準備の出来た機械兵達はその場を去っていった。
(ウチも出なアカンようやな…)"A.C."は自分用のアーマーを展開し、感覚を確かめていた。

奥に進むにつれ、仕掛けが過激になっていった。だがそんな物など横目にカナチは次々と進む。
電撃トラップが仕掛けられた空間を次々とリフトを乗り継いで行き、棘だらけの空間を一気に登っていく。
そして長い通路を通り抜け、ようやく大扉が見えた。
「…ようやく最後の扉のようだな。」「覚悟を決めたら入るンマよ。」扉からは得体の知れない威圧感が漂っていた。
カナチが大扉を開け、中に入ると誰かが玉座に座っていた。「やっと来たな、待ちくたびれたで。」声の主は一人の少女だった。
「お前が"A.C."か。」「ご明答。ウチが"A.C."や。」通信機越しに皆が騒然とする。相手は男性だと思ってただけに余計騒然とした。
「ソッチから来てくれるとは、ウチも探す手間が省けたんや。どうや、ウチの部下にならんか?」
「…散々問題起こしてる集団に入るのは御免だ。」「そうか、ならば力尽くでもやるしか無さそうやな…」
"A.C."は玉座から降りる。「ウチを舐めたら… アカンで!!」
"A.C."は刺さっていた杖のような物を抜いたかと思えば、一瞬でアーマーを展開した。
"A.C."は静かに浮き上がり、持っていた杖のような物にエネルギーを纏わせる。
「ウチのハンマー、喰らうと痛いで?」そう言うと"A.C."は姿勢を変え、一気に突っ込んできた。
カナチは飛び退いて避けたが、ハンマーに叩かれた場所は焦げ付いていた。
「コレで終わりやと思わんといてな!」"A.C."がハンマーを振り上げると、炎の柱が発生した。
炎の柱は絨毯を焼きながらこちらへと迫る。しかしカナチは六実のコピーとの戦いを冷静に振り返る。
「そんな物通用するか!!」放たれたアイスジャベリンは炎の柱に風穴を開ける。カナチは開いた穴を通り抜ける。
放たれた氷槍は手にしたハンマーで弾かれたが、貫いた炎の柱は跡形もなく消えた。
「アンタの判断力も中々やな。ますます欲しくなったわ。」「言っただろ、お前の下に行く気は無いと。」
「そうか、ならこれはどないや?」"A.C."はハンマーを振り上げる。すると隠れていた機械兵が一斉にカナチを襲おうと飛び出す。
あっという間にカナチを取り囲むように陣形を組み、一斉に武器を構える。
「この軍勢を前にしてまだ抵抗するか?」"A.C."はすぐにでも攻撃命令を下せるように構える。
「クソっ…」流石のカナチでも、この量には対抗出来ない。

"A.C."がハンマーを振り下ろした瞬間、見覚えのある影が横切った。ふと後ろを向くと、機械兵が纏めて斬られていた。
「お前は…!!」「間に合ったようだな。」カナチの前には山岡が立っていた。
「脱走者のお出ましか。」「俺はお前に囚われたつもりなど最初から無いぞ。」山岡は剣を鞘に収め、カナチの方へ振り向く。
「この勝負、俺とお前、どっちが"A.C."の相手してもいい。お前はどうする?」
「それならオレが"A.C."の相手をする。山岡は引き続き雑魚の処理を頼んだ。」「了解!」
山岡は再び剣を抜き、機械兵の群れへと突っ込んで行った。

「これでお互いに"邪魔者"は居なくなったな。」「アイツが乱入してくるとは想定外だったがまぁええやろ。」
双方武器を構え睨み合いが続く。お互いの硬直を破り、先に動いたのは"A.C."だった。
「ほなこっちから先に生かせてもらうで!」手にしたハンマーをひょいと振ると、次々に電撃が走る。
天井から床に向けて走る電撃は、じわじわとカナチのほうに向かう。
だがカナチは動ずる事もなく、電撃の合間を縫って"A.C."の懐に潜り込む。
カナチはセイバーで斬りかかろうとしたが、"A.C."もハンマーを使って抵抗する。
「見えたで!」ハンマーで弾き飛ばされるも、受け身を取り体制を持ち直すカナチ。
"A.C."がハンマーを地面に突き刺すと、カナチを取り囲むように大木のような物が急に生えてきた。
ハンマーを振り上げ、追撃を加えようとしたが、突如として大木に炎が周り、包囲が解かれる。
カナチが手にしていたセイバーには炎がまだ微かに残っていた。「この程度でオレを止められると思うな。」
「流石やな、でもコレは避けられないやろ!」"A.C."はハンマーをロケットランチャーの如く担ぐ。
ハンマーが纏ったエネルギーは青白く輝いたかと思えば、細かい氷塊が次々と撃ち出される。
氷塊は弧を描きながらカナチの方へ迫る。後ろへ下がるも、氷塊は弾道を変えて再び迫る。
しかしカナチもただ避けてる訳ではなく、次の一手の準備を整えていた。氷塊がおおよそ一直線上に並んだ時、カナチは一気に攻める。
青白い閃光の通った場所にあった氷塊は粉々に粉砕され、"A.C."に肉薄するようにセイバーの刃が突き立てられていた。
「そう来たか。」「まさかそうやって雷光閃を防ぐとは思わなかったな。」電撃を纏ったセイバーはハンマーの柄で防がれていた。
お互いがお互いの武器を弾き、戦局は再び振り出しに戻る。"A.C."は再び攻撃しようと、ハンマーに橙色のエネルギーを纏わせる。
ここでカナチはある事を思い出す。纏う光の色で攻撃が分かる相手がふと脳裏をよぎった。カラコロスだ。
"A.C."がハンマーに纏わせたエネルギーの色は橙色、これがカラコロスの時と同じならば次は炎属性の攻撃が来る。
纏わせたエネルギーが炎に変わり、カナチに襲いかかる。カナチは読み通りの攻撃が来たので、即座に水月斬の構えを取る。
形成された水の刃は炎を火の粉すら残さず斬り裂く。だが相手は炎を放つと同時にまた別の攻撃準備を済ませていた。
灯された光の色は翠玉色、カラコロスの時の記憶が正しければ、木属性の攻撃の予告だ。
"A.C."はハンマーを再びランチャーのように構え、そのままエネルギー弾として放つ。
放たれた弾丸は見る見る間に実体を持ち、まるで硬化した蔦のように変化していく。
そしてカナチの眼前で炸裂し、カナチを取り囲むように蔦が広がる。だがカナチも屈さず、直ぐ様フレイムアローを放つ。
カナチを取り囲むように展開された蔦は、穴を徐々に広げていくように燃える。貫いた炎の矢は"A.C."の頬を掠めるように飛んでいく。
「…流石ここまで来れるだけあるな。褒めたるわ。」「お前と戦っていたらカラコロスを思い出してな。」
「あぁ、あの無能変態ドルオタ短小産廃野郎か。」(酷い言われようンマ…)カラコロスの酷い言われようにけんまは突っ込まざるを得なかった。
「アイツは適当に偽の報酬見せたらまんまと引っかかったから扱いが楽やったな。」「お前にとってはアイツも捨て駒と。」
「せや。ただアイツの能力は本物やったな。」「真似してるなら道理で似てる訳か。」「ただ…」"A.C."はハンマーを大きく振りかぶる。
「あの無能と同じだと思わんといてな!!」"A.C."はハンマーに纏わせたエネルギーを推力に変換させ、高速で迫ってくる。
カナチは咄嗟にセイバーを構えるも、重い一撃の軌道を逸らす事しか出来なかった。
「中々の反応速度やな。」"A.C."は再びハンマーにエネルギーを集中させる。「だが次はそうもいかんで!!」
ハンマーに蓄えられた紫色の光球が打ち上げられたかと思えば、空中で分裂し、カナチに襲いかかる。
分裂した光球は速度を増して飛んでくる。カナチはバスターで相殺しようとしたが、数が多すぎて数発しか相殺出来なかった。
残ったうちの数発はセイバーで弾けたが、残った分がカナチに当たってしまう。「ガァっ…!!」
どの属性も帯びてない光球は純粋なダメージをカナチに与えた。「所詮はそんなモンやろ、おとなしくすればこれ以上はやらんで?」
「この程度で… 退く訳ないだろ…!」ふらつきながらも再び立ち上がるカナチ。「まだ立ち上がる根性があるんか。」
"A.C."は再びハンマーを掲げる。その先端ある光球は琥珀色を放っていた。「もうこれは避けられんやろ!!」
ハンマーを地面に突き刺すと、再び無数の雷がカナチを襲う。落雷は徐々にカナチの方へと迫り、被弾を覚悟した次の瞬間だった。
何者かがカナチを横へ突き飛ばした。「ぐぁっ…!!」カナチは目を疑った。山岡がカナチの代わりとなり落雷を受けていた。
「カナチ…! 早く立て!」「山岡…!」カナチは再びセイバーを手にし立ち上がる。「ここに来てお仲間ごっこか?」
「…その手の挑発には乗らんぞ。」「ほう…」「だが…」カナチはセイバーを強く握り、大きく飛び上がる。
「一発斬らせろ!幻夢零!!」放たれた斬撃は床を割りながら進む。「そんな物… 通用せんわ!!」"A.C."は再び紫色の光球を放つ。
双方の攻撃がお互いの中央でぶつかる。衝撃波が発生する程の威力でぶつかり合う。「お前の攻撃なんぞ…」
"A.C."が余裕を見せようとした時、光球が斬撃で真っ二つに斬られた。その様子を見た"A.C."は青ざめ、急いで回避体制を取る。
斬撃はそのまま真っすぐ進み、玉座を切り裂いたところでエネルギーを使い果たしたのか、そこで消滅した。
「何や今の…」「オレがお前より劣っているとは思わないでほしいな。」カナチは再びセイバーを構える。
「オレの信念としてある物を言おう。」"A.C."も体制を戻し、再びハンマーを構える。
「この剣において、私は負けない。」そうカナチが言うと、再び"A.C."の胸元に飛び込むように斬りかかる。
"A.C."は飛び上がって回避したが、カナチもそれに喰らいつくように追いかける。"A.C."は氷塊を再び放とうとする。
「させるか!!」カナチは大きく振りかぶり、渾身の一撃を放つ。

遂に斬撃は"A.C."のコア部に届いた。"A.C."は意識を失ったのか、ゆっくりと下に落ちていった。
「終わったンマか…?」地に落ちた"A.C."のアーマーはコアが破壊され維持出来なくなったのか、粒子になるように消滅した。
「山岡、お前大丈夫か?」「へっ… あの程度でくたばるかよ。」「立てるか?」「あぁ。」山岡はカナチの助けを得て再び立ち上がる。
「さて、どうやって帰ろうか…」カナチが"A.C."を抱えたその時、崩れ落ちた玉座の陰から何者かが出てくる。
「ジムッwwwwジムッwwwwよくもやってくれたジムねぇ…」そこには褌一丁のおおよそ人間とは思えない男が立っていた。
突如現れた乱入者に驚く二人。「うへぇ。なにあの人。…ヘンタイさん?」通信機越しに見ていた拠点も騒然とする。
「お前は何者だ!!」力強く問う山岡。「そんなの今答える必要無いジムよ。」
そう言うと、彼は眉毛を怪しく光らせ始めた。「お返しジムよ!!」「頭が…!!!」「クソっ…!!」
二人は謎の頭痛に襲われ、しゃがみ込んでしまう。「お前らも俺の手下になるジムよ!!」二人は表現出来ないような声で苦しむ。
彼が謎の力を最大限に強めようとしたその時、後ろから何かが飛んできた。

「サウザンドエッジ!!」無数のナイフが彼に向かって飛んでいった。彼はカナチらに掛けていた力を一度解放し、バリアを張る。
「俺の力を受け付けないとは… 何者ジムか!!」奥から走ってきたのはアーマーすら着込んでいない一人の少女だった。
「あら、私の事? そうね… "千刃剣魔"とでも名乗っておきましょうか?」「許せないジム!即座に―」
「うるせぇぞ… さっきはよくも!!行くぞ山岡!」「おう!!」そう言って二人は大技の用意をする。
「何をしようとこっちには通用しないジム!」そう言って再びバリアを展開したが、それも束の間。
「ぶった斬れ!幻夢零!!」迫る斬撃は容易にバリアを斬り裂く。「今だ山岡!」山岡は着ていたマントを彼に被せる。
「喰らえ!一撃必殺・アスパイアブレイク!!」山岡の剣はマントごと彼を真っ二つにした。
直後、マントは血まみれになったが、山岡はそれをめくろうとしなかった。
「…もう終わりか、根性無しめ。」山岡はぶった斬られた彼にそう言うと、彼の残骸を蹴飛ばした。

「さて、これからどうしようか…」カナチがけんまに相談しようとした瞬間、衛星が大きく揺れだす。
突如鳴り響く警報音。「たっ…大変ンマ!!衛星がこのままだと墜落するンマ!!」「どういう事だ!?」
「恐らく奴が死ぬ間際に墜落させる軌道に載せるようにしたんだろう。」「私の計算が正しければ5分くらいがタイムリミットかしら…」
「5分!?全員帰れるのかよ!?」「ここの転送装置だと多分二人が限界ンマ…」「カナチ、どうするか…」
「山岡、お前は"A.C."を連れて先に帰れ。」「先に帰れって、お前はどうするんだよ!!」
「オレは… こっちで何とかする。」「何とかって…お前!!」「けんま、先にこの二人を転送してくれ。」
「…本当にいいンマか?」「…あぁ。」「分かったンマ。」そう言ってけんまは山岡ら二人を転送した。
「困ったな… で、どうするんだ?お前は帰る方法を知ってるのか?」「一応あるにはあるみたいよ。」
「そうか… あるのか!?」「えぇ、この衛星の最下層に転送装置があるみたいなの。それなら多分行けるかと…」
「そうか、ならそれに賭けるしかないな。」そう言って二人は崩壊し始めた玉座の間から出ていった。
衛星は逃げたカナチの後を追うように崩壊していく。「早く逃げろ!このままだと飲まれるぞ!!」
ひたすら来た道を逆走する二人。どこまで走っても鳴り響く警報音は消えない。
罠が大量に仕掛けられた通路を通り抜け、閉じ込められたあの部屋を通り過ぎる。
ふと窓の外を見ると、衛生が炎を帯び始めていた。「間に合うか…!?」だがここで足を止めている場合ではない。
二人は無我夢中に最下層を目指し走り続ける。足を止めたら宇宙空間に放り出されるのだ。
後ろの方では玉座が崩壊し、宇宙空間に残骸が散らばりだしていた。その一つ一つが炎を帯び、流星群に変わろうとしていた。
しばらく走り続け、ようやく転送された場所まで辿り着いた。「ここでいいのか!?」「いえ、もっと奥にあるわ!」
「畜生、まだ先か…!!」二人は崩れ落ちる衛星の奥へ奥へと進む。

そして辿り着いた最下層、二人は巨大な転送装置を目の当たりにした。
「恐らくこれの出力だと地上まで帰れるわ!」「でもこれロックされてるんじゃ…」「そんなのはどうにでもなるわ!」
千刃剣魔はひたすらキーボードを叩き続ける。再び大きく揺れる衛星。「カナチさん、早く乗って!もう少しでどうにかなるわ!」
「でもお前は…」「大丈夫、私も戻るから。」千刃剣魔はカナチを強引に転送装置に乗せると即座に転送装置を起動した。
カナチは千刃剣魔に何か言いかけたようだが、崩落音で聞き取れなかった。
「任務完了しました、後は最終処理をお願いします、マスター。」千刃剣魔がそう言うと、彼女は崩落した瓦礫に巻き込まれていった。

気がつくとカナチは拠点に戻っていた。「おかえりンマ!」「ちゃんと帰ってきてくれたの、嬉しいのです!」「今夜はお祝いだね!」
皆がカナチの帰還を祝福した。だがカナチには一つ心残りがあった。あの後千刃剣魔は戻れたのだろうか、カナチはずっと気になっていた。
彼女との通信はロストしたままとなっており、生死が未だに分からなかった。少なくとも生き延びていればいいのだがという思いがずっと巡っていた。
そうしてカナチはしばらく複雑な思いを抱えていた。数日経っても千刃剣魔との通信は確立せず、死亡説すら出始めた。
だがそんなある時、拠点に訪問者が現れた。

「あの時以来ですね、カナチさん。」「千刃剣魔…?」「その反応は死んだと思ってたでしょ?」
「当然だろ、あの後通信ロストしたからな。でもどうしてここに…?」「座間子ちゃんの端末情報から調べたのよ。」
二人が軒先で話していると、座間子がやって来た。「千刃剣魔さん、その"身体"は…」
「いいでしょ。マスターに"創って"もらったのよ。」「え…?今"創って"もらったって…」
「あら、気づかなかったの?私は"ヒューマノイド"(人型ロボット)なのよ。」千刃剣魔の真実を聞いて驚くカナチ。
「それじゃあ、あの時の"身体"は…?」「あの"身体"は衛星と共に焼けたわ。今の"身体"は2代目よ。」
「なら中身はあの時と別物か?」「ううん、違うわ。中身は崩壊する直前の物と一緒よ。」
「何かこんがらがってくるな… そういや前の"身体"への未練は無いのか?」
「ロボットにそんな事訊くって野暮ね。そんな物なんて無いわ。それに今の"身体"のほうが高性能だし。」
「あの人の事だから前の"身体"は間に合わせでしょ?」「まぁそんなところね。ところで中に入れてくれるかしら?」「あ、あぁ…」
そうして皆は思い思いに話をしていて気づくと夜になっていた。
「もうこんな時間ンマ… ちょっと話し過ぎたンマね。」「いいんじゃない?こうやって平和が訪れるのも久々だし。」
「そうだな。俺もようやく本業に戻れそうだな。」「そういや山岡さんの本業って?」「一応弁護士だぞ。」
そう言って山岡は以前着ていたスーツを鞄から出した。その胸部には弁護士バッジが輝いていた。
「俺はこの騒動が一段落したら本業に戻る予定だ。お前らはどうするんだ?」「私は元居たところに帰ります。」
「電もそうしたいのです。カナチお姉ちゃんはどうするのですか?」「オレは… 以前何をしてたか思い出せてないからそこからだな。」
「記憶障害ってのも問題だな。あの先生が生きてたら紹介したいが何せあれから50年経ってるからな…」
「何か知ってるンマ?」「いや、前に脳外科医から仕事来たんだけどな。」「そういう事ンマね。」
「以前どこに住んでたか覚えてないけど流石にこのままけんまの世話になり続けるのも…」「その辺は大丈夫ンマよ。」
「けんまちゃんは凄いのです!」「本当にいいのか…?」「けんまもカナチが前に何やってたか気になるンマ。」
「それで問題無いならいいけど…」「ではそろそろ私達は帰らせてもらいますね。」「おう、分かった。」
「日曜日にまた来るのです!」そうしてカナチとけんま以外はそれぞれ帰路についた。
残された二人は再び拠点に戻り、眠りについた。

そうして翌日からは再び平和な日々が取り戻された。
ニュースでは未だに今回の事を報道しているが、誰もカナチらが被害を防いだ事を知らない。
あの衛星は幸いにも海上に墜落したために被害は無かったものの、学者達は挙ってあの衛星に喰らいついていた。
他の皆も再び元の生活に戻っていった。だが今回の一連の騒動は死ぬまで忘れる事は無いだろう。

The Sealed Swordman "K" 終わり

EX Stage1 -安堵-

今回の騒動が落ち着いてしばらく経ったある日の事、カナチとけんまはいつものように記憶の欠片を探していた。
だが、今日も一日探したが、過去の記憶は見つかりそうになかった。
「カナチ… 何か見つかったンマ?」「…全くだ。それらしい情報を見つけたが、どうも別人らしい。」
「流石に50年も経ってるとなかなか見つからないンマ…」カナチはパソコンから離れ、風呂へと向かった。
(全く… どこに行けばいいのか見当がつかないな…)カナチはシャワーを浴びながら、自分の事を考えていた。
文献を見ても曖昧な事しか書かれておらず、過去の自分が一向に分かりそうになかった。
浴室から出たカナチは未だに画面を凝視しているけんまを横目に床に就いた。

それから1時間半くらい経った頃であろうか、カナチは尿意を覚え目を覚ました。
カナチはトイレを済ませ戻ろうとすると、未だにけんまの部屋の明かりが点いている事に気づく。
気になったカナチがそっと覗き込んでみると、なんとけんまはカナチのパンツを嗅ぎながら自らの肉棒をしごいていた。
けんまはカナチが覗き込んでいる事に気づかず、己の欲望を満たそうとする。内心ちょっと引いたカナチだったが、意を決して不意打ちする事にした。
カナチは息をひそめ、音を立てないようにそっと近づく。そしてそっとしゃがみこみ、けんまの耳元で囁く。

「へぇ、けんまってこんな趣味あったんだ。」「ンマッ!?」けんまは抑え込んでいた白濁液をうっかりこぼしてしまう。
「ち…違うンマ…これは…」慌てふためいて必死に弁論しようとするけんま。しかしそそり立つ肉棒は未だ勢いを衰えさせない。
「…何となく気づいてたけどさ、お前オレのこと好きなんだろ?」そっとけんまの肉棒を手に取るカナチ。
カナチの手の中でけんまのソレは脈打っている。本心を見透かされたけんまは言葉を発する事が出来なかった。
「…その反応は図星か。まったく、けんまも男の子なんだな。」そう言うとカナチはけんまの肉棒を口にした。
「好きな娘にご奉仕される、それが男の夢なんだろ?」カナチが吸い付くと同時に声にならない声を出すけんま。
「んっ…んっ…」口の中でカナチの舌が絶妙に絡みつく。"初めて"の感覚にけんまは呑まれる。
普段味わった事の無い感覚がけんまの身体を支配していく。「ンマぁ…!!」同時にカナチも自分の身体に"準備"を施す。辺りに広がる"雄の匂い"。
「カナチ…!もう限界ンマ!」けんまは耐えきれずに出してしまう。思わず顔を赤らめるけんま。
カナチは"出された物"を音を立てて飲み込む。「なるほどねぇ、これが"雄の味"ってやつか。」
一発出したにも関わらず、"臨戦態勢"を解かないけんま。「さて…」纏っていた衣服を脱ぎだすカナチ。
「その様子だとまだいけそうだな。」カナチはけんまの上に跨る。けんまはカナチを見つめ、顔を赤らめる。

次の瞬間、カナチは機械に端子を入れるように、けんまを"接続"した。二人は声にならない声を上げる。双方共に"本番"は初めてだった。
カナチはゆっくりと腰を動かしだす。予想以上の快楽に、カナチが動く度に周囲が見えなくなっていくけんま。カナチもけんまの上で徐々に"女"になっていく。
普段の男勝りな性格はどこへ行ったのやら、今では喘ぎ声を上げ、本能が赴くがままに腰を振り、快楽に呑まれていく。
快楽の渦の中、二人は一体となっていくような感覚を覚える。もはや周りの事はどうでもよく、今はこの快楽を楽しむだけだ。
やがてけんまは限界に近づいている事を悟る。カナチも自分の感覚からけんまの限界が近い事を薄々と感じていた。
そして仕上げと言わんばかりにペースを上げるカナチ。けんまの身体から何か熱い物がこみ上げてくる。
「カナチ…!もう出るンマ!」「オレも…もう限界!」そして二人が息を合わせたかのように絶頂する。
双方言葉には出来ないような声を上げ、その余韻を味わう。

しばらく双方は何も発しなかったが、やがて静寂を破るようにけんまがカナチに話しかける。
「カナチ…大丈夫ンマ?」「…何ら問題は無い。」「こんな事言うのもアレなんだけど、僕で良かったンマ?」
「…お前じゃなきゃ今頃再起不能になってたぞ?」「怖い事言うのはやめてほしいンマ…」
「でもお前には色々助けてもらったからな。流石にアレはちょっと引いたけど、お前だから許したんだぞ。」

そんな事を話していた二人だったが、この後妊娠が発覚して大騒動になる事は、この時誰も知る事はなかった。

EX Stage2 -砲弾-

(Stage7山岡乱入より分岐)
「これでお互い邪魔者は居なくなった …と言いたいところやけども所詮アイツらは余興や。」「…何だと?」
「こちらとしては最後の準備を余興の間に済ませたかったところやが、予想外の妨害が入ったもんでな。」
「…山岡の事か。」「せや。だから――」"A.C."が指を鳴らすと、天井から大岩のような塊が落ちてきた。
「ぶっつけ本番でやったるわ!目覚めよ、"アルファ"!!」"A.C."の声に反応し、突如として塊は砕け散る。
砂埃が晴れると、カナチらは愕然とした。

――そこには紅い眼をしたカナチのコピーが立っていた。
「驚いたやろ、これを地道に作っとったんや。性能は他の機体とは段違いやで。アルファ、やっちまいな!」
"A.C."がそう言うと、アルファは眼を煌々と輝かせた。「我は救世主(メシア)なり!フッハッハッハッハ!」
「カナチ、来るンマ!」アルファが高笑いしたかと思えば、いきなりこっちを斬りかかってきた。
最初は何がメシアだと思っていたカナチだったが、すぐにその意味を理解した。(何だコイツ…!)
アルファの重い一撃はいなすのが精一杯だったが、アルファは次々と繰り出してくる。
いきなりアルファのペースに持っていかれるカナチ。壁際に近づかないように攻撃をいなすのがカナチにできる限界だった。
「どうや!ウチの最高傑作は!」"A.C."はカナチに言うものの、カナチには返事をする余裕が無い。アルファの強さにただ圧倒されるカナチ。
「けんま!例のウィルスは使えないのか!?」「無理ンマ!アーキテクチャが違うみたいンマ!」
「お、ウィルスを使おうとは賢いな。だが無駄やで、コイツはオンリーワンの独自設計や。そんなモン如きに屈する機体とちゃうで。」
「クソッ…!!」アルファの斬撃は着実にカナチの体力を削っていく。
カナチはアルファの斬撃の勢いを使って無理やり退くも、このままでは勝てない事を感じていた。
「けんま!どうにかならないのか!!」「…こうなった以上、"あの"手段を使うしかないンマね。」
けんまはキーボードを叩くと、カナチのアーマーから合成音声が出る。「――Physis Form Ready……」
「何だよコレ!」カナチはアルファの攻撃を避けながらけんまに問う。
「調整が済んでないから上手く行くかわからないンマが、アーマーの性能を限界まで引き出せるンマ。
ただ、カナチの身体でもフルパワーに耐えきれるか分からないンマ。だから一回しか使えないと思うンマ。
それでもよければ"アクティブ!"と言うだけで起動するンマ。」
一瞬使うのを躊躇ったカナチだが、背に腹は変えられない。カナチは意を決して発する。「アクティブ!!」
同時にアーマーも変化しだす。「Physis Form Active……」
そしてカナチが一瞬眩い光に包まれたかと思えば、そこには伝説の紅きレプリロイドを模したかのようなアーマーを纏ったカナチの姿がそこにあった。
「コレがピュシスフォームか……」カナチはアーマーの隠された機能に感心するが、アルファはそんな隙を与えまいと再び突っ込んでくる。
「滅びよ!」アルファはカナチを叩き割らんばかりにセイバーを振り下ろす。
負けじとカナチもセイバーを振り上げた時、なんとアルファのセイバーを軽々と弾いた。
カナチは目を疑ったが、そこには今までと明らかに違う能力があった。
「ほう、アンタが報告に無かった新しい力を使うとはな。」予想外の自体に直面した"A.C."だったが、顔色一つ変える事は無かった。
「まさかアンタ相手にアルファのフルパワーを見せなアカンとは思ってなかったわ。アルファ、リミッター解除や!」
"A.C."がそう言うと、アルファの動きが一層機敏になる。今までのカナチだと目で追う事しか出来なかった速さだが、カナチもその速度に合わせて動き出す。
アルファの斬撃とカナチの斬撃がぶつかり合う度に小さな衝撃波が発生していた。
お互いが反動で離れたかと思えば、アルファはバスターの弾と斬撃弾を同時に飛ばしてくる。
カナチは目にも留まらぬ速さで攻撃を避ける。弾丸の如くアルファに向かって突っ込むカナチとカナチの軌道を瞬時に計算し迎撃するアルファ。
斬撃が弾かれ、距離を取った双方は再びセイバーを構える。カナチはアルファの一瞬の隙を見逃さず、一気に距離を詰める。「雷光閃!」
対してアルファが取った行動はセイバーを大きく振り下ろし、水月斬を放った。
カナチの斬撃はアルファの張った水の壁を粉砕する。「貰った!」カナチがセイバーで突き刺そうとするが、アルファは上に跳んで避ける。
アルファは真下に居るカナチを突き刺そうとする。カナチもこれに素早く反応し、炎を纏ったセイバーを振り上げる。
昇炎斬と割木斬がかち合うも、アルファのセイバーはカナチの炎の刀身に呑まれる。
これを見たアルファはエアダッシュで後ろに退避する。カナチは直様着地してアルファを追いかけるも、不敵に笑うアルファ。
直後、アルファが視界から消えたかと思えば、身体に電撃が走る。後ろに居たアルファのセイバーは電撃を纏っていた。
一瞬体勢を崩すも、アーマーの機能で再び持ち直すカナチ。(今のは雷光閃か、アイツには構えすら不要というのか……)
アルファの戦闘スタイルに惑わされるカナチ。だが、アルファは矢継早に攻撃をしてくる。
アーマーの補助もあり、アルファの速度に追いついているカナチだったが、徐々にカナチが不利になっていた。
ただ、その速度から拠点で見ていたけんま達は戦況を理解する事が出来なかった。戦況を理解しているのは当の二人だけだった。
(アカン、速くし過ぎたな…… 目が追いつかんわ。)
アルファはカナチがアイスジャベリンを盾にして突っ込むのと同じように、バスターの弾を盾に勢いよく突っ込んできた。
すかさずカナチも体勢を低くして避ける。お互いが交差した時、再び斬撃がぶつかり合う。
衝撃波を利用して再び距離をとるアルファとカナチ。アルファは壁を蹴り、再びカナチの元へ接近する。
カナチも同じように、壁を蹴り高速で接近する。アルファはカナチの下に潜るような軌道を取っていた。
お互い上下に並んだ時、再び斬撃が交差する。カナチは割木斬を、アルファは昇炎斬を放つ。
動きを見て確信したカナチだったが、直後、カナチのセイバーは炎に呑まれた。「なっ!?」
カナチの身体は一瞬炎に包まれる。難燃性のアーマーだから助かったものの、一歩間違えば大ダメージだった。
(何故だ!読みは完璧だったはずだぞ!)冷や汗をかくカナチに対し、表情一つ変えないアルファ。
アルファは再びバスターを構え、アイスジャベリンを放ち、それを盾にするかのように突っ込んでくる。
次の一手をじっくり考えたいカナチだったが、アルファはそれを許さず攻撃の手を緩めない。
カナチが選んだ手は再び弾丸を飛び越え、上から迎撃する事だった。
アルファの昇炎斬を喰らわないように、すくい上げるようにセイバーを振るカナチ。
だがアルファは予測済と言わんばかりにセイバーを振り下ろす。お互いの勢いは殺され、反発力へと変わる。
双方は弾き飛ばされ、着地と同時に再びバスターを構える。アルファはフレイムアローを放つ。
カナチはそれを見て急いでアイスジャベリンを放つ。炎の矢は氷の槍に呑まれ、消える。
そしてそのまま勢いよく突っ込むカナチ。アルファは微動だにしない。これを好機と見たカナチは一気に攻めようとする。
その時だった。アルファはカナチをギリギリまで引き付けてから、僅かに横に反れる形でカナチの攻撃を避ける。
そして手薄となった背後から斬りつける。それも一度だけでなく、複数も。
最初の一撃こそモロに喰らったものの、素早く反転してアルファのセイバーを弾く。カナチはアルファの斬り方に妙な既視感を覚えていた。
そしてアルファが最後に放った昇炎斬を見てカナチは確信した。(コイツ、"あの時"の動きまで真似てるのかよ!!)
アルファの動きは山岡との戦いで、カナチが山岡にした連撃そのものであった。
ピュシスフォームの鎧は硬く、大事には至らなかったものの、今のカナチでは到底アルファには敵わない。
"A.C."もそれを理解しているのか、カナチをじっと見て微笑んでいる。アルファは再びセイバーを構え、目にも留まらぬ速さで突っ込んでくる。
カナチは半ば反射的に水月斬を放ったものの、電撃を纏ったアルファのセイバーは易々と水の壁を破る。
再び攻撃を喰らうカナチだったが、ここでけんまがある事に気づく。
「カナチ、こっちの憶測なんだけど、アルファとカラコロスって何か共通点がありそうな気がしてきたンマ。もしかしたら…?」
けんまに言われてカナチはふと思い出す。カラコロスが翠玉のような光を放っていた時、昇炎斬を当てると体力が一気に減った事を。
(もしや…!!)カナチの中で記憶同士がリンクする。(割木斬が昇炎斬で破られたのもこれと関係しているのか!)
体勢を立て直し、アルファの攻撃に備えるカナチ。アルファはバスターを構え、フォレストボムを放つ。
(フォレストボムという事は…… 炎か!)カナチは勢いよく弾丸に突っ込み、炎を纏ったセイバーを振り上げた。
アルファの弾丸は炎に呑まれ、跡形も無く燃え尽きた。アルファは続け様にフレイムアローを放つ。
「消えろ!!」カナチはそれを見て水月斬を放つ。アルファの攻撃の対処の方法が分かった今、戦局はカナチの方へ動き始めた。
"A.C."も何かに気づいたのか、興味深い目つきでじっとカナチを見つめる。カナチは勢いよくアルファに向かって突進する。
「喰らえ!!」感情を露わにするカナチに対し、無表情のまま斬撃を受け止めるアルファ。
先程とは打って変わってカナチが攻勢に出る。正確に弾こうとするアルファだが、たまに攻撃パターンを変える事でアルファに攻撃を通す。
カナチには先程と違って手応えがあった。だが"A.C."はそれを見越していたのか、アルファに指示を出す。
「アルファ、パターンBをそろそろ加えてくれや。」カナチらはパターンBが何か分からなかったが、すぐにそれを知る事になる。
アルファは燃え盛るようなオーラを身に纏う。カナチはオーラを纏っただけで何も変わらないと判断し、再び猛攻を加えんばかりに接近する。
飛び込んできたカナチを見たアルファは唐突に昇炎斬を放つ。カナチは急停止したものの、完全に避け切る事は出来ず、髪を少し焦がす。
そして距離を取ったかと思えば、手には炎の弓が携えられていた。

――それも六実が使っていたのと同じ物を。
「!!」拠点で見ていた六実だが、二度驚く事になる。
「燃え尽きろ!!」アルファが炎の矢を放ったかと思えば、直後、炎の柱が形成された。それも1つだけでなく4つも。
カナチは機動力に物言わせて強引に回避するものの、柱が出来た跡は可燃物が一瞬にして灰と化していた。
「今のは…?」これにはけんまも愕然とする。「あの弓…… 私しか使えないはず…… それに"あの技"……」「六実、あの技の事知ってるのか?」
「知ってるも何も、あの技を生み出したのは私なの。だから私以外が天焦烈覇(てんしょうれっぱ)を使えるはずが無いのに…」
「天焦烈覇……」カナチはアルファの攻撃をいなしつつも攻撃の起点を探る。
「その様子やとさっきのアレに驚いてるようやな。そらそうやろな、さっき起動するギリギリまでデータを流し込んでいたからこんな芸当も出来るんや。」
実は六実らのデータは訓練時から収集されており、そのデータがアルファのAIの学習に使われていた。
そのため、本人しか使えないはずの技もアルファのAIにインプットされており、専用基板の補助もあって、アルファがあのような技を易々と出す事が出来たのだ。
アルファは再びカナチに考える余地を与えぬ猛攻を繰り出す。カナチも強引に距離を取り、アルファがしてきたようにバスターの弾を盾にして高速で突っ込む。
アルファには跳んで避けられたが、これは読み通り。カナチは跳んだアルファを焦がさんとばかりに昇炎斬を放つ。
だがアルファも一筋縄ではいかず、カナチのセイバーを弾いて対抗する。双方が斬撃の衝撃で弾き飛ばされ、地面を滑るように着地する。
刹那、アルファはカナチに斬りかかる。カナチは一瞬判断が遅れ斬撃を喰らうも、直様攻撃をいなし被害を最小限に抑える。
アルファの猛攻は止まず、壁際に追い詰められるカナチ。だがカナチは屈さず、果敢にもアルファの懐へ潜り込む。
そしてそのままアルファをなで斬るように背後に回り込む。アルファはカナチのセイバーをいなしたものの、アーマーにダメージが入る。
(よし!この調子なら!)カナチは再び距離を詰めようとするが、アルファは距離を離すと同時に痺れるようなオーラを身に纏う。
先程の天焦烈覇を見て警戒するカナチ。纏ったオーラから天焦烈覇以外の何かを放とうとしているのは感覚的に分かっていた。
アルファはカナチを近づけまいとバスターで弾幕を展開する。カナチはその弾幕の間を縫うようにアルファに近づく。
カナチは勢いよくセイバーを振り下ろすも、アルファはいなした反動で再び距離を取る。
アルファを追うように進むカナチと壁際に追い詰められないよう逃げるアルファ。アルファは壁際に追い詰められるも、雷光閃でカナチの背後に回る。
カナチもいなした反動を使い、急いで後ろに振り向く。カナチがアルファを部屋の中央に追い込んだ時、アルファは見覚えのある大型の武器腕を装備した。
「「あれは…!!」」カナチと電が同時に反応する。アルファは両腕に電撃を張り巡らせ、大きく頭上で交差させる。
「痺れろ!!」直後、アルファが眩い光を放ったかと思えば、耳を劈かんばかりの轟音が響き、カナチの身体に電撃が走る。「ぐああっっ!!」
カナチはこの攻撃に見覚えがあった。(確か今の技はライトニングボルト…!!)痺れる身体を無理やり動かして立ち上がるカナチ。
アルファはチャンスと言わんばかりに一気に攻め込む。カナチは次々と来るアルファの攻撃をアーマーの補助でなんとか捌く。
一連の光景を見ていた座間子は固唾を呑んで見守っていた。山岡はカナチを助けたかったが、彼にはそんな余裕は無かった。
「だいぶ苦戦してるようやな。」アルファの攻撃を捌き続けるカナチに"A.C."が話しかける。カナチには返答する余裕が無かった。
「本当ならウチも混ざりたいとこやが、アルファの邪魔になりかねんからな。そういう意味では手加減してるんやで。」
"A.C."の言葉をよそにアルファの攻撃を捌き続けるカナチ。彼女には他の事を考える事が出来なかった。
アルファは時折バスターでカナチを牽制する。カナチはこれを避けるも、弾は山岡のほうへと飛んでいく。
「…またか!」山岡は咄嗟に目の前に居た機械兵を掴み、飛んできた弾に向かって投げる。
投げられた機械兵はノイズを発し、すぐに動かなくなった。山岡が通った跡には動かなくなった機械兵がたくさん転がっていた。
(コイツら、斬っても斬っても次から次へと出てきやがる…… 一体どれくらい居るんだ?)
山岡は機械兵の数に疑問を抱きながらも、表情一つ変えぬまま機械兵を斬り倒していった。
山岡が機械兵を処理しているのをカナチは見る隙も無く、ただ目の前の敵と戦うので精一杯だった。
アルファはカナチとは対照的に余裕すら感じられた。カナチ大きくセイバーを薙ぎ払うも、アルファは悠々と斬撃を避ける。
そしてアルファは左腕にエネルギーを溜める仕草をする。(何だ…?何をするつもりだ?)カナチはアルファの仕草に警戒する。
アルファはカナチめがけて全力でセイバーを振り下ろす。アルファに増幅されたセイバーのエネルギーは衝撃波となり飛び退いたカナチを襲う。
「くそっ…!!」アーマーのおかげでそれほど痛くはなかったが、アーマーに傷が入る。
カナチはアーマーに傷が入ったのは認識してるものの、どの程度の傷が入ったのか確認する余地は無かった。
アルファは飛び退いたカナチに急接近し、炎を纏ったセイバーを振り上げる。カナチは姿勢を低くし、アルファの足元を抜ける。
だがアルファのAIにはそんな事は予測済だった。カナチの後方で声が聞こえる。「滅びよ!!」
アルファがエネルギーを纏った左腕で地面を殴ると、アルファの左腕を中心に複数のエネルギー弾が扇状に展開される。
カナチはバスターでエネルギー弾を相殺しようとするが、アルファのほうが強力なエネルギーだった。
バスターの弾がかき消されるのを見たカナチは慌てて横に飛び込む。カナチは受け身を取って立ち上がるも、眼前には既に攻撃体勢に入ったアルファの姿があった。
その顔は涼しげな笑みを浮かべていた。慌ててセイバーで防御体勢を取るも、アウファのパワーの前では一発一発を弾くのが限界だった。
カナチはアルファの怒涛の6連撃をなんとか凌ぎ、最後の斬り上げを弾いた反動で再び距離を取る。
「あの距離で滅閃光を避けて、なおかつ乱舞まで防ぎきるとはな。大した反応や。」"A.C."がカナチを称賛する。
「そりゃどうも!!」カナチにようやく話す隙が出来たかと思えば、再びアルファがバスターの弾を盾にして突撃してくる。
アルファは凍えるようなオーラを纏い、更にアイスジャベリンを放ち、弾丸の如く突っ込む。
カナチは大きく跳んで避けるも、先程の経験から昇炎斬で迎撃されるとカナチは読んでいた。
徐々にアルファが近づく。考えられる時間はそう長くない。アルファのセイバーが炎を帯び始める。読みは当たりだ。
だが、ここで割木斬を出せばまたあの時のように当たり負けしてしまう。ならば――
一瞬のうちに色々考えたカナチは力強くセイバーを振り下ろす。再び双方の斬撃がぶつかりあい、反発力に変わる。
弾き飛ばされた二人は受け身を取り、衝撃を緩和し、再び立ち上がる。
僅かに立ち上がるのが早かったカナチはアルファの一瞬の隙を突いて雷光閃で距離を詰める。
だがカナチにはセイバーを突き刺した感覚が無かった。カナチのセイバーの切先はアルファのセイバーの刀身で防がれていた。
「なっ…!!」カナチは一瞬動揺するものの、即座にアルファと距離を取る。
だがカナチが着地する前にアルファは動き出し、再び距離を詰める。カナチはアルファを近づけまいとバスターを乱射するも、ことごとく避けられる。
そしてカナチが着地すると同時にアルファはセイバーを構えていた。斬り上げ、振り下ろし、踏み込み斬り。
単純な動きだったが、カナチの斬り方とは違いかなりの力が込められていた。アルファの斬撃をいなす度に後退するカナチは次の一手を考えていた。
(このまま力比べになるとどう考えても負けるな…… 一体どうすれば?)
カナチは一旦距離を取るが、アルファは待ってましたと言わんばかりにどこからか取り出した槍を手にすると、そのまま足元に突きつけた。
これに対し、最初に反応したのは座間子だった。「あの構え…… カナチさん!上です!」そう言われて上を見たカナチだったが、カナチは驚愕した。
その目には大きな氷塊が映っており、それをカナチに向かって落とそうとしているのはすぐに分かった。
「凍れ!!」宙に浮いていた氷塊はアルファの声に合わせて落ちてくる。カナチは頭上を見ながら落ちてくる氷塊を避ける。
一発目はカナチの目の前に、二発目は頬を掠めて左側に落ちる。そして最後の一発を避けようとしたカナチだったが、後ろに動く事が出来なかった。
カナチは知らぬ間に壁際に追い詰められていた。カナチは被弾を覚悟し、防御体勢を取ったが、直後に降ってきたのは粉々になった氷の欠片だった。
「カナチ!気を抜くな!」氷塊を壊したのは山岡だった。山岡は機械兵に囲まれながらもカナチに声をかける。
「余計な真似をしおって……」思わず愚痴をこぼす"A.C."。カナチの無事を確認した山岡は再び機械兵の処理を始める。
「座間子、今の技も天焦烈覇みたいにお前が編み出した技なのか?」「えぇ、アイスメテオは私の技よ。でも……」座間子は少しの間沈黙する。
「アイスメテオは実践で使った事が無いのにあそこまで再現するなんて……」「技を編み出しただけの状態でコレか……」
カナチはアルファに向かって突撃しながら呟く。
先程アルファがしたように、カナチも斬り上げ、振り下ろし、踏み込み斬りをするも、力が足りないのか、アルファに軽い傷を負わせる事しか出来なかった。
アルファは不敵な笑みを浮かべ、目の前に居たカナチをセイバーで弾き飛ばした。
再びアルファは燃えるようなオーラを身に纏い、バスターから炎の矢を放つ。次々と向かってくる炎の矢は水月斬で対処するのが精一杯だった。
炎の矢が一段落したかと思えば、アルファはセイバーを構えながらこちらへと向かってくる。
カナチはアルファを跳んで避けようとしたものの、アルファのセイバーは水を纏い、そのまま大きく振り下ろされ、水が軌跡を残す。
カナチは跳躍距離が足りず、アルファの斬撃を左脚に受ける。斬られた衝撃でカナチは体勢を崩すも、すぐに持ち直す。
カナチはそのまま着地するが、左脚部のアーマーが損傷しており、少しふらついた。
だがカナチはアルファの方へ向かって走り出した。しかしアルファは大きく後ろに飛び退き、そのまま両手に炎の弓を形成する。
カナチはそれを見て急停止する。「燃え尽きろ!!」アルファが声を出すと同時に上に向かって炎の矢を放つと、再び炎の柱が形成される。
だがカナチはその迫力に屈さず、果敢にも炎の柱の間を縫うようにアルファに近づく。
アルファが放つ炎の柱をカナチは全て紙一重で避けていた。そして避けた時の勢いを利用して横に一回転し、その勢いのままアルファを斬りつける。
斬られた跡から火花が出る。ようやくアルファに大きな有効打を与えたカナチ。
アルファもそれに負けじと斬られた反動を使いカナチを斬りつけるも、カナチはこれを回避する。
そしてアルファは清々しいオーラを纏うと同時にフォレストボムを放ちカナチを牽制する。
カナチは飛んできた弾を昇炎斬で焼き払うも、アルファは再び左腕にエネルギーを溜め、今度はスパークバレットを放った。
(今までの経験からあの電撃弾はこうすれば…!)カナチはバスターに素早くエレメント・ウッドを装着する。
「貫け!!」銃口から放たれたフォレストボムはアルファが放った電撃弾に一直線に飛んでいき、互いの弾が当たり、炸裂し、相殺する。
弾が消え、再びアルファが見えるようになった時、アルファは左腕にエネルギーを溜めていた。
(また滅閃光を出すつもりか…!!)カナチは滅閃光を警戒して距離を取るも、アルファは二発チャージバスターを撃ち、それに続くように斬撃弾も飛ばす。
カナチは横に逸れて回避するが、アルファは弾に追従してカナチに近づく。そしてそのままの勢いで地面を殴る。
「滅びよ!!」カナチの至近距離で放たれた滅閃光は完全に回避する事が出来なかった。「くそっ…!!」右脚に被弾するカナチ。
(両脚とも被弾したが、この調子だと最後まで持つか?)カナチが体勢を立て直して数秒、双方微動だにしない時間が流れる。
お互い相手の動きを探っており、迎撃をいつでも出来る構えを取っていた。少しの間静寂に包まれた後、先に動いたのはカナチだった。
地を這うように姿勢を低くし高速で突っ込みつつ、構えたセイバーはまるで摩擦で火が点いたかのように炎を纏う。
アルファはセイバーに水を纏わせ、大きく振り下ろして迎撃する。それを見たカナチは急停止し、直様バスターを連射する。
「読み通り!」放たれた弾は水の壁を容易にすり抜け、微弱ながらもアルファにダメージを与える。
しかしアルファは受けた衝撃を強引に打ち消し、両腕を斧に変形させ、そのまま地面に向かって振り下ろす。
最初はただ誘導に失敗しただけかと思ったカナチだったが、すぐにそれが大きな間違いだったと気づく事になる。
下から何かが突き上げてくるのに気づいたカナチは急いでその場から離れようとするも、時既に遅し。
地面を穿つように生えた巨大な木の杭に突き上げられ、宙を舞うカナチ。
拠点で見ていたけんま達だけならぬ、側で見ていた山岡も宙を舞うカナチの事を見ていた。
山岡を囲んでいた機械兵は、隙を晒した山岡に一斉に襲いかかる。機械兵は質では劣っていても、数は圧倒的だった。
機械兵は山のように覆い被さり、山岡は機械兵の中に埋まる。
身体中に激痛が走るカナチ。拠点で必死に呼びかけているけんま達だったが、カナチの耳には届かなかった。
傷だらけのアーマーと共に落ちていくカナチ。それを静かに見る"A.C."カナチは一度地面に叩きつけられるも、根性でどうにか着地姿勢を取る。
カナチが落ちた場所と滑って着地した跡にはカナチの血痕が残されていた。アルファが追撃しようとするが、"A.C."はそれを止め、カナチに話しかける。
「ウッディタワーが直撃してよう死なんかったな。流石にやり過ぎかと思ったが生きているとはえらい根性やな。」
カナチは腕から流れ落ちる血を必死に抑えている。「だが死んでしまったら面白くないし、それに――」
"A.C."はどこからか取り出した包帯をカナチに向かって投げつける。「敵を殺すのは自分としては都合が悪いんでな。」
目の前にある包帯を前に、少し困惑するカナチ。「安心しな、包帯を巻き終わるまでは攻撃せんで。ウチもそこまで鬼畜やないんでな。」
戸惑いながらも包帯に手をのばすカナチ。アルファがいつ動き出すのかを警戒せねばならなかったため、頻繁にアルファの方を見ていた。
そして極力隙を晒さぬよう、手早く包帯を巻く。(とりあえず止血はしたが、いつまで耐えられるか?)
カナチは余った包帯をセイバーで切り、外れないよう固く結んだ途端、再びアルファが動き出す。
アルファは斬撃弾と共に距離を詰める。カナチはバスターを連射して対抗するも、まるで流水のように華麗に避けるアルファ。
これ以上近づけないように水月斬で水の壁を作るカナチだったが、アルファはそんな事はお構いなしにスパークバレットを放ち、壁と強引に破る。
カナチは電撃弾を避けようと踏ん張ったが、先程の被弾もあり、右脚に痛みが走る。そして痛みでよろけ、そのまま倒れてしまう。
先程の弾は結果として避けられたものの、大きな隙を晒すカナチ。アルファは追撃しようとセイバーを振り上げたが、一瞬動きが止まる。
カナチはその隙を見逃さず、瞬時に起き上がる。このアルファの異変に気づいたのはカナチとけんまと"A.C."の3人だけだった。
(何や今の挙動…… エラーでも吐いたのか?デバッグはしっかりさせたはずだが……)
アルファが誰も居ない場所にセイバーを振り下ろした時、カナチは既にアルファの背後に回り込んでいた。
そして背後から斜めに大きく、力強くセイバーを振り下ろす。斬られた衝撃で前へ吹っ飛ぶアルファ。
背中に残された大きな傷跡からはアルファの内部機構が少し露出しており、アルファがロボットである事を再度認識させられた。
「…流石にここまでやるとはウチも想像せんかったわ。アルファ!パターンCも解放や!」
(パターンC…… まだ隠し球が残っているというのか!)"A.C."の指示を聞いてアルファの動きを警戒するカナチ。
アルファは純粋な覇気で構成されたようなオーラを身に纏い、バスターからフォレストボムを放つ。
カナチは近づくのは危険と判断し、フレイムアローで焼き払う。
アルファは左腕にエネルギーを纏わせながらも、斬撃弾を飛ばし、それを盾にするようにカナチに突進する。
そしてカナチがそれを避けたのを見計らって地面を殴る。「消え去れ!!」直後、アルファを包むように一筋の柱が出現する。
あまりの眩しさにカナチはアルファを直視出来なかった。やがてその光が収まり、アルファの姿を見るとカナチは驚愕する事になった。
なんと、先程アルファに与えたダメージが修復されていた。カナチが驚愕した顔を見て"A.C."が話しかける。
「驚いたやろ、アルファは自己修復機能が搭載されてるんや。まさかここで使うとは想定してなかったがな。」
"A.C."の言葉を聞き絶望するカナチ。「今までの努力は一体……」思わず言葉をこぼすカナチ。
それを聞いたけんまはすかさずフォローに入る。「カナチ!多分アレは一度使うとしばらく使えないはずンマ!だから――」
確かにそうだ。自己修復はそれ相応のエネルギーが必要になるだろう。
だが、そのリチャージ時間がこちらがダメージを与えるペースを上回ったら?カナチは呆然と立ち尽くす。
アルファは立ち上がり、カナチを挑発する。カナチに対する応援の声は耳に入れど頭が受け付けなかった。
アルファは再び痺れるようなオーラを身に纏い、カナチに斬りかかる。カナチは反射的に攻撃を弾くも、その腕には力があまりこもってなかった。
そしてアルファは両腕に大型の武器腕を装着する。そのまま両腕に電撃を纏わせた時、カナチは雑音の中から一つの単語を聞き取る。
「カラコロス」と。誰が言ったのかは分からなかったが、再び記憶同士が繋がり合い、アルファの行動パターンを理解しだす。
(まさか…… ここにまたカラコロスが絡んでくるって事か? なら纏っていたオーラは…!そうか、そういう事か!)
アルファの謎が解け、再びカナチは集中力を取り戻し、アルファのライトニングボルトを避ける。
何度か受けるうちに電撃の落ち方も何となく分かってきたのだ。
まず一発目は自分が居た位置に、二発目は自分のやや後方、三発目は自分の鼻先に、そして最後の一発は再び最初に居た位置に落ちる。
今までパターンが分からなかったが、遂にパターンを認知し、自力で避ける事が出来たカナチ。
カナチがライトニングボルトを避けたのを認識したアルファはバスターの弾を放ち後退する。
カナチは飛んできた弾を飛び越え、アルファに接近する。近づかれたアルファはセイバーを力強く振り下ろし牽制する。
だがカナチは屈さず、アルファの懐に潜り込み、至近距離でバスターを放つ。しかしアルファの弾を受け流すかのように姿勢を変え、極力ダメージを抑える。
流れるように着地したアルファは再び燃え盛るオーラを身に纏い、カナチに向かってアイスジャベリンを放つ。
カナチは飛んできた氷の槍と地面の間の僅かな空間を這うようにくぐり抜ける。
そして勢いを殺さぬよう、アルファの放った弾丸を踊るように躱し、水を纏ったセイバーでそのまま斬りつける。
セイバーが通った跡に出た水の壁はアルファが纏ったオーラをかき消した。しかしアルファはまるで気にしないかのように再びセイバーを振り下ろす。
カナチはこれをステップで回避する。避けたのを認識したアルファはカナチを逃さまいとそのまま昇炎斬で追撃する。
これをカナチはセイバーで弾き、反動で距離を取る。アルファは左腕にエネルギ-を溜め、カナチはバスターを構え着地する。
カナチがバスターの弾を放つと同時にアルファもカナチの方へと向かってくる。そして次々と放たれたバスターの弾を、先程のカナチのように流水の如く避ける。
「滅びよ!!」ついにカナチの眼前まで来たアルファは至近距離で滅閃光を放つ。再び被弾するかと思われたが、なんとカナチはセイバーでこれを弾いて防御した。
(一度喰らった手だ、同じ手に引っかかるものか!)これを"A.C."はこれを興味深く見ていた。(ほう、アレを弾くのか。大した技術やな。)
弾かれた滅閃光のエネルギー弾はカナチの頬を掠めるように飛んでいく。次の一手を探るためにアルファを見張っていたカナチの眼はどこか凛々しかった。
カナチが攻撃しないと判断したアルファは距離を詰め、一気に畳み掛けるように怒涛の連撃を叩き込む。
カナチは予想していたと言わんばかりにアルファの斬撃を次々と避ける。カナチには過去に自分がやった事なのでパターンは分かっていた。
一発、また一発と矢継ぎ早に繰り出される斬撃の軌道はカナチには分かっていた。アルファはこれ以上の攻撃は無駄と判断したのか、バスターの弾をバラ撒いて距離を取る。
カナチも逃げるアルファを追うようにバスターを放つ。双方の弾はちょうど中間で相殺し、静かに消える。
弾が消えたのを確認した二人はまた勢いよく互いの距離を詰める。直後、双方のセイバーが互いを撫で斬るように交差する。
二人は斬られた衝撃をいなすために回転して勢いを殺す。二人の腕部アーマーには斬られた跡が残っていた。
(…そういやアイツの大技が飛んでこないな。あのオーラなら天焦裂覇のはずなんだが……)
先程纏ったオーラから天焦裂覇を警戒していたカナチだったが、いつまで経ってもアルファは天焦裂覇を出さなかった。(待てよ…?もしかしたらそういう事か!!)
カナチの中で何かが確信に変わる。アルファは再び痺れるようなオーラを纏い、カナチに向けてバスターを連射する。
カナチは再び弾幕をくぐり抜け、アルファの頭上に近づく。そして迎撃覚悟で割木斬を放つ。アルファもそれに反応し、昇炎斬でカナチを迎え撃つ。
カナチにはこれは想定済の行動だった。カナチのセイバーは炎に呑まれたものの、オーラには到達し、アルファが纏っていたオーラが消えた。
(オーラが消えたが……)カナチはすぐに回避行動を取り、炎のダメージを最小限に抑える。
オーラを剥がされたアルファは一瞬よろけるも、すぐに体勢を立て直し、カナチに向かって斬りかかる。
カナチもすぐに起き上がり、バスターを放ちつつ後ろへ逃げる。
アルファは計算の結果、カナチが動かないと判断したのか、誰も居ない空間に向けて力強くセイバーを振り下ろした。
その硬直に先程放ったバスターの弾が数発当たる。アルファも反撃としてフレイムアローを放つも、それを見たカナチはアイスジャベリンを盾にして突っ込んだ。
突き進む氷の槍は炎の矢を飲み込む。アルファもこれを認識するとセイバーを再び強く握り、カナチに向かって突進する。
双方の距離はどんどん縮まり、互いに斬りつけるとまた距離が離れていく。ここでカナチが勘付く。(やはりそういう事か!)
アルファの大技とオーラが連動していた事に気づいたカナチ。アルファは負けじと凍えるオーラを纏い対抗しようとするが、オーラの謎を見破ったカナチの前では無意味だった。
カナチはスパークバレットを放ち、直様アルファのオーラを消しに行く。
アルファはこれを紙一重で避けたが、カナチはそれを想定済と言わんばかりにセイバーに電撃を纏わせ、アルファに向かって突進する。
アルファがセイバーの間合いに入った時、カナチは急加速し、アルファのオーラに高速でセイバーを突き立てる。
セイバーの刀身が刺さった所から弾けるようにオーラが消える。アルファもまた突き刺そうとするも、カナチはセイバーを引き抜き、アルファのセイバーを弾く。
そのままバスターを連射しながらカナチは距離を取る。アルファが放った斬撃弾は逃げるカナチを追うように進み、同時に覇気で形成されたようなオーラを身に纏う。
(また回復するつもりか!ならば…!!)カナチは勢いよく壁を蹴り、高く跳び上がり、そのまま横になり、縦に一回転する。
「一刀両断!!」振り下ろす瞬間、セイバーの刀身は激しさを増し、そのまま分離するように巨大な斬撃波は空間を斬り裂きながらアルファの方へ向かって飛んでいく。
しかしアルファが取った行動はカナチらの想像を遥かに上回っていた。なんと、そのまま大きく跳び上がり、横になり、縦に一回転する。
この動きを見たカナチは恐怖を感じた。アルファのセイバーは大きくうねり、刀身からカナチの物と同じ衝撃波が発生する。
アルファはカナチの幻夢零を模倣したのだ。放たれた斬撃波はカナチの物と同じく空間を斬り裂きながら進む。
そして双方の斬撃波が衝突した時、一際大きな衝撃波が発生する。その衝撃は凄まじく、カナチらの足元に転がっていた瓦礫が吹き飛ぶ程だった。
しかしそれを見ていた"A.C."は不敵な笑みを浮かべる。(この状況でまだ秘策があるというのか!?)カナチは"A.C."の顔を見て警戒した。
次の瞬間、"A.C."の口から驚愕の言葉が出る。「さらにもう一発!」その言葉を聞いたアルファは再び跳び上がる。

――先程と同じように。そのまま回転し、アルファのセイバーからもう一発幻夢零が放たれる。
カナチには先程と同じく幻夢零を放って相殺する選択肢は無かった。カナチは幻夢零を連続で放つ事はアーマーの補助があっても出来ず、クールタイムが必要だった。
向かってくる斬撃波を前に、どうする事も出来ないカナチは死を覚悟する。
自分があの斬撃波に斬られると思った矢先、カナチの目の前に黒い影が横切る。カナチが目を開けると、そこには山岡が立っていた。
山岡のアーマーは真っ二つに斬り裂かれていたが、気合でなんとか立っていた。「カナチ…ボーッとしてんじゃねぇよ…!!」
山岡の肩から腰にかけては真っ直ぐ斜めに斬られており、血が流れる程の傷を負っていた。「山岡、お前……」
先程まで山岡が居た方向を見ると、大量の機械兵の残骸が山のようになっていた。「これ以上…俺を待た…せ…る…」
山岡は言いかけの状態で膝をつき、それを見たけんまが直様山岡を拠点に転送する。
涼しい顔をしてカナチを見るアルファと、どこか怒りに満ちた表情でアルファを見つめるカナチ。
「よくも山岡を…!!」怒りを顕わにしたカナチは勢いよくアルファの懐に飛び込もうとする。
しかし、アルファは限界までカナチを引きつけた後、ほんの少しの動きでカナチの攻撃を避ける。
勢いよく床に突っ込んだカナチであったが、すぐに受け身を取り、立ち上がる。
再び怒りに突き動かされるようにアルファに突っ込むカナチ。だが先程と同じように避けられる。
カナチは怒りに身を委ね、何度も攻撃するも、全て避けられる。通信機越しにけんまが何度も呼びかけていたが、それらはカナチの耳には入らなかった。
次第に息を切らすカナチ。何度突撃しても全て避けられる事に強いストレスを感じていた。
この隙を見逃すまいとアルファはカナチに斬りかかる。カナチはこれを避ける事が出来ず、セイバーで受け止めるしか手は無かった。
衝撃で壁際まで追い詰められるカナチ。「――ナチ… カナチ!落ち着くンマ!!」けんまの声がようやく耳に入り、ふと我に返るカナチ。
眼前には追撃をするために急接近してくるアルファの姿があった。アルファの動きは怒りに身を任せたカナチの動きに最適化されていたのか、直線的な動きをしていた。
カナチはアルファの脇に飛び込むように攻撃を避ける。
カナチが正気を取り戻したのを確認したアルファは、再び清々しいオーラを纏い、チャージバスターを2発放ち、それに続くように斬撃弾を飛ばした。
カナチは壁を蹴って登ることでこれを避け、ぞのままアルファの頭上を飛び越えた。
真下に居るアルファに向けてフレイムアローを放つも、アルファはバックステップで避け、そのまま水月斬で水の壁を作って炎の矢をかき消した。
カナチはすぐに着地し、再びアルファを追いかける。まるで摩擦で火を点けるかのようにセイバーに炎を纏わせ、アルファの眼前まで行って斬り上げる。
だがアルファは炎の斬撃が当たらぬよう紙一重で避け、そのまま両腕を斧に変形させる。(しまった…!!)
カナチが攻撃を外したと認識した時には既にアルファの両腕は振り下ろされていた。
カナチは急いで壁を登るも、巨大な木の杭は先程止血した傷跡を舐めるように生える。カナチは空中で受け身を取り、ダメージを最小限に抑えるも、傷跡が痛む。
回転したまま宙を舞い、そのまま地面に向かって落ちていく。そのまま転がるように着地するカナチ。
受け身で強引に立ち上がるも、アルファは左腕にエネルギーを溜め、セイバーを構えながらカナチに接近する。
目の前まで迫ったアルファはカナチに向けてセイバーを振り下ろす。セイバーで防御の構えを取ったカナチだったが、弾いた時に妙な違和感を感じていた。
(何だ…?さっきより力が弱くなっているような… 気のせいか?)次の攻撃に移ろうとしたアルファだったが、再び一瞬動きが止まる。
カナチはその一瞬の隙を見て、後方に飛び退く。「滅びよ!!」アルファは自身が静止した事も分からず、地面を殴り、滅閃光を放つ。
カナチはアルファと距離を取っていたため、避ける事は苦でなかった。
(何や、また動きが止まったぞ… やはりバグが残っていたのか?)"A.C."はアルファ挙動を不審に思った。
また、これを見ていたけんまも今の挙動を不審に思っていた。(この挙動… 外部からの介入があったンマ…?)
カナチも一瞬止まった事が気になったが、そんな事を考えている余裕など無かった。
アルファは純粋な覇気のようなオーラを身に纏う。(まさかまた…!!)
回復か幻夢零のどちらを出そうとしているのか分からなかったが、どちらも出させる訳にはいかない厄介な技であるのは間違いない。
オーラを消さなければ自分が不利になる。だが、他のオーラと違い、このオーラはどうしたら良いのかカナチには分からなかった。
いずれにせよ、攻撃せねばアルファのオーラは剥がせない。
とにかくアルファに攻撃しないといけないので、カナチはアイスジャベリンを盾にしてアルファとの距離を詰める。
アルファには盾にしていたアイスジャベリンを避けられるが、これはカナチの想定内だった。
カナチは一瞬立ち止まり、跳んで避けたアルファめがけて雷光閃を放つ。電撃を纏ったセイバーはアルファのオーラを越え、本体に達する。
(…? 何かがおかしいような……)先程までのアルファならば、今の攻撃はセイバーで防ぐはずだった。
しかし防ぐ事をしなかったのは何か理由があるはずだ。カナチの中で一つの疑問が巡る。
この異変は"A.C."もけんまも感じ取っていた。攻撃を受けたアルファはセイバーで眼前を払い、カナチを遠ざける。
カナチはセイバーにエネルギーを溜め、アルファに突撃する。アルファも近づいてきたカナチをセイバーで斬ろうとする。
一発、二発、三発と斬るも、カナチと同じく三発目を放った後には少し隙が発生していた。
カナチはその隙を見逃さず、頭上からチャージセイバーを当てる。しかしアルファは屈さず、そのままエネルギーを溜めた左腕で地面を殴る。

その時だった。地面を殴ると同時に、アルファが纏っていたオーラが霧散する。この異変には見ていた全員が気づいた。
「なっ…!!」"A.C."はこれには慌てて管理用のログを見る。しかし"A.C."にはログの意味など分からなかった。
(何やこのエラー…!教えてもらった物と全然違うぞ!)想定外の事に慌てる"A.C."。
けんまもカナチのアーマーに内蔵されたアンテナを使い、外部からの介入があったのかを探ろうとしていた。
その時けんまは何かを発見する。(…ん?これはもしかして……)けんまは記憶を頼りにキーボードを叩く。
「多分これなら…!!」けんまが勢いよくエンターキーを押す。「当たりンマ!!」
なんと、そこにはアルファの高度計算処理用コンピュータの管理画面が映っていた。
「やっぱりアルファも今の高性能ロボットンマね!」「今のって… 昔と違うのか?」カナチがけんまの発言に疑問を抱いた。
「ここ数年の間に処理能力の向上を目的にネットワーク経由で計算資源を増やす設計が流行になってるンマ。」
そしてけんまはどうにかしてアルファの制御権を強奪出来ないかと手段を探していたところ、一つのプログラムを見つける。
(これは……)つい気になって起動するけんま。プログラム自体はすぐに終了したものの、コマンドライン上で動かした時、けんまは驚いた。
「何でバックドアが残ってるンマ…?」そのプログラムはアルファの高度計算処理用コンピュータのバックドアだった。
コマンドラインに残されたログを見ると、どうも開発時に使っていたバックドアのようであった。
本来開発時に使ったバックドアはリリースの際消すのだが、アルファには何故かそれが残っていた。
管理用のアクセスログを見た限り、どうやら先程のアルファのオーラを霧散させた犯人はこの脆弱性を使って攻撃したであろう痕跡が残っていた。
しかも誰が介入したのか分からないようにするためか、アクセスログにはT orの物ばかりが残されていた。
ただ、けんまが管理画面に入れた以上、バックドアを使う理由など無かった。けんまは管理画面を探し回り、アルファに対する命令が無いかを探る。
カナチも通信機越しにアルファに何らかの方法で攻撃する手法が分かったと認識していた。
カナチはバスターを連射しながらアルファに接近する。(今ならいける!!)急接近するカナチに対し、跳んで回避しようとするアルファ。
だが、高度計算処理用コンピュータの計算資源の一部を攻撃により奪われていたためか、一瞬判断が遅れる。
それを見逃さなかったカナチは、アルファの左脚を掴んで強引に地面に叩きつける。「落ちろ!!」
叩きつけられた反動で倒れたまま跳ね返るアルファ。そこにカナチは怒涛の6連撃を叩き込む。
そして最後の一撃として大きく掬い上げるように昇炎斬を放つ。ノイズ音を発しながら地面に転がり落ちるアルファ。
(やったか!?)カナチがとどめを刺すためにセイバーを構え、アルファに近づくも、アルファは再び立ち上がる。
「…軍用ベースの耐久、あまりナメないでほしいわ。」「戦闘用の名は伊達じゃないってか。」
しかしアルファが受けたダメージは大きく、傷跡から冷却水が漏れる。
(渡された仕様書が正しければ、あの漏れ方だと5分くらいが活動限界な気がするな…… 早急に決着をつけてもらわんとな。)
冷却水が漏れようとお構いなしに動き続けるアルファ。本来なら追撃してとどめを刺したいところだが、徐々にカナチにも疲労の影響が出始める。
見ていた人には分からなかったが、カナチにはアルファの行動に対する反応速度が落ちている実感があった。
しかしアルファも反応速度が落ちており、互いに長時間戦闘をした影響が現れていた。
(この調子だとあと5分耐えられるか?体力的にキツいから早いとこ倒したいが……)
双方は一旦動きが止まったが、再びセイバーを握りなおして同時に動き出す。
カナチが斬りつけるとアルファが避け、アルファが斬りつけるとカナチが避ける。互いに有効打を与えられず、ただ時間のみが過ぎる。

しかしカナチが疲れで倒れそうになった時、事態は急変する。「カナチ!今ならアルファの制御権を掌握出来そうンマ!」
けんまは勢いよくキーボードを叩く。「多分これで…!!」
けんまの打鍵音が止まると、なんとアルファの動きが止まり、そのまま膝から崩れるように倒れていった。
「成功ンマ!!」「なっ…!!」アルファの制御権掌握に驚きを隠せない"A.C."。
「やっと…終わりか!!」最後の力を振り絞り、大きく飛び上がる。
そのまま大きく振り下ろされたセイバーからは、刀身が分離するように巨大な斬撃弾が放たれる。
(当たれ…!!)幻夢零を放ったカナチには、これ以上戦闘を継続させるだけの体力が無かった。
高速でアルファに迫る斬撃弾。そして遂にアルファの身体(フレーム)が真っ二つに斬り裂かれる。
「遂に…遂に倒したのか……」アルファを倒したのを見届けたかのように、カナチのアーマーは白い光を放ち、元のアーマーに戻った。

(後はアイツだけだが…… 身体中が痛い……)カナチは息を切らしながら"A.C."を睨む。その眼差しはまるでまだ戦えると訴えているようだった。
「何や、その身体でまだやろうってのか?」足元がふらつきながらもセイバーを握り、気力で立ち続けるカナチ。
「…その調子だと死ぬまで抗うつもりやな。まぁええわ、少し気が変わった。」"A.C."はどこからか取り出した小瓶をカナチに向かって投げる。
「本来はアンタをアルファに処理させるつもりだったが、まさかアルファを倒すとは思ってなかったわ。」投げられた小瓶を披露カナチ。
「それは一種の回復薬や。30分もあったら効くやろ。そこまで消耗した相手をボコボコにするほどウチは鬼畜ではないんでな。」
(渡されたこの薬はもしかして毒か?)小瓶の中身を警戒するカナチ。「安心しろ、中身は毒物じゃ…… いや、見方によっては毒になるかもな。」
そう言われて小瓶の蓋を開けるのを躊躇するカナチ。
「なに、多少の副作用が出るくらいで後遺症が出るような物でもない。中身はアンタがさっき飲んでいたのと同じや。」
カナチは恐る恐る小瓶の蓋を開けると、瓶の中からは先程飲んだ薬と同じ臭いがしていた。
「中身は教えたで。それを飲むかは自由や。今から30分は待ったるから、飲むか飲まんかはアンタが決めてくれや。」
そう言われて葛藤が生じるカナチ。これを飲んだところで動けない隙に攻撃される可能性も否定出来なくはない。
それにこの薬はけんまが言うからには劇薬――もしかしたら中毒症状で死んでしまう可能性だってあるのだ。
しかし疲労で動けないカナチにとって、この薬は魅力的であった。けんまもこの件に関しては何も言えなかった。
副作用と戦うべきか、それとも極度の疲労を抱えて戦うべきか。考えているだけであってもただ時は流れていく。
30分待つと言われたがこれを信じていいのか。5分くらい悩み続けたが、カナチも遂に決断する。
瓶の蓋を開け、中の薬を一気に飲む。見ていたけんま達も思わず息を呑む。
やはり飲んですぐには何も無かったが、時間が経つにつれ痛みが増し、先程と違い今度は強烈な吐き気もカナチを襲う。
思わず何度も吐き出しそうになったが、必死にそれを堪える。(さっきと同じなら30分くらい耐えれば…!!)
"A.C."が絶好の攻撃チャンスであったが、手にした武器を振るおうとしなかった。薬の副作用に苦しむカナチとそれを静かに見守る"A.C."。
そして薬の副作用もだんだん収まり、カナチはようやく立ち上がれるようになった。「…そろそろ回復したようやな。」
「まだ副作用は抜けきってないがな。」「望むのならもう少し待とうか?」「…アンタもフェアな戦いが好きなんだな。」

そして互いに睨み合いならが5分くらいが経つ。「ウチの計算やとそろそろ副作用が抜けるはずや。調子はどうや?」
「…まぁ、完全には回復したとまでは言えないが、全力で戦える程度には回復したな。」
「律儀に待ったんや、面白い事を期待してるで!!」最初に動いたのは"A.C."。
手にした武器はエネルギーを纏い、ハンマーのように集約する。"A.C."は勢いをつけ、カナチの眼前で振り下ろす。
カナチは後方に飛び退きこれを回避する。そしてそのまま勢いをつけ、セイバーを振り下ろすカナチ。
"A.C."も咄嗟に武器に纏わせたエネルギーを細く伸ばし、セイバーのようにしてカナチの攻撃を受け止める。
「反応速度はまずまずってとこか。」「アイツらを束ねるのに弱いリーダーだと示しがつかないんでな!」
"A.C."は再びエネルギーを球状にし、ハンマーのように振り上げる。
跳び上がって回避したカナチだったが、"A.C."は明後日の方向に武器を構え、纏わせたエネルギーをレーザー光線に変えて発射する。
最初はどこを狙っているのか分からないカナチだったが、すぐにその考えは間違いだった事に気付く。
後方の壁に当たったレーザーは跳ね返り、カナチの方へと向かって飛んできたのである。「!!」
カナチは急いでバスターを構え、相殺しようと弾を放つ。しかしレーザーはカナチの放った弾をいとも容易くすり抜け、遂にはカナチに命中する。
「くそっ…!!」カナチは体勢を変え、受けたダメージを最小限に抑えるも、反動で少し吹き飛ばされる。
「ウチかて絶対に当たらんような攻撃をする程アホじゃないんでな。」
カナチはそのまま着地し、反転するように向きを変え、セイバーを構えて"A.C."に向かって突進する。
"A.C."も再び武器をセイバー状にし、カナチに向かって突進する。双方は地面との摩擦で火を点けるかのようにセイバーに炎を纏わせる。
そして双方が眼前まで迫った時、両者は炎を纏ったセイバーを振り上げる。互いのアーマーを舐めるように炎が軌跡を残す。
セイバー同士が放った炎の間から互いの目が現れ、双方を睨みつける。そして力強く振り下ろしたセイバー同士が弾かれた反動で再び距離を取る。
カナチはバスターを、"A.C."は纏わせたエネルギ-を吸収させ、武器を杖のように持つ。相手の動きを読むために一瞬二人の動きが止まる。
先に動き出したのは"A.C."。放たれたエネルギーはまるで鋭い木の葉のように姿を変え、高速で飛んでいく。
カナチは咄嗟の判断でフレイムアローを放つ。放たれた炎の矢は"A.C."の攻撃を貫き、"A.C."に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
"A.C."はこれを横向きのステップで躱し、再び武器に細長いエネルギーを纏わせ、そのまま床に突き刺した。
すると、突き刺した剣先から水柱が波のようにカナチの方へ向かって迫りくる。
カナチはこれを横に移動して避けようとするも、水柱の波はまるで意思を持っているかのようにカナチを追尾する。
"A.C."も水柱を追うようにカナチに近づく。水柱がカナチを襲おうとした瞬間、カナチは急加速し、一閃の光を残して"A.C."の背後へと回り込む。
「ほう、雷光閃とはいい判断やな。だが、今の攻撃はウチでも予測出来た。」そう言われてカナチが振り返ると、"A.C."のアーマーには傷一つ無かった。
「だが、お前を相手するのに"この機能"を封印したままだとつまらん事になりそうや。」
"A.C."がそう言うと、今までマントのように畳まれていたパーツが羽のように展開された。そして"A.C."は静かに浮き上がる。
「ウチはアイツらと違って飛べるんや。これが何を意味するか分かるよな?」「…攻めるも逃げるも有利ってか。」「御名答!!」
"A.C."は急加速し、カナチに向かって飛んでくる。
そしてそのまま手にした武器のエネルギーの纏わせ方を変え、電撃を纏った鎚のようにし、そのまま大きく横に回転を始める。
迫る"A.C."を跳んで避けるも、飛び石の如く飛び上がり、カナチを追撃しようとする。
電撃を纏ったエネルギーはそのまま棒状になり、地面を蹴った勢いでA.C."は再び回転を始める。
カナチは攻撃を防いだものの、反動で地面に叩きつけられるように着地する。"A.C."は真下に居るカナチを見下ろす。
「今のはウチにとっては準備運動みたいなモンや。この程度でくたばるはずが無いよな。」
カナチはバスターを構えながら立ち上がる。「まぁな!」構えたバスターからフォレストボムが放たれる。
「そんなモノは――」"A.C."は再び武器を杖のように持ったかと思えば、そのまま火炎放射を放つ。「焼き尽くしてくれるわ!!」
フォレストボムは炎に包まれ、跡形もなく燃え尽きた。が、それで終わっておらず、"A.C."の火炎放射は水月斬によって斬り裂かれる。
「!!」"A.C."は咄嗟に防御姿勢をとるも、腕で斬撃を防ぐ事で精一杯だった。「今のはアーマーが無ければ致命傷になってたな。だが――」
"A.C."は眼前に居るカナチに武器を向ける。「コイツはどうかな!!」直後、カナチの左脚に強烈な痛みを感じた後、膝を曲げる事が出来なくなる。
「なっ…!!」慌ててカナチが視線を左脚に向けると、なんと左脚は太腿から下が凍りついていた。
そのまま地面に向かって落ちていくカナチ。(右脚だけで着地するのは無理があるが…… それでも…!)
カナチは凍ってない右脚だけでの着地を試みる。あと1m、50cm、15cmと地面が近づくにつれ不安が増すが、その不安は的中する事になる。
着地の衝撃はアーマーの補助があっても緩和しきる事が出来ずそのままバランスを崩し、倒れてしまう。
背中から叩きつけられるも、アーマーに仕込まれた緩衝機能により大事には至らなかった。
しかし立ち上がろうにも凍った左脚のせいで中々立ち上がれない。「さて、いつまでこれから逃げられるかな!」
"A.C."が構えた武器の先端から電気を帯びたエネルギー弾が放たれる。その動きは大して速くないものの、着実にカナチの方へ向かって飛んでくる。
当然カナチはこれを避けようとするものの、凍りついた左脚が足枷となり、思うように動けない。
(どうにかしてこれを…… ちょっと待てよ、これはもしかしたら…?)カナチは凍った左脚にバスターの銃口を向ける。
(頼む…… 溶けてくれ!)起死回生の思いを込めてフレイムアローを至近距離で放つ。
5本の炎の矢は凍った脚の冷気に負ける事なく氷を溶かしていく。(溶けた…!!)
再び自由になった左脚を使い、放たれたエネルギー弾の側をすり抜けるように躱し、"A.C."に向かって突撃する。
しかし"A.C."はこれを迎撃せず、カナチの裏に向かって飛んでいく。
カナチもこれを追うために壁を蹴って反転するも、先程放たれたエネルギー弾は未だカナチの方へ向かって飛んできていた。
「驚いたやろ。プラズマボールはしつこく追尾するからな。そして――」"A.C."は再びプラズマボールを放つ。
「もう一つ追加して逃げ切れるかどうかを見させてもらうで!」弾速こそ速くないものの、じわじわとカナチを追い詰める2つのプラズマボール。
カナチはその間を抜けようとするも、追いかけてきた弾がカナチの行く手を阻む。
だがカナチもこの程度では屈さず、舞うようにプラズマボールの間を抜ける。
そして斬撃が衝突し、鍔迫り合いとなる。「やはりアルファを倒すだけの実力はあるな!」
"A.C."はカナチを弾き飛ばし木の葉状のエネルギー弾を連射し追撃する。(確かコレは追尾しないから……)
カナチは飛んできたエネルギー弾を左右のステップのみで避ける。
そしてセイバーに水を纏わせ、水月斬を放とうとしたところ、"A.C."は武器に鎚のようにエネルギーを集中させ、そのまま大きく振りかぶるとカナチの眼前に木の葉状のエネルギーを巻き上げた小さな竜巻が発生する。
急に発生した竜巻は勢いのついたカナチでは回避する事が出来ず、そのまま巻き込まれてしまう(くそっ…!!)
巻き上げられたエネルギー弾に全身を斬り裂かれるカナチ。アーマーを装備していたとはいえ小さくはないダメージを負う。
装甲の無い指先からは血が流れていた。指先に力を込めると痛みが走る。(傷は軽微とは言えど長時間戦うとなるとこの傷はキツいな……)
カナチは少々迷ったが、けんまに通信を入れる。「けんま、絆創膏を用意出来るか?」「絆創膏ンマね、すぐ持ってくるンマ!」
「何や、傷口のケアでもしようってのか?そんな事などさせへんで!」"A.C."は隙を与えようとせず、直様カナチに追撃する。
「くっ…!!」カナチは血を流しながらも"A.C."の斬撃を受け止める。「カナチ、絆創膏を持ってきたンマ!左のホルダーに転送するンマよ!」
転送されたはいいが、どのようにして絆創膏を貼るタイミングを作るかを悩むカナチ。
自分の事に集中しないといけなくなるため、どうしても無防備な隙が出来る。傷口が1つなら何とかなるが、今は傷口が複数ある。
幸いけんまは大量に絆創膏を転送してくれたため、絆創膏の数は足りる。しかし傷口は全て指先にあるため片手で貼らなければならない。
(どうにかして隙を作らねば…!)"A.C."の攻撃を避けながら逃げ惑うカナチ。「どうした?攻撃の手を緩めてほしいってか?」
"A.C."の問いに肯定で返したいが出来ないカナチ。ここで仮に攻撃の手を緩めたとしても追撃されないという保証は無い。
セイバーを握る手からは静かに血が滴る。(隙を作ろうにも相手は人間だからアルファのような妨害で止める事は出来ないな…… ならばさっきのやり方なら?)
何かを思いつくカナチ。左手にはバスターを、右手にはセイバーを構え、"A.C."の懐へ突進する。
当然"A.C."は向かってきたカナチを迎撃しようとする。武器を鎚のようにし、カナチに向かって大きく振り下ろす。
この攻撃に対し、カナチはセイバーを斜めに構え、攻撃を弾き飛ばして防御するのではなく、横に受け流して攻撃を捌く。
今までカナチは小劇を弾いていただけに、今回も弾き飛ばすと確信していた"A.C."は受け流された事により大きく体勢を崩す。
(よし、今だ!)ガラ空きになった"A.C."の脚を目掛けて水月斬とアイスジャベリンを同時に放つ。
"A.C."の脚に纏わりついた水はアイスジャベリンの冷気によってすぐに凍結する。「なっ…!」"A.C."の脚は氷で地面に縛り付けられていた。
(コイツ…さっきのウチみたいに…!)まだ攻撃手段が残っているとはいえ"A.C."の動きを封じる事が出来たカナチ。
(今のうちに!)カナチは手際よく絆創膏を取り出し、急いで血が滴る傷口を塞いでいく。
"A.C."もレーザーを放ちカナチを妨害するも、動けない損害により次々と避けられてしまう。
(やはりこの氷を先に溶かさなアカンか……)"A.C."も先程のカナチと同じように火炎放射を使って氷を溶かす。
しかしその隙にカナチはすべての傷口を絆創膏で塞いでいた。(よし、何とか間に合った!)
「まさかアンタもこんな事をしてくるとは思わんかったな。」「さっきしてきた事をそのまましただけだ。」
"A.C."は両脚に纏わりついていた氷の欠片を払いながら立ち上がる。「お互い仕切り直しってとこか。」
"A.C."は再び武器を構え、カナチの様子を伺う。互いが互いの動きに注目し、じっと構えたまま相手の次の一手を読み合っていた。
(ここで先に動いたら不利か…?)カナチは次の一手が有効打になる方法を模索していた。
"A.C."もカナチが何をしてくるのかを考えていた。(データを信じるなら雷光閃辺りをしてくると思うがあんまり信用ならへんな……)
カナチはセイバーを握っていた片方の手を離す。(ならこれなら…?)セイバーを片手で振るうように見せかけてバスターでチャージショットを放つ。
速い弾速の弾はすぐに"A.C."の眼前まで飛んでいくも、上に飛び上がってこれを回避する。
「なるほどな!」"A.C."は再び氷の弾を放つ。(アレを喰らえばまた…!)カナチは大きく跳び上がり、背後の壁を蹴って"A.C."に接近する。
"A.C."もカナチに向かって突進し、空中でそれぞれの斬撃が交差する。
アーマーの機能でそのまま宙に浮いたままの"A.C."と地面に向かって落下していくカナチ。
だがどちらの斬撃もアーマーに傷をつけただけだった。直様お互いは武器を構え、カナチは再びチャージショットを、"A.C."はレーザーを放つ。
そして二人の中間点で2つのエネルギー弾は相殺される。二人はお互いの弾が相殺される事を予め知っていたかのように次の行動に移る。
"A.C."は武器に炎を纏わせ、燃え盛る鎚のような風貌にし、それを構えたままカナチの方へ迫る。
カナチもそれを迎撃するためにセイバーを構える。そして双方の攻撃が交差する。片方は炎の軌跡を、もう片方は水の軌跡を残して。

互いが武器を振り抜いた時、"A.C."の武器はエネルギーを纏う事が出来なくなっていた。この争いに勝ったのはカナチであった。
(機械杖ネツァクが負けただと…!?)突如武器が起動しなくなった事に戸惑いを隠せない"A.C."。
「どうやら勝負あったみたいだな。」カナチがセイバーの電源を切り、"A.C."の方へと向かう。
「大人しく負けを認めな。オレもこれ以上やる気は今は無いんでな。」
カナチの降伏勧告に対し、"A.C."が返答しようとした瞬間、何者かの声で遮られる。

「失態は許されないジムよ。」突如部屋の奥にあった扉から誰か出てくる。「俺が見ている前で失敗する雑魚には――」
姿を現した褌一丁の男は眉毛をうねうねと動かし、妖しい光を放つ。「ぐああっっ!!」"A.C."は頭を抱え、もがき苦しむ。
「こうするジムよ!!」男から一瞬殺意とも受け取れるようなオーラを発すると、"A.C."は大人しくなったが、すぐに先程とは違う敵意をカナチに向ける。
「殺ス…… 殺シテヤル!!」"A.C."の言葉に合わせ、纏っていたアーマーから赤黒いノイズが吹き出す。
「そして無惨に引き裂くジム!その爪の名は――」"A.C."の手首から出ているノイズが固まり、赤黒いエネルギーの爪を形成する。
「"滅双刃ディアブロ"ジムよ!」"A.C."は猛々しく雄叫びを上げる。「そしてお前もこうするジムよ!」
再び男が眉毛を動かすと、カナチに強烈な頭痛が襲いかかる。カナチは気合で立っている事が出来たが、足元がおぼつかない。
「流石は英雄と呼ばれてるだけあるジムね。でもいつまで耐えれるジムか?」男がそう言うと、"A.C."はカナチに向かって斬りかかろうとする。
拠点で見ていた全員がカナチの死を覚悟した時、背後から誰かの声が聞こえる。
直後、セーラー服を着、剣と盾を持った謎の女性が暴走した"A.C."の攻撃を盾で受け止める。
「…邪魔者が現れたジムねぇ。まぁいい、やっちまうジム!!」「グルァァァァッッッッ!!!」
「そうはさせない!」彼女は盾を振り払い、"A.C."を飛ばして距離を取る。
(立ち上がらなければ…… ここで立たねば誰がアイツを倒すっていうんだ……)カナチは頭痛の苦しみに耐えつつも、何とか立ち上がろうとしていた。
しかし男はこれを見逃さなかった。「よくこの状況で動けるジムねぇ…… でも最大出力には耐えられるジムか?」
男の言葉に合わせ、妖しい光は一層強くなる。(頭が…… 頭が爆発しそうだ…!!)カナチは再び倒れ込む。
「カナチ!しっかりするンマ!」拠点からカナチに向けて応援するものの、カナチの耳に入る事はなかった。
次第にカナチの意識は遠のき、いつしかカナチは気絶してしまう。
「…耐えられなくて気絶したジムか。まぁいい、好都合ジム。この間に洗脳を完遂させて我が軍団に引き入れるジムよ!」
「カナチ!」「カナチさん!」カナチが気絶した事にざわめく拠点。しかし"A.C."は執拗にカナチを狙っている。
"A.C."を食い止める謎の女はただひたすらカナチを守ろうと動く。

(…ん?何だここは……)カナチは気がつくと辺り一面が真っ白な開けた場所に居た。(オレはさっきまで"A.C."と戦ってたはずだが……)
カナチがふと下を向くと、アーマーを纏っていない事に気づく。(アーマーが無い…… それにセイバーも呼び出せなくなってるな…… これは一体…?)
先程まで戦っていたのに戦闘を継続出来ない事に戸惑う。上を見ても天井や空という物が無く、ただ白い空間が広がる。
(…もしかしてここは死後の世界か?だとしたら……)カナチは未だ自分が負けたという事を理解出来てないような立ち振舞をする。
「あら、何負けたと思い込んでるの?」ふと声がして振り返ると、先程の謎の女が立っていた。「…誰だ?」
「いきなりここに現れたら驚くのも無理はないわね。私は千刃剣魔。マスターからあなたを護るようにって指示を受けてここに来たの。」
「でもここって…… オレは負けたのか?」「いいえ、あたなはまだ負けてないわ。それにここはあなたの精神世界よ。まだ死んでなんかはいないわ。」
「精神世界って…… お前さんはどうやってここに?」「詳しい事は言えないけどアーマーの機能を使っているのよ。」
「ならさっきの眉毛野郎は……」「まだ倒せていないけど、彼の力はここまで及ばないと思うわ。」
「でもこのままだと……」「ここで、諦めるの?拠点の皆の想いを背負って戦ってくれてるんじゃないの?」
「お前……」「立ち上がるのよ、あなたの帰りを待っている仲間が居るのよ。信じるのよ、自分の力を。奇跡の1つや2つは強く願っていれば起きるものよ。」
「…へっ、そうだよな。このままここでくたばったら会わせる顔が無いな。…オレ、まだ、やれるぜ。やれるはずさ、お前さんよ…… この生命、まだ燃やし尽くしていない…!戦い抜けるだけ戦ってない…!くたばるには早すぎるんだ!!」
ふと上を見上げると、黒紫の暗雲が辺りを覆い始めていた。(早く目覚めなければ…!)そして視線を戻すとそこに千刃剣魔の姿は無かった。
(まだ諦めてはいけない…!)

カナチが目覚めると同時に、千刃剣魔が吹き飛ばされるのが見えた。「ジムッ!?アレに耐えたジムか!?」
まだ頭痛は収まらないが、根性で立ち上がるカナチ。「もう…… もうお前の言いなりにはならない!」
眉毛の男を睨みつけるカナチの眼には覚悟が現れていた。(力がどこかから溢れてくる…… 今なら…… 今なら…!)
「うおおおおおおおお!!!!」「くそっ、もう一度やってみるジム!」眉毛の男は再び洗脳を試みるも、何度やっても通用する気配が無い。
そして"A.C."のアーマーから溢れるノイズが徐々にカナチの方へと引き寄せられる。(千刃剣魔の代わりにオレが奇跡を!)
"A.C."はノイズの流れに引き寄せられるかのようにカナチに近づいていくのを必死に耐え、動かなくなった千刃剣魔に追撃する余裕は無かった。
吸い寄せられたノイズはカナチの全身を覆っていき、次第にノイズの球を形成していく。
そしてノイズの球が完成したかと思えば、弾けるように纏っていたノイズが吹き飛ばされる。
「Προσέξτε,(刮目せよ、)」「ジムッ!?」「Το όνομα της φιγούρας είναι(その姿の名は)――」「カナチさん!」

「"Μύθος".("ミュトス"である。)」

「ガァァァッッッッ!!!」ノイズが全て吹き飛ばされると、そこには再びピュシスフォームのアーマーを纏ったカナチが居た。
「奇跡です…… 奇跡なのです!」「…さぁ、決着をつけるぞ!」吸引力から解放された"A.C."は雄叫びを上げる。
先に動いたのは"A.C."。爪を長く伸ばし、カナチに斬りかかる。一撃が重いはずだが、カナチは全てセイバーで弾き返す。
カナチは反撃として、地面にセイバーを叩きつけるように振り下ろす。"A.C."は暴走した影響で防御するといった発想が出ないのか、アーマーで受け止めた。
しかし"A.C."はこれを気にする事なく再び腕を振り上げ、眼前をX字状に斬り裂く。(見える!)
カナチは振り下ろされる直前に後ろに飛び退き、寸前で回避する。そしてそのまま地面を蹴って急加速し、勢いを加えてセイバーを振り下ろす。
"A.C."はこれを見てカナチと同じように後ろに飛び退く。着地した"A.C."は腕を突き出したかと思えば、爪を飛ばしてきた。
急いでチャージショットを放ち、エネルギー弾を相殺しようとするカナチ。
しかし双方の弾は相殺される事なく、そのまま貫通して飛んでいく。双方は回避のために上に跳び上がる。
二人は背後の壁を蹴り、勢いよく互いに向かって突進する。"A.C."赤黒く光る爪を伸ばし、雄叫びを上げながらカナチを引き裂こうとする。
(流石にアレを弾くとなるとピュシスフォームでもキツいな…… ならこうすれば!)カナチはセイバーを斜めに構え、そのまま"A.C."の突進を受ける。
そして構えたセイバーは"A.C."の攻撃を下へと受け流し、その反動でカナチを上へと押しやる。
そのままカナチは先程とは反対の壁を蹴り、反転して"A.C."の頭上に向かう。(これでどうだ!)カナチは"A.C."目掛けて割木斬を放つ。
しかし"A.C."はこれを回避し、爪を振るい、カナチを弾き飛ばす。「クソっ…!」速度では勝っても力では劣るカナチ。
滑るように着地し、アイスジャベリンを放ち、それを盾にして"A.C."に向かって突進する。
"A.C."はアイスジャベリンをアーマーで受け止めるも、爪を大きく振り下ろしてカナチの突進の勢いを殺し、そのまま爪を連続で振るい、カナチにダメージを与える。
(何という出力だ…!)極力致命傷にならないように体勢を変えてアーマーで受けるも、あまりの出力に斬られた衝撃がアーマーで減衰されずにそのまま伝わる。
だがこの程度の攻撃で屈する訳にもいかず、"A.C."のアーマーのコアに向かってバスターを連射する。
しかし"A.C."はこれを遮るかのように大量のノイズをその身に纏い、斬りかかろうとしたカナチを吹き飛ばすかのように炸裂させる。
突然飛ばされたカナチは受け身を取る事が出来ず、背中から地面に叩きつけられる。"A.C."は地面に転がったカナチの喉元目掛けて爪を突き立てようとする。
「おっと!?」カナチは横に転がり、間一髪のところで回避する。急いで立ち上がり、"A.C."の次の攻撃を弾き返した。
「ガルル……」"A.C."は唸り声を出し、カナチを威嚇する。そしてすぐに"A.C."はカナチに向かって突進する。
(落ち着け、ここはスピードで勝負すれば!)カナチは鋭く跳び上がり、"A.C."の頭上を掠めるように裏に回る。
"A.C."も後ろに振り返るも、既に攻撃体勢に入ったカナチの姿があった。「これでどうだ!」
大きく振り下ろされたセイバーからは、水の軌跡が残されていた。"A.C."は水の軌跡を引き裂こうとするも、ただ爪を振り回すだけで何も起こらなかった。
水の軌跡は"A.C."のアーマーの一部を削る。だが"A.C."は全く気にする事なくカナチの懐に潜り込もうとする。
カナチは弾き飛ばして距離を離すも、"A.C."は屈さない。それどころか、纏ったアーマーの節々から、先程までとは違う量のノイズが溢れ出す。
カナチはこれを警戒してバスターを連射するも、お構いなしに突っ込んでくる。(駄目だ、上に逃げないと!)
カナチが上に大きく跳び上がった瞬間、"A.C."の爪は大きく伸び、振り上げられた爪にカナチは巻き込まれる。
「ぐはっ…!」打ち上げられたカナチを追うように、"A.C."も飛び上がる。「ガァァァァッッッ!!!」
カナチは"A.C."の攻撃を止める術を探すも、時既に遅し。空中で受け身の取れないカナチを"A.C."は巨大化させた爪で次々に引き裂く。
幸い"A.C."には暴走した影響で急所を狙うといった発想が出なかったからか、ただひたすらアーマーを引き裂こうとするだけだった。
一発一発の威力はアーマーの防御力もありそれほど強く感じないものの、爪は同じ場所目掛けて振られていたため、アーマーに深い傷跡が残る。
そして"A.C."はとどめと言わんばかりにカナチを真下に突き落とすように爪を振り下ろす。
カナチは咄嗟の判断でセイバーで防ぐも、真下に突き落とされる事は回避出来なかった。
だがカナチは空中で何とか受け身を取り、ダメージを軽減する。しかしカナチが立ち上がるとダメージを受けるより恐ろしい事態が待ち受けていた。
「なっ…!!」何度スイッチを入れても刃が展開されなくなったセイバー。「ジムッwwwジムッwww俺に逆らった罰ジムよwwwその潰れたセイバー片手に逃げ惑うジムよwww」
眉毛の男がカナチを煽るも、カナチは動じない。(このままだとアイツを倒す事すらままならない…… 一体どうすれば?)
カナチはセイバーを何度も起動しようとしながら"A.C."の攻撃を避け続ける。一向に起動しないセイバーを片手に逃げていたカナチだが、ここである物が目に入る。
(そういえばアイツもセイバーを使ってたな…… もしかしたら?)カナチは反転し、"A.C."の脇をすり抜け、アルファの残骸に向かう。
「…ジムッ?」眉毛の男はカナチが何をしようとしているのか理解出来なかった。(確かこの辺に…!)
カナチがアルファの残骸に手を入れると、そこにあったのはアルファのセイバーだった。「あった!」「ジムッ!?」
カナチがセイバーのスイッチを入れるとマゼンダの刃が形成される。(使い勝手は大して変わらないはず!)
"A.C."は再びカナチを引き裂こうと近づくものの、爪の斬撃は全てセイバーで弾き返される。
(オレのセイバーより出力が大きい感じがするな…… これなら…!)アルファが使っていたセイバーの出力に感心するカナチ。
反撃として、カナチは力強くセイバーを地面に叩きつけ、その衝撃波で"A.C."を攻撃する。
"A.C."のアーマーの傷口からは、エネルギー源として使っているからか、ノイズが漏れていた。
「ガァァァッ…!!」"A.C."は一瞬苦しんだかのような素振りを見せるも、すぐさま構えを取り、カナチを引き裂こうと爪を振り下ろす。
カナチはこれを全て紙一重で避ける。(さっきより動きが鈍くなっているような…… 気のせいか?)
カナチは"A.C."の変化に違和感を感じていたが、"A.C."が疲れただけだろうと思っていた。
しかし実際は"A.C."が若干だが自我を取り戻した事による変化だった。(ウチは…… ウチは一体……)
だが"A.C."の身体はお構いなしに暴走を続ける。迫り来るカナチに対し、再び全身にノイズを纏わせる。
(邪悪な言葉よ、頼むからウチの中から……)そして逃げようとするカナチに向かってノイズを炸裂させる。

(ウチの中から出ていってくれ!!)

ノイズを放った後の"A.C."は次の攻撃に移らず、荒い息をしながらただじっと立っていた。「ジムッ?」「ウチは…… ウチは…!」
"A.C."は眉毛の男に向けてエネルギー弾を一発飛ばす。眉毛の男はすぐさまバリアを展開するが、同時に"A.C."は膝から崩れ落ちる。
「よくも逆らったジムね!こういう輩には――」「うるせぇ!」カナチは眉毛の男を一刀両断に断ち切る。
眉毛の男は断面から大量の血を流し、無事死亡した。

"A.C."は立ち上がろうとするも、ノイズが発散されると同時に纏っていたアーマーが消失し、その場に倒れ込む。
そして倒れていた千刃剣魔は再び起き上がる。「大丈夫か?さっきは派手に吹っ飛ばされていたが……」
「えぇ、大丈夫よ。でもアレは私の想定外だったわね……」「カナチ、話してるとこ悪いンマが拠点の転送装置は――」
けんまが何か言いかけた時、突如アラームが鳴り響く。「最終防衛ライン突破、これより自壊フェーズに入ります。」「「なっ…!!」」
アラームが鳴り出すと同時にラグナロク自体が大きく揺れだす。「落下まであと15分、落下まであと15分――」
無機質な合成音声が落下までの時間をアナウンスする。「あと15分って…… けんま、転送装置は使えるのか!?」
「それが……」けんまは言い渋りそうになるも、意を決して事実を話す。「実はまだ電力のリチャージが済んでないから誰も転送出来ないンマ……」
「クソっ、一体どうすれば…!」「…一つだけ方法はあるわ。」「ンマっ?」
「ラグナロクの最下層には機械兵の転送なんかに使っていた転送装置があるの。それを使えば帰れるはずよ。」
「どうやらそれに賭けるしか無さそうだな。」「そのようね。なら私は"A.C."を背負って先に行っておくわ。」「分かった。」
千刃剣魔は"A.C."を担いだ後、最下層に向かって走っていった。「ならオレも――」

カナチも最下層へ向かおうと踏み出した時、脚に力が入る感覚が無かった。「!!」カナチは為す術なくそのまま倒れ込む。
それと同時に今までカナチを護っていたピュシスフォームのアーマーも元に戻っていた。「カナチ!大丈夫ンマ!?」
けんまが呼びかけるも、カナチは声を発する事が出来なかった。カナチの身体は限界を超えていたのだ。
千刃剣魔に助けてもらおうにも、彼女は既に去った後だった。(身体が動かない…… 全身に力が入らない…… でも立ち上がらないと……)
何とかして立ち上がろうとするも、アーマーの補助機能も働かなかった。刻一刻と時が過ぎる中、ラグナロク崩壊の時は迫ってくる。
(どうにかしてカナチを支援出来ないンマか…?)拠点で見ていたけんまも慌てふためく。
(これ以上あの薬を飲むと流石のカナチでも死んでしまうンマ…… 他に何か方法はあるンマか?)けんまは色々探すも最善の手段が見つからなかった。
「どうすればいいンマ…」「せめて電力さえあればアーマーを動かせると思うのですが……」
(ンマ?電力と言えばアレがあったンマね……)何か思いついたけんまは端末の前を離れ、倉庫へと向かう。
しばらくするとけんまは発電機とロボットアームを持ってきた。(綜重量は80kg…… 距離の事を考えると今残っている電力でギリギリンマね……)
発電機とロボットアームを接続し、そのまま転送機の上に載せる。(これなら何とかなるはずンマ!)
けんまが転送装置のスイッチを押すと発電機とロボットアームはカナチの側に転送された。「カナチ、すぐ動けるようにするンマ!」
けんまはコントローラーを握り、ロボットアームを遠隔操作する。発電機に取り付けられたロボットアームは、発電機とアーマーの充電用ポートをケーブルで繋ぐ。
(いくら高出力モデルとはいえど崩壊までに間に合うンマか…?)発電機を最大出力で動かしても、すぐにカナチが動けるようにならないのは分かっていた。
「カナチ、計算が正しければ10分充電したら脱出するくらいの余裕はあるはずンマ!」
けんまが励ます声以外は発電機の音とラグナロクが振動して鳴る音と自分の心音しか聞こえなかった。少し気が狂いそうになるも、けんまの応援で正気を保っていた。
しかし次第にラグナロクの揺れは大きくなり、窓から見える風景には大気圏突入時に発生する炎が見え始めていた。
そして充電開始から10分経ち、カナチのアーマーからケーブルが抜かれる。「多分これで転送装置の所まで行けると思うンマ。だから――」
カナチはアーマーの動力だけで立ち上がる。「必ず帰ってきてほしいンマ!」足取りは覚束ないながらも最下層に向かって歩き出すカナチ。
(急がないと崩壊してしまう……)頭では分かっていても、身体が言う事を聞かない。(今ここで敵が現れたらどう対処すべきか……)
カナチがそんな事を考えながら歩いていると、カナチを止めようと機械兵がどこかから出てきた。
(セイバーを…… セイバーを握らなければ……)機械兵はプログラムされた通りにカナチを攻撃しようとするも、すぐに動きが止まった。
(…何が起こった?)急に動きが止まった事にカナチは驚くが、通信機から聞こえてきた音が答えを物語っていた。
ただひたすら響くキーボードの打鍵音。拠点ではけんまが無言で完全に目の前の事だけに集中し、機械兵のハッキングを試みていた。
(前に貰ったウィルスを改造したこのプログラムを併用すれば制御権掌握するのはかなり楽になるンマね。これなら何とかなりそうンマ!)
何も出来ずにその場で崩れ落ちる機械兵を横目にゆっくりと進んでいくカナチ。
カナチのアーマーに取り付けられたレーダーにはいくつもの反応があったが、いずれもカナチに接近する前に反応が消失していった。
先程のコピーロボットと戦闘する事になった部屋を通り抜け、階段から下に降りていく。

ラグナロクの揺れは次第に大きくなっていき、ラグナロク内部の温度も上がっていく。
アーマーに放熱機能があるためこの程度の温度なら大した事はないが、顔や指先などの肌が露出している部分は熱さを感じはじめていた。
「落下まであと2分、落下まであと2分――」無機質な合成音声は一同を焦らせる。
そして目の間の扉に入り、階段を降りれば転送装置という所まで来たが、ここでカナチの足取りが止まる。
(どうした!?動け!動いてくれ!)しかし非情にもアーマーはエラー音を発し、その場で停止する。動こうにも動けないカナチ。
「落下まであと1分、落下まであと1分――」誰もがカナチの死を覚悟した。カナチもこの場所で灰になるのだと思った。
そこに現れたのは千刃剣魔。彼女はカナチを見つけると無言で抱え上げ、そのまま階段を降りる。
そして転送装置の上にカナチを載せると、転送装置のスイッチを触りだす。(お前…… 犠牲になるつもりかよ!?)
千刃剣魔の行動に驚くカナチ。「大丈夫よ、私は必ず戻るから。」彼女はカナチの心の内を読んだかのように答え、そのまま転送装置を起動する。
彼女の優しい微笑みを横目にカナチと"A.C."は拠点に転送される。「マスター、任務完了よ。」
千刃剣魔がそう言うと、誰も見ていない中、彼女はラグナロクの崩壊に巻き込まれた。

拠点に帰ったカナチだったが、想像以上の状態だったため、入院する事になった。聞いた話だとこの状態で意識がある事自体が異常な程だったらしい。
何故か意識があったためICU行きは避けられたが、声を発する事が出来ない程のダメージを負っていたため、一週間程点滴が付けられる事になった。
幸い面会制限は特に無かったので毎日誰かがお見舞いに来てくれた。カナチはしばらく寝たきりで過ごす事になったが、不思議と嫌な思いはあまりしなかった。
カナチの入院から3日後、ようやく声を発する事が出来るようになるまで回復した。
「これでようやくあの変なヘッドギアが外せるようになったな。アレ付けてると妙な敗北感がするんだよな。」
「そんな事言わないンマ。アレ借りるだけでも結構な値段したンマよ。」
「…まぁ無かったら大変だったのは認める。頭で思うだけである程度意思疎通出来るとは凄い時代になったな。」
「アレの仕組みは完全に理解してる訳ではないンマが、結構面白い作りになってたンマよ。詳しく聞くンマ?」
「それをオレが聞いて理解出来ると思うか?」「まぁ分からないンマね。」
「その手の話題を理解出来る人はかなり限られると思うが…… それよりずっと気になっていたけど千刃剣魔はどうしたんだ?」
「それが……」けんまは持ってきた鞄からノートパソコンを取り出し、カナチに拠点で取ったログをカナチに見せつける。
「実はカナチを転送した後どこかに通信をして、それが確認出来たすぐ後に信号が消失したンマ。」
「その通信はどこと通信したのか分からないのか?」「プロトコル自体が暗号化されてたみたいで解析出来なかったンマ。」「そうか……」
カナチは何とか動くようになった右腕でテレビのリモコンを掴み、テレビの電源を入れる。
ちょうどニュース番組で今回のニュースが流れていた。
「――TBSの取材によりますと、CEOの山本祥平氏は『社員全員が洗脳されていて、抗う事が出来なかった。』と供述しており、容疑を否認しています。」
「あの眉毛の野郎、一企業の社員まで洗脳してたのか……」「肝心の証拠はラグナロクと共に消えたから無罪を勝ち取れるかは怪しいンマね。」
「そういや"A.C."はどうしたんだ?」「彼女も今は入院してるンマ。」「まぁあれだけの事をやっておいて無傷なはずが無いか。」
「肉体のほうはそこまでダメージを追ってなかったけど精神面に悪影響が見られたンマ。」
「アイツに洗脳されてたからな。最後は自分で抗ったとはいえ自我を失う程の洗脳はダメージがかなり大きいと思うな。」
二人が話していると看護師が病室に入ってきた。「白井さん、点滴の交換の時間ですよ。」入ってきた看護師はけんまを横目に点滴を交換する。
「あとラグナロクの残骸はどうなった?」「一部の大きいやつは海上に落下したンマが9割方は燃え尽きたンマ。」
「…燃え残りが今後どう影響するのかが気になるな。」「とりあえずはFBIが回収すると思うンマよ。今回の調査にも関わってるみたいンマ。」
カナチはけんまと今回の事を話しているうちに面会の時間が終わりを告げた。「じゃあそろそろ帰るンマ。また明日も来るンマよ!」
「あぁ、じゃあな。」けんまが病室から出ると、カナチは再び視線をテレビの方へと戻した。
(結局アイツは何者だったんだろうか…… そもそもあの超常的な能力は人間には到底出来るような事でないからそもそも人の形をした別の生物か?)
カナチはテレビに映っている証言から作られた眉毛の男の似顔絵を見ながらそんな事と考えていた。

そしてそれから一週間が経ち、カナチは退院出来るまで回復していた。
「やっと点滴が外せた……」「まぁ痛くない針とはいえど長い期間つけるとなるとしんどいンマね。」「そういや"A.C."は退院しないのか?」
「彼女はまだもうちょっと長引きそうンマ。この手のやつは症例が無いから治療が難航してるって話らしいンマ。でも来月までには退院出来ると思うンマよ。」
「そうか。で、話はもう出来るのか?」「まだ頻繁に悪夢にうなされてまともに寝れないみたいだけど話自体はもう出来るンマ。」
カナチ達二人は荷物をトランクに入れ、車に乗り込む。二人を乗せた車は拠点に向かって走り出した。
「今ふと思い出したけど前にセイバーを潰したよな。アレってどうなった?」「アレはまだ修理中ンマ。一度改造されててよく分からない設計でコンデンサーなんかも――」
「分かった分かった、そんな専門的な話題されてもオレにはよく分からんからそれ以上の話はいいよ。」カナチはけんまの話を遮る。
「あと山岡の様体はどうなんだ?ICUに入ったのは前に聞いたが……」「まだ当面の間は出られそうにないンマ。意識が回復するのにも時間は掛かりそうンマ。」
「あれだけ派手に斬られてたら普通は死んでてもおかしくないから無理もないか。」二人を乗せた車は拠点の前で止まる。
カナチとけんまを最初に歓迎したのは座間子だった。「おかえりなさい、カナチさん。」「ようやく帰ってこれたな。」
「とりあえず外は寒いから中に入りましょう。」「そうだな。」3人は車に積んだ荷物を取り出し、拠点に持ち込む。
「カナチ、荷物を置いたらリビングに来てほしいンマ。」「? まぁいいが……」カナチは荷物を持ち、自分の部屋に向かう。
部屋で荷解きをした後、カナチは言われた通りにリビングへ向かった。扉を開けると、そこではお祝いの用意がされていた。
「…どういう事だ?」「祝勝会って事で用意したンマ。」「そんな事…… オレ一人の手柄じゃないのにオレが主役になっていいのか?」
「何言ってるンマ、カナチが居なかったらアイツを倒せてないンマ。それに――」けんまが何か言いかけた時にインターホンが鳴る。
「こんな時に誰ンマ?」「私が見に行ってくるわ。」座間子は玄関へ向かう。「はい、どちら様……」「一週間ぶりね。」
「千刃剣魔さん…?」「詳しい話は後で。中に入っても大丈夫かしら?」「あなたなら大丈夫だけど……」
リビングに戻るとカナチは十七実や電と話していた。「座間子、誰だった……」「帰ってきたわ。」「「千刃剣魔!?」」
「お前…… 死んだんじゃなかったのかよ!」「信号はきっちりロストしてたのに…… どういう事ンマ?」
「…まぁ驚くのも無理はないわね。」「一体どういうトリックで……」けんまが聞こうとした瞬間、端末の通知音が鳴る。
「トリックは見たら分かるわ。」そう言われたけんまが画面を見ると、そこには千刃剣魔のシステム情報が書かれていた。
「まさか……」「そう、そのまさかよ。私はこう見えてアンドロイドなの。」「という事は……」
「今のフレームは2代目よ。前のフレームはラグナロクと一緒に燃え尽きたわ。」
「なるほどな。あの時少し気になっていたが、アーマー無しで来たのも、オレを軽々と担ぎ上げたのもアンドロイドだからか。」
「そういう事。前のフレームは急造で作られたフレームだから設計より出力が弱かったけど今のフレームになってからは想定通りの出力になっているわ。試してみる?」
「流石にまた入院になりそうだから遠慮しておく。」「前のフレームは急造って言ってたけど、どういう所が違うンマ?」
けんまは千刃剣魔がアンドロイドであると分かると興味津々な眼差しで彼女を見る。
「そうね、基盤に関して言うと前のフレームは旧式の基盤だったから戦闘中は相手の動きの予測にリソースをほぼ全て使っていたけど新型は――」
あまりにも専門的な話題だったので、けんま以外は誰も理解出来なかった。「あの二人は一旦置いといてケーキでも食べませんか?」
「いいですね!」電が賛同すると、六実は台所からホールケーキを持ってきた。「ちょっと失敗したけど味は大丈夫だと思うわ。」
六実は持ってきたケーキを6等分する。「これをお前が作ったのか……」「皆で協力して作ったの。」カナチは取り分けられたケーキを食べる。
「…美味しいなこれ!」「そう言ってもらえると幸いよ。」「ところでカナチさんって今後どうするのですか?」
「入院中ずっとこの後どうするかを考えてたけど未だに決まってないな…… 本当にどうしよう……」
「何すればいいのか分からないならしばらくアルバイトでもしながら考えたらいいんじゃない?」
「まぁそれも一つだな。でもラグナロクの崩壊から逃げ延びた後にやる事がアルバイトとな……」カナチは自分の境遇を自虐的に言う。
「英雄の輝かしい一面を最初から知っている人ばかりではないからね。特に今回の件はカナチさんに関する報道は無かった訳だし。FBIもまだカナチさんが関わっている事は知らないはずよ。」
「その点は幸か不幸か分からんが、FBIがその事実を知ったら面倒な事になるもんな……」「まぁ知られない方が楽な時もあるからね。」
「で、お前らはどうするんだ?」「私はそろそろ大学受験に向けて勉強しないとね。」六実は鞄から赤本を取り出す。
「国士舘大学か。どこの学科を狙ってるんだ?」「法学部のビジネス法学科よ。」
「法学部か… スポーツ系の学科なら分かるかもしれないが法律の事は分からないな。座間子はどうするんだ?」
「私は内定が決まったから来年度からは仕事ね。」「就職か…… 封印前は就活がどうとかやってたような気がするが何をしていたのか思い出せないな。」
「記憶を思い出すのに色々やってもいいんじゃない?あなたもまだ若いから出来る事は多いはずよ。」「まぁそうだな。」
そうこうしているうちにけんまが目を輝かせながら戻ってきた。「で、どうだった?」「製作者の人と話がしたくなったンマ!」
「それはなによりで。誰が作ったのか分かったのか?」「教えてもらったンマ。来週の日曜日にどめ行ってみようと思ってるンマ。」
「千刃剣魔は何か言いたい事でもあるのか?」「座間子さんにちょっとね。」「え?私?」
「そうよ。マスターから預かった伝言としては、"本来は誕生日に渡すつもりだったけど、今回の事があったからこのタイミングでプレゼントする事にした"ってとこね。」
「プレゼントでこんなに高性能なアンドロイドを選ぶって一体どんな人ンマ……」「まぁかなり変わった人ね。でも根は良い人よ。」
「世の中にはこんな変わり者も居るんだな。」「正直変わり者ってレベルじゃないような気もするンマ……」
「あと高性能って言ったけどどのくらい高性能なんだ?」「千刃剣魔の話を聞いた感じだとアルファに匹敵する程の技術だと思うンマ。」
「アレとほぼ同等の技術か……」「で、話を少し戻すわ。」千刃剣魔が視線をカナチの方へと向ける。
「あなた、機械の事は分かる?」「えっ…? まぁパソコンの基本操作くらいなら分かるが……」
「基本操作が出来るくらいね…… 分かったわ、マスターが何とかしてくれると思うわ。私の所に来ない?もしかしたら過去の情報が見つかるかもしれないわ。」
「いいのか…?」「えぇ。来週の日曜日なら都合がいいわ。」「分かった、来週だな。」二人は口頭で会う約束をした。
「皆さん、パイが焼き上がりましたよ。」十七実は台所からオーブン皿に乗せたパイを持ってきた。
こうしてカナチ達はカナチの退院祝いを兼ねた祝勝会を楽しみ、再び訪れた平和の中でそれぞれが暮らしていく事になった。
今回の件はFBIですらカナチが関わっていたという事実をこの時はまだ知らなかったが、彼女達だけが真実を知っていた。
この事は海上に落下したラグナロクの残骸から知られる事は無いだろう。だが彼女達はこの事を忘れない。この危機に携わり、そして立ち向かった者として――

The Sealed Swordman "K" Ex Stage 2 -砲弾- 完

EX Stage 3 -偽り-

あの戦いから数ヶ月が経ち、座間子たちも平穏な日常を取り戻していた。「――で、来週の件だけど、夕方5時からって大丈夫?」
座間子に話しかける彼女は千刃剣魔。あの戦いの後、座間子専属の秘書となったアンドロイドだ。
「うーん…… その時間だとちょっと無理があるわね。6時にしてもらえる?」彼女たちは来週の予定について話しながら帰路についていた。
辺りは暗く、街灯と僅かな民家の明かりが点在しているだけだった。本来ならこんな夜道を女性だけで歩く訳にはいかないが、この道を通らなければ家には帰れなかった。
「……ん? あの人……」千刃剣魔のカメラアイが何やら不審な人に気づく。「座間子さん、あの男の人、ちょっと怪しいわ。」
不審な男に気づかれぬよう、小声で伝える。不審な男も座間子もお互い姿は見えてなかったが、高性能カメラアイを持つ千刃剣魔だけが姿を捉えられていた。
「データベースを照合してみたけど、この辺に住んでる人じゃなさそうよ。」不審な男は姿が捉えられてるのに気付かず、街灯の下を座間子が通るのを待ち構えていた。
(そろそろ彼女が通るはずンゴ。そしたら…… フィヒ!)千刃剣魔は座間子を路肩側に移動させ、不審な男の急襲に備える。
一歩、また一歩と進むごとに彼女たちは街灯に照らされていく。(……ん?よく見たら二人居るンゴねぇ…… でも問題無いンゴwww)
不審な男はまるで脳とイチモツが直結したかのように座間子たちに向かって突撃する。「ンゴゴゴゴゴゴwwwwwwwww」
「やはり来たわね!」千刃剣魔は不審な男の動きを止めようとするも、直前で逃げ出した座間子のほうへ進路を急変更する。
「!?」千刃剣魔は不審な男の腕を掴み損ね、不審な男は座間子を捕まえる。「ようやく捕まえたンゴwwww フィヒ!」
座間子は恐怖のあまり顔が歪む。「なっ…… 何するの!」千刃剣魔は一発殴ろうとするも、不審な男は座間子を盾にしようとする。
「ワイに手を出したらどうなるか分かるンゴね?」「……大人しく離しなさいよ。」「そう簡単に離す訳無いンゴ。どうしても離してほしければ……」
不審な男はじろじろと千刃剣魔を見る。「お前かコイツが"ご奉仕"すれば許してやるンゴ。」
座間子はこの男が最初から性的な目的で接触してきた事を知る。「……分かったわ。」千刃剣魔は着ていた服を脱ぎだす。
「私が代わりになるわ。それでいいでしょ?」「話が分かってくれると楽ンゴねぇ。」千刃剣魔が座間子に逃げろとアイコンタクトを取る。
座間子が千刃剣魔の意思を確認すると、急いでその場から逃げ出す。千刃剣魔が上着を全て脱ぐと、男の目には豊満な身体が映っていた。
(まさかこんな逸材を見逃してたンゴか…… この際躊躇なく堪能するンゴwww)男は千刃剣魔の胸に手を伸ばす。
まるで慣れたかのような手付きで千刃剣魔の豊満な身体を我が物にしようとする。しかし彼はこの時まだ知らなかった。この後あんな仕打ちが待ち構えている事を。
「いい感じの身体ンゴね。ならまずは――」男はズボンのチャックを下ろし、肥大化したイチモツを千刃剣魔に見せつける。
「コレをその胸で挟んでほしいンゴ。」千刃剣魔はブラを外し、その豊満な胸で男のイチモツを挟む。
そして唾液を垂らし、イチモツの滑りをよくする。「唾液垂らしを自分からやってくるあたり手慣れてるンゴか?」
千刃剣魔はゴミを見るような目で男を睨みつける。「その目最高ンゴねwww ますます興奮するンゴwww」男の言葉通り、胸に挟まれたイチモツは一層固さを増す。
「よし、いい感じンゴ。なら次は――」男は千刃剣魔の頭を掴んで強引にイチモツを咥えさせる。「!?」「口でもやってもらうンゴwww」
千刃剣魔は多少抵抗するものの、イチモツをしゃぶる。

所変わって逃走中の座間子。他に追手が来ないかに怯えながらも急いで家までの道を辿る。(剣魔さんは大丈夫かしら……)
座間子は主のために身を挺して犠牲になった千刃剣魔の事を想っていた。(アンドロイドだって事がバレないといいけど……)
千刃剣魔の身体(ブレーム)はバージョンアップにより性処理機能が付いたが、アンドロイドである事がバレると破壊される恐れがあった。
実際数ヶ月程前に行為をしていた相手がアンドロイドだと発覚した後に原型を残さない程破壊される事件があった。
千刃剣魔自体はフラグシップモデルの身体(フレーム)がベースで、専用の機械を使うか人工皮膚を切らないとアンドロイドであると分からないくらい精巧であったが、何かの拍子で分かってしまうのではないかといった懸念があった。

「噛んだらどうなるか分かっているンゴね?」千刃剣魔は嫌々ながらも舌で男のイチモツを刺激する。
「あっ…… 駄目ンゴ…… でりゅ!でりゅよ!」そして男は気持ちよくなったのか、千刃剣魔の口内に射精する。
男は息を荒げながらも千刃剣魔に命令する。「ちゃんとソレも飲み込むンゴよ。」
千刃剣魔は嫌そうな顔をしながら精液を飲み込む。アンドロイド故飲み込む事自体に抵抗は無いが、味覚センサーは苦味の強い物として認識していた。
「ちゃんと」飲み込んだわ。これで終わりにしてくれる?千刃剣魔は男の顔を見上げるも、イチモツは未だに戦闘体勢であった。
「まだワイは満足してないンゴよwww さらなる上は……」男は突然千刃剣魔を押し倒し、下着を脱がせる。「"こっち"でも奉仕するンゴよwww」
男はいやらしい手つきで千刃剣魔の秘部へ手を伸ばす。「……まさかもう準備が出来てるとは思わなかったンゴ。これはとんだビッチンゴねぇwww」
違う。千刃剣魔に搭載されたAIは先程の行為からこうなる事を予測し、予め準備をしたからだ。
「こんな物見せられたら我慢出来ないンゴwww」と言うと男はいきなり千刃剣魔と"連結"した。「痛っ…!痛い!!」
「ンゴゴゴゴゴwwwwwこの締まり具合最高ンゴwww」男は快楽に呑まれたのか腰を振るのをやめない。
「まさかこんな名器使えるとは思ってなかったンゴwww」千刃剣魔はプログラムされた喘ぎ声を出しながら抵抗する事なく男のイチモツを受け止める。
男は思考が全てイチモツに集中しているのか、千刃剣魔の事を全く気にせず、ただ己の快楽のためだけに必死に腰を振り続ける。
パン、パンといった音だけが暗闇にこだまする。千刃剣魔の身体(フレーム)に搭載されたセンサーは突かれる度に男の癖を捉え、一番喜ぶであろう形に最適化されていく。
男が"連結"した相手は機械仕掛けの美少女であるという事を知らずに。男の残された理性は徐々に消え失せ、男も我慢出来なくなってきたのか自然と喘ぎ声が出始める。
男はだんだん腰を振る事しか考えられなくなっていく。快楽が男を支配する。そしてセンサーが男の絶頂が近い事を検知する。
AIはモードの切り替えのためのルーチンを走らせる。男は声なき声を上げ、ゆっくりと、大量に射精する。
同時に千刃剣魔のAIも絶頂モードに移行する。そして精を出し終えた後、イチモツを抜き出そうとした時、男の背後に1台の車が止まる。
男は気になって振り返った途端、いきなり手錠をはめられる。「ちょっと不審なんだよね。署まで来てくれない?」
そう言われると男はパトカーの中に詰め込まれた。「ご協力ありがとうございます。」男を逮捕した警官が千刃剣魔に礼を言う。
千刃剣魔は脱いだ服をもう一度着、そのまま帰路についた。

「ただいま。」「お疲れ様。どうなった?」「無事に連行されたわ。彼は私がロボットって事に最後まで気づいてなかったみたい。今頃署で色々聞かれてると思うわ。」
「ごめんね、あんな目に遭わせて。洗浄液はお風呂場に置いておいたわ。」「気にする事無いわ。私はあなたを護るために作られたロボットだもの。」

翌日、今回の件が全国区のテレビでニュースになっていた。「――警察の調べによりますと、逮捕されたのは千葉県松戸市在住の自称自営業の長谷川亮太容疑者、28歳です。
フジテレビの取材によりますと、長谷川容疑者は『俺は嫌な思いしてないから』と、容疑を否認しています。」
「……結構図々しい人ね。」「そうみたいね。でも警察には精液のサンプルを送っておいたから無罪はまず無いと思うわ。」
その後、千刃剣魔の言う通り、長谷川には実刑判決が下されたという。

EX Stage 4 -誘惑-

春先のある日、カナチ達がまた集まって買い物にでも行こうかという話が立ち上がり、8人が集まる事になった。その当日、最初に集合場所に着いたのは山岡だった。
(少し早く着いたな…… 10分くらいしたら全員揃うのか?)山岡が思った通り、10分程度でメンバーが揃った。一人を除いてだが。
「…電が来ないな。」「本当ね。一度電話してみましょうか?」「念の為にしておくンマ。」座間子が電話をかけるも一向に電は出ない。
「…もしかしてまだ寝てるとかンマ?」「分からないな。」「15分くらい待ってみるンマ?」「別に待ってもいいが……」
カナチ達は単に電が忘れているだけだと思い、しばらく待つ事にした。まさかあんな事態になっているとは知らずに……

少し時間を遡って10分程前。電は完全に遅れると思い、家からの最寄り駅に向かっていた。電が下宿していたのは閑静な住宅街で、人通りはそれほど多くない場所だった。
バス停でバスを待っていると、電に気づかれぬよう、ものすごい小太りの男が近づいてきた。男の脈は早く、手にはスタンガンが握られていた。
一歩、また一歩と電に近づいていき、電が男の存在に気づいた時には既に手遅れだった。電が振り向くと同時にスタンガンで気絶させられていた。
「これでいいナリよ。」男はそう言うと、電を担いで近くに停めておいた車に乗った。「当職の倉庫に向かうナリよ。」
男が車にそう言うと、自動運転システムが起動し、どこかへ走り去っていった。

電が再び目を覚ますと、見覚えの無い倉庫にある椅子に縛り付けられていた。口には猿轡が押し込まれ、声が出せない状況になっていた。
電が振り向くと男が全裸で近づいてきた。「やっと目覚めたナリね。これから君は当職を満足させてもらうナリよ。」
電はゴミを見るように男を見つめる。「そんな目したって無駄ナリよ。当職は弁護士だ、お前とは違う。」
(アーマーさえ展開出来ればどうにかなるのに…… 両手を縛られていたら展開出来ないのです……)
電の目には男のイチモツが嫌でも目に入る。電はどうにかして反撃する方法を考えていた。男にバレないように手に巻きつけられたロープを外そうとするも、男にバレてしまう。
「そのロープは合成蜘蛛糸ナリよ。そう簡単に切れたりしないし結び方もしっかりしてるから解けないナリよ。」
男はイチモツを電の頬に当てる。あまりの拒絶感に声を上げて抵抗しようとするも、猿轡で声が出せない。
「やっぱりこの年頃の頬は最高ナリね。一発出しとくナリ。」男は頬ズリをし、電の顔にザーメンをかける。(うぅ…… とても臭いのです……)
そして男は電の服の下に手を入れる。「!!」男の手は腹を撫で、発展途上の胸を堪能する。
電はあまりの拒絶反応で泣き出す。「発展途上の胸、これはいい。」男は手で胸を堪能したかと思えば、電の服をめくり上げる。
そして何たる事か、男は電の乳を飲むかのように胸に食らいついたではないか!
電の大粒の涙が男の頭に落ちていく。男の鼻息が荒い事を否が応でも感じる。
そのまま男は電の脚を閉じ、太腿の間にイチモツを通し、胸を吸いながら腰を振り始めた。
電は恐怖と拒絶感に支配されていたが、度を超えて抵抗する気力を失いはじめていた。眼からは絶えず涙が流れ続け、嗚咽が止まらなかった。
「幼女は最高ナリィィィィ!!!!」男はまた一発を太腿の間に出す。

「…それじゃ、本番に行くナリよ。」男は電のスカートの中に手を入れ、秘部に手を伸ばす。「!!」
電は咄嗟に股を閉じようとするも、男のほうが力が強く抵抗出来ない。男はパンツ越しに秘部を触る。
「"準備"を先にしないと駄目ナリよ。」男は慣れた手付きで電の弱い所を探す。「当職の経験によれば……」
男の指がパンツ越しに中に入る。「ここが弱いナリよ!」男に弱点を触られた瞬間、電の身体にショックが迸る。
嫌悪感はあるのだが、今まで味わった事の無い感覚になる。「…その反応は当たりナリね。」
男は弱点を引き続き刺激にし続ける。そして電は声なき声を上げ、絶頂する。「そろそろ準備が出来たナリね。じゃあそろそろ――」

男が電のパンツをずらし、イチモツを挿入しようとした瞬間、倉庫の扉が破壊される音が聞こえた。
「ナリっ!?」男が振り返ると、そこにはアーマーを纏って武装したカナチ達が居た。
「か弱い女に手を出してやる事がそれか。極刑に値する悪行だな。」山岡が男に向かってセイバーを構える。
「当職は弁護士だ、お前らとは違う。」男は山岡に向かって弁護士であると脅すも、山岡には効果が無かった。
「悪いな、生憎俺も弁護士だ。」男は突如キレるも、山岡は平常心で迎え撃つ。「当職は上級国民ナリィィィ!!」
男は殴りかかってくるものの、山岡はそれを容易くいなし、そのまま勢いを使って投げる。「ナリッ!?」男の背中はいともたやすく地面に叩きつけられた。
「観念しな、罪人は裁かれるのがお似合いだぞ。」男は立ち上がろうとするも、電を救出したカナチに腕を踏まれ、動く事が出来ない。
助けられた電はすぐさま武装展開し、男の頭を撃ち抜こうとしていた。「よくも…… よくも……!!」
電の背中の発電機はフル稼働し、銃口からバチバチと音がする程の電力をチャージする。「死ね!!」電が電撃弾を放とうとした時、けんまによって止められる。
「Adminコマンド、武装解除ンマ!」電が引き金を引くと同時に武装解除される。けんまに殺人罪になると言われ、我に返る電。
「気持ちは分かるンマ。でも罪は犯さないでほしいンマよ。コイツには然るべき罰が下されるンマ。」電は荒い息を続ける。
男はカナチ達が武装解除したのを見て再び攻撃しようとするものの、今度は山岡にも腕を踏まれる。
「いい加減諦めろ。お前がどうやったところで俺らには勝てないぞ。」そして男は突入してきた警官に連行された。

「――でもどうしてここが分かったのですか?」「携帯の位置データから割り出してここを特定したンマ。」
「けんま、それって違法なんじゃ……」「SOS信号から割り出してるから大丈夫ンマよ。」「ならいいが……」
「まぁ、今回の件は大変だったな。アイツを重罪として処すために俺が仕事をしようか?過去にこの手の刑事裁判は何度か経験しているし。」
「いいのですか?」「あぁ、お前の事だし特別に成功報酬とかは安めにしておくぞ。」「ありがとうなのです……」
そしてしばらく月日は流れ、判決の日が来た。「主文、被告人を強姦致傷の罪で無期懲役の刑に処す。」「ナリっ!?」
結果は電の主張や残された証拠から強姦致傷の最高刑の判決が下された。この件はニュースになり、弁護士資格も即日剥奪という罪に合った妥当な物だった。
テレビでは唐澤貴洋が社会的な地位を失った事について報道されていた。
「――先日都内の倉庫で10代の女性に性的暴行を行った弁護士の唐澤貴洋被告ですが、先程有罪が確定しました。
この件を受けて、東京第一弁護士会の岡正晶会長は唐澤被告の弁護士資格を剥奪したと会見で明らかにしました。」
「これで罪相応の刑罰を受けたンマね。」「出来る事なら二度と顔を見たくないです……」
「判決的に仮釈放はほぼ無いから安心しな。アイツはムショでその生涯を終える事が確定したようなもんだし。」
「でも問題は心のケアだな。電も精神力はあるとはいえ結構キツかっただろうし。」カナチは同じ女性として電を気遣う。
「一応その件に関しては前の事件の時に世話になったカウンセラーに連絡は入れてある。実績もある所だし大丈夫だと思う。」
「ところで名前は何ていうんだ?」「確かカール・サイモントン メンタルクリニックって名前だったな。院長は日本に来て20年になるベテランだって聞いてる。」
こうして唐澤貴洋が起こした騒動は有罪判決という形で終わりを迎えた。その後、唐澤貴洋が刑務所から出てくる事は無かったという。

EX Stage 5 -電脳-

「――今日も買いすぎたわね。」「誕生日パーティをするにはこれくらい必要じゃない?」「そう言われればそうなんだけどね。でも悪いわね、そんなに持たせて。」
「いいのよ、私はアンドロイドだし。」座間子と千刃剣魔はけんまの誕生日パーティのために買い出しに来ていた。
「じゃあそろそろ帰りましょうか。」「そうね――」千刃剣魔が何か言いかけると、そのまま前に倒れてしまう。
「えっ!?」驚きを隠せない座間子。再起動命令をしようと携帯を取り出すも、システムが命令を受け付けない。
そこにけんまから電話がかかってくる。「もしもし――」「座間子、大変ンマ!サーバーに攻撃されて色々大変な事になってンマ!千刃剣魔の方は大丈夫ンマか!?」
「それがさっき急に動かなくなって、再起動も出来なくなってるわ。」「やっぱり……」けんまは電話越しに落ち込む。
「とりあえず千刃剣魔を回収しに行くンマ。場所はどこンマ?」座間子はけんまに今居る場所を伝えた。けんまは電話を切り、車に山岡を乗せ、動かなくなった千刃剣魔と座間子を回収しに出た。
「なぁけんま、今回の攻撃ってどんな物なんだ?」車を運転する山岡が道中にけんまに尋ねる。
「ログを見たけど複数のサーバーからDDoSをされてるみたいンマ。」「DDoS攻撃…… 分かりやすく説明してくれないか?」
「DDoS攻撃を日本語に直すと"分散型サービス妨害攻撃"、つまり複数のコンピュータがサーバーを攻撃してサーバーを機能不全にする事ンマ。」
「なるほど。ところで攻撃元って分かるのか?過去の判例だと何らかの痕跡が残っていたが。」
「判例にかかれている事だけが全てじゃないンマ。今回の攻撃はTorっていう匿名化技術で攻撃元が隠蔽されていたンマ。」
「…また厄介な事になりそうだな。」「一応別のサーバーで解析してみてる途中だけど結果が分かるとは思わないンマ。」

そしてけんまと山岡を乗せた車は座間子の元へと辿り着く。山岡は動かなくなった千刃剣魔を担ぎ、車に乗せる。
けんまは拠点までの帰路につく途中に座間子に今回の事態を説明した。
「――という訳で今回大規模なサイバー攻撃が仕掛けられて千刃剣魔のシステムをホストしていたサーバーが過負荷を起こして制御不能になったンマ。犯人の目的はまだ何か分かってないンマ。」
「なぁけんま。」「何ンマ?」「今の話を聞いてたら別のサーバーに移転したら動きそうな気がするんだが。」
「確かに動くかもしれないンマが、千刃剣魔自体かなり特殊なサイバーエルフになっていて他のサーバーでホスト出来るか分からないンマ。
それに仮にホストできるとなってもかなり高性能なサーバーを使う必要があるからサーバーを借りられるだけのお金をすぐに用意出来ないンマ。」
「思ったより複雑だな……」「千刃剣魔は作った人が変態ンマね。」

けんま達は拠点に着き、千刃剣魔と荷物を下ろした。「さて、これからどうするか……」
「現状の解析結果だと攻撃元のURL程度なら推測出来たンマがその程度ンマ。IPアドレスはTorの性質上意味が無いンマ。」
「で、反撃をどうするかですが……」「今回のサイバー攻撃は対処しようと思えば出来るけど一時しのぎにしかならないンマね。」
「となるとやはりどうにかして攻撃元を特定して止めるしか無いか。」「一応攻撃の詳細も分析してるンマが識別子のような物が全てバラバラだから対処するのは難しいと思うンマ。」
「普通の防衛策は大して意味が無いって事か……」「有名なDDoSプロテクトを一通り導入してもそこまで効果が無かった事と見る限りそういう事になるンマね。」
「…そういや前に変なモノがあるって聞いたな。」「ンマ?」
「何でも人間の意思を一時的とはいえアバターに乗せてネット世界で活動出来る研究している所があるとか……」
「山岡、その情報どこで知ったンマ…?」「いや、知り合いの弁護士に聞いた噂だが……」「…社長ならこういう研究してそうね。」
「確かに会社で研究してる事にはしてるンマが……」「何か問題でもあるのか?」
「まだ安全性の問題で実用化はされてないンマ。」「安全性の問題……」
「そうンマ。精神の転送に特殊な装置を使うンマが、ネット世界で致命的なダメージを受けると最悪脳の神経が"焼けて"そのまま死んでしまう可能性があるンマ。」
「神経が焼ける……」「だから僕としては使ってほしくないンマ。」「でも他に手はあるのか?」
「現状はサーバーをネットワークから切り離して攻撃が収まるのを待つか、Torを拒否するしか無いンマ……」
「だったらTorを拒否すればいいのでは?」「でもそうすると千刃剣魔の通信の一部はTorを使ってるっぽい挙動をしてるから正常起動出来るか分からないンマ。
ソースコードもプロテクトが厳重にかけられているから僕じゃ改造出来ないンマ。それにこのサイバーエルフ自体構造が特殊で、基幹部分を改造する事自体想定されてない作りをしているっぽいンマ。
仮に改造出来るとしても記憶データだけ先に分離して、改造したソースコードからコンパイルしたバイナリを記憶データともう一度マージしないといけないンマ。」
「あー…… こんな事言われても俺は専門用語は分からんぞ。」「まぁ一言で言えばあのサイバーエルフ用のパッチを作るのは手間も金も掛かるって事ンマ。」
「聞いた感じやたら面倒な作りになってそうだな……」「実際その認識は間違ってないンマ。」
「となるとその装置を使うのが現状一番現実的な選択肢ね。」「座間子まで……」
「ただ俺と座間子だけだと戦力になりそうにない気がするな。カナチらを呼べるか?」「…分かったンマ。でもその装置が全員分揃うかか分からないンマよ。」

そして数日後、"A.C."含む4人が呼び出され、けんまの拠点に大型の装置を7台が搬入された。「…まさかプロトタイプを10台も作ってあったとは思わなかったンマ。」
「まぁ社長ならああいうのは作っててもおかしくはないからね……」そうして運び込まれた7台がそれぞれの部屋に運び込まれた。
「どうして部屋を分けたんだ?」「計算上あの消費電力の機械を同一の系統から電源を取るとブレーカーが落ちるンマ。だから別々の系統から電源を取るためにこういう置き方をしたンマ。」
「…それ本当に大丈夫か?火事になったりとかしたら元も子もないぞ。」「計算上は大丈夫ンマ。 …多分。」「多分って……」
「一応定格的には大丈夫ンマ。ピーク時の消費電力から計算されてるンマよ。」「何か不安だな……」
山岡は愚痴を漏らしながらも装置の中に入った。「無理だと思ったら躊躇なくログアウトするンマ。僕も見張ってるとはいえど限界があるンマ。」
けんまは皆に今回の作戦と危険についての説明をした。「それじゃあ行くンマよ!」けんまは制御用のコンピュータに起動命令を入力する。
「コードネーム:Shooting Star、ミッション開始ンマ!」けんまが命令を実行した瞬間、カナチ達の意識は装置を抜け出し、7つのリングを通り抜け電脳世界にダイブする。
今回呼び出された7人は電脳世界で再び顔を合わせる。
「今回は特別仕様のサイバーエルフを全員分用意したンマ。普通のサイバーエルフとは違うから普段と同じ感覚で戦う事が出来ると思うンマ。」
「なぁけんま、ちょっと気になるけどこの羽は何だ?」カナチは全員についているクリップのような羽について指摘する。
「それはサイバーエルフである証ンマ。物理法則が変に書き換えられないなら飛べるンマ。ここは会社のサーバーだから慣れるまで練習していいンマよ。」
急遽呼び出された"A.C."だったが、この状況に一番最初に適応したのは彼女だった。「なるほどな、アーマーで飛んでた時と大差無い感じか。」
"A.C."は意のままに浮かび上がり、曲芸飛行のように宙を舞う。次に飛べるようになったのは十七実だった。
「久々に飛んだ気がするわね。感覚も大体分かってきたわ。」十七実は空を全速力で飛ぶ。
「ずるいのです!私も飛ぶのです!」次に感覚を掴み、飛べるようになったのは電だった。
電は自由に飛び回る二人を追いかけようとしていた。「多分こういう事じゃない?」「泳ぐ時の応用でいいのかな?」
六実と座間子も飛び方が分かったのか、恐る恐るではあるものの地面から足を離す。
「少し勢いをつければ…!」カナチは助走をつける事で飛べるようになった。
最後に残されたのは山岡だった。山岡は身体に力を込めて飛ぼうとしていたが、いつまでも飛べず、"A.C."に指摘される。
「そんなに力を込めても飛べんぞ。羽に力を少し入れて、他の所の力を抜いて、後は身体全体を持ち上げるような感覚で飛べるで。」
山岡は"A.C."の指摘通り飛び方を変えてみるとあっさりと飛べた。「…サンキュー。」「この程度は慣れれば簡単やで。」
そして全員が一通り飛ぶのに慣れた時、けんまから出撃の指示が出される。
「そろそろ出撃するンマ。ただ表から出ると敵の攻撃を喰らうンマ。ここは裏口から出るンマよ。」
けんまの指示通りカナチ達は裏口から出、路地裏を通りサーバーの玄関口がある表通りに出ると、おびただしい数の何かがサーバーであるビルを攻撃していた。
「アレはウィルスンマ。プログラムの影響で可視化されてるンマよ。」ウィルスを横目に目的地に向かおうとした瞬間、強烈なレーザー光線がサーバーに向けて発射された。
着弾すると同時に爆音が鳴り響き、辺りが揺れる。「な…何だ!?」
「今のは恐らくDDoSプログラムによる攻撃ンマね。会社のサーバーは開発途中のDDoSプロテクトシステムとアンチウィルスプログラムでどうにか守ってるから大丈夫だと思うンマが……」
「ところでアレをサーバーに導入するってのは出来るのか?」「アレは開発途中でまだ未完成な上に僕のサーバーじゃスペックが足りないンマ。アレは複数台のサーバーで動かしてるやつンマ。」
「そうか…… とにかく攻撃元を潰さないとどうにもならないと。」「そういう事ンマ。」「で、目的地は分かるの?」
「推測されるURLを座標に変換したところ、数km先にTorネットワークに繋がるゲートがあるンマ。そこからしばらく行った所に目的のWebページがあると思うンマ。」
「ならそこまで一気に……」山岡は空を飛んで一気に向かおうとする。「待つンマ!こんな所で高く跳ぶのは自殺行為ンマ!」「自殺行為って……」
「ここは電脳世界ンマ、サイバーエルフになってるのは山岡達だけンマが、サイバーエルフは他にいっぱい居るンマ。」
「それがどうした?」「当然中には悪意を持ったサイバーエルフもあるンマ。高い所を飛ぶとサイバーエルフやさっきみたいなウィルスに撃ち抜いてくださいって言ってるようなものンマ。だから飛行高度は抑えるンマよ。」
「なるほどな。」「あと低高度にも数は高空より少ないとは言えどウィルスが居るから随時倒していくンマ。」
「とりあえずそのゲート目指して進みましょ。」「そうンマね。場所はこの通りを1km程進んで、そこにある大きな交差点を左に曲がった先にあるンマ。」
カナチ達は他のサイバーエルフに襲撃されぬよう、20cm程浮き上がり、滑るように飛びながらインターネットを進む。
まるで東京の中心部のような交通量があり、一つ一つがWebページやIoTシステムなどを意味する摩天楼の下、大量のデータを積んだであろう大型トレーラーや、一般市民が使っているであろうサイバーエルフが乗った車などを横目にカナチ達は突き進む。
そして次々と迫りくるウィルス。ウィルスは様々な姿をしており、例えば工事用ヘルメットを被ったものや、鳥の頭に直接羽が生えたようなもの、両腕が剣になったものなどが居た。
しかしそんなウィルスもカナチ達7人の前では無力で、長くても5秒程度で次々と処理(デリート)されていった。
彼女達が通った跡にはウィルスの残骸のみが残されていた。「けんま、あとどれくらいだ!」「2つ先のブロックンマ!」
カナチ達は引き続きウィルスを倒しながら進んだ。

そしてついに禍々しい風貌をしたゲートの前に立つ。「なぁけんま、Torネットワークってこの門みたいに禍々しいのか?」
「本来は全く違うンマ。でもこの先のネットワークはどうもかなりダークなWebサイトとかに繋がってるっぽいンマね……
他のTorゲートは横浜の中華街の門や鳥居みたいにそこまで変なデザインじゃないはずンマ。とりあえずこの先はTorネットワーク、これを着てほしいンマ。」
カナチ達に膝辺りまで隠れるローブが支給される。「そのローブはTorネットワークで個人を識別しにくくすると同時にTorネットワークへの接続を補助するプログラムになってるンマ。」
全員が支給されたローブを着る。「それと、目的地に着くまでに騒動を起こさないでほしいンマ。」「どういう事?」
「Torネットワークの住民は妙な一体感の下相手を信頼しているンマ。だから騒ぎを起こされると住民からの綜攻撃されるかもしれないンマ。これはここみたいに表のやつなんかよりも、もっと熾烈な攻撃になると思うンマよ。」
「ウラの世界の流儀はよく分からんな。」「世の中には知らないほうがいい事もあるンマ。」「とりあえず進みましょう。」
カナチ達がいざTorネットワークに足を踏み入れると、辺りの空気が一瞬にして変わった。
「…スラム街のような雰囲気だな。」「見た感じここはかなり異質ンマね……」「で、目的地はどこだ?」
「この通りを5km程まっすぐ進んだ先にあるンマ。」「よし、そこまで突っ切るぞ!」カナチ達は先程と同じように移動を再開する。
表世界とは違い、ビルの看板に掲げられた文字は"アイス売ります"や"草手押し可"などの麻薬販売の隠語や、簡体字やキリル文字などが書かれ、表の世界とは違う事を感じる。
通りで話をするサイバーエルフも日本語よりロシア語や中国語などの外国語を多く話している印象があった。
(警察はこの無法地帯を取り締まる気はあるのか?)山岡は自身の正義感からこの無法地帯をどうにかしたいという気持ちがあったが、けんまに言われた通り厄介事を起こしたくないので今は一旦無視する事にした。
「何か出てくるウィルスが強くなってないですか?」カナチ達は先程に引き続きウィルスを処理(デリート)しながら進んでいたが、道中で出てくるウィルスは明らかに先程より強くなっていた。
「Torネットワークだから身元を隠せるし厄介なウィルスが増えているのも事実ンマね。この中にはランサムウェアもあるみたいだから負けちゃ駄目ンマよ!」
「ランサムウェアまであるのか……」「暗号化されると僕でも復号化は難しいンマ。」「倒されないよう用心しないとね。」
禍々しい世界をカナチ達は更に進む。

しかし目的地まであと僅かという所で大型のウィルスが行く手を阻む。「後少しなのに!」「仕方ない、さっさと倒すぞ!」
7人はあっという間に散開し、ウィルスを囲む。「デリート…… デリートスル……」「ウィルスが喋ったンマ!?」
ウィルスが言葉を発した事に驚くけんま。すぐに相手を解析すると、ウィルスとは違った結果が返ってきた。
「コイツはよく見たらウィルスじゃないンマ!ウィルスっぽい挙動をするサイバーエルフンマ!」「サイバーエルフか……」
「とりあえず倒せば大丈夫なんだな?」「コイツの目的はウィルスに感染させる事ンマ!」「よし、倒すぞ!」
謎のサイバーエルフは散らばったカナチ達を排除するため、片腕をバルカン砲に変形させ、辺りを撃ちながらカナチ達を倒そうとする。
カナチ達は一斉に飛び上がり、弾丸を避ける。流れ弾は無関係なサイバーエルフや建物に当たり、他のサイバーエルフは逃げ出す。
一部のサイバーエルフは謎のサイバーエルフに攻撃するも、返り討ちに遭い、そのまま処理(デリート)される。
「どうもコイツは自分以外を敵として認識しているみたいンマ!」「ならばウチが!」
"A.C."は構えた杖にエネルギーを細長く纏わせ、急降下しながら斬ろうとする。「援護します!」
六実もサイバーエルフめがけて弓を引き、炎の矢を飛ばす。「ムダダ!」謎のサイバーエルフはバリアを展開してこれを防いだ。
「一発で駄目なら……」電は両腕の武器を構える。「何発も撃つまでです!」電の武器腕からは無数もの弾が放たれる。
弾は着弾し、土煙を上げるも、土煙が晴れると謎のサイバーエルフの姿は無かった。
「上よ!」座間子はアイスジャベリンを飛ばし、真上からの急襲を防ぐ。
攻撃を阻まれた謎のサイバーエルフは手元に鎌を呼び出し、高速回転させながら投げた。
投げられた鎌は次第に空気の刃を形成しつつこちらへ飛んでくる。「こんな物!」山岡は斬撃弾を飛ばし、空気の刃ごと鎌を斬り裂いた。
これを見て謎のサイバーエルフは右腕を刀に変形させ、山岡に斬りかかろうとする。「そうはさせません!」十七実は腕の刃で斬り裂こうと回転しながら謎のサイバーエルフに突っ込む。
謎のサイバーエルフはこれをアーマーで受け止めるも、刃はしっかりとアーマーに食い込んでいた。十七実は謎のサイバーエルフを蹴飛ばして刃を抜く。
謎のサイバーエルフは姿勢を崩し、上からカナチが割木斬で喉元を貫こうとセイバーを振り下ろす。
謎のサイバーエルフは回避行動を取るも、完全に回避する事は出来なかった。セイバーの刃は左肩に突き刺さり、刺された箇所を中心にデータが少し崩壊する。
しかし謎のサイバーエルフはそれを気にせず立ち上がる。ここは電脳世界であり、例えデータが損傷しても、コンピュータが認識出来る限りは消滅しないのだ。
データが損傷した左肩の一部は消滅するも、左腕は問題機能していた。そして謎のサイバーエルフは一番近くに居たカナチに墨を吹きかける。
「何だ!?」突然の奇襲で視界が奪われるカナチ。そのままカナチに追撃しようと腕をドリルに変形させたが、六実に変形させた腕を撃ち抜かれて阻止される。
「シツコイ…… スッゾオラー!」謎のサイバーエルフは右腕にグローブを装備し、近くに居た電を殴る。「痛っ…!!」

ところが、殴られて痛かったのは電だけではなかった。全員である。「何があったンマ!?」
けんまは慌てて全員の状況を確認すると同時に相手が何をしてきたかを探る。全員が殴られた衝撃でよろけるも、何とか持ちこたえる。
「ダメージは許容範囲内…… よし、大丈夫そうンマね。」「けんま、今の攻撃は?」「今の攻撃は"シンクロフック"ンマね。」
「何だそれ?」カナチは謎のサイバーエルフの攻撃を避けつつ問う。
「今の攻撃は元々サイバーエルフ同士で戦わせるプログラムがあるンマが、それのデータのうちの1つンマ。中身は殴られた相手以外にもダメージを与えるプログラムンマね。」
「また厄介な物が出てきたわね……」「どうやら相手が隠し持っていた手段はこれだけじゃなさそうだぞ。」
謎のサイバーエルフは背中にミサイルマウントを装備し、一斉に発射する。
放たれたミサイルは他のメンバーを無視してカナチと山岡に向かって飛んでいく。二人は飛んできたミサイルを片っ端から斬っていく。
カナチと山岡の処理をミサイルに任せ、残ったメンバーを処理するために右腕を戦斧に変形させ、そのまま薙ぎ払う。
座間子達は飛び上がって回避する。「二度目は無いのです!」電は謎のサイバーエルフに向かって電撃弾を放つ。
謎のサイバーエルフは戦斧で受けようとするも、放たれた弾は電気を帯びているため、戦斧を通して感電させる。
謎のサイバーエルフの右手はこのダメージで左肩と同じように崩壊する。「多分これで大丈夫なのです!」
しかし謎のサイバーエルフは未だ抵抗を続ける。今度は左腕を大鎚に変形させ、回転しながら突っ込んでくる。
「そんな攻撃は……」十七実は謎のサイバーエルフの頭上まで飛んでいき、両腕を合わせて斧にしてそのまま脳天めがけて振り下ろす。「見切りましたよ!」
寸前の回避で脳天直撃は避けられたものの、十七実の斧は左腕を斬り落とした。謎のサイバーエルフの左腕全体が崩壊し、データを維持出来なくなる。
「今よ、とどめを!」「俺がやる!」山岡は謎のサイバーエルフに着ていたマントを被せる。
「お前ののぞみはこの剣によって打ち砕かれる!」山岡は居合斬りの要領で謎のサイバーエルフを斬り裂く。
謎のサイバーエルフは全身を維持出来なくなり、消滅する。「…エネミーデリート。」山岡は抜いた剣を鞘に収める。
「さて……」山岡は辺りを見回す。「騒動を起こすなと言われた訳だが、どうやら変な心配はしなくていい感じだな。」
ビルや屋台の影では今の戦いを見ていたサイバーエルフがそこそこ居た。彼らはカナチ達を攻撃するどころか拍手すら巻き起こっていた。
「前々から居座っていた邪魔者を倒してくれてありがとな!」隠れていたサイバーエルフが謎のサイバーエルフをデリートした事に感謝していた。
「とりあえず目的地に向かいましょ。」カナチ達は再び目的地に向かって進み出した。

そしてしばらく進んでようやく目的地にたどり着いた。「まるでスラム街のビルみたいだな……」
カナチ達目の前にあったのは、まるでホームレスやヤクザが占領してそうな怪しげな雰囲気を持つ廃ビルのような建物だった。
「本当にここなのか?」「URL的にはここンマ。」「ひとまずオレが行く。」
カナチはフードを深く被り、セイバーのスイッチを切ったうえで片手に持ち、扉を開けて中に入る。
(来るなら来い!片っ端から斬り刻んでやる!)敵を警戒して中に入ったカナチだったが、1階には誰も居なかった。
「…中も外見通りって感じか。とりあえず来ても大丈夫だぞ。」山岡達も武器がいつでも使える状態にして中に入る。
ビルの中も切れかけの蛍光灯が空間を照らし、壁にはヒビが入っており、いつ倒壊してもおかしくないような雰囲気だった。
「データを解析しているンマがどうも低階層には目立った反応は無いンマ。」「ならエレベーターで……」
「ちょっと待て。」エレベーターを使おうとするカナチを止める山岡。
「ここは敵の本拠地だ。しかも狭い閉鎖空間、おまけに電脳世界ときた。ここで仮に襲撃されたらどうなるか分かるよな?」
「言いたい事は分かった。階段を使えって事か。」「あぁ。ただここは電脳世界で、しかも飛べるから体力の問題は無いと思うぞ。」
「分かった、階段で行こう。」カナチ達はエレベーターの隣にあった階段を使い、ビルを上っていく。

そして最上階である6階に着く。「反応を見る限りではここに誰か居るンマ。」「しかし何も無いな。もしかしてここは囮なのでは――」
突如辺りがワイヤーフレームと化し、線は次々と形を変えていく。「奇襲か!?皆構えろ!」
バラバラに分解された線は再び部屋の形へと構成されていく。同時に線の一部は人の形に変化していく。
「ヤッホー!サダナッチだヨ❤ お前ら全員あの世に送る 覚悟しろ無能😆👋 ジャミンガーにいじめられたの?😯かわいそうに😩」
「何だ…!?」「けんまさん、アレは一体……」「多分サイバーエルフンマが……」「それにしては羽が生えてないわね……」
「今解析を試みてるンマ。」「ジャミンガーってさっきのサイバーエルフの事か?」「恐らくそうンマ。まさかコイツがさっきのを…?」
「サダナッチを無視するなんて許せないんだ☹殺してやるからとっとと倒されてね😊」
そしていきなりサダナッチと名乗る謎のサイバーエルフは増殖を始める。
「ヤッホー!サダナ「ヤッホー!サ「ヤッ「ヤ「ヤ「「「ヤッホー!サダナッチだヨ❤ 」「お…おい……」
サダナッチは大量に増殖し、その数70体近くだった。「何この数……」「一人で10体くらい倒せばいけるか…?」
「やるしかない、手分けして倒すぞ!」「「「「「「「逆らうなよ😠」」」」」」」
サダナッチと同時に散らばるカナチ達。「焼いてやる!」六実はサダナッチに向かって炎の矢を連射する。
「何だこの攻撃わ😆」炎の矢はサダナッチの腹を掠める。「まだよ!」六実は続けざまに3発追加で矢を射る。
「!!」サダナッチのうちの一体がノイズを発して処理(デリート)される。
(私は裏に回れば…!)座間子は泳ぐように浮き上がり、相手の隙をついてサダナッチの裏に回る。
「はっ!」槍を両手で大きく振り下ろし、真っ二つにして処理(デリート)する。
「ちょこまかと小賢しいのです!」電は武器腕から大量の弾を扇状に展開して弾幕を張る。
流石に一発では処理(デリート)出来ないが、複数のサダナッチにダメージを与える。「十七実さん!」
「とどめは任せて!」十七実はフォレストボムを放ち、電が撃った敵を一掃する。
しかしサダナッチはこれらを一切気にする様子はなかった。「この攻撃は避けられないだろ😆」
サダナッチの一部は身体を青く変色させ、そのまま天井に向かって水の弾丸を放つ。
その直後、カナチ達の頭上から矢のような雨が降り注ぐ。まるで針のように硬質化した雨はそれぞれのアーマーに突き刺さる。
「ぐおっ!!」「大丈夫ンマか!?」「…一応は大丈夫だ。」「私もまだなんとかなってるわ。」
「…ダメージ許容範囲内ンマね。でも一応……」けんまはキーボードを叩く。
「リカバリープログラムを走らせたンマ。これである程度ダメージは修復されたンマ。」
「そんな」真似をしても無駄だぞ😊」多くのサダナッチは身体を緑色に変色させる。「何か来ます!」
変色したサダナッチはバスターから無数の種を放つ。「ああああああっっっ!!!」「い…電!!」
電は周囲にたくさん居たサダナッチから大量の種を浴びせられる。「ダメージ許容範囲超過、すぐログアウトするンマ!」
電の精神は電脳世界から脱出し、その直後に電脳世界に残された電のサイバーエルフは崩壊した。
「悔しかったら、😰ちゃ~んと訓練をしましょうネ~ꉂꉂ😆ꉂꉂ😁✨」「あの野郎…!!」
「落ち着くんやカナチ、挑発も相手の策の一つやで。ウチかて今の発言にはカチンときたわ。だから……」
"A.C."は杖を構える。「こうしたらええんや!」杖の先からリフレクトレーザーが数発放たれる。
放たれたレーザーはサダナッチのうちの幾つかに跳弾しつつ当たる。レーザーが当たったサダナッチはコアを貫かれたように崩壊した。
「こんだけ倒してもまだ10体ちょいか……」サダナッチを着実に倒しているものの、まだ数は多い。
「途中報告ンマが、ある程度解析ンマ。…どうやらこのサイバーエルフは禁忌の手段を使ってるみたいンマ。」
「禁忌の手段って?」「解析結果によると、どうもあのサイバーエルフにはウィルスのソースコードが混ざってるンマ。」
「ウィルスだと!?」「それって……あのウィルス?」「そうンマ。だからあんなに大量に増殖出来るンマ。見た感じ事故増殖するタイプの物が混じっている可能性が高いンマ。」
「何でウィルスのソースコードなんかを……」「分からないンマ。でも普通のサイバーエルフなんかよりも厄介なのは間違い無いンマ。」
「ウィルスだというと俺らにも感染する可能性があると。」「一番厄介なのがそれンマ。ウィルスが混ざっている以上どうなるか分からないンマ。」
「どっちにしろダメージは受けれないという事になると。」
「そういう事ンマ。一応会社のサーバーで使っているアンチウィルスソフトが使えるか試してみるけどTorネットワークを越えた先だから使えるか分からないンマ。」
「何れにせよ助けにには期待しないほうがいいな。」「小細工なんて通用しないぞ🙃ハッカーをナメるな🤬」
「ハッキング能力だけで言えば僕の方が上だと思うンマ……」サダナッチは隊列を組み始める。「厄介なのが来るぞ!」
山岡はこれまでの経験から次の攻撃が厄介な物になると感じ、注意を促す。「逃さないんだ😊」サダナッチの大半は身体を紫色に戻し、バスターを構える。
直後、一斉に発砲し、大量のキャノン砲がカナチ達を襲う。
カナチと山岡は経験と観察眼で攻撃が来るタイミングが何となく分かっていたがため避ける事が出来たが、残りの4人は攻撃が直撃してしまう。
4人の中でも"A.C."が受けたダメージが特に大きく、防御に使った機械杖ネツァクが破損した。「また壊れてしもたな……」
「バックアップデータがあるンマ、少し時間は掛かるけど復旧は出来るンマよ。」
「いや、いい。この状況で復旧に時間が掛かると結構不利なんでな。代わりにアレを頼むで。」「アレって……」
「アレと言ったらアレや、ビーストフォームや。」「切り札をもう使うンマ!?」「今使わなどうにもならんやろ。」
「しょうがないンマ…… 起動準備したンマよ。」"A.C."のアーマーから「Beast Form Ready……」との合成音声が発せられる。
「アクティブ!」直後、"A.C."のアーマーからノイズが吹き出る。「Advanced Form "Beast"」
合成音声が発せられると同時にノイズが発散し、かつてカナチと戦った時の爪を携えたあの姿となった。
「その姿……」「安心しろカナチ、あの時と違って理性は残ってるで。」"A.C."はそう言うと、爪を展開し、サダナッチの集団へと突っ込んでいった。
当然サダナッチは"A.C."を対処しようとするも、鹿のように避け、虎のように爪で引き裂く"A.C."の前には無力だった。
サダナッチの内の一体は顔を歪める。「もう手加減しないぞ😡」サダナッチ達は一斉に羽を光らせ、オーラのような物を放つ。
「!!」カナチ達は地面に叩きつけられ、強烈な重力で立ち上がれなくなる。「何だ……コレ……」
「物理法則を書き換えられたンマ!急いで元に戻すンマ!」けんまは勢いよくキーボードを叩く。
「確かリファレンスに書かれていた書き方は……」けんまはコンピュータの画面上に複数のコマンドを並べていく。
「これで元に戻るはずンマ!」けんまがキーボードを叩き終えると同時にカナチが動けるようになった。
サダナッチは電撃弾でカナチ達を処理(デリート)しようとしていたが、寸前の所で回避する。だが、すぐにカナチ達は再び地面に叩きつけられる。
「何だ今のわ😛抵抗は無駄だぞ🤣」けんまは再び物理法則の書き換えを試みたものの、すぐにサダナッチによって書き換えられる。
「ちゃ~んと勝てる相手を選ぼうネ🤣」「何あのハック速度…… まさか考えた事をそのまま入力する装置を使ってるンマか……?」
「そ……そんな装置……ある……のか……?」カナチは強烈な重力に耐えつつ問う。
「元々ALSの患者向けに作られた装置があるンマ。でもあれ程の入力速度は出ないはずンマが……」
「飯塚軍最強🤪飯塚軍最強🤪」サダナッチは物理法則を書き換えてカナチ達を有利にしようとするけんまを煽る。
「腹立つンマ……」「出来損ないは仲間が処刑されるのを指を咥えて見てろよ😂」
サダナッチはまず山岡を処理(デリート)するために山岡の周囲に集まる。「じゃあ消えてね☺」
「クソっ…!仕方ない、戦線離脱する!」山岡はこのままだと処理(デリート)されると思い、ログアウトする。
もぬけの殻となった山岡のサイバーエルフに紫色の身体となったサダナッチからキャノンの一斉砲火が浴びせられる。
撃たれた山岡のサイバーエルフは跡形もなく消滅した。「ウチは……まだ……諦めては……」
"A.C."はサダナッチに反撃しようとするも、なんとか持ち上げた右腕を踏まれる。
「ワイに逆らうだけ無駄やで😝」「ぐあっ!!」ただでさえ上げるのが辛い腕を踏まれ、身動き出来なくなる"A.C."。
「次はお前だ🤓」何とかして抗おうとするものの、一切身動きが取れない"A.C."。
サダナッチは身体を緑色に変色させ、一斉に銃口を向け、そのまま"A.C."に向かって大量の種が発射される。
一発のダメージはそこまで高くないものの、これだけ数が多いと話は別で、30体以上が一斉に攻撃するとなると一瞬でダメージが許容範囲を超えた。
「緊急離脱するンマ!」"A.C."はけんまによって強制ログアウトさせられる。ログアウトと同時に"A.C."のサイバーエルフは崩壊した。
けんまは引き続き必死に物理法則を書き換えようとするものの、サダナッチの妨害によって尽く失敗する。
「バックドアでも無い限り負けそうンマ……」けんまは諦めかけるも、次こそはと抵抗をやめなかった。
「私も……諦めては……」床に叩きつけられて動けない六実だったが、なんとか炎の弓をサダアンッチの方へと向ける。
放たれた炎の矢はサダナッチに向かって飛んでいくも、物理法則を自裁に操るサダナッチの前では無意味だった。
炎の矢の周囲の物理法則を書き換え、急速冷却する事で炎の矢を無力化する。「ついでだ🤩」
サダナッチは六実の周囲の温度を急激に下げ、まるで瞬間冷凍するかのように冷やす。
一瞬の出来事に対処出来なかった六実だが、凍る寸前にログアウトした事で一命を取り留めた。
残されたメンバーはカナチと座間子と十七実の3人。「せっかくだ、ちょっと遊んでやる😀」
サダナッチは突如3人の重力を書き換え、まるで重力が上向きになったかのように3人が抵抗していた力を使って吹き飛ばす。
「ワイをナメるなよ😤」サダナッチは再び隊列を組み、一斉に身体を赤く変色させ、火炎放射で炎の壁を作る。
カナチは動体視力でこれを捉えて急降下し、座間子は水の壁を張って対処するものの、十七実は回避手段が無く、そのまま被弾してしまう。
十七実は焼かれる苦痛を味わうも、処理(デリート)される寸前にログアウトする。
「残されたのはオレと座間子だけ…… 一体どうすれば?」「久留米大学の医学部を甘く見ないほうがいいぞ😁」

その時どこかから手紙がミサイルのように飛んできてサダナッチの足元に刺さる。
サダナッチが拾い上げて読んでみると、内容はサダナッチのアイデンティティをボロクソにする内容が書かれていた。
「久留米大ごときが調子に乗るな 阪大院卒をナメるなよ」書かれていたのはたったこれだけなのだが、自分が天才だと思っているサダナッチには十分効く内容だった。
「ワイは天才じゃぁぁぁ!!!」どこの誰から送られてきたか分からなかったが、サダナッチは腹いせにカナチ達に当たろうとする。
サダナッチは30体程度の集団で焼こうとしていたのだが、引き金を引いた途端、どこからともなく極太のビームが発射され、群れていたサダナッチを一掃した。
「アレは……」「会社のセキュリティソフトが上手く機能したンマか…?」
カナチとけんまがビームに釘付けになっていたが、座間子は足元に落ちていた別の手紙に気付く。
「これ…… けんまさん宛みたいよ。」「ンマ?」けんまが手紙を読むと、次のような事が書かれていた。
「GB No.3 余裕アリ サイバーエルフホスト可能」たったこれだけの内容だったが、けんまは会社のサーバーで千刃剣魔がホスト可能だと知り、会社のサーバーにデータを転送するコマンドを書いた。
サダナッチは再びカナチ達を重力で縛り付ける。けんまはこれを戻そうとしたところ、妙な物を見つける。「…ンマ?これはもしかして……」
けんまは気になった妙な点を調査する。「これ……エクスプロイトを作れるンマか…?」
けんまは攻撃のためのコードを即興で書いていく。「このタイプの脆弱性は……前に公開されていたこの手法を用いて……書けば……」
ひたすらキーボードを叩き続けるけんま。「これで完成ンマ。多分これで……」けんはは作ったコードを実行させる。
電脳世界ではまるでソニックブームが通り過ぎたかのようにオーラのような物が空間を横切った。
直後、カナチ達を縛り付けていた重力が解放され、カナチ達は再び動く事が出来た。
「物理法則を書き換えたところで無駄だぞ😆」サダナッチはまた物理法則を書き換えようとするも、先程までとは違い、けんまに阻止されていた。
「もう許さないぞ😡」サダナッチは全員が身体を紫色に戻し、カナチに向かってキャノンを発砲する。
退路を全て塞がれたカナチは強引にセイバーでいなしつつ回避する。集まったサダナッチを何とかしようと座間子は必死に槍を振るう。
そうしてなんとか退路を切り開き、カナチはサダナッチの包囲網から抜け出す。
「ありがとうな、とりあえずオレも――」カナチはセイバーのスイッチを入れようとした瞬間、セイバーが崩壊した。
「なっ…!!」「嘘でしょ…?」セイバーのデータは先程の防御に使った際にウィルスに蝕まれており、それがきっかけで崩壊した。
「一体どうすれば……」「けんまさん、データのバックアップはあるの?」「あるけど"A.C."の時と同じく時間が掛かるンマ……」
「クソっ!ならオレはどうすれば……」武器を失った事を好機と見たのか、サダナッチは次々とカナチを処理(デリート)しようと攻撃する。
次々に襲いかかるサダナッチを座間子は槍一本で対処するものの、数が多くて対処しきれなくなっていく。
そしてついに対処出来なくなり、攻撃を防ぐ事が出来ないと思った時、どこかから聞き覚えのある声がする。

「邪魔するなぁぁぁぁぁ!!!!!!」

カナチ達の目の前に居るサダナッチの間を高速で横切り、その直後に進路に居たサダナッチは崩壊する。
「…お待たせ。」「千刃剣魔!」「会社のサーバーでホストしたンマ!これでDDoS関係なく作戦に参加出来るンマ!」
「間に合ったのね。」「えぇ。」千刃剣魔はカナチの方を見る。「…あら、セイバーはどうしたの?」
千刃剣魔はカナチのセイバーが無い事に気付く。「実は……」カナチの先程の事を伝える。
「そういう事ね。分かった、私に任せて。」千刃剣魔がそう言うとコンソールを開いた。
"load battledata no 72794137"コンソールにそう入力し、実行すると千刃剣魔の手元にエネルギー剣が出現した。
「バトルデータの1つよ。Zセイバーって言うの。」カナチは千刃剣魔からセイバーを受け取り、さっそく起動する。
展開された楔形のセイバーはカナチの物と同じ感覚で扱えそうな物だった。「これでどうにかなりそうね。」
「さっきの一発でかなり数が減ってるはずよ。それに――」千刃剣魔はサダナッチの内の一体を指差す。
「あの"親玉"さえ潰せば他の個体も全て倒せるわ。」「どういう事ンマ?」
「技術的な事を話すと、本体が親プロセスで他の個体は子プロセスのプロセスツリーの構造になってるの。
で、子プロセスは親プロセスの稼働を前提にしている作りで、親プロセスが死んだら強制終了される設計になってるから、本体を潰せばプロセスツリーごと潰せるわ。」
「何言ってるか全く分からんな……」「でもどれが本体か分かるの?」「任せて。」
千刃剣魔は再びコンソールを開き、何かのプログラムを実行する。するとサダナッチの内の一体の頭上に矢印が浮かびでる。
「これで問題ないでしょ?さっき作った脆弱性を使えばこれくらい出来るわ。」「さっき作った…?」
「さっき手紙をサダナッチが読んだでしょ?アレにウィルスを仕込んでおいたの。」「随分と古典的な手法ンマね……」
「一切警戒しないで読んでくれたから助かったわ。ウィルスチェックをされたらほぼ確実に引っかかる中身だったからね。」
「アイツがアホで助かった……」「誰がアホだ🤬」「カナチさん、取り巻きは私と千刃剣魔が対処します、あなたは親玉を!」
「分かった、やられるなよ!」三人はそれぞれサダナッチを処理(デリート)するために攻撃を再開する。
「数が減ったかと思ったか🙃残念、まだまだですよ😆」サダナッチは減った戦力を補充しようと再び増殖する。
しかしサダナッチの秘密を知った今、カナチはどうすればいいか分かっていた。
(まだアイツはマーキングされている事に気付いていない…… よし!)
カナチは邪魔しに来るサダナッチの間を通り抜け、親玉の下へと向かう。当然サダナッチも抵抗し、火炎放射や電撃弾などで妨害する。
しかしカナチはけんまのハッキングの補助もあり、先程の数倍の速度でこれらを避ける。「なっ…!」
急加速したカナチを前に驚きを隠せないサダナッチ。そして気付かぬうちに幻夢零の斬撃が身体を通過していた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」サダナッチは耳を劈くような絶叫と共に、全ての分身ごと処理(デリート)された。
崩壊したサダナッチの残骸から何かが落ち、カナチはそれを拾い上げる。「何だコレ…」「多分何かのデータだと思うンマ。解析してみるから送ってほしいンマ。」
カナチは謎のデータをけんまに転送する。「とりあえず私達もログアウトしましょう。」カナチ達は無人となったサーバーから脱出する。

カナチ達が戻ると、そこでは山岡以外がダウンしていた。
「全員精神的にダメージを負ってる。俺は致命傷を受ける前に離脱したからそこまで酷くないが他の皆はども今日一日は動けそうにないぞ。」
「まぁ頑張ったからな。サダナッチは無事デリートしたぞ。」「よくやった、想像以上に難しいミッションだったな。」
「多分この程度なら一日熟睡したら治ると思うンマよ。それとさっきのデータだけど……」けんまはノートPCを持って山岡の下に行く。
「どうもこのデータは詐欺に関わるデータみたいンマ。規模はよく分からないンマが、このデータはかなりヤバいのは僕でも分かるンマ。」
「…そのデータ、俺よりも警察に見せるべきなのでは?」「一応この後データを送るつもりンマ。」
けんまはパソコンを置きに部屋へ戻る。「さてと……」「ん?」「また買い出しに行くとするか。」「何でだ?」
「ほら…… 今回の件でけんまの誕生日パーティが流れただろ、だからそれの準備さ。」
「忘れてたけど一昨日がけんまさんの誕生日だったわね。」「……ンマ?」話を何も聞いていないけんまが戻ってくる。
「じゃあオレはここに残って皆の事を見ておくから行ってきな。」「けんまさん、千刃剣魔の再起動は出来た?」
「それなら今起動プロセスの最中ンマ。じきに起動するンマよ。」「そういや今回の攻撃元ってアレで合ってたのか?」
「サダナッチをデリートした途端攻撃が止んだから正解っぽいンマ。」「という事はアイツが犯人か。詐欺の件と合わせて罪は重い事になるだろうな。」
起動した千刃剣魔が部屋に入ってくる。「起動プロセス完了よ。」「エラー等は出てないンマ?」「コード0、正常よ。」
「問題ないンマね。」「じゃあ千刃剣魔さん、この間の買い物の続きに行きましょう。」「続きって前に買ったのは?」
「卵とかがダメになってたから買い直さないと。」「そういや千刃剣魔が落ちた後の記憶ってあるのか?」山岡は千刃剣魔異常終了したのを見たためけんまに尋ねた。
「コンソールを見た限りでは無いンマ。強制終了に近い事をされたから残っているほうが珍しいと思うンマ。」
「とりあえず行きましょう。」「分かった。」座間子達は再び買い出しに出かけた。

そして翌日、復活した皆と共にけんまの誕生日パーティを開く事にした。
休みの日という事もあり、けんまはゆっくりと寝ていたため、準備はサプライズ的に進められた。
「――そろそろ10時だな。」「けんまさんって休みの日はこんなに起きるのが遅いのですか?」
「そんな感じだな。遅い時は更に1時間近く遅く起きる時もあるが。」そう言ってるとけんまが起きてきた。
「おはようンマ……」けんまは寝ぼけていたが、クラッカーの音で目が覚める。

「「「「「「「お誕生日おめでとう!!」」」」」」」

「ンマっ!?」突然のサプライズに驚くけんま。「本当は一昨日やるつもりだったんだけどね。」
「まぁいいじゃないか、こうして出来た事だし。」「ケーキの準備は出来てるのです!」電が机に蝋燭を立てたケーキを置く。
そしてけんまは祝われながら蝋燭を消した。

「そういえば今思い出したけどサダナッチの件って誰か知ってるンマ?昨日例のデータを警察に提供したンマが。」
「さぁ…」サダナッチがあの後どうなったのかは誰も知らなかった。そしていつもの癖でテレビをつけるけんま。
するとそこで気になるニュースが流れていた。
「今朝、友人ら5人から合わせて150万円を騙し取ったとの疑いで、福岡県久留米市に住む大学生の定永紘幸容疑者が逮捕されました。
定永容疑者は、自宅で謎の装置に入った状態で発見され、意識が無かったため市内の病院に搬送されましたが、命に別条はないとの事です。
警察は定永容疑者の様態が回復し次第取り調べをするとの事です。」「あの装置……」カナチがテレビに映っていた装置に反応する。
「この間データが抜かれたって騒ぎになってたけどまさかアイツが抜いたンマか…?」「どういう事?」
「先月末くらいに会社にサイバー攻撃があって、その時に会社の開発途中の製品の設計図とソースコードが流出したって話になってたンマ。」
「どこから漏れたのか……」「今分かってる事としては開発担当のPCにウィルスか何かが仕掛けられてそれ経由で漏れた可能性が高いって事になってるンマ。
アクセスログを解析したところあの装置の情報も抜かれてたンマ。他に開発中のアンドロイドの情報も抜かれたって言ってたンマが……」
「今回偶然そのハッキングしてきた相手がアイツだったと。」「まだコイツが攻撃してきた犯人かは分からないけどその可能性は十分有り得るンマ。」
「でもどうして私達のところなんかに?」「私怨か何かだと思うンマ。ただ僕のサーバーは情報を公開している訳ではないンマが……」
「私怨?」「多分入社試験に落ちた怨み辺りだと思うンマ。大学生って事は内定が貰えなかったって可能性も推測出来るンマ。」
「だからってサイバー攻撃を仕掛ける必要は無いだろ……」「人間の怨みって時には恐ろしい事をするきっかけにもなるンマ。」
「なぁ、俺らのサーバーが攻撃されたって事はIPが漏れたって事になるよな。ならどこから漏れたのか見当つくか?」
「漏れたとしたら会社のバックアップサーバーのリストが一番怪しいンマね。僕のサーバーは性能が高いからある程度バックアップ用途でも使う事が出来るンマ。」
「なら他に攻撃されたサーバーってあるのか?」「ちょっと見てみるンマ。」けんまは携帯を触り、会社のデータを探した。
「あー…… どうも東京のバックアップサーバー群も攻撃されてたみたいンマ。」「ならそこから漏れた可能性が高いな。」
「でも本社のサーバーは無事だったんだろ?」「あの規模の攻撃をされる想定でセキュリティを組んでなかったから今回は僕のミスンマ。」
「まぁ人間誰しも想定外はあるからけんまさんは悪くないよ。」「結果として解決したから今回の事を教訓にセキュリティを組んだらいいしな。」
「そうンマね。」「とりあえずケーキを切り分けたから食べるのです!」そしてけんま達はケーキを食べ、誕生日パーティを楽しんだ。

定永だが、この後詐欺に加えて不正アクセスの罪も明らかになり、最終的に有罪判決が下されたという。

EX Stage 6 -脱獄-

ここは府中刑務所。唐澤は電に手を出し、強姦致傷の罪で投獄されていた。毎朝早くに起こされ、刑務作業をする日々を過ごしていた。
今まで自堕落な生活をしてきた唐澤にとっては苦痛で、なにより日課の児童ポルノの収集が出来ない事に強いストレスを感じていた。
刑務作業中につい「ムショから出たいナリ……」と口にする。当然刑務作業中は私語が厳禁なので怒られる。「2783番、私語は厳禁だぞ!」

そして長い刑務作業が終わり、唐澤は独房に戻る。これでようやく今日は休めるのだ。食事を終え、床につく唐澤。
今までの生活を改めなければ刑務所での生活は出来ないため、諦めて寝る。しかしその日の夜、唐澤は不思議な夢を見た。
(…ここはどこナリか?どこかで見た気がするナリが……)どこか思い出せそうで思い出せない。しかし見覚えのある河川敷だった。
ここまでなら普通の夢なのだが、唐澤の場合は幼女に対する飢えからか、ここしばらくカンボジアで"買った"夢ばかり見ていたため、違和感を感じていた。
唐澤が河川敷を歩いていると、後ろから声をかけられる。「おい。」
当職は上級国民だぞと思いつつ振り返ると、そこには見覚えのある姿があった。「麻原尊師!?」「久しぶりだな、唐澤。」
「あなたは既に死んだはずナリが……」「確かに私は死んだ。だが今は天上界から超越神力を使って君の夢に出てきている。…その様子だと超越神力を殆ど失ったようだな。」
「実は……」「言わなくても分かるぞ。奥義・分身を使ったが、その分身を倒されたのだな。本来超越神力を上手に使えば今のように逮捕される事は無かったのだがな。」
「麻原尊師は何でもお見通しナリね。」「当たり前だ。天上界に行っても修行は続けていたからな。そこでだ……」
麻原は自身の超越神力を凝縮したであろうエネルギー球を手のひらに出す。
「もう一度だけチャンスをやろう。私が天上界で身につけた超越神力の一部を再び与える。今度こそ偉大な尊師(グル)になってくれよ。」
麻原がそう言うと、唐澤にエネルギー球をぶつける。唐澤はぶつけられてハッと目覚めると、既に起床時刻になっていた。
外から刑務官の声が聞こえる。「2783番、朝食だぞ。」刑務所の食事は質素だ。唐澤が好きなような物はまず出て来ない。
(当職はガリガリ君が食べたいナリ……)唐澤が朝食を受け取り、机に置くために振り向くと、床に未開封のガリガリ君が落ちていた。
「…ナリ?」唐澤は特に疑う事なくガリガリ君を手に取る。「よく分からないナリがちょうどいいナリね。」
唐澤は朝食の後にデザート感覚でガリガリ君を食べる。
そしていつも通り刑務官に連れられて刑務作業に向かうが、道中でこんな汚らわしい刑務官など消えてしまえばいいと思った途端、唐澤を連行していた刑務官が跡形もなく消えた。
「ナリっ!?」当然一人で歩いている唐澤を見つけ次第、他の刑務官が来るものの、消えろと思った瞬間消えていた。
(この感覚……超越神力が戻ってきたナリ!)唐澤が超越神力を失っていた期間がそこそこあったため、超越神力の使い勝手を忘れていたが、この時完全に思い出した。
(勝てる・・・勝てるナリ!)そして唐澤は取り戻した超越神力を使い脱獄する。

『緊急警報!緊急警報!』
『囚人一名が脱獄!』
『職員は直ちに向かえ!!』

唐澤が脱獄した後、刑務所では警報が鳴り響き、職員が大慌てになっていた。当然この非常事態はすぐに他の囚人にも伝わる。
急遽今日の作業が中止となった囚人の間でもこの話題で持ち切りになった。

唐澤が脱獄した場所では刑務官が目を疑っていた。「何故だ……」刑務官が驚くのも無理はない。
高強度コンクリートで作られた刑務所の壁がまるで粘土の壁だったかのように大穴が開けられていたからだ。
この穴を見た一人の老刑務官が呟く。「まさか……超越神力が継承されたとでもいうのか?」「超越神力?」一人の若い刑務官が尋ねる。
「あぁ…… 昔麻原彰晃が居たのは分かるよな。」「確かテロを起こして死刑執行された人ですよね。」
「アイツが過去に脱獄した事があったのだが、まさにこんな感じだった。」「え…?」麻原の脱獄の話を聞いて固まる若い刑務官。
「…そういう事だ、仕事に戻れ。」老刑務官は唐澤が脱獄した場所を調べだした。

所変わってけんまの拠点。けんまは開発の仕事をリモートで行っていた。(とりあえずここまで完成したし一旦休憩するンマ。)
作業が一段落してコーヒーを飲みながらSNSを開く。いつも通りよく分からない事が流れてくるタイムラインだったが、その中にニュースのリンクが紛れていた。

"府中刑務所から囚人が脱獄"と。

どうせ関係無い事だと思っていたけんまだったが、社員用アプリの緊急通達と電からの電話が同時に来た。
けんまが電からの電話に出ると、電がパニックを起こしていた。「けんまさん、早く捕まえて!」
「いきなりどうしたンマ!」「唐澤が…唐澤が脱獄したのです!!」「なっ…!!」この時けんまは他人事でない事を知る。
「けんまさん、いい?」パニックを起こしている電に代わり、六実が電話に出る。
「ニュースで報道された内容を大まかに纏めるわ。唐澤は府中刑務所に収容されていたんだけど、刑務官数人を巻き込んで脱獄したみたいなの。
勿論警察も総力を上げて探しているけど脱獄した経緯から特殊部隊を出動させる事も検討してるらしいわ。ただ、その脱獄した手法は報じられてないけど。」
「想像以上に厄介な事になってるンマ……」「あと聞いた噂なんだけど、巻き込まれた刑務官は"殺された"のでなく"消された"らしいわ。」
「どういう事ンマ?」「私もよく分からないんだけど、なんでも"跡形もなく消された"んだとか……」
「都市伝説みたいな事になってるンマね……」けんまは電話で話しつつパソコンで緊急通達の画面を開いた。
「え…?」「どうしたの?けんまさん。」「会社のサーバーの負荷がおかしいンマ…… セキュリティ的に大丈夫なはずなんだけどこれは攻撃されてるンマ……」
「こんな時に!?」「しかも通達に書いてある事だと複数社が同時に攻撃を受けてるンマね……」
「いわゆるサイバーテロってやつになるのかしら?」「何を目的にしてるのか分からないンマが恐らくそうンマ。で、えっと……」
けんまが通達の続きを読むとこう書いてあった。"デバッガー・エンジニアは緊急の案件のため本件の解決を優先せよ"と。
「何かそっちも厄介な事になってるようね…… 私達も行きましょうか?」「裏方の仕事が出来るなら来てほしいンマ。」
「分かったわ。」六実が電話を切った後、本件の詳細を調べた。
会社が出した資料によると、複数社が同様の被害を受けており、協議の結果合同で本件に対応する旨が書かれていた。
また、攻撃対象には日本政府管轄のサーバーも含まれていた。(ん…?これは本当にやる気ンマ?)
けんまが気になった部分として、資料の最後には"本案件は緊急かつ重要な案件のため、社長も参加する"と書かれていた。
社長がこの手の対応に参加するレベルという事は尋常じゃないと文面から感じ取っていた。

そしてけんま宛にDMが送られてきている事も気付く。(DM?誰からンマ?)けんまがDMを開くと、社長からの個人通達が届いていた。
"今回の件は定永の件を類似している箇所がいくつかあった。共通点を分析していくと、恐らくあの時の装置と同じ物が使われている可能性が高いため、プロトタイプを使ってまた電脳世界に入ってほしい。私がセカンドオペレーターとなる"
「また…?」けんまはDMの添付資料を読むと、けんまが定永の時に使った装置とほぼ同じヘッダー情報が書かれていた。
「…どうやらまた全員を呼ばないと駄目ンマね。」けんまはカナチ達に拠点に来るようにメッセージを送った。
この時唐澤は社長の読み通り、どこからか定永が使っていた装置を入手し、都内のとあるビルに即席の拠点を構え、数人の仲間の援護の下電脳世界にダイブしていた。
協力者の目は虚ろだったが、唐澤のために全力を注いでいた。

しばらくしてけんまの拠点にメンバーが集まった。「今回集まってもらった理由はメッセージで送った通り社長からの要望があったからンマ。」
「まさかまたアレを使うとはな。」「正直な事を言うと前回の時みたいに安全を保証出来ないンマ。嫌なら嫌って言っていいンマよ。」
「馬鹿な事を言うな、オレ達が必要なんだろ?」「私も大丈夫よ。」「みんな……」全員が今回の作戦に挑む意思を見せる。
「で、コードネームはどうする?」「そうンマね…… "Star Force"ってのはどうンマ?」「"Star Force"(星の力)か…… 悪くないな。」
「よし、なら出撃準備するンマ!」各員が装置の中に入る。「"Operation Star Force"、作戦開始ンマ!」
けんまが起動コマンドを入力すると、カナチ達の意識は7つのリングを通り、電脳世界にダイブする。
「今回の作戦は前回と違って飛行が禁止されてるとかは無いンマ。というのも、相手は日本のネットワークを無差別に攻撃してるみたいだから隠れたところで意味が無いンマ。」
「随分と厄介だな……」「会社のエンジニアが対応に当たっているンマが基本的に防御しか出来ないンマ。で、社長に言われたけど僕達は"攻撃する側"になるンマ。」
「それってマズいんじゃ……」「確かに違法行為になるンマ。ただそれはIP開示とログの取得の両方が成功して初めて逮捕出来るンマ。」
「まさかログを……」「社長が会社側のサーバーにアクセスした時のログを消す仕組みを用意したのと、かなり匿名性の高いVPNを調達してくれたンマ。」
「…社長って実は悪人なのでは?」「社長は元々ハッカーだったからその辺の知識は妙にあるンマ。」
「本当に大丈夫かしら……」「社長曰く『NSAすら欺ける』らしいンマが、正直その辺は専門外だから僕もよく分からないンマ。」「おいおい……」
「とりあえず今は社長を信じるンマ。」「まぁやるしかないよな……」「今回は裏口も攻撃されてるから正面から出るンマ。」「分かった。」
カナチ達はサーバーの正面玄関に相当するメインのネットワークアダプタからインターネットに出る。
しかし事前の情報とは違い、インターネットは静かだった。「…妙ンマね。」「あぁ。」
カナチ達が周囲を見渡しても傷跡こそあるものの誰かが攻撃している様子は無かった。「会社のサーバーも狙って――」「上ンマ!!」
けんまに言われて上を見ると、何の前触れも無く突然巨大な爆弾が落ちてきていた。カナチ達は飛び上がって爆風から逃れる。
ビル郡の上まで飛び上がると、仮面を付けた謎の人物が居た。謎の人物はカナチ達に向けて合成音声で話し出す。
「当職は今非常に起こっている。故にこの国に裁きの雷を下す。」
カナチ達が攻撃元を見つけたため、防衛のために用意された大量のサイバーエルフが一気に現れる。
「目標捕捉!」「分析開始!」「デバッグモード、準備ヨシ!」

"A.C."は謎の人物に妙な既視感を覚える。(なんやろ…… どっかで見た気がするんやが思い出せんな……)

「アイツが攻撃元ンマ!」「了解、戦闘に入る!」「当職は上級国民だ、悔い改めよ。」「ファイル名分析完了、"Gtanda.ELF"!」
ファイル名が解析されたグタンダだったが、余裕を見せながら手を挙げた。「光あれ。」グタンダがそう言うと、大量のミサイルが現れた。
瞬間的に加速したミサイルを避けるためにカナチ達は散乱する。一般兵として召喚されたサイバーエルフは銃を連射し、弾幕を張ってグタンダに対抗しようとする。
弾幕で逃げ場が無くなったグタンダに向かって電は電撃弾を放つ。

「無駄だ。」

グタンダは眩い光を放ったかと思えば大爆発を起こして電撃弾ごと弾幕を掻き消した。「次は当職の番だ。」
そう言うとグタンダはどこからか黄色い剣を取り出した。次の瞬間、ミサイルのように加速し、サイバーエルフ数体を斬った。
斬られたサイバーエルフはまるで鈍器で殴られたかのようによろめく。
「この程度……」「おいお前…… 身体が!」斬られたサイバーエルフは身体がバグに蝕まれ、データが崩壊していく。
「当職の呪いをその身で味わえ。」「嫌だ…… あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
そしてデータが全てバグに蝕まれ、"消滅(デリート)"する。「何あのバグ…… エンジニアやってて初めて見たンマ……」
「俺達はアレをどうにかしろってのかよ……」「それでも…… それでも必ず弱点はあるはずンマ!」
「そうね、完璧な物は存在しない、そう信じて戦うしかないわ。」「まずはウチが!」"A.C."はネツァクを携え音速で突っ込む。
"A.C."をフォローしようと召喚されたサイバーエルフもバズーカやミサイルで援護する。
しかしグタンダは避けようとせず、剣の切っ先を"A.C."に向け、呪文を唱えるように呟く。
「ウラニウムソードよ、我が意志に呼応して輝け。」「!!」
"A.C."は本能的に危険を感じ取り、急旋回してグタンダから離れるも、グタンダの剣が発した青白い光を浴びてしまう。
幸い致命傷は避けられたものの、一番グタンダに近かった脚がバグに蝕まれる。「アイツ今"ウラニウムソードって言ったよな……"」
「まさかさっきの光はチェレンコフ光って事…?」「どういう実装をしているのか分からないンマが、アレにバグを引き起こすプログラムが仕込まれているのは間違いないンマね。」
「ならオレ達はあの光から逃れながら戦えって事かよ!?」「飛び道具はさっきみたいに掻き消されるから……」
「…結局近づかなアカンって事やな。」「一応会社のコンピュータにウラニウムソードの解析命令を出したンマが、AIを介入させても時間が掛かるかもしれないンマ……」
「まぁそれでも何もしないよりかはマシだな。」「という事は私達は解析するまで時間稼ぎをしないといけないって事ね。」「とりあえず有効打をどうにかして探すこったな。」
「当職は倒せないぞ。」グタンダはカナチ達に向けてミサイルを放つ。「とりあえず近づいたらやられる!ありったけの弾を撃ち込むぞ!」
カナチ達は散乱し、遠くからグタンダを囲い込む。「行くぞ!」カナチ達はそれぞれの武器でありったけの弾を撃ち込む。
「応急処置は済ませたンマ!ただガワだけ直してるようなものだから無茶しないでほしいンマ!」「けんま、ありがとうな!」
けんまは"A.C."に生じたバグに応急処置を施す。グタンダに撃ち込まれた弾は爆発で掻き消されるも、カナチ達は屈する事なく撃ち込み続ける。
「しつこいな……」グタンダは花火玉程度の弾を取り出し、ウラニウムソードで次々と打ち、カナチ達の方へと飛ばす。
「千本ノックといくぞ。」"A.C."は飛んできた弾を打ち返そうと思っていたが、飛んできた弾はまるで近接信管が付いていたかのように"A.C."の眼前で炸裂する。
「大丈夫か!?」爆炎と煙が晴れた後、そこには"A.C."の姿は無かった。「当職は無敵だぞ。」
「キルスイッチで強制的にログアウトさせたンマ、"A.C."は死んでないンマ。」「最悪の事態は避けられたか……」
「まだ終わってないぞ。」グタンダは休む隙を与えず次々と弾を打つ。カナチ達とグタンダの間には双方から撃ち込まれた弾で弾幕が形成される。
カナチ達はグタンダの弾を回避しているものの、一般兵として呼び出されたサイバーエルフには高度なAIが搭載されていたり優秀なオペレーターが付いていたりしないため、少しずつ数が減っていく。
けんまも戦況を有利にしようとグタンダの解析状況を見る。(やっぱりスーパーコンピュータの概念実験機だと性能が足りないンマか?)
グタンダの解析に量子CPUをフル稼働しているものの、最新のプロテクトが使われているのもあってセキュリティの突破に手こずっていた。
他社もグタンダの解析をしているが、どこも結果を出せていなかった。
また、複数の解析機をネットワーク経由で接続して解析速度を上げる案もあったのだが、そのほとんどが開発に用いるコンピュータを使っており、企業秘密の流出を懸念して賛同しなかった。
また、これとは別にグタンダの接続元も監視していたのだが、全てがTorのIPであったため通信ログから解析出来そうな物はほとんど無かった。
だがけんまはログを流し読みした時に一箇所だけ混じっていた怪しいデータに気付く。(これ……もしかして?)
一見するとただの乱数と思われるデータだったのだが、けんまにはどこかで見覚えのあるデータだった。
けんまは急いで過去に取っていた通信ログを遡る。(あの時似たようなデータがあったはずンマね…… よく見たら……)
けんまのコンピュータの画面全体に大量のログが表示される。「あったンマ!やっぱり思った通りだったンマ!」
けんまは急遽解析班にメッセージを送る。"恐らく暗号化にメガ系列の会社が開発したアルゴリズムを使用している"
偶然の発見によりグタンダを暗号化しているアルゴリズムが一気に絞り込まれる。会社に居るエンジニアが一気に慌ただしくなる。
けんまは解析を他の社員に任せ、再びカナチ達のオペレートに戻る。グタンダは攻撃の手を緩めず、次々と弾を打ち出す。
グタンダに向けて撃たれた弾はグタンダが飛ばした弾に相殺されるか、グタンダに届いたとしても爆発で掻き消される。
「四方八方から囲んでもコレか…… 背中に目でもあるのか?」「そうとしてか思えないな。背面からの弾に対しても秒で反応してるからな。」
グタンダは死角など存在しないかのように全方位から飛んできた弾に対処する。「どうすればいいのですか……」
「暗号化を突破出来てもそこからまた分析が必要ンマ。僕の知識で支援出来るのはまだ後になるンマね。」
けんまが次の一手を考えていると、会社から復号化成功の連絡が入る。「もう終わったンマか……」
けんまは社員の仕事の早さに驚く。「新興企業のはずなのにやけに技術力が高くないか?」
「まぁ僕みたいな"変わり者"がいっぱい居るンマ。で、えーっと……」けんまは復号化されてデコンパイルされたグタンダのソースコードを読む。
「…やっぱりC7で書いてるンマね。C7用のデバッグAIに入れたらバグを見つけてくれそうンマ。でもどうしてあの暗号化方式を使ってたのか気になるンマが……」
けんまはデバッグ用のAIに指示を出した。けんまもソースコードを読み、脆弱性を探す。
グタンダはソースコードがデコンパイルされた事を知らず、攻撃を続ける。味方のサイバーエルフは少しずつ減っているが、戦況はカナチ達の方が有利になりつつある。
カナチはグタンダの様子を見ていたが、少し違和感を感じる。「なぁ山岡、アイツの爆発間隔、若干だが長くなってないか?」
「言われてみればそんな気もするな。誰かがオペレートでもしてるのか?」「今ソースコードを読んでるけど全部AIに投げる作りじゃないから誰かがオペレートしてると思うンマ。」
「という事はオペレーターが疲れてきたとか?」「可能性としてはありそうだな。」「なら物量作戦は有効って事ね。」
カナチ達は引き続き大量の弾で弾幕を作り続ける。グタンダの攻撃で消滅(デリート)されていたサイバーエルフもバックアップなどからの再起動が始まり、補充が行われだす。

「もうしつこいぞ!」グタンダは突如怒りだす。「まずい!一旦全員ログアウトするンマ!」
けんまからの呼びかけに応じ、カナチ達はログアウトする。直後、けんまが使っていたコンピュータの通信が強制切断される。
装置の中から出てきたカナチがけんまに問う。「一体何があったんだ?」「…アイツ、とんでもない規模のゼロデイ攻撃をしてきたンマ。」
「ゼロデイ攻撃?何だ?」「一言で言うなら対策が発見される前の脆弱性を使った攻撃ンマ。今回はルーターを強制停止したから僕達には被害が出てないンマが……」
一旦休憩しようとテレビをつけた山岡だったが、ニュース速報が表示されていた。"日本政府のサーバー全てにサイバー攻撃か"
この時他の人は誰がやったのか分からなかったが、カナチ達はこれがグタンダの仕業だと気付いた。
「なぁけんま、さっきゼロデイ攻撃って言ってたよな。何を使っていたんだ?」
「ソースコードを読んだ限りCPUのバグを使った攻撃ンマね。恐らく"Nuclear Missile"って呼ばれてるやつンマ。」
「…この間それの記事を読んだが確か今から10年前までのIntel製CPU全てにあるバグだったよな。」
「そうンマ。しかも発見されたのが先週末だから……」「3日程度だとまともに対策も出来ないって事か。」
けんまと山岡の話についていけないカナチ達。「で、例の脆弱性は海外でも知られてるのか?この手の事を一番してきそうなのはロシア辺りだが……」
「アメリカのハッカーの間では話題になってるンマ。ロシアの方は繋がりが無いからよく分からないンマが……」
「なら海外からの攻撃では……」「多分違うンマ。分析結果からすると日本語環境で構築された可能性が高いンマ。」「となると……」
「恐らく作ったのは"コシニズム"の連中ンマね。」「コシニズム?」初めて聞く単語に戸惑うカナチ。
「説明するンマ。コシニズムは日本で一番勢力のあるインターネット犯罪組織ンマ。」「犯罪組織ってか…… 頭領を捕まえれば解決するんじゃ?」
「それで解決してるなら今頃コシニズムなんてねぇよ。」「どういう事だ?」
「コシニズムは上下関係を持たない、いわゆる"集合意識"の集団ンマ。更に"特定される事を恥"としている教義がある集団故に他の構成員の本名を誰一人知らないのが基本ンマ。」
「お互いがお互いを知らない……」
「過去にアノニマスという集団が居たが、アイツらはハクティビズムという思想があったが、コシニズムにはそれが無い。面白いという理由だけでやってる上に誰も構成員を知らないから厄介なんだ。」
「かなり面倒な集団を敵に回してるな……」「で、通信ログの解析はどうだ?」「全部Torだから…… ん?」
けんまは1つだけ逆引きに特徴のあるIPを見つける。気になったけんまはルーターを再起動し逆引きを調べる。
「これは……」「どうした?」「接続元は"Fortress Hostings"になってるンマね。」「…コシニズム宗教自治区か。」
「おい待て、その2つをいきなり言われてもオレらは分からないぞ。」
「Fortress Hostingsはコシニズムの構成員であるコシナイトが設立した疑惑のあるサーバー会社ンマ。本社は中米のベリーズにあるから日本の警察も中々手が出せないンマ。」
「で、そのサーバーなんだが、名前通り要塞なんだ。どうもログをそこまで取ってないようでな……」
「ログが無いと警察も捕まえる事が出来ないから厄介ンマ。で、コシニズム宗教自治区はそこでホストされてるンマ。」
「ただIPだけだとコシニズム宗教自治区からの攻撃と決まった訳ではないだろ。」
「会社に情報収集目的で潜り込んでる人が居るンマ。その人に聞いたら何か分かると思うンマ。」「そんなとこに潜り込むって……」
「さっきも言った通りコシニズムはお互いの事をほぼ何も知らない匿名集団ンマ。情報収集目的で入っても誰にもバレないンマ。」
けんまは社員に電話をかける。

しばらくして通話を終えたけんまは報告する。
「内部資料からすると犯人はコシナイトで間違いないンマね。ただコシナイト同士のやり取りで主カラサワって単語が頻出してるのが気になったンマが……」
「まさか"あの"唐澤なのですか……?」「多分違うと思うンマ。僕は天才ハッカーとして有名な厚史だと思うンマ。あの人も唐澤姓だし。」
「そうだといいのですが……」電は不安を拭いきれなかった。唐澤が逃げ出した直後に今回の件があったため、どうしても関連性を否定する事が出来なかったからだ。
「とりあえず会社のエンジニアの一部が僕達と一緒にコシニズム宗教自治区に向かう事になったンマ。装置のエラーチェックが終わったら出陣したいけど大丈夫ンマ?」
「オレは大丈夫だ。皆は?」「大丈夫よ。」先程緊急離脱した"A.C."含め出陣する意志を示す。
「コシニズム宗教自治区は日本で一番自由な空間ンマ。何があるか分からないンマよ。」
「アルファに殺されそうになったのと比べたらそれほど怖くないぞ。」けんまは装置の簡易メンテナンスを行う。
「…さっきのゼロデイ攻撃は何とか防げてるンマね。会社のサーバーも仮復旧したみたいだし出陣出来るンマよ!」
全員が再び覚悟を決める。「システム起動、トランスミッションンマ!」カナチ達は先程と同じように電脳世界にダイブする。

「やっぱり視覚的に見ると結構悲惨ンマね……」カナチ達は先程のゼロデイ攻撃で大きな被害を受けているサーバーに出た。
サーバーの中ではサイバーエルフや大量のコンソール画面が修復を行っていた。
「見た感じ本当に応急処置だけして再起動した感じね。」「幸いカーネルが無事だったからどうにかなってるンマ。とりあえずコシニズム宗教自治区を目指すンマよ。」
カナチ達はサーバーの正面玄関から出る。「…外も結構悲惨だな。」会社のサーバーと同じように、グタンダの攻撃によって街並みは破壊されていた。
それぞれのサーバーを意味する建物には大穴が開けられた物もあり、被害が深刻だった事を思わせる。
「あそこまでダメージを受けてると0から環境を組み直したほうが早そうンマね……」
カナチ達は荒廃した街を通り抜け、一つの門の前に立つ。「まさかこんな大通りに構えてるとはな。」
「この先がコシニズム宗教自治区ンマ。ここから先は日本のネットワークから離れるから注意するンマよ。」
カナチ達が先に進むと大量の広告が迫ってくる。"神を崇拝せよ""神の死によって罪は償われる""百科事典を読め"などだ。
内容は宗教的な物とインターネット集団らしい物がほとんどを占めていた。
「…妙だな。インターネット犯罪組織のはずなのにポップカルチャー的な内容しか無いな。」
「それはコシニズムの表面的な部分ンマ。奥に行けば行くほど禍々しい物で溢れてるンマ。」
カナチ達は美少女やイケメンキャラが勧誘してくるのを無視して更に奥へと進む。進んでいる途中、巨大な百貨店のような施設があった。
「…妙にデカいな。ここは何だ?」「ここはコシナイトが使っている百科事典のサイトンマね。かなり大量のデータがあるからコシナイトが使っているサイトで最も大きなサイトンマ。」
「ならここにさっきのゼロデイ攻撃の情報も載ってそうだな。」「ここが速報サイト的な使われ方してるか分からないンマが載ってそうではあるンマね。」
山岡は後で確認出来るようにブックマークマーカーを置いた。「ブックマークマーカーがこんなに置かれているって事は使ってる人がかなり多いのね。」
百科事典に置かれていたブックマークマーカーに次々と飛んでくるサイバーエルフの数から規模の大きさが伺い知れた。

百科事典を通り過ぎると、じきに禍々しくなっていった。
「ここがコシナイトの本拠地ンマ。騒がなければ多分大丈夫ンマが、サイバー犯罪に慣れた人が多いから気をつけるンマよ。」
眼の前にはノイシュヴァンシュタイン城のような豪華な要塞があった。「ここがコシニズムの本拠地か……」
「これがコシニズムの中核を成す匿名掲示場のアイオス五反田駅前掲示板ンマね。」「何でその名前なの?」
「詳しくは知らないけどどうも今は昔のビルの名前を付けるのが流行りらしいンマ。」「よく分からないのですね……」
カナチ達が掲示板に入ると、無数の部屋があった。「ここは掲示板サイトだから部屋の1つ1つがスレッド(話題)ンマね。」
「…"ネット犯罪綜合"とかあるのか。」「コシナイトの一部はそういう事に強いから普通にあるンマね。」
この時けんまは気付いていなかったのだが、アイオス五反田駅前掲示板の管理人はカナチが侵入した事に気付いていた。
所変わって管理スレ。過激派コシナイトはカナチ達にどう対処するかを相談していた。
「主の跡を追って誰か来たようだぞ。」「確か主は東京に居たよな。」「東京の廃ビルに居る。ただどこでIPが漏れたのか……」
「主の装置は鯖のノードを入口にしてたよな。」「そもそもあの装置はTorを前提に作ってなかっただろ。」
「漏れたのはしゃーない、切り替えていく。論点はここからどう対処するかだな。」
「とりあえず唐澤砲でも撃っておくか?」「撃つ前にハッカー隊を動員しろ。相手には本職のデバッガーが居るとの情報がある。」
「すぐにどれだけ来るのか分からないがハッカー隊に要請をかけた。」「タイの政府鯖のバックドアを使って唐澤砲を仕込んでおいた。」
「ようやっとる、俺らは主を守るから砲兵は唐澤砲で、ハッカーはKRSWLockerで応戦してくれ。」

「――で、コシニズムの本拠地はここンマが指揮している……」「危ない!避けろ!」突然カナチ達に向けて一発のレーザー砲が放たれる。
「裁きを。」「裁きを。」特に何もしていなかったカナチ達だったが、警戒態勢のコシニテスに囲まれる。
「クソッ、察知されたか!」「どうやらウチらはアレと戦わんといけんようやな。」カナチ達は武器を構える。
「声なき声に力を。」コシナイトの一人がそう呟くと、他のコシナイトも一斉に襲いかかってくる。
「敵はおそらく数で圧倒するタイプや!とりあえず蹴散らすで!」「まずは私が!」六実は牽制として炎の矢を大量に放つ。
「私も援護します!」電も大量の電撃弾を放つ。矢と弾はコシニテスに着弾するも、数が全く減らない。
「山岡!」「おう!」カナチと山岡は音速まで加速し、次々とコシナイトを斬りつける。「やるしか無いわね…!」
座間子は氷龍を召喚し、コシナイトに向けて飛ばす。十七実は召喚された氷龍を盾に、次々とフォレストボムをバラ撒く。
「ウチもまとめて射抜いたるわ!」"A.C."は杖からレーザーを放つ。
カナチ達全員がコシナイトを次々と消滅(デリート)するも、一向に数が減らない。それどころか、戦闘開始時より数が増えている感じすらした。
「…どういう事だ!」「もしかして……」けんまは消滅(デリート)されたコシナイトのデータを解析する。「やっぱり……」
「何だ?」「コイツら、サイバーエルフに姿を似せただけのウィルスンマ!」「おい待て、サイバーエルフじゃないって事はコイツらの羽は?」
「どうも普通のサイバーエルフに見えるようにその辺を偽装しているみたいンマ。」「ウィルスって事は増殖も容易いって事ね。」
「そういう事ンマ。ウィルス故のカラクリンマね。」「でもこれだけの数はいくら倒してもキリが無いわ。一度に大量を倒す兵器って無いの?」
「今会社のデバッガーにサンプルを送ったところンマ。感覚的にクラッシュさせるバグはあると思うンマが、コード長的にAIで分析しないと短時間で見つけるのは難しいと思うンマ。」
「でも会社のコンピュータがさっきの攻撃でまともに動かないんじゃ……」
「一応故障時のために置いていた控えのワークステーションが数台あったからそれを使って分析するンマ。」
「とりあえず解析出来るまでコイツらの相手をしろって事か。」「やるしか無いのです…!」
カナチ達は解析の時間稼ぎのためにひたすらコシナイトを倒し続ける。先程のレーザーも撃ち込まれていたが、撃たれる度に詳細が明らかになっていく。
「レーザーの正体が解析出来たンマ!」けんまは解析結果を読み上げる。
「攻撃元は様々な国から、これはハッキングされたサーバーなどから撃たれてる可能性が高いンマ。目的は相手の計算資源を喰らい尽くして機能停止させる事みたいンマ。」
「アレに当たるだけで死が確定するのか……」
「今使ってる装置はまだ開発段階の物ンマ。安全装置がまだ未完成だからフリーズするだけでもどうなるか分からないンマ、だから絶対に避けるンマよ!」
「どっちにしろ元から喰らえそうな雰囲気じゃなさそうだったがな!」カナチ達は再び増え続けるコシナイトを相手する。

「――あともう少し……」けんまは会社のAIのコンソールを見ながらカナチ達が不利にならないようにオペレートし続ける。
そして15分くらい経った後、AIがついにコシナイトの解析を終え、脆弱性を突く1つのプログラムを生成した。
「AIが解析してくれたンマ!起動するから離れるンマよ!」
けんまがプログラムを実行すると、カナチ達からは会社のサーバーから超音速でICBMが飛んできたように見えた。
そして退避を終えたカナチの眼前で炸裂した。まるで核爆弾かのように。発生した衝撃波はコシナイトを一掃し、一部のコシナイトを残して殲滅した。
「凄まじい威力なのです……」一掃されて残ったコシナイトを分析したところ、ウィルスではなく通常のサイバーエルフだと判明した。
「恐らくアイツらがウィルスの司令官ンマ!アレを叩けばウィルスは湧かないと思うンマ!」
残ったコシナイトを倒そうとするカナチ達だったが、コシナイトも負けじとレーザーで反撃する。
コシナイトは再びウィルスを召喚して戦おうとするものの、先程のプログラムの影響で不発に終わる。
これまでの戦いで精神的に消耗しているカナチ達であったが、皆があと少しだと思ってコシナイトを撃破していた。

そして残されたコシナイトをすべて撃破したカナチ達。これでようやく終わったと思っていたが、突如として全身が動かなくなる。
「これは……」けんまが急いでサイバーエルフの状態を確認する。「マズい、クラッキングされてるンマ!」「クラッキングだと…?」
カナチ達のサイバーエルフがクラッキングされたのは、ウィルスとレーザーの解析に注力し過ぎて敵勢力全体の分析に遅れが生じたからであった。
幸いサイバーエルフ自体はプロテクトが掛かっていたため無事だったものの、敵のハッカー軍団は移動に関する制御権を乗っ取った。
ハッカー部隊のサイバーエルフがカナチ達の上に現れる。
「よう実働を倒したな。だが俺らの方が一枚上手だったようやな。ではお楽しみの処刑タイムといこうか。まずは……」
ハッカー部隊はカナチ達を見た後、六実と十七実を指差す。「お前らだ!」「なっ…!」「神の名において華々しく散るがよい!」
「間に合わないンマ!」コシナイトは先程のレーザーを六実と十七実に向けて放つ。けんまは最終手段としてキルスイッチを用いて二人を強制ログアウトさせる。
「これは愉快だ!さっきまで圧倒してた奴をこんなあっさりと退場させられるとはな!」「くっ…!」
カナチは必死に動こうとするも、クラッキングされた領域が広いからか、まるで金縛りのように体が動かない。
けんまは急いで会社のデバッガーにフォローを頼むも、ハッカー部隊は攻撃の手を緩めない。「次はお前だ!」レーザーは無惨にも"A.C."に向けて放たれる。
「すまん、離脱する!」"A.C."は攻撃の矛先が向けられた時点で今までの経験上やられる事を確信し、被害を最小限に抑えるべくログアウトする。
急いでデータの修復を試みるけんまだったが、完成まであと一歩のところでもう一発が放たれ、放たれた時には既に"A.C."はログアウトしていた。
「クソっ…!」「間に合わせだけどパッチが完成したンマ!」パッチが適用され、どうにか動けるようになったカナチ達。
「ほーん、もう突破したのか。面白くないな。でも次は――」「させるか!」
山岡は斬撃を飛ばし、次のプログラムを実行しようとしていたハッカーの腕ごとプログラムを破壊した。「覚えてろよ!」
ハッカーはプログラムが起動出来なくなったからなのか、早々と撤退した。「よくも同胞を…!」
先程のハッカーとは別のハッカーが出てきてカナチ達に反撃しようとする。

「そこまでナリよ。」「あ…主カラサワ様…!」「お前は…!」

なんと、そこに居たのは府中刑務所から脱獄した"あの"唐澤だった。「!!」電は唐澤を見た途端言葉を失う。
「コイツ…!!」カナチと山岡は槍のように鋭い殺意を唐澤に向ける。「そうピリピリしないでほしいナリよ。何故なら……」
唐澤はウラニウムソードを取り出す。それも一本だけでなく二本も。「この剣の前には誰も勝てないナリ!」
唐澤はウラニウムソードを光らせ、そのまま山岡を斬ろうとする。「くたばれ!!」山岡は次々と唐澤に向けて斬撃を飛ばす。
しかし唐澤はこれらを弾き飛ばして山岡に接近する。「法廷での借りはキッチリ返させてもらうナリよ。」そして唐澤と山岡は鍔迫り合いになる。
カナチは背後から唐澤を斬って抵抗しようとしたが、近づいたらウラニウムソードが放つ光にやられるため近づけなかった。
ウラニウムソードの光で身体がどんどんバグに蝕まれていく山岡。「山岡!これ以上は死んでしまうンマ!」
無念にも山岡はログアウトする。「さて……」唐澤の視点は電に向けられる。「あの時の続きナリよ。」
電はパニックを起こし、恐怖から狙いを定めずに電撃弾を次々と連射した。
唐澤が一気に接近すると同時にけんまが継戦不能と判断し、ログアウトさせる。
残されたのはカナチと座間子の二人。「ここでやられてたまるか!」カナチはピュシスフォームを起動し、ミサイルのように唐澤に突っ込む。
「無茶ンマ!」「無駄ナリよ。」唐澤は飛んできたカナチを蹴飛ばす。カナチはセイバーを地面に突き刺し、強引に姿勢を整える。
「落ち着いて、カナチさん!」「そうンマ!今あの光を無効化するプログラムを作っているとこンマ!」
「…何分稼げばいい?」「はっきりとは言えないけど推定5分ンマ。」「やってやる!」「頑張ります!」
残された二人は唐澤に近付かれぬよう、距離を取って次々と弾を放つ。唐澤は余裕を見せるかのように飛んできた弾をウラニウムソードで打ち返す。
元はカナチが放った弾も、ウラニウムソードの力によりバグを引き起こすプログラムが付与されるため、余計に避ける必要が生じる。
カナチと座間子は複雑な軌道を描いて避けつつも、負けじと弾を撃ち込み続ける。「デバッグ用プログラムが完成したンマ!」
けんまはグタンダの解析で得たプログラムを実行する。「これでウラニウムソードのバグを起こすプログラムが無効化出来るンマ!」
「よし、一気に攻めるぞ!」カナチと座間子は一気に間合いを詰める。
唐澤はウラミウムソードを光らせてカナチ達を追い払おうとするも、プログラムによって纏ったオーラが光を無力化する。
「前後から攻めるぞ!」「分かりました!」カナチは唐澤の後ろに回り込む。今まで不利だった戦況がカナチ達が有利になり始める。
座間子は槍をバトンのように振り回し、唐澤の防御を崩そうとする。
隙を見せた唐澤を背後から斬りかかろうとするカナチだったが、唐澤は奥の手と言わんばかりに大爆発を起こす。
一気に吹き飛ばされた二人だったが、ダメージは先程のプログラムがほぼ完全に無力化していた。
「被害軽微、まだいける!」カナチは正面から堂々と唐澤を斬りつけようとする。
カナチの流れるような連撃を唐澤はウラニウムソードで弾く事しか出来なかった。
防戦一方の状況に唐澤は焦っていた。(本当に最後の手段を使わないと勝てないナリね…… 麻原尊師から貰った力を解放する時ナリ!)
唐澤は渾身の力でカナチを振り払うと、座禅を組んで空中に浮かび上がる。
「我々はチームになりつつあります。声なき声に力を。」唐澤がそう言うと、周囲に居たコシナイト全員が「声なき声に力を。」と言い、光球を放った。
そしてその光球は唐澤の下に集まり、そして吸収される。「新しい時代を。」突如、唐澤は急加速してカナチに斬りかかる。
「何だ!?」カナチは唐澤の斬撃を防ぎきれず、吹き飛ばされる。力、スピード共にピュシスフォームのカナチと互角か、あるいはそれ以上になっていた。
「唐澤からの通信量が増えてる…… アイツ、コシナイトの力を吸収したみたいンマ!」「また厄介な事を!」
認識能力の限界を超えたスピードで戦う二人を座間子はただ眺める事しか出来なかった。
「けんまさん、私もあのスピードになったら…?」「座間子は多分経験が無いから脳が追いつかないと思うンマ……」
「やっぱり私じゃ駄目なのかしら……」「一応パッチ自体は10分あれば作れるンマ。ギャンブルになるけど使ってみるンマ?」
「…お願いするわ。間に合ったらの話だけど。」自ら戦力に加わりたい座間子を横目に、カナチと唐澤は激しい斬撃戦を繰り広げていた。
「けんま!弱体化パッチは作れないのか!?」「サイバーエルフの解析中だから今は無理ンマ!」
「クソっ!このスピードとパワーはどうにかならないのかよ!」「無茶言わないでほしいンマ!」
光の脅威は無くなったものの、ウラニウムソードの質量自体は無力化されていないため、純粋な攻撃力でカナチを斬り続ける。
力と質量合わさる事でカナチの防御を崩そうとする。
お互いが攻撃を避けられないように動きに緩急をつけており、唐澤の動きがゆっくりになった瞬間を狙って座間子はアイスジャベリンで応戦しようとする。
が、唐澤は素早い動きで回避するため、有効打にはならなかった。画面を凝視するけんまは解析に頭を悩ませていた。
(復号化は出来たけど変なライブラリの正体がよく分からないンマね……)
唐澤が使っているサイバーエルフはおそらくコシナイトが独自開発したであろう謎のライブラリによってRAMの中身が書き換わらないようになっていた。
会社のデバッガーもこのライブラリの解析を試みているものの、コシナイトが独自仕様を盛り込んだためか作りが特殊なため難航していた。
「普通あの装置を使ってるなら会社にあるデコンパイラでどうにかなるンマが……」けんまがそう呟くと、唐澤が通信を傍受したのか、けんまを煽る。
「当職の超越神力に敵う者など居ないナリよ。」(超越神力…?コイツ何を言ってるンマ?)
けんまは何を言っているのか分からなかったのだが、偶然コシニズムにスパイとして潜り込んでいた社員が気付き、メッセージを共有した。
"恐らく唐澤は自身の超能力かなにかで配下のプログラマーの能力をブーストしてるかも 全く訳の分からない話なのは承知なのだが、コシニズムの成り立ちが唐澤の超能力のファン集団らしいから可能性はある"
けんまを含めた他の社員はこの話を信じる事が出来なかった。超能力など存在しないという論文があるのを知っていたからだ。
"仮に超能力説が本物だとしても言語を0から組むのは現実的ではないはず"けんまはそうメッセージを送り、再び解析に戻る。
カナチは未だパワーアップした唐澤に対して優位性を取れず、どうにかしてその場を凌いでいた。
カナチを見守る座間子だったが、ふと見覚えのある影が視界を横切った。「あら…?」
座間子は追いかけようとしたが、次の瞬間カナチが吹き飛んできたのでこれを受け止めた。「クソッ、力負けしてる!」
カナチはすぐに体勢を戻し、再び唐澤を斬ろうとする。座間子が視線を戻すとそこには誰も居なかった。
そしてそのすぐ後、けんまに新しい情報が入る。「ンマ?」そこにはコシニズム内部に潜入して得られた情報が書かれていた。
その情報によると、唐澤が使っていたライブラリはC7ではなく、既にレガシー言語になっていたGoで書かれているらしい。
「Go…… 聞いた事無いンマね……」それもそのはずである。Goの最終アップデートは今から50年近く昔であり、既に使う人が居なかったからである。
当然社員全員もGoのプログラミングについて誰一人知らなかった。

社長一人を除いて。

社長はGoと聞くと、とっくに消滅していたGoの仕様書をどこからともなく用意してきた。「へ…?何でこんなのがすぐに出てくるンマ…?」
仕様書が共有されたかと思えば、バイナリからデコンパイルされたライブラリのソースコードが次々と明らかになっていく。
「これが超越神力とパワーアップの正体と見ていいンマか…?」けんまは光を無力化するために使った唐澤の解析結果と照らし合わせ、パワーアップを検証する。
(確かにこのライブラリ呼び出しを使うと他のサイバーエルフの変数を変更出来るンマね…)
サイバーエルフ自体のメモリ保護自体もこのライブラリでしっかり行われてるのと同時に特定の手順を踏めば容易にパワーアップ出来るようになっていた。
「カナチ、唐澤のパワーアップの理屈が分かったンマ!後は脆弱性が見つかれば弱体化パッチを作れるンマ!」
けんまはカナチに解析が出来た事を伝えたが、ここで2つの問題が生じる。
まずAIにGoのデータが無く、光を無力化した時と同じようにAIを用いて強引に脆弱性を探す事が出来ないのと、Go自体を理解している社員が社長のみという事であった。
しかし社長の知識と過去に公開されていた脆弱性のデータベースの記載から、わずか15分で脆弱性を使ってRAMの内容を書き換えるプログラムが作られた。
確かに最終アップデートから50年近く経ち、なおかつ一定の利用者が居た言語ならば、IPAが使用中止を呼びかけるようなバグの1つや2つがあってもおかしくない。
けんまは勝ちに行くため、コマンドプラインでプログラムに指示を出す。「カナチ!今助けるンマ!」
唐澤の周りにオーラが纏わりつく。「こっちのパッチも完成したンマよ!」けんまは座間子に強化パッチを当てる。
「これでスピードに関しては唐澤に追いつけるはずンマ!」座間子は槍を強く握り、唐澤に向けて突っ込む。
唐澤は座間子の攻撃を弾こうとするも、まるで腕に力が入らないように押し切られる。「ナリッ!?」唐澤の秘策が崩れ落ちる。
戦況は一気にカナチ達が有利になる。「これで終わると思うなナリよ!」唐澤は再びコシナイトの力を集めようとする。
「させないンマ!」けんまは急いで妨害する。唐澤が吸収しようとした力の一部は霧散し、先程の半分程度しか吸収出来なかった。
唐澤は二人を斬ろうとするも、二人は連携して攻撃を捌く。座間子が巧みな槍裁きで攻撃をいなし、カナチが唐澤に有効打を与える。
唐澤は徐々に押されていき、追い詰められる。(このままだと死んでしまうナリ……)唐澤は負けそうになりつつも必死に考える。
(そうだ、アレを使うナリ!)突然何かを思いつく唐澤。「ではさよなら法政二中。」そう言うと突如後方に離脱する唐澤。
「危ない!後ろから何か来るンマ!」カナチが後ろを振り向くと、座間子が唐澤が放った黒い槍状のエネルギーに貫かれていた。
「がはっ…!!」「座間子!!」サイバーエルフ本体が貫かれ、キルスイッチの起動と同時にデータがバグに蝕まれ、崩壊する。
キルスイッチの効果で最悪の事態は逃れたものの、あまりのダメージに装置の中で気絶する座間子。
(流石に妨害されたから二人を一気に倒すのは無理があったナリか……)「よくも……よくも…!!」
カナチは怒りで肩が震える。「これで一対一ナリね。では早速さっきの続きを――」
唐澤がカナチに剣を向け、再び斬ろうとしたが唐澤の身体は微動だにしなかった。
唐澤は直感でこれがハッキングによる物だと分かり、ハッカー隊に命令を出す。
「ハッカー隊、早く当職が動けるようにするナリ!」「か…唐澤様、無理です!管理用コンソールが乗っ取られました!」「ナリっ!?」
唐澤の周囲には大量の管理用コンソールが現れる。けんまは何があったのかをカナチを通じて調べた。
(このプログラムの電子署名……)コシナイトのサーバーに展開されたプログラムには見覚えのある署名が使われていた。(会社で使っている物と同じンマ……)
使われたプログラムはシステムを欺くために署名を使っていたのだが、その署名が社員が発見した未公開のバグを引き起こす署名だった。
実はコシニズム宗教自治区が使っているサーバーOSには特定の署名を使うとかなり遠回しではあるが任意コード実行が出来るバグが存在しており、会社ではそのバグの検証が行われていた。
そしてそのプログラムの幾つかをデコンパイルする事に成功していたのだが、書き方の癖から社長が書いたコードである事が分かった。
「当職は怒っているナリ!早く戻すナリ!」唐澤は何も出来ないハッカー部隊に怒鳴り散らしていた。
だが時間が経つにつれコシナイトが出来る事が減っていく。
サーバープログラムの脆弱性から始まり、OSと続き、最後にはCPUの脆弱性の攻撃へと切り替わっていく。
もはやここまで来るとコシナイトでは対処出来ない程のハッキングとなっていた。
ハッカーは負けを認めた事を主である唐澤に伝えようとしたが、その通信すら遮られた。
コンソールから次々と飛び出る鎖に拘束される唐澤。「カナチ、今ンマ!」「うおおおおおおおお!!!」
カナチのセイバーは即席のパッチで先程唐澤が放ったエネルギーに似た黒いオーラを纏う。「とどめだ!」

カナチはセイバーを振り抜いたと思ったが、手にはセイバーを握っている感覚が無かった。
「その力は当職の超越神力由来ナリ。当職には効かないナリよ。」「!!」
唐澤はカナチが使っていたセイバーの力を吸収し、その力で唐澤を縛っていた鎖を引きちぎった。
デバッガーが総出で唐澤を拘束しようとするも、セイバーから得た力で次々と弾き返す。「お返しナリよ!」
唐澤はカナチに向けて再び槍状のエネルギーを放つ。カナチは瞬発力で避けようとしたものの、弾速が速く右腕を持っていかれる。
「カナチ!!」右腕のデータは崩壊し、武器を持てなくなっていた。「さて、いつまで耐えられるナリかな?」
唐澤は次々とエネルギーを放つ。崩壊の進むデータに気遣いながらカナチは避けるしか無かった。
デバッガーの支援は続いていたものの、唐澤の抵抗が激しく、戦況を再びカナチ有利にする事は難しかった。
データの崩壊が肩まで進む。これ以上無理だと思っていたカナチだったが、突如唐澤が背後から伸びる白い鎖に縛られた。
「本職エンジニアを舐めないでほしいンマ!」けんまはありったけの知識と技術を総動員し、ソースコードを急いで書き上げて唐澤の動きに干渉する。
「カナチ!社長が新しい剣を用意してくれてるンマ!」「剣を用意するって…… 左で扱えってのか!?」「右で振るンマ!」
「何を無茶な事を……」カナチが文句を言おうとした途端、失った右腕にデータが適用されて形作られていく。
"Battle Data - Loading [Sword][Wide Sword][Long Sword] - Advanced Code [Dream Sword] Ready..."
合成音声が聞こえたかと思えば、右腕が巨大なソードに変化していた。「これはセイバーよりも強力ンマよ!」
唐澤はどうにかして拘束を解こうとしていたが、未だ解けていなかった。「今度こそ終わりだ!!」
巨大なソードで斬られた唐澤の頭は宙を舞い、データが一気に崩壊した。
「まだ……まだ終わ……」唐澤が何か言ったが、ノイズが酷く、何を言っているのか分からなかった。
「やっと終わったか……」カナチは電脳世界からログアウトする。

装置から出てきたカナチはかなり疲弊していた。「疲れたからもう寝ていいか?」「大丈夫ンマ、お疲れ様ンマ。」
カナチは布団に入り、そのまま眠りについた。「ちょっと頭を使い過ぎたンマね……」
けんまはソファーに横たわり、社内SNSを見る。"作戦完了、突然の仕事ご苦労だった""脆弱性データベース、ああいう使い方する物だっけ?"
今回の作戦に参加した社員が各々に感想などを書いていた。(僕も寝るンマ……)けんまも疲れていたのでそのまま寝る事にした。

そして1時間半くらい経った後、けんまは通知のバイブレーションで目が覚める。(ちょっと寝過ぎたンマ……)
けんまは寝ぼけ眼で通知を確認する。「…ンマっ!?」通知の内容で一瞬で目が覚める。
詳細は把握されていないものの、社内SNSでコシナイト製ウィルスが発電所等のインフラ設備を中心に大規模な感染が確認されたからだ。
同時にDMでそのウィルスを簡易的ではあるが駆除するためのプログラムが送られてきた。
その起動方法なのだが、装置を使ってウィルスに接触し、コアを破壊した後にプログラムを実行するといった物だった。
けんまはカナチを起こそうとしに行ったところ、ちょうどカナチが起きて部屋から出てきた。
「カナチ…!」「どうした?」けんまはカナチに社内SNSを見せる。「何だ…?」「コシニズムの連中、まだ何か隠してたンマ……」
「で、オレはどうしたらいいんだ?」けんまはカナチに次の作戦を伝える。「…なるほどな、またアレを使えってか。会社の連中も無茶を言うもんだな。」
「仕方ないンマ。今は時間が無いンマ。」「どのくらいなんだ?」「おそらく1時間半ンマ。最優先は核融合発電所ンマね。」
「…そう言うって事は相当面倒な事になってるな。」「日本の生活インフラの8割以上に影響が出てるンマ。」
「他のメンバーで行ける奴は居るのか?」「被害状況的に動けるメンバーは"A.C."くらいンマ。電はデータ自体は無事だけど…」
「アレを見た後だから休ませておいたほうが良いと。」「そういう事になるンマ。」
「連れて行けるのは"A.C."だから分散して叩くか?」「手分けして行くよりリソース管理の観点から同一目標に向けて動いたほうが良いと思うンマ。」
「分かった。で、セイバーと右腕のデータってどうなった?」「一応バックアップから復元してあるンマ。」
「よし、"A.C."にも話を通してくれ。オレは先に出撃準備をする。」「分かったンマ。」
けんまは"A.C."に作戦の説明に行った。(さて、インフラ設備が狙われてるって言ってたな。規模がどれくらいなのだろうか……)

5分くらいして、"A.C."も準備を終えた。「さっきと同様かなり過酷な戦いになると思うンマ。無理はしないでほしいンマよ!」
「「了解!」」二人は再び電脳世界にダイブした。

「まずは首都圏の電力を確保するために銚子発電所に向かうンマ。今ある情報だとコシニズム宗教自治区からバックドアを使って侵入しているみたいンマ。」
「セキュリティソフトに弾かれない事を祈るしか無いな。」「その辺は社長がどうにかしてくれると思うンマが……」
「とりあえずコシニズム宗教自治区にまた向かえばええんやな。」カナチと"A.C."は再びインターネットを通り、コシニズム宗教自治区に向かう。
先程の戦闘で唐澤が倒されたからか、さっきのような活気が無かった。「この短時間でこんな変わるモンなんか……」
「Wikiの勢いが見るからに違うからな……」「目当ての物があるのは更に奥、最深部にあるグタンダ共和国掲示板らしいンマ。」
「さっきとは別のとこか。」「アイオス五反田駅前掲示板は外部の人が見る前提らしいンマが、こっちは完全にコシナイトしか使わない掲示板ンマ。」
「となると、さっきよりやべー奴があるって訳か。」「又聞きだけどクラッキングで流出したカード情報なんかを扱ってるらしいンマ。」
「マジの犯罪フォーラムじゃねぇか……」「さっきの戦いでかなり戦力が減ってると思うンマが、一応気をつけてほしいンマ。」
「さっきみたいにレーザーを避けながら戦うのはゴメンやで。」二人は荒廃したアイオス五反田駅前掲示板を通り抜ける。
掲示板の中は先程の戦闘の傷跡が修復されずに残っていた。「ロビーにグタンダ共和国へのリンクがあるンマ。そこから飛べるはずンマよ。」
ロビーに行こうとすると何人かのコシナイトが居たが、二人を見た途端逃げ出した。「…暴れすぎたか?」「さぁ……」
ロビーは比較的損害が少なく、コシナイトが普段使うサイトへのリンクが生きていた。「これがグタンダ共和国へのリンクになるンマね。」
リンクは禍々しく装飾され、一目見ただけで闇の掲示板だという事が分かった。カナチ達はリンクを使ってグタンダ共和国掲示板に飛ぶ。

グタンダ共和国掲示板は被害こそ無かったものの、カナチ達が戦っていた頃を境に活気が無くなった痕跡があった。
「やっぱあの闘いでここの連中も出てたみたいやな。」「気をつけろ、不意打ちがあるかもしれないぞ。」
二人は警戒を解かずにカラッキング路線綜合と書かれたスレッドに入る。「…これが侵入経路か。」
中には多数の裏口(バックドア)が設置されていた。
「ウィルスと同じ侵入経路を使う関係上この先は安全が確保出来ないンマ。」「ウィルスと同じく"駆除"される可能性があるのか。」
「正直あんまり使いたくないんだけど、アンチウィルスソフトを止めるウィルスが今手元にあるンマ。ソフトと噛み合うかは分からないンマが……」
「どうしてそんな物を……」「社長が開発の検証に使ってたウィルスらしいンマ。ただ中身は本物だから非常用の保険にはなりそうンマ。」
「動作未確認だから極力自力でアンチウィルスに対抗する必要があるんか。」「そういう事になるンマ。」
「…なら覚悟を決めたほうがいいな。」「ウチは腹括った、もう戻れない事は承知しとるで。」
「オレも大丈夫だ、どうにでもなる事を信じてる。」「…よし、作戦開始ンマ。」
カナチと"A.C."は銚子核融合発電所への攻撃に使われた裏口(バックドア)に入った。

飛んだ先のサーバーでは、ウィルスが暴れ回った後だからか、広範囲でデータに異常が出ていた。
「被害的にどういうタイプのウィルスか分かるか?」けんまは二人を通じて周囲の情報を集める。
「…恐らくランサムウェアの挙動ンマね。」「また厄介な物が使われたんか……」
カナチが周囲を見渡すと、遠くから何かが飛んでくるのが見えた。「危ない、避けろ!」
二人は瞬時に飛び退き、飛んできた投げ槍をかわす。「アンチウィルスのお出ましってか。」
「アンチウィルスには自動再起動機能があるンマ、手を出すだけ無駄になるンマよ!」
「とりあえずアレをどうにかしつつウィルスのコアを見つければいいんだな!」
二人はサーバー内を飛び回りながらウィルスのコアを探す。同時にサーバーを管理しているエンジニアから悲痛の声が上がる。
「主任、また不正アクセスがありました!」「アンチウィルスはどうした?」「こちらの防御策をすり抜けているため機能しません!」
彼らにはサーバーを止めて対処するといった選択肢は無かった。今ここで止めると辛うじて動いている発電所までを止める事になるからである。
故にシステムを稼働させたまま対処するしか無かった。「冗長性を確保しててもこうなるとはな……」主任も頭を抱えて次の一手を考えていた。
そして二人は遂にウィルスのコアを見つける。「コイツがランサムウェアのコア……」「コレを破壊したらデータは戻るんか?」
「いや、止まるのはデータの暗号化部分だけンマ。戻すには別のプログラムが必要になるンマが今は無いンマ……」
「破壊しただけで終わらないってのが面倒だな……」
「今確保出来たデータを会社に送ったンマ。正直解析するのにAIをフル活用しても1時間以上掛かりそうだからあんまり期待出来ないンマが……」
「もっと早い方法があればいいんだけどな……」「ウィルスの設計図(ソースコード)があれば15分程度で作れそうンマが……」
「無い物をねだっても無駄だな。ひとまずアレを破壊するぞ!」「了解、挟み撃ちにするぞ!」
"A.C."は素早くコアの裏に回る。「感覚的にアンチウィルスは3秒周期で攻撃してるはずや!その間を狙うぞ!」
"A.C."は戦場で磨かれた感覚でアンチウィルスの挙動を見抜く。「効果あるかは分からんが……」
"A.C."はアンチウィスルに向けてショットガンアイスを放つ。
アンチウィルス本体はAIが組み込まれており、攻撃を解析する能力を持っているものの、他のファイルへの影響を防ぐためか、攻撃を回避する能力は然程高くなかった。
「アンチウィルスを止めたで!今のうちに叩くぞ!」"A.C."の合図と共に勢いよく斬りかかるカナチ。
ウィルスのコアは抵抗する事無く破壊される。ウィルスが活動を止めたと同時に再びアンチウィルスが動き出す。
「復号化のほうはどないするんや!」「解析がまだ終わらないンマ!」

「主任、これ……」エンジニアは主任に不可解な挙動を見せる。「ウィルスの動きが止まった…?アンチウィルスが効いたのか?」
「それはまだ分からないですが……」「とりあえずバックアップを確認しろ。物理的に別だから大丈夫だろ。」「了解です。」
エンジニアはシステムのバックアップから復元する事にした。

所変わってグタンダ共和国掲示板。ゴーストタウンと化したサイトを自動で巡回しているプログラムがあった。
何者かが知られぬよう、コシニズムと同じローブを被り、掲示板にあるリンクを転々としながら何かを探していた。
そして何かを見つけた後、そのデータを外部に送信してその場を去った。

「ここのランサムウェアは止めたが、次はどうするんだ?」「とりあえず駆除するンマ。今のままだといつ再起動するか分からないンマ。」
「分かった。で、オレは何をすればいいんだ?」「ひとまずこのランチャーをぶっ放すンマ。」
けんまはカナチにランチャー型のプログラムを送信する。「ただぶっ放すだけでいいのか?」
「すぐに全体に効くプログラムみたいだから特別狙う必要は無いンマ。」カナチは言われた通りランチャーをぶっ放す。
弾はすぐに炸裂し、衝撃波が通り過ぎる。「これでここのシステムでさっきのランサムウェアが再起動する事は無いンマ。で……」
けんまはカナチを通じてサーバーの様子を調べる。「多分9割バックアップは残ってそうンマね。データの差し替え作業が始まってるンマ。」
「という事はウチらはここに残る理由は無いと。」「そういう事ンマ。一度掲示板に戻るンマよ。」
二人はけんまが設置したブックマークマーカーを使って銚子核融合発電所を後にした。
「さて次は……」けんまは次に行く場所を考えていたが、何者かが物色していたであろう痕跡を見つける。
「どうした?」「いや、ちょっと気になる事があったンマから……」「?」「ウチも何か分からんが……」
「…やっぱり気のせいンマ?」「それより、次はどうするんだ?」「そうンマね、舞鶴核融合発電所が次の対象になるンマ。」
「関西圏の電力復旧か。」「そういう事になるンマね。」二人は裏口(バックドア)から舞鶴核融合発電所に向かった。

「うわ……」けんまはサーバーに入った瞬間被害の大きさに驚いた。
「こっちはほぼ全てのファイルがやられた後みたいンマね…… OS以外ほぼ全部やられてるンマ。」
「必要最低限を残して他はやられた感じか。」「そういう事ンマね。」「という事はアンチウィルスも止まってるのか?」
「確認してみるンマ。」けんまはサーバーの様子を探る。「どうもアンチウィルスのコアもやられてるンマね。」
「一応はアンチウィルスの事は考えなくてもいい訳か。」「ただ……」けんまが何か言おうとしたところ"A.C."が遮る。
「カナチ!跳べ!」背後から大砲の弾が飛んでくる。二人は跳んでこれを避ける。「何だ…!?」
「さっきのランサムウェアンマね。」「アンチウィルスの次はアイツかよ!」
「多分自動再起動は無いと思うンマ!コアを狙うンマ!」「無茶言うな!」二人は次々と飛んでくる攻撃を避ける。
「けんま!ウィルスは使えないのか!?」「アレはアンチウィルス用ンマ!ランサムウェアには使えそうにないンマ!」
「クソっ!」二人はどうにかして攻撃を避けつつもコアに近づく方法を模索していた。

「カナチ!分かったで!」"A.C."がランサムウェアの挙動に気付く。「3発×5セットで2秒や!その後3秒のリロードタイムがあるわ!」
そう言われてカナチもランサムウェアの挙動に注目すると、ちゃんと5秒周期で動いているのが分かった。
「ホーミング性能は大して高くない!動き続ければ当たらんで!」カナチは"A.C."の言葉を信じ、ジグザグに動きながらコアに接近しようとする。
ランサムウェアが放った弾は着弾点にあったデータを暗号化していく。「コアを前後から斬るぞ!」二人は立体的に動き、コアを前後から挟み撃ちにする。
「とどめだ――」

二人がコアを斬ろうとした瞬間、想定されていないタイミングで弾が放たれ、"A.C."が被弾してしまう。
被弾した"A.C."はデータが次々と暗号化されていき、人としての形を失っていく。カナチはコアを斬り落としたが、砲撃を止める事は出来なかった。
暗号化されていく"A.C."を見てカナチは絶句する。「どうするんだよこれ……」
"A.C."が入っている装置は稼働を続けているものの、強制ログアウトするとどうなるのか分からなかった。
「とりあえずアレを止めないと……」カナチは表情を失いながらも、ランサムウェアを駆除するためのランチャーを放つ。
モニターの前で顔面蒼白になるけんま。けんまは無意識にキーボードを叩いていたものの、その内容は復号化プログラムではなかった。
「…しっかりしろ、けんま。」カナチに言われて正気に戻るけんま。「まだ死んでないんだよな?」
「作りかけの物とは言えど装置に組み込まれている安全装置は一応機能しているみたいンマ。」
「生きてるって事はまだ出来る事があるよな。復号化の手立ては見つかりそうか?」「それは……」
けんまは言葉に詰まるも、社員に向けたメッセージが来ている事に気付く。「…ンマ?」
メッセージの内容を見ると、そこにはランサムウェアの物らしきソースコードが公開されていた。
「もしかしたら……」「手がかりはあったのか?」「カナチ!20分程一人で作戦を続行してほしいンマ!」
「一人でか…… まぁやってやる!」カナチは一人でグタンダ共和国掲示板に戻る。(さて、次は……)
コシナイトが攻撃の対象選定に使ったと思わしき物を見つける。(…次は柏崎だな。)
カナチは一人柏崎核融合発電所に向かった。

柏崎核融合発電所は被害が比較的軽微であり、ランサムウェアとエンジニアの戦いが激化していた。
当然エンジニアは攻撃を警戒していたため、不正アクセスで侵入したカナチを迎撃する。
エンジニア・アンチウィルス・ランサムウェアの3者から同時に攻撃を受けるカナチ。
「けんま!例のウィルスを使ってくれ!敵が多すぎる!」「分かったンマ!」けんまは秘密兵器を起動する。
けんまが放ったウィルスは様々なサーバーを経由し、カナチが居る柏崎核融合発電所のサーバーに向けて攻撃する。
カナチの目にはどこかから放たれたレーザーがアンチウィルスを片っ端から焼き払うように見えた。
「岡本課長!アンチウィルスが止められました!恐らく新手のウィルスです!」「アンチウィルスが止まった……」
「まさかTorネットワークを経由して自動的に脆弱性を識別する機能があるとは思わなかったンマ……」
「え…?」「僕はカナチを通じてデータを集めてからパラメータを調整する必要があると思ってたンマ。それすら自動化されてるンマ。」
「技術的にはよく分からなかったが凄い物なのか?」「完全に今回の作戦用に最適化されてるとしか思えないンマ。」
「相当ヤバそうな代物だな……」「とりあえずアンチウィルスは止まったンマ、今のうちにコアを叩くンマ!」
けんまは作業に戻り、カナチは一人でコアの破壊に挑む。不意に飛んでくるエンジニアの攻撃を避け、5秒周期で動くランサムウェアの攻撃を見切る。
まるで立体的な檻に閉じ込められたかのように攻撃が続いていたが、カナチはこれらの隙間をすり抜けるようにランサムウェアのコアへと迫る。
「そこだ!」狙いすました一撃はコアの中心を突く。そして地面に向かって落ちている間にランチャーを構え、プログラムを実行する。
「離脱する!」カナチは次の攻撃対象にされる前にブックマークマーカーを使い、柏崎核融合発電所を後にする。
(さっきのとこで10分くらいか…… 後もう一箇所を回るくらいでちょうどいい時間になるか?)
カナチは被害が確認された施設のリストを見る。
(…石狩核融合発電所でひとまず核融合発電所は全部か。これが終われば次は地熱発電所か?)
カナチは再び裏口(バックドア)から発電所へと飛んだ。

(さて、状況は…… 最悪だな。)石狩核融合発電所は舞鶴核融合発電所並に被害が甚大であり、制御用コンピュータとしての機能は喪失していた。
エンジニア達は度重なる攻撃で疲弊しきっており、ログインしているだけの状態となっていた。
無防備なサーバーに対して依然攻撃を続けるランサムウェア。
ランサムウェアは暗号化されていないデータであるカナチを検出し、暗号化しようと攻撃を始める。
「潰す!」カナチは一人ランサムウェアに立ち向かう。次々と放たれるランサムウェアの攻撃。
だが今までの経験から何となくランサムウェアが何をしてくるのかを感覚的に把握出来るようになっていた。
5秒を1サイクルとして放たれる攻撃、攻撃時に居た位置を狙う単純なAI、そして自らはあまり動かないといった弱点が見えていた。
立体的な移動で少しずつコアとの距離を詰める。
時折想定外の攻撃をしてきて距離を取らざるを得ない状況もあったが、所詮はプログラムであり、よく観察していくとどのタイミングで攻撃が放たれるかが分かってきた。
(なるほどな、一定距離に入った時にクイックターンで強引に避けようとすると追撃される感じか。要は分からん殺しだな。)
そしてカナチは試行しているうちにこの攻撃を出し続けると攻撃間隔が僅かではあるが長くなる事に気付く。
(…もしかして上手い事使えば処理落ちが狙えるのでは?)
本来迎撃する存在であるエンジニアが打つ手も無く疲れ切っているのか何もしてこないため、好き放題動けているからこそ気付けた弱点である。
次々とクイックターンを繰り出し、ランサムウェアに計算資源を浪費させていく。
攻撃の間隔は数ミリ秒ずつ延びていき、しばらく繰り返していくと遅延が1秒程にまで延びた。(よし、今だ!)
カナチは急加速し、4秒という僅かな隙を突いて一気に接近してコアを斬り落とす。
「…これで終わりか。」カナチはランチャーを放ち、ランサムウェアの再起動を封じる。
「けんま、状況はどうだ?」「…たった今社員の協力もあって復号化プログラムが完成したンマ!」
「これで何とかなりそうだな。」「とりあえず"A.C."のデータに適用するンマ。」
カナチは一旦石狩核融合発電所を後にし、"A.C."が居る場所へ戻る。
"A.C."のデータは暗号化され、人としての形を残していなかったが、今は復号化プログラムがある。
カナチは復号化プログラムとして、拳銃型のプログラムを渡される。「これが完成したプログラムンマ。恐らくこれで大丈夫だと思うンマが……」
カナチは"A.C."のデータに向けてプログラムを起動する。「…何も起こらないが。」「暗号化フレーズの特定には30秒ほど掛かるンマ。」
そして1分程待つと、暗号化されたデータの復号化が始まり、徐々にデータが再構築されていく。
「おぉ……」「成功したンマね。」「…どうしたんだ?」「暗号化されている間の記憶は無いのか。」
「…あぁ、そういやランサムウェアの攻撃を喰らって……」
「一度全体が暗号化されたンマが、復号化プログラムが完成して今に至るンマ。これで暗号化されたデータも元に戻せるようになったンマよ。」
「となるとこれでウチら有利になったって事か。」「そうンマ。ここから先はランサムウェアを無効化しつつデータを復号化していくンマよ!」
「了解、まずはここを復号化していくぞ!」カナチと"A.C."は復号化プログラムを手にし、暗号化されていた舞鶴核融合発電所のシステムを復旧していく。
「アンチウィルスは最後に復旧するンマ!さもないとまた狙われるンマよ!」「そんな事言われたってどれか分からねぇよ!」
「このサーバーだと…… 今のカナチから10時の方向にあるあの山がアンチウィルスのコアっぽいンマ!」「分かった!」
次々と復号化されていくデータ。「アンチウィルスを復号化した!離脱するぞ!」「了解!」二人は舞鶴核融合発電所を後にする。
舞鶴核融合発電所の担当エンジニア達は復旧が難しいこの惨状を関西電力にどう報告すべきか考えていたが、一人がシステムが再稼働している事に気付く。
「何があったんだ…?」「ログを見る限り外部の侵入者が復旧したとしか思えないが……」「これをどう説明すべきか……」

二人はグタンダ共和国掲示板に戻る。「関西圏のメイン電源は復旧したンマ。これで効果の実証は出来たンマね。」
「まさかこんな短時間で解決出来るとはな……」「AIをフル活用してるから何とかなってるンマ。AIが無いと思うと……」
「想像したくもないな。」「とにかく作戦を継続するぞ。残された時間でどうにかしないとな。」
「そうンマね。残された時間は伸びてるとはいえ大体30分ンマ。」「あんまり余裕が無いな……」
「ここはもう手分けして叩いた方がええな。」「そうなるンマね。カナチは電力設備を、"A.C."は水道設備を任せるンマ。ただ正直僕一人で二人ともオペレート出来るかは不安だけど……」
「安心しな、ウチらは歴戦の強者や、一人だけでも作戦を遂行出来るで。」「あぁ、さっきみたいに一人でも大丈夫だ。残された時間が少ないから早いとこインフラを復旧させないとな。」
「…分かったンマ。僕も弱音吐いてる場合じゃないンマね。」「じゃ、作戦開始やね。」
カナチは柏崎核融合発電所に、"A.C."は大山浄水場へと飛んだ。

(さて……)カナチは再び柏崎核融合発電所の地に立つ。(ランサムウェアは潰したが、ここにはエンジニアが居るからそれをかいくぐって復旧させないといけないんだよな。)
カナチはエンジニアが使っているサイバーエルフに見つからないように行動を起こす。
エンジニアはランサムウェアの攻撃が止まったといえど、まだ攻撃があるかもしれないと警戒を続けていた。
まるでステルスミッションかのようにカナチは暗号化されたデータを次々と復号化していく。
最後のデータを復号化しようとした際にチーフエンジニアに見つかってしまったものの、プログラムを起動して即座に撤退した。

"A.C."が居る大山浄水場はランサムウェアがアンチウィルスを止めるといった被害が出ていた。
「コアの位置は分かるか?」「3時の方向に反応があるンマ。ただエンジニアのサイバーエルフもたくさん居るンマよ。」
「ならスピードに物言わせて最短経路を突っ切って行ったほうが早いか。」「あんまりそれはオススメ出来ないンマね。」「どうしてだ?」
「実はあのランサムウェアはカナチが言うにはある程度近づいてクイックターンで攻撃を避けると追加で攻撃してくるみたいンマ。」
「なら別の手段があるといいが……」次の一手を考えていたところ、けんまにメールが届く。
「丁度いいタイミングで来たンマね。」「何だ?」
「実はコシナイトが潜入した時にターゲットにされないプログラムを使ってそうな痕跡があったからそれを再現してもらってたンマ。」
「要は味方と偽装するってやつって事か。」「そういう事ンマね。恐らくコシナイトが実証実験する時のプログラムが残ってたンマよ。」
けんまはプログラムを"A.C."に適用する。「このローブが偽装用プログラムって訳か。」
"A.C."はローブを深く被り、エンジニアのサイバーエルフに見つからないように低い位置を高速で駆け抜ける。
"A.C."はランサムウェアが認識出来る位置に居たが、偽装プログラムが敵と認識する事を防いでいた。
「よっしゃ!」"A.C."は高く跳び上がり、そのままコアを破壊する。「次は無力化と復号化やな。」
「さっきと同様にアンチウィルスは最後に戻すンマよ。」"A.C."はランサムウェアを無力化し、大山浄水場のデータを復号化していく。
「これで全部か。」「次行くンマよ!」"A.C."はエンジニアに見つかる前にその場を去る。

(次は八丁原発電所か……)カナチは九州の発電所に来ていた。八丁原発電所は旧式ながらも発電量が大きく、九州の電力を支えている。
そんな場所だったのだが、ここもランサムウェアの活動が確認されていた。状態は良いとは言えず、ランサムウェアが暗号化している最中であった。
「カナチ!これを使うンマ!」けんまはカナチに先程届いた偽装用プログラムを渡す。「それでランサムウェアからは敵と認識されないンマ!」
カナチもローブを被り、エンジニアとアンチウィルスの目を避けながらランサムウェアのコアに迫る。
あと一歩のところでアンチウィルスに気付かれ、ランサムウェアと共に攻撃を加えられるが、息をするようにかわしてランサムウェアのコアを斬り落とす。
そしてすぐにランサムウェアを無力化し、エンジニアとアンチウィルスの両者に追われながらも暗号化されたデータを探し出して次々と復号化プログラムを適用していく。
「よし次!」カナチは八丁原発電所を離れる。

「ウチは次は東淀川浄水場に行けばええんやな。」「そうンマ。」「水道も冗長化されてるとはいえ面倒やな……」
「正直今回のコシニズムの犯行はインフラを人質にされてるような感じンマから……」「奴ら本当に面倒な事をしてきやがったな。」
"A.C."は東淀川浄水場に飛ぶ。「そういやウチらはいつまでこうしてればええんや?」
「今会社で復号化プログラムの汎用化とマニュアル作成をしてるからそれが終わるまでンマ。」
「汎用化…?」「このプログラム自体不確定要素の実験も兼ねてるから、それを取り除いて他の環境で使っても大丈夫なようにする作業ンマ。」
「…?」「要はプログラムを実行して必要な物以外に手を出さないための調整ンマ。」
「なるほどな、ウチらはそれまで重要設備を守ればいいと。」「そういう事ンマ。進歩的にもうすぐ終わりそうンマ。」
「なら後数カ所程度で良さそうだな。」"A.C."は復号化作戦を再開する。
幸い東淀川浄水場は感染初期の段階であり、ランサムウェアの影響は然程大きくなかった。
しかし被害が出始めの初期という事もあり、多数のエンジニアが目を光らせていた。
「ランサムウェアはどうにでもなるが問題はエンジニアやな……」「数が多いうえにランサムウェアの周りを重点的に固めてるンマね。」
「偽装用プログラム、アレ用を作ってくれないか?」「人間が見張ってる以上作れたとしても相手が気付かないかは別問題ンマよ。」
「機械相手なら騙すんが楽なんやがな……」二人は攻め込むためのルートを模索する。
「…なぁ、あの通り、警備が手薄に見えんか?」"A.C."は他より配置密度の低い筋を見つける。
「確かにあそこだけ手薄な感じがするンマね……」「あそこならクイックターンをフル活用すれば抜けられる気もするで。」
「やってみる価値はありそうンマね。」けんまは念のため周囲のサイバーエルフの配置を調べる。
「…今ならあの一筋だけがまともに使えそうンマね。」「なら行くか。覚悟は出来てる。」
"A.C."は深く構えた後、弾丸のようにランサムウェアのコア目掛けて飛び出した。
当然エンジニアとアンチウィルスに見つかったものの、クイックターンを駆使して無理やり攻撃を避けていく。
そして回転しつつランサムウェアのコアを斬り落とす。「ここはバックアップから戻すみたいンマ!無力化だけしたら離脱するンマ!」
"A.C."は素早くランサムウェアを無効化し、すぐさま東淀川浄水場を離脱する。

グタンダ共和国掲示板に戻ると、カナチが次に行くべき場所を考えていた。
「カナチ、大丈夫か?」「あぁ、順調に事は進んでるぞ。」「多分もうそろそろ……」けんまの端末にメールが届く。
内容を確認するけんま。「とりあえず今回の作戦は終了ンマね。」「もう動かなくて大丈夫か?」
「被害が出た場所に復号化プログラムとマニュアルが届いたみたいンマ。だからログアウトを――」
作戦終了を決めようとしたけんまだったが、来た時には無かったバックドアがある事に気付く。「…ンマ?」
けんまがバックドアを調査する。「この先は…… 警視庁のサーバー!?」「なんやて!?」「まさかまだ残党が残ってたのか!」
「とりあえず行くしか無いンマね。」「…なぁ、これが警察にバレたらどうなる?」「…当然逮捕ンマね。」
「流石にウチはそのリスクはよう踏めんぞ。」「二者択一になるンマがTorプログラムを使うンマか?」
「それで何か変わるんか?」「一応かなり追跡はしにくくなるンマ。恐らく僕のとこまでは辿り着けないと思うンマよ。」
「ならランサムウェアに攻撃されるより追跡されにくい方を選ぶな。」「カナチは今の話聞いてどう思うンマ?」
「オレもTorプログラムを使うな。」「了解ンマ。」けんまは二人にTorプログラムを適用する。「とりあえず追跡リスクは下げたンマ。」
「少々不安だが…… 行くか。」二人は裏口(バックドア)から警視庁のサーバーへと飛んだ。

「ここは……」「僕が調査すると追跡されそうだからしないけど見た感じ何かのデータベースの保管庫ンマね。」
二人は周囲を見渡す。「…ん?」カナチが何か物陰で何かをしているサイバーエルフを見つける。
「念のため挟み撃ちにするぞ、バレないように裏に回ってくれ。」「了解。」
"A.C."は姿勢を低くし、誰にも気付かれぬよう移動する。「奴の死角で待機してる、いつでも動けるぞ。」
カナチは居合の構えを取り、一気に接近する態勢を整える。
カナチと"A.C."が死角で相手の動きを観察していると、システムの正面入口から自動巡回のプログラムが入ってくる。
プログラムはすぐにコシナイトの残党に気付く。プログラムは与えられた使命通り、警報を鳴らそうとした瞬間、ランサムウェアを適用させる事で無力化した。
「おい……」「あぁ、間違いねぇ。アイツはコシナイトの残党だな。」「これじゃ迂闊に近付けないンマね……」
「バスターで〆るか?」カナチはセイバーからバスターに持ち替える。

二人は相手の動向を伺っていたが、コシナイトの残党は"A.C."の存在に気付く。「!!」
"A.C."はデータを暗号化する攻撃を避けたものの、追撃を喰らいそうになる。「クソっ!!」
カナチは飛び出し、背後から斬りかかろうとする。コシナイトの残党はすぐにカナチに気付き、手にした銃を乱射して追い払おうとする。
「その程度…!」カナチはクイックターンを多用して全ての銃弾を避ける。
しかし目の前まで来た時、ランサムウェアを変質させたナイフで斬ろうとしたため、急遽距離を取る。
そして異変に気付いた他のサイバーエルフがカナチ達の居る場所に入り、警報を鳴らす。「コイツだけでも大変なのに!」
当然警察のサーバーであるためか、警察サイドのサイバーエルフは本気でカナチ達を消滅(デリート)する気になっている。
警察のサイバーエルフがカナチ達を攻撃した瞬間、どこかから投げナイフが飛んでくる。「私が相手よ!」
一番目立つ場所に現れた声の主は千刃剣魔だった。「千刃剣魔!」「流石にこればかりはあなた達だけだと無理だと思ったから来たわ!」
千刃剣魔は大量のサイバーエルフを引き付け、大規模な戦闘を始める。「今のうちに!」「相手は人間ンマ!ランサムウェアの対策は通用しないンマ!」
「消滅(デリート)させるしか無いか…!」「現状それ以外で鎮圧する方法が思い当たらないンマ!」「2対1や、ウチらで何とかするで!」
"A.C."は杖を鎚状に変化させ、コシナイトの残党を叩き潰そうとする。しかし相手は全て紙一重で避けていく。
カナチは避けたところを強引に斬ろうとするも、まるで後ろにも目が付いているかのようにカナチの攻撃を次々と避けていく。
「…コイツは本気でやらなアカンわ!ウチはやるで!」"A.C."は今のままでは無理と判断し、ビーストフォームを起動する。
滅双刃ディアブロから次々と弾を飛ばし、逃げ場を狭めていく"A.C."。
カナチはこの状況を見逃さず、ナイフを持っていた右腕を斬り落とす。「よっしゃ、とどめを――」
とどめを刺そうとした二人だったが、二人は目を疑う光景を目の当たりにする。
なんと、千刃剣魔に倒された残骸のデータを吸収し、切り落とされた腕を修復した。「さしずめ…スカベンジャー…だな。」
コシナイトの残党は不気味な合成音声で話す。「どうすんだよコレ……」
消滅(デリート)する前に戦線離脱するサイバーエルフが大多数を占めていたが、1割弱くらいの量でそのまま消滅(デリート)されるサイバーエルフも居た。
コシナイトの残党は消滅(デリート)されたサイバーエルフが残したデータを利用し、そこから自らのデータに変換していた。「何をどうしてるンマ……」「そんなにアレが凄い事なのか?」
「サイバーエルフ自体規格こそあれどサイバーエルフ同士をマージしようとすると0から作る事以上の高い技術を要求されるンマ。しかもあのスピードでマージするとは……」
「超越…神力…」「つべこべ言えないンマね……」けんまは捕まるのを覚悟でサイバーエルフの解析を始める。「無駄……」
「諦めないで!私も工夫するから早くそいつを!」「残骸の数はそこまで多くない!在庫が尽きれば修復も出来ないはずや!」
「OK、アイツの防御力は大して高くない!手数で攻めたらどうにでもなる!」「ファイル名、解析出来たンマ!"Phantom.ELF"ンマ!」
警察のサイバーエルフは千刃剣魔でなく、カナチ達をも攻撃しようとしてくる。
その度に千刃剣魔は阻止するも、それを振り切って攻撃する者も居た。
カナチは飛んで、"A.C."は横にステップして避けたが、ファントムは攻撃が命中する瞬間、何らかのバリアを展開して防いだ。
「やったか…?」「いや、まだです!」「消滅(デリート)……」ファントムは銃口を警察のサイバーエルフに向ける。
銃口から火を吹くと、次の瞬間には警察のサイバーエルフは暗号化されずに消滅(デリート)される。
「このままだと残機が増えていく一方だな……」「早いとこ仕留めなアカンな……」
「とりあえず腕を落とすぞ!武器を封じればどうにかなるはずだ!」
「多分直接触れないとデータの吸収は出来ないンマ!残骸に近づけない立ち回りでどうにかなると思うンマ!」
「カナチ!援護射撃を頼む!」カナチはファントムの逃げ場を奪うようにバスターを放つ。
追い詰めたファントムを"A.C."が爪で引き裂く。「片腕落としたる!」再びナイフを持っていた右腕を落とす。
「周囲の残骸の位置をマーキングしたンマ!」残骸のデータを吸収しようとするファントムをカナチはバスターで妨害する。
「けんま!残骸は消せないのか!?」「ファイルの消去権限を奪取出来てないンマ!」
「なら役割分担するで!ウチがファントムを殴る!カナチは残骸の対応を頼む!」「了解!」
"A.C."は左腕も落とすために再び飛びかかる。
ファントムは近づいてきた"A.C."を銃で攻撃しようとするが、ビーストフォームで上がった機動力を使って避ける。
残骸に飛びかかるファントムをカナチがバスターで追い払おうとするも、力尽くで残骸を吸収すべく被弾も気にせず突っ込んでくる。
「コイツ痛覚が死んでるのか!?」カナチは近づいてきたファントムにセイバーで立ち向かう。
残された左腕で銃を撃ち、二人を退けようとするファントム。「無理にでも動きを止めなアカンな……」
「なら脚を凍らせる!」カナチは近づけるだけファントムに近づき、アイスジャベリンで脚を凍らせる。「凍れ!」
目論見通り、ファントムは脚を凍らされて思うように動けなくなっていた。「よし!」
「ウチがとどめを――」"A.C."がとどめを刺そうとした瞬間、ファントムの口が異様なまでに開き、そこからビームが放たれる。
"A.C."はすぐに回避行動を取り、致命傷は免れるものの右腕のデータが大きく破損するダメージを受ける。
「奥の手をまだ残していたか…!」ファントムは"A.C."の破損したデータを吸収する。
データの相性問題なのか、切り落とされた右腕ではなく、左腕が禍々しく変化し、手にした銃にはビーム刃の銃剣が装備される。
「ナイフの代わりか……」「すまんカナチ、これ以上無理や……」"A.C."はこれ以上の戦闘は不可能と判断し、戦線離脱する。
千刃剣魔に応援を頼もうにも無尽蔵にも思われる警察のサイバーエルフの対処に手を焼いていた。
「…けんま、解析のほうはどうだ?」「今の段階だとAIが動かしてる訳ではなく、ベースは普通のサイバーエルフって事しか分からないンマ。」
「中身入りか。アクセス元は分かるか?」「残念だけどログを残してないサーバーを経由してるンマ。」
「やっぱりコシナイトは厄介だな……」「一応今は残骸吸収の部分を解析してるンマ。ただセキュリティが固いからいつ突破出来るか……」
ファントムは銃を構え、カナチに向かって突撃する。「銃剣突撃ってか!」お互い逃げる場所を奪うように弾を放ち、徐々に近づいていく。
双方が近接攻撃の範囲内に入ると互いの武器を狙って攻撃する。銃剣の突きはカナチのセンスと判断能力で紙一重で避け、セイバーの斬撃はAIの補助などでこちらも紙一重で避けていた。
しかし何度も繰り返すうちに、戦闘経験の差からカナチが有利になっていく。そして狙いすました一撃で左手ごと銃を斬り落とす。
斬り落とされた銃はデータが崩壊し、ジャンクファイルと化した。「今のうちにとどめを刺すンマ!」
カナチはファントムにとどめを刺そうとする。ファントムもビームを放って抵抗する。
しかしカナチは一度見た技であるため、発射と同時に軸をずらし、回避する。「見きった!」
カナチは首を斬り落とそうとセイバーを振り抜く。が、次の瞬間セイバーのデータが崩壊していた。「!?」
カナチは屈さずにバスターで追撃するも、ファントムはバリアを展開して全ての攻撃を防いでいた。「無駄……私は……無敵……」
「クソっ…!ここに来て!」「これは相当硬いバリアンマね……」「もはやこれまでか……」「カナチさん、私を手伝って!」
「千刃剣魔…?何か策があるのか?」「あるわ、でも今のままだと敵が多すぎて使えないわ!」
「警察のサイバーエルフの相手をしろと。」「えぇ、私は大砲であのバリアを粉砕するわ!」
「でもさっきセイバーが……」「とりあえず私の物を使って!」千刃剣魔はカナチに持っていたセイバーを投げ渡す。
カナチは千刃剣魔が戦っていた警察のサイバーエルフ相手に剣を振るう。千刃剣魔の周りに大量のコンソールが出現する。
「マスター、データ転送お願い。」「カナチ!千刃剣魔の準備完了までは推定3分ンマ!それまで一人で対処してほしいンマ!」
次々と襲ってくる大量のサイバーエルフにカナチは屈する事なく次々と斬っていく。
(ファントムに食われないように加減してるつもりだが……)ファントムは時折残骸を吸収しようと機会を伺っていたが、千刃剣魔が都度ナイフを投げて妨害していた。
千刃剣魔のコンソールには推定残り時間が表示されており、カナチはそれを見ながら戦っていた。
そして残り時間が0になった時、千刃剣魔の左腕は巨大な大砲になっていた。
"Battle Data - Loading [Tank Cannon 3][Blower][Kilo Bomb 3]"「吹き飛びなさい!」"Advanced Code"
「対戦車榴弾砲・高熱型(ヒートキャノン)!!」爆風とともに放たれた砲弾はファントムに当たると同時に爆発する。
ファントムのバリアは割れ、無防備になっていた。「マスター、もう1つも実行して!」
"Battle Data - Loading [Step Sword][Step Blade][Step Cross]"「今よ、とどめを!」
"Advanced code [Step Life] Ready..."カナチと千刃剣魔は同時にファントムを斬り裂く。
声なき声を上げ、ファントムのデータは崩壊していく。「これ以上ここに留まる意味は無いンマ!早く脱出するンマ!」
二人はログアウトし、サーバーから抜ける。

「とりあえず解決したのか?」カナチは装置から出てきて状況を確認する。
「グタンダ共和国掲示板を見る限りは特に動きは見られないから大丈夫そうンマ。」「で、警察のほうだが……」
「ログを見る限りは撒けてると思うンマ。恐らく今の段階では追跡は出来てないはずンマ。」
「それならいいが…… 座間子達の様子は?」「今のところ深刻な被害は無いンマ。明日になれば多分動けるンマよ。」
「なら良かった。」疲れ切ったカナチはソファーに腰掛け、テレビの電源を入れる。
「――法務省と警視庁の発表によりますと、脱獄したのは唐澤貴洋被収容者との事です。
唐澤被収容者は脱獄した後、都内の廃ビルに潜んでいましたが、機動部隊が突入したところ、大型の装置の中で意識不明の状態で見つかり、その後死亡が確認されました。
警視庁は今後この装置の正体を含めた捜査を進めていくとの事です。」
「…結局死んだのか。」「まぁ当然の報いンマ。あれだけ大規模な犯罪をしてたから軽くても無期懲役辺りが出そうンマよ。」
「コシナイトのほうはどうだ?」「リーダーを失ったから今後自然解散すると思うンマ。」

そして数週間後、唐澤がコシニズムの首領である事が判明し、余罪について調べたところ、今回の件を主導している事も明らかになった。
ただ実働部隊として働いていたコシナイトの事は首領である唐澤でも知らず、結局被疑者死亡で書類送検されるだけに留まった。
だが、この時開発されたランラムウェアとその復号化プログラムは、依然引き起こるエンジニアとハッカーの戦いを象徴する物としてコンピュータ史で語り継がれる事になった。

リンク

挿絵

 
カラコロス戦[3]

脚注