恒心文庫:KRSWs Märchen

2021年6月12日 (土) 20:45時点における>チー二ョによる版 (ページの作成:「__NOTOC__ == 本文 == <poem> ああ、またここだ。子供部屋のような、ピンクと空色にまみれたファンシーな空間。見えるものは天井…」)
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本文

ああ、またここだ。子供部屋のような、ピンクと空色にまみれたファンシーな空間。見えるものは天井。何度目かもう忘れてしまったが、いつものように身を起こそうとする。しかし手足は拘束されていて、首を動かすことしかできない。苦しい。苦しいが、どこか穏やかな気持ちだ。毒杯を手にしたソクラテスのごとき余裕が、身体の芯から湧いてくる。
「僕の部屋へようこそ」
声がする。その無邪気な声はカラコロと笑っている。
「当職に、何をするつもりだ」
声の主への怒りと、拘束された状況への恐れ、さらには謎の安心感でごちゃ混ぜになっている。
「何って、僕と遊ぶんだよ」
彼はそう言うと、大の字に拘束された私の左脇の傍らに腰を下ろした。そこに隣接した心臓が急激に冷却されるような感覚。その顔は、よく見知った、そして今は亡き愛する者だった。
「厚史……?どうしてここに……?」
「久しぶりだね、兄さん」
20年以上前に死んだはずの彼が、今ここにいる。当時の姿を留めて。にわかには信じがたいことだ。
「神様に無理言って、兄さんと会う場所を作ってもらったんだ。中々居心地良いでしょ?」
少年の微笑みは、交友関係に深い闇を抱えていることなど露も感じさせない無邪気さを孕んでいた。
「じゃあ、久しぶりに遊ぼうか。兄さん」
そう言って、彼が懐に手をやると、鈍い銀の輝きが見えた。刃物だ、と私は悟った。
「なに……するの……」
私まで幼児退行したようだった。絞り出す言葉は、これが限界であった。間も無く、激痛が走る。うっ……痛い……と声を上げても、私を狂人から救い出す人などいない。見える光景は何色か。私の腹部だった場所は、着衣が破れ、皮膚が裂け、臓物が露出し、全て赤に染まっていた。
「よくも僕を見捨てたね?!」
激痛と共に傷はさらに深まる。胃液の臭い。強酸が、露わになった横腹に流れ、ヒリヒリと痛む。痛みに悶えて、身を震わせる。
「羨ましいんだよな。生きた身体が」
次の痛みは右手首だった。銀色のそれが往復し、その度に赤く血飛沫が上がる。
「ほらね、すごく綺麗」
先ほどから心臓は必死で動いている。皮肉なことに、心臓が防衛しようとすればするほど、速い脈により生命の根源たる血液は体外に流出してしまう。
「もう……やめに……」
言葉が続かない。左腿に感じる痛み。脂肪の皮膜の粗削りな断面が見える。次に感じた痛みは一層強かった。筋肉の筋が剥がされる。厚史は剥ぎ取った筋をひらひらと翳して見せる。そして口へと運んだ。
「兄さんの中には、いつも僕がいるんだよね?」
私の痛がる顔を満足げに見つめて、彼は剥ぎ取りを続ける。
「随分勝手な物言いだけどね」
染料に浸ったスーツは重さを増している。そして、厚史は私の胸元にそっとナイフを当てがった。
「それなら、僕の中にも兄さんがほしいな」
肋骨から奥へと感じる違和感。そして、それは心臓へと至った。心臓を握られている。身が凍りつく。
「あった。兄さんの心臓、いただきます」
ブチッという音。何も見えなくなった。


冷たい。これは何だろうか。ああ、スーツの腕だ。どうやら事務所の机に突っ伏して寝ていたらしい。私はむくりと上体を起こす。
「おはようございます。からさん」
聞きなれた声がする。向かい合った机から聞こえる。
「や、山岡君……!!」
無我夢中で声を上げた。
「もう、泣かないでくださいよ。仕事中ですよ」
山岡は微笑みながら優しく語りかけ、私の頭をそっと撫でた。こんなにも、安心できるなんて。いつしか、あの悪夢を再び見てしまうかもしれないという懸念は払拭されていた。そして私は、精一杯に笑顔を浮かべ、頷く。
「⚫︎はい。」

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