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恒心文庫:有能弁護士の一日が始まる。

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

唐澤貴洋は朝独特の、たるんだ冷気で目を覚ました。目覚まし時計にセットされた時間まであと30分。
もうずっとそうなのだが、健康的な習慣がついてしまって自動的に目が覚めてしまう。忙しい一日の前の、おまけの時間。毎日毎日繰り返しているのに、毎回毎回少しだけ得をしたような気分になる。
朝食は暖かいココア、さっぱりして風味漂うスープと軽く調理されたトーストである。喉の奥でゆっくりとせせらぎ、甘さの小石をどことなく残していくココア。そんな彼の喉の上を滑っていくのが、すでに舌を軽やかに舞うスープである。サクサクと音を立てるトーストも美味だ。
「もう食べ終わりましたの?お仕事…?」
キッチンから静かに話しかけるのは、予定より早く起きていた、そんな彼よりも更に早く起きていて、愛する夫の為に朝食を用意する貞淑な妻その人。
何年も寄り添ってきた彼女は子供こそいないが、清く美しいその存在は玉に勝るとも劣らない。
「ああ、今日は大変な一日なんだ。さる高名な方から依頼を受けてね。その後は芸能人の法律相談。あと、その前に昼は母校での講演もあるな。」
忙しそうに、それでいてどこか誇らしげな唐澤貴洋の声に、傍らでスーツを用意した細君は少し微笑む。
しかし、その後少しだけ頬を膨らませる。
「その芸能人の方って、もしかしてまたアイドルのお人?」
唐澤貴洋は気まずそうに笑う。彼は最近、芸能界からも陰で大きく支持を伸ばしている。そのため、トラブルの多いアイドルからの法律相談も増えてきているのだ。
唐澤貴洋の妻は上品な淑女である。若い頃からその美しさにも関わらず、奢ることなく気立ての良さを一心に唐澤貴洋に傾けていた。現に今も若いのだが。
しかし、少々やきもち焼きなのが玉に傷である……

唐澤貴洋は有能な弁護士である。無論彼自身はそんなことを口に出したこともないし、思ったこともない。他人が勝手に言っているだけである。
しかし、嫉妬の目線を送る細君を言いくるめて時間通りに通勤する時だけは自分のことを有能弁護士だと思ってもいいんじゃないか、と心の中で呟く。
結局のところ、女性は愛している者に囁かれると弱いのだ。スマートな身体を震えさせ、少しだけくっくっと笑ってみせる。引っ張りだこの彼は、家にいる時を除いては通勤時間が唯一の憩いの時間である。
さあ、仕事に取り掛かろう。

同僚の山岡は既に来客への準備をしていた。いつも仕事が丁寧な男だが、やはり高名な依頼人とあっては緊張するようである。
「からさんにとってみれば、大した依頼人じゃないのかもしれませんけどね。」
などと彼は気弱に微笑む。冗談じゃない、君がいてこそだよ、と彼は励ます。
もっとも唐澤貴洋個人としては、緊張はするがマスコミに囲まれた時ほどではない。

さて、依頼自体は大したことではなかった。彼は要領良く自体を纏めると、具体的な戦略を持ち出し、裁判への切り口を慎重に決めていく。
側で書類の整理をしている山本はほう、ほう、などと唸っているだけだったが、流石に山岡は気付いたようだ。これは、宇都宮弁護士と争って勝利した際のやり口そのままである。同じ手はあまり使いたくないが、ここはかの巨名のご利益にあずかろう。
一通り終わった後、さる高名な依頼人は優雅にお礼を言ったがやんわりと断った。
勝利するまでは、感謝されるわけにもいかないのである。それが弁護士唐澤貴洋のポリシーだ。

母校での講演は大変なものであった。
前の依頼人で時間を食いすぎたせいもあって、遅れてしまいそうになった。これは何とか間に合ったものの、今度は講堂が満員で立ち見で溢れかえる始末。
思わず初めの挨拶で苦笑してしまったくらいである。
昔はヤンチャをしていた大学の講堂で、こうスーツを着て大勢の前に出ることになるとは。自分を見る皆の目が輝いている。こういう視線は、いつまでたっても苦手である。細君1人からの目線でさえ照れる時があるというのに。

さて、ようやく学生たちの質問の嵐から解放され、疲れきってしまった唐澤貴洋を迎えたのは白いリムジンであった。
父、洋の調達した車である。すっかり引退して唐澤貴洋に全てを譲ってしまった彼だったが、疲れた息子に対してここで移動の間でも眠っていなさい、と言う。
弟から来た長文のメールを読みたかったのだが、父から寝ろと言われたなら仕方がない。「兄さんには敵わないなあ」で必ず終わるような愚痴メールなら、後でも良いのだ。
しかし、問題はこの後の依頼者である。普通ならマネージャーと契約、あるいは相談なりして終わるのだが、今回の芸能人は弁護士に直接会いたいらしい。
13歳で法律に興味があるのか、と聞いたらそうではなく、彼女は単に唐澤貴洋個人に興味があるだけらしい。有名になるのも困ったものである。
ジュニア・アイドル。彼女らの依頼をこなすのは初めてではないが、直接会って話したいなどと言われるのは初めてである。
13歳の少女とどうやって接すれば良いのだろうか。唐澤貴洋は悩みながら眠りに落ちた………







唐澤貴洋は目を覚ました。うるさい目覚まし時計を叩きつけて黙らせると、太りきった身体を揺すり布団の中であくびをする。
さて困った。今日は依頼もないし、誰かが起こしてくれないと布団から出る気がしない。しかし今日は家に誰もいないのであった。老いた父も母も共に出かけている。
面倒くさいから今日は出勤はやめよう。
無能弁護士の一日が始まる。

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