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恒心文庫:ケッコンカッコカリ~初霜の場合~ VS提督LOVE勢の巻 後編

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2019年7月26日 (金) 18:37時点における>Ostrichによる版 (ページの作成:「__NOTOC__ == 本文 == <poem> 食堂 「さー、張った張った。」 飛鷹が食堂に行くと聞きなれた声が聞こえた。この声の主は恐らく彼女…」)
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本文

食堂
「さー、張った張った。」
飛鷹が食堂に行くと聞きなれた声が聞こえた。この声の主は恐らく彼女の姉妹艦であり、相方である隼鷹の声だ。一応進水日的に言えば飛鷹の方が姉だが、海軍の記録上は隼鷹の方が1番艦だったりしててややこしい。だが、まぁ今はそんな事はどうでも良い。問題は暇な重巡や軽空母達と共になにやら盛り上がっている事だ。
「何やってんの、隼鷹…?」
「おう、飛鷹か。いやー、皆で今日の金剛と初霜の演習、どっちが勝つかで賭けやってたんだ。飛鷹も入る?」
案の定ろくでもない事だった。というか隼鷹所属の彩雲隊が周りで上空待機してるけどそれで実況でもするつもりだろうか…?
「私は遠慮しとくわ。ていうか隼鷹、こんな事が加賀さんや提督にバレたらまたお説教よ?」
「ただでさえ娯楽の少ない鎮守府暮らしなんだしこれくらい良いじゃん…ここに居る連中が黙ってりゃ良いことさ。それに加賀は出かけてるし提督は今それどころじゃ無いだろう。」
「勝手にしてよ。私はもうアンタの連帯責任でお説教されるのは嫌だから。」
「まぁ、こっちも無理に参加しろとは言わないよ…でも…」
と、言って隼鷹はニヤリと笑った。
「今日の演習、多分面白い事になるよ。自慢じゃないけどアタシの勘は結構当たるんだ。」



執務室

先程から提督はそわそわと落ち着きが無い。この演習の結果によって今後の展開が大きく変わるので当然といえば当然なのだが。
「…提督、少しは落ち着いたらどう?」
とうとう、秘書艦の矢矧に注意されてしまった。
「ああ、すまん。俺が一番落ち着いてなきゃいけないのは分かってるんだが、どうもな…」
「こういう時にこそどっしりと構えなきゃ…それにあの子達なら大丈夫。私が保証するわ。」
矢矧はそう言って提督を落ち着かせる。
ちらっ、と時計を見る。現在の時刻は15時48分。予定通り進んでいればそろそろ開戦するはずだ。
「しかし、あの面子で私だけはぶられるってのもまた悲しいわね…信頼無いのかしら?」
若干不安そうに矢矧が言う。演習参加者の内、赤城と比叡以外の4人は坊ノ岬沖海戦に参加した艦である。そして現在鎮守府にいる坊ノ岬沖海戦組5人のうち唯一今回の演習に呼ばれていないのが彼女である。矢矧が自分が遠ざけられてるのではないか?と不安に思うのは当然であろう。

「いや、昨日初霜に聞いたが当初は君も誘うつもりだったらしい。だが、比叡が駄々をこねたらしくてな。」
このまま溝が出来るのも考え物だったのでひとまずフォローに回る。
「あぁ、そういう事だったのね、心配して損した。」
「分かってくれたか?」
「ええ。ところで初霜に聞いたって事はやっぱり…ベッドの中で…?」
「…お前は何を言っているんだ…?」
「冗談よ。それはともかく提督も状況は気になるでしょ?零式水偵飛ばすわね。私も結果が気になるし。」
カタパルトに零式水偵をセットしながら矢矧は言う。
「…あぁ、頼む。」
火薬式のカタパルトから勢いよく零式水偵が射出される。二人は執務室の窓から飛んでいく零式水偵を見送りながら初霜達の武運を祈った。



演習海域

「ちょっと不味いことになったわね…」
私は脇にいる霞に呟く。
「今更そんな事言ってもしょうがないわ。やれるだけの事はやりましょう…」
私の不安の原因は金剛さんの艦隊のメンバーにあった。演習開始前に相手のメンバーと顔合わせをしたが、参戦している艦娘は金剛さんに榛名さん、大鳳さんに瑞鳳さん、そしてイムヤさんである。ここまではある程度予想が出来ていた。一航戦の錬度なら多少数的不利があっても大鳳さんや瑞鳳さんの航空隊は十分相手出来るし、私達も攻撃はある程度回避出来る。後はイムヤさんの雷撃を警戒しながら落ち着いて対処すれば良い。しかし問題は6人目の艦娘にあった。
「加賀さんが敵に回るとはね…」
大和さんも不安そうに呟く。
「加賀さんの航空隊相手に私も何処まで対処できるか…かくなる上は先手必勝。先に敵を見つける事に全力を尽くしましょう。」
先程から赤城さんは彩雲を飛ばし、電探を装備している艦娘はそれを起動させている。既に戦闘は始まっている。通常演習のルールではお互いの初期位置は知らされない。そこから各艦隊の偵察機や電探を使って相手を発見する事から始まる。その後は模擬弾を使用しての砲撃戦と雷撃戦だ。今回は空母がいるので状況によっては戦闘機同士のドッグファイトと対空戦闘を行うかもしれない。対空機銃を搭載してきて良かったと思う。ちなみに機銃の操作は艦娘の意思で行うのではなく、それを操作する妖精さんがいる。

「でも…何で加賀さんが向こうにいるんでしょう?雪風は加賀さんも提督狙いとか聞いた事がありません。」
雪風が比叡に聞く。
私も加賀さんが提督に対して恋愛感情を抱いているという話は聞いた事が無い。女性ばかりの職場なのでこの手の噂はすぐに広まるものだが、加賀さんに関してはそういう浮ついた話は聞いた事が無かった。
「…可能性としては…あの人風紀とかにうるさいからそれで反対してるんじゃない?」
「あー、それはあるかもしれませんね…」
この場合比叡さんの予想が一番可能性があるだろう。加賀さんは鎮守府や艦隊内の風紀に関して特にうるさい。飲兵衛な隼鷹さんなどはしょっちゅうお説教されてるという。聞いた話によるとこの加賀さんの性格は前世によるものらしい。
何でもかつて「航空母艦」加賀の風紀は特に乱れていたらしい。大抵艦内の風紀というのは大型艦になるほど乱れるものだ。これはその分人がたくさん乗っているので仕方が無い事である。その中でも加賀の治安の悪さは特に酷かったらしく銀蝿が公然と行われたり、いじめやしごきのせいで脱走兵や自殺者が特に多く出たらしい。逆に私達駆逐艦などの小型艦、とりわけ私や雪風や霞の様な長く生き残った艦だと乗組員も皆気心が知れた仲になっており上から下まで一枚岩な事が多かった。
おそらく「艦娘」である加賀さんが風紀に厳しいのはそういう重い前世の影響なのだろう。だからといって私は提督の事を諦めるわけにはいかない。

『こちら彩雲3番機より赤城へ、敵艦隊発見!戦艦2、空母3。方位―』
「…どうやらこちらの方が早く動けたようですね。」
そう言いながら赤城さんは艦載機の発艦に取り掛かる。彗星、流星などが飛び立っていく。戦闘機隊は警戒も兼ねて既に発艦している。
「見つけたのは5隻だけですか?」
と、比叡さん。
「イムヤさんはもう潜ってるんでしょうね。」
それに対して大和さんが返事する。
「潜水艦は嫌いだわ…霧が出てない分まだマシだけど…」
そう霞が忌々しそうに吐き捨てた。

そんな中赤城さんの哨戒中の戦闘機隊から連絡が入る。
『烈風13番機より赤城へ、敵偵察機発見。塗装からして瑞鳳の所属機だろう。』
空母所属の艦載機は塗装で何処の空母の所属か分かる様になっている。
「倒しましたか?」
『いや、逃げられた。撃墜判定も出てない。多分こっちの位置もバレただろうな…』
「…了解です。しばらくしたら敵機も来るはずです。それまで爆雷撃機の護衛以外は上空待機しててください。」
『烈風13番機了解。加賀の連中か…厳しい戦いになりそうだ…』
「…これで条件は五分五分。航空機の数からいって若干こちらの不利ですね…」



「対空戦闘用意!」
偵察機に発見されて数十分後、上空では戦闘機同士の戦闘が行われている。赤城所属の航空隊はよく戦っているが多勢に無勢。こちら側の不利は否めない。
私は兵装を動かしている妖精さんに命令する。艤装の上では既に妖精さん達がスタンバっており発砲許可を今か今かと待っていた。
「何機か抜けてきましたね…」
雪風の視線の先ではこちら側の戦闘機隊の囲みを突破した艦攻、艦爆が飛んでいる。他艦も対空戦の準備は完了しているだろう。
「雪風、初霜、ドジるんじゃ無いわよ!」
「霞ちゃんこそ!」
「雪風は沈みません!!」

「撃ち方始め!!」

旗艦である私の声を合図に各艦から対空砲の弾幕が形成された。同時に之字運動で敵機からの爆雷撃を回避する。
空爆を避けるのにも中々コツがいる。特に私達駆逐艦などの小型艦艇だと被弾=戦闘不能だから回避に関しては日夜研究されている。艦によって回避の仕方はまちまちで、艦ごとの個性が最も現れる瞬間である。私の場合、敵機が真上に来た瞬間に全速力を出すという回避の仕方が一番得意だ。現に坊ノ岬沖ではこの方法で被弾ゼロ、戦死者無しで生き残ったのだ。前世の私の艦歴の中で一番の誇りはその時の事である。
「闇雲に撃たないで!こっちに突っ込んでくるのだけ狙いなさい!」
私は艤装の上で機銃を撃っている妖精さんに命令する。高速で飛んでいる航空機に銃弾は当たり辛い。なのでひとまず他の僚艦を狙っている敵機は無視し、こっちを狙って機体を晒してくる敵機に対してのみ銃撃を行なわせる。どうせ闇雲に撃っても当たらないので弾薬の消費を抑える意味でもそれは徹底させた。

「何で当てないの!?今のはあなた達なら当てられたはずよ!!」
柄にも無く妖精さんに怒鳴る。すぐ脇を彗星が通過していったが特に弾が当たった形跡は無かった。
「無茶言わないでください!こんな揺れてる中で!」
そう妖精さんに返され少し冷静になった。いけない、熱くなってる…考えてみれば私は先程から之字運動のせいで体を大きく揺らしている。そんな中で動く物に弾を当てろという方が無理だろう。冷静にならなければ…。
だが、この戦いに負ければ提督を、私の愛しい人を誰かに盗られてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。それを考えると冷静にはなれなかった。



「こちら初霜。我、損害軽微。各艦の被害状況を報告して下さい。」
「こちら大和。第2副砲と対空砲に何基か破壊判定が出てるけど、まだ戦えます。」
「霞、損害軽微。」
「雪風、同じく損害軽微。」
「こちら比叡。ごめんなさい…魚雷を一発喰らったわ…中破判定。でも戦闘には支障無し。」
「赤城、爆弾の至近弾により甲板損傷…小破判定。」
「皆結構やられましたね…」
敵機の第一波が撤退した所で各艦の被害状況を確認する。戦闘に支障は無いものの、それなりの被害が出ている。大破・轟沈判定の出た艦娘がいないだけマシだろうか。
「ただ、うちの彗星が大鳳に急降下爆撃を仕掛け中破判定、榛名さんを小破判定に追い込んでいます。」
「装甲空母を中破に追い込んでもしょうが無いわ。普通に艦載機飛ばしてくるわよ。」
霞の言う通り、大鳳さんは特別装甲が頑丈に作られている装甲空母なので甲板を破壊しない限り普通に艦載機を放ってくる。状況はこちらの不利だ。かくなる上は接近して戦艦の火力を生かした砲撃戦を仕掛けるべきだろうか…?。敵機が補給を終え、第2波が来るまではまだ時間がある。

「…各艦に通達。このまま敵艦隊に接近し砲撃戦を仕掛けます。」
「分かったわ…魚雷の安全装置外すわね。」
「雪風はいつでも行けます。」
「砲撃戦ならまだ気合入れればやれるわ!」
「砲撃戦ですか…大和の46センチ砲が騒ぎますね。」
「こちらも甲板の応急修理が終わり次第、護衛機を飛ばします。」
各艦は私に従ってくれた。皆、目に闘志が宿っていた。



「あっ、砲撃戦始まったっぽい。」
「夕立ちゃん、状況はどうですか?」
「まだ五分五分っぽい。」
「なら、まだ私達の出番はまだね。でも、不測の事態に備えて兵装の安全装置は外しておいて。」
「了解です。」
「了解っぽい。」
砲撃戦が行われている海域から少し離れている所で双眼鏡を片手に演習を見守っているのは霧島、夕立、綾波の3人である。鎮守府きっての武闘派である彼女達は提督からじきじきに与えられた任務の為この海域に来ていた。その任務というのは…
「『不測の事態に備え演習を観戦、状況によっては介入し鎮圧せよ。』ですか…しかし、そんな事起こるんでしょうか?」
「綾波、油断はしない方が良いっぽい。」
「そうね、普通演習なら危険は無いけど、今回は事情が事情だから…」
「…そうですね。」
この3人は今回の件については比較的に中立派なのでお呼びがかかった訳だが、姉達3人が潰しあっているというこの状況を霧島はどんな風に見ているのだろう。と綾波は思う。
「まぁ、私は殴り合いくらいなら静観するつもりだけどね。雨降って地固まるって諺もあるし。」
別に特に心配したり心を痛めていたりはして無かった。
「霧島さんはダコタさんともそれで分かりあったっぽいしね。」
「まぁ彼女とは…良いお友達よ。」
「…ああ、『強敵と書いて友と読む』みたいな…」
「…否定はしないわ。」
霧島が艦娘に転生した直後の話である。ある時、米国艦隊との合同演習が行われた。アメリカと日本は現在同盟国同士であり、深海棲艦という新たな脅威に対してそういった事が行われるのも当然の流れであった。事件はそこで起きた。あろう事か霧島とサウスダコタが運悪く遭遇してしまったのだ。二人は前世で殴り合いとも言えるほど近距離で砲撃戦を行っており、仇敵とも言える間柄である。当然の事ながらメンチの切りあいの後殴り合いが発生。エンタープライズやミズーリにアルバコア、陸奥に金剛に加賀といった両国の艦娘達が文字通り命がけで止める事になった。その後霧島とサウスダコタはそれぞれの旗艦である長門とペンシルベニアにこっぴどく叱られた後、二人して独房行きになったという武勇伝を持っている。しかし、この事がきっかけになって二人の間では奇妙な友情が芽生えた。少年漫画にありがちなパターンと言えば分かりやすい。さらに、この時の危機を共に乗り越えたという事で日米の艦娘間にあった溝が少し解消されたという嬉しい誤算もあった。
「とにかくそういう事だから彼女達には存分に発散してもらいましょ…無論刃傷沙汰になったらすぐ止めに行くけどね。」
「分かりました。」
「分かったっぽい。」



「撃ち方始め!」
既にお互いの姿が見える所まで接近した私達はすぐさま砲撃戦に入る。敵空母隊から何機か艦載機が上がってくるが、まだ補給が完全でない様で数は少ない。そのまま同航戦にもちこみ砲を放った。
「各砲門斉射開始!気合、入れて!」
「砲撃戦ですか…腕が鳴りますね。」
比叡さんと大和さんが砲撃を開始した。負けじと向こうからも金剛さん、榛名さんが反撃を開始する。私達駆逐艦は敵空母から上がってくる護衛機の相手と隙があれば魚雷を打ち込む。

「榛名!そこをどいて!」
「いくら比叡お姉さまでもここは抜かせません!」
比叡は先程から榛名と激しく戦っている。だが、中破している分不利なのは否めない。そうしているうちにも飛んできた砲弾が比叡に命中する。
「ちっ、航行不能判定!でも…せめて榛名だけでも…」
「比叡さん!!」
「来ては駄目!」
見かねた雪風が比叡のフォローに入ろうとするが比叡はそれを拒否した。
「私はもう駄目。雪風まで巻き添え喰らうわよ!」
「ですが…!」
「無事な大和さんと赤城さんの支援に行きなさい!」
「…了解。」
そう言われて雪風は比叡から離れる。これで良い、と思う。死に掛けている自分の為に無事な雪風まで危険に晒すわけにはいけない。
「せめてもう一撃だけでも…」
最後の一発になるであろう砲弾を主砲に込め発砲した。次の瞬間、榛名の砲撃が比叡に命中し、比叡に撃沈判定が出た。
やれるだけの事はやった。と、比叡は思いながら後ろ髪を引かれる思いで演習海域より退避する。演習で撃沈判定の出た艦娘は演習場から撤退する決まりになっている。



「さすが比叡お姉さまです…」
「榛名!無事デスか?!」
「はい、大丈夫です。でも…3番主砲に直撃弾。使用不能です。」
「無理しちゃNOですよ!」
比叡が最後に放った砲弾は見事に命中し、榛名を中破判定に追い込んでいた。
「加賀!大鳳!瑞鳳!補給はまだ終わりませんカ?!」
「こちら加賀。行けます。」
「大鳳。もう少し待ってください!」
「こっちは準備できてるよ。」
「すぐに発進させてくだサーイ!」
そう金剛が言った瞬間、加賀に砲弾が命中した。
「…やられました。甲板破損、ごめんなさい。航空機発着出来ません…」
「正規空母をone shotで大破させるこの砲の破壊力…大和デスね…」
金剛が苦虫を噛み潰したような顔になる。一航戦の加賀の戦闘不能は痛い。



「加賀さんに命中確認。中破ないし大破!」
「ふぅ…これで少しは楽になりますね…」
「初霜、油断は禁物よ。まだ沈めて無いし空母はまだ2隻いるわ。」
私と霞は大和さんの脇で援護を行っている。比叡さんがやられた時はどうなるかと思ったがこれで状況は五分五分になった。
「日が暮れる前に加賀さんに止めを刺しましょう。航空機、全機発艦!」
赤城さんはそう言って航空機を放つ。姉妹の様な加賀さんが相手でも敵に回った以上、そして間宮のタダ券が懸かっている以上容赦は無い様だ。ちなみにタダ券は1枚は協力してくれると言った時に渡し、残りの2枚は赤城さんがしっかりと活躍したら渡すという契約である。

『敵機、発艦を開始!』
赤城さん所属の彩雲から連絡が入る。大鳳さんと瑞鳳さんの艦載機が完全に補給を完了した様だ。
「もうすぐ日が暮れます。それまで持ちこたえて!」
私はそう言って味方を励ます。夜間戦闘機を使用する空母娘はこの鎮守府には居ないので日が暮れると空母はただの置物になってしまう。提督も上に夜間航空機の開発を要請しているが、開発は難航しているらしい。だが、この場では夜間航空機が配備されていない事を感謝した。

『流星隊より赤城へ!我敵空母加賀を撃沈す。』
「赤城より現在上がっている各機へ、よくやりました!日が暮れるまでもう少し暴れて良いですよ。」
『了解!』
「…初霜ちゃん。これでタダ券はもらえますよね…?」
「見事です。契約通り帰ったら赤城さんの部屋に届けておきます。」
「楽しみですね。」
赤城さんの航空隊が加賀さんに止めを刺したらしい。上空では大鳳、瑞鳳の航空隊と赤城さんの航空隊の戦闘が行われているが、錬度に勝る一航戦の方が有利だった。
太陽が水平線に沈み始めている。夜戦になれば駆逐艦でも十分勝機がある。と、金剛さん達からの砲撃を避けながら私は思った。
「何を頼もうかしら…アイスに羊羹…ラムネも捨てがたいですね…」
「赤城さん…まだ戦闘中ですよ…」

「…」
霞は何となく嫌な予感がしていた。
その原因は先程から何処かに潜っているだろう潜水艦伊168の事だった。潜水艦トラウマ組の一人である彼女はその事が頭から離れない。赤城は慢心しているが、もし自分が伊168の立場ならそこを狙うだろう。目測を誤りやすい夕暮れ時とはいえ、腕の良い潜水艦なら魚雷を当てる事など造作も無い。
その時だった。
積んできたソナーが潜水艦の放つピンガーの音を確かに感知した。場所は赤城の真下。
「赤城!危ない!」
言葉よりも体が早く反応する。すぐさま伊168の潜んでいると思われる所に爆雷をばら撒く。
だが、一足遅かった。ソナーが伊168の撃沈判定を示すが模擬魚雷は既に放たれていた。
「雷撃!?真下…?」
赤城は回避行動をとるが正規空母の様な大型艦艇は俊敏には動けない。4発放たれた魚雷のうち2発が赤城に命中した。
「赤城さん、大丈夫ですか?」
「…舵およびスクリューに破壊判定、航行不能です。雷撃処分ものですね…」
「なんであそこで油断したのよ…?」
「慢心しました…」

「気づかれないと思ったんだけどなー。」
そう言って伊168が浮上してきた。
「イムヤさん…いつから私の真下に居たんですか?」
「比叡さんがやられた辺りかな…」
「ストーカーか、アンタは…」
「こんなのヨークタウンを殺った時に比べれば大した事じゃないわ。でも、撃沈判定か…まぁ加賀の仇はとったわ!」
そう言うとイムヤさんは再び潜水した。恐らく海中から今後の展開を見守るつもりだろう。だが日が暮れる前に倒せて良かった。日が暮れて闇に紛れられたら潜水艦の発見は極めて困難になる。
「これで4対4ですか…」
雪風が心配そうに言う。
「でも、もう日が暮れるわ。そしたら私達の出番よ。」
何はともあれここまで生き残った。駆逐艦の本領発揮はこれからである。



「oh、Sunがdownしますか…出来れば昼間に決着をつけたかったのですが…」
「お姉さま、大鳳さんと瑞鳳さんを下がらせましょう。」
「そうですね…大鳳と瑞鳳は艦載機回収後後方へback。ケリは私達がつけマス。」
「大丈夫なの?榛名さんは中破してるし、金剛さんも何発か被弾してるけど…」
「瑞鳳、私達は同志であると共に提督を巡るrivalなんですよ。余計な気遣いはNO,Thanksデース。」
「それはもっともだけど私達は今同じ艦隊の所属。心配するのは当たり前です。」
「仲間ってやつ?」
「大鳳、瑞鳳…」
「まぁ、私達は夜は置物だしね。素直に下がらせてもらうわよ。」
「金剛さん、榛名さん、必ず勝って下さいね。そうしないと次のステージのあなた達との提督争奪戦にも移れませんから。」
「OK、わたしに任せてくだサーイ。榛名、行きまショー。」
「了解です。」



「大和より初霜ちゃん、霞ちゃん、雪風ちゃんへ。こちらも可能な限り援護しますが、夜戦の主役はあくまでもあなた達です。この勝負はあなた達にかかっていると言っても過言ではありません。…初霜ちゃんの為にも必ず勝ちましょう!」
そう言って大和さんが私達に激を入れる。
「もっと勇ましく『非理法権天』とでも言ったらどう?」
いつもの調子で霞は大和さんの言葉に横槍を入れる。
「昔みたいに特攻に行くわけじゃありませんから…全艦無事で勝利したいのであえて言いません。」
「まぁ、アンタらしいわ。」
そう言って霞は微笑んだ。
「初霜ちゃん、準備は大丈夫ですか?」
「こっちはいつでも良いわ。ところで雪風ちゃん、本当に照射役やる気なの?」
雪風は手に神通さんから借りてきたと思われる探照灯を持っている。探照灯は夜戦における必須装備である。これで敵を照らして味方の攻撃を集中させる。電探と併用すればより高い戦果を期待できる。反面、照射役の艦は敵から狙い撃ちされるというデメリットもあり、現に前世で暁や神通などはそれが原因で轟沈している。
「心配しなくても大丈夫です。雪風は運が良いですから。」
頼もしげに雪風は返した。
「さぁ、初霜、雪風、勝ちに行くわよ。」
霞の言葉を合図に私達は進撃を開始した。



時間はそれほど経っていない。まだ金剛さん達はこの近辺に居るはずだ。
「それらしいものを見つけたらすぐに報告して下さい。」
「…っ、こちら大和。電探に反応!方位―きゃっ!」
次の瞬間、砲弾が大和さんに命中する。どうやら先手は向こうに取られてしまったらしい。発砲炎が見えた辺りにそれらしき陰がはっきりと二つ見えた。
「こちら雪風、居ました!あれです!」
「大和さん!被害状況は!?」
「直撃です。第一主砲破損判定!大破です。」
「アンタは下がってなさい!あいつらは私達が始末する!」
そのまま全速前進。私と霞と雪風は闇に紛れて金剛さん達に接近を試みる。私は近づきながら牽制の魚雷を2発放つ。この距離ではまず当たらないが牽制としては十分だ。
「霞ちゃん、雪風ちゃん、あと魚雷は何発残ってる!?」
「こっちは3発よ!」
「雪風は2発です。」
「こっちは2発。十分ね…」
不思議と気分が高揚した。なんだかんだいっても私にも水雷屋の血は流れているらしい。



「大和、中破ないし大破。」
「nice shot!さすが私のsisterデース。」
「光栄です。」
「ですが、問題は残りのdestroyersデス。闇に紛れられたら対処出来ません…」
「っ!敵艦発見!一隻こちらに向かって来ます。副砲、撃てぇー!」
まだ主砲の次弾の装填が終わっていない榛名は副砲で迎撃に入る。何発か撃った中で一発が敵駆逐艦に命中する。だが、まだ撃沈判定は出ていない。



霞は単艦で榛名の元に向かっていた。これは彼女が手負いの戦艦なら一人でもやれると判断した為である。まだ戦闘力を残している金剛の元により多く戦力を割きたかった。だが、現実は厳しい。闇に紛れて至近距離から魚雷を打ち込むつもりだったが、接近中に榛名にバレてしまった。何発か砲撃を喰らい、一発が命中。中破判定が出ている。だが、お人よしで優しくて腕の立つ友の為にもこの程度で諦めるわけにはいかない。幸い魚雷発射管はまだ生きている。息を吐きながら榛名に狙いを定めた。
「…沈みなさい!」
もう少し接近したかったが、榛名の砲がこちらを狙っている以上仕方が無い。恐らく現在榛名の砲はリロード中だ。この機会を逃すわけにはいかない。
腕の魚雷発射管から3本の魚雷飛び出した。榛名は回避行動に移るが遅すぎるし、近すぎる。数秒後には魚雷が命中し榛名に撃沈判定が出た。



「榛名…っ!」
金剛が妹の名を叫ぶが、撃沈判定が覆るわけも無い。すぐさま金剛は気持ちを切り替え目を自分の周りに向け、こちらに接近してくる駆逐艦2隻に狙いをつける。闇のせいで見辛いが恐らく手前に居るほうが背格好からして雪風だろう。初春型と陽炎型を比較した場合、圧倒的に陽炎型の方がハイスペックだ。初霜の方は旗艦だが性能はあまり良いとは言えない。まずは雪風を撃破し、初霜の方は後でゆっくり料理してやれば良い…金剛は即座にそう判断し主砲の狙いを雪風につけ、発砲した。
放たれた砲弾は見事雪風に命中した。続けて2打目も発砲する。次弾も命中した。駆逐艦が戦艦の主砲を2発も喰らえばタダでは済むまい。



「雪風ちゃん!?…くっ!」
前方にいた雪風に金剛さんの砲撃が命中した。航行不能判定が出た為かその場で停止してしまう。だが私はそれに構わず前進する。腰の魚雷管に装填されている2本の魚雷が金剛さんに対抗しうる唯一の「槍」だ。外せばそこで終了である。金剛さんの副砲口と目が合ったがそんな事を気にしている暇は無い。主砲は先程雪風に向け放たれたが副砲はまだ残っている。威力の低い副砲と言えど駆逐艦の装甲など紙に等しいので命中すれば大ダメージである。一方でこちらの魚雷も直撃すれば一撃で戦艦でも撃沈しうるだけの威力がある。現に前世で金剛は潜水艦シーライオンⅡの放った4本の魚雷のうちの2本が原因で轟沈しているのだ。この勝負はより早く、より正確に攻撃をした方が勝つだろう。

次の瞬間雪風の探照灯が金剛さんを照らした。おかげで狙いがつけやすい。
私は狙いをつけ魚雷を発射する。そして金剛さんからも砲撃が飛んでくる事を考え身構える。だが、金剛さんから砲撃が飛んでくる事は無かった。



「what!?」
いきなり探照灯で照らされた。副砲によって初霜を攻撃しようとした矢先の事である。探照灯による目潰しのせいで砲撃が出来ない。
「何処からデスか?雪風は沈めたはず…沈めたはず…?」
金剛は、はっ、となる。確かに雪風に砲撃は命中したが撃沈判定は出ていなかった。だが、あそこまでダメージを受けていたら探照灯にも普通破壊判定が出るはず…
そんな事を考えているうちに魚雷の発射音が聞こえた。目がやられている為、音でどこから飛んでくるか予想して回避しなければいけない。
「外れてくだサイ!」
しかし、金剛の願いに反し2発の模擬魚雷が金剛に命中した。
一発は舵とスクリュー付近に命中。両方に破壊判定が出る。そして金剛に妖精さんが撃沈判定を告げた。



「勝った…?」
妖精さんがこちらの勝利を告げた後、私はしばらく呆けていた。実感が湧かない。敵旗艦撃破という事でこちらに軍配が上がった様だ。
「おめでとうございます初霜ちゃん!」
「これでアイツは名実共にアンタの物よ。」
雪風と霞が駆け寄ってきた。大和さんや赤城さんや比叡さんもこちらに来るのが見える。
「…雪風ちゃん、今回の勝因は最後の照射のおかげよ。ありがとう。」
私は雪風の手を握って感謝を伝える。
「実はあの時雪風の武装は全部破壊判定が出てたんですが、探照灯だけは運よく生きてたんですよ。」
「さすがの豪運ね…アンタらしいわ。」
「幸運艦の名は伊達じゃ無いわね。」
そう言って私達三人は笑いあった。

「oh、無念デース。」
金剛さん達も近づいてくる。
「金剛、約束通り初霜と提督の関係は認めてくれるんでしょうね?」
「…約束は約束デース。私達も二人の関係を認めまショー。」
他の5人も仕方が無いという顔で頷いた。
問題は金剛が次に言い放った言葉である。
「でも、私は提督の事は諦めまセーン。Never give upデース。」
「なっ!?諦めるって約束じゃなかったの?!」
「霞、私はあの時二人の関係を認めるとは言いマシタ。でも、提督を諦めるとは一言も言ってまセーン!!」
さすが戦艦だけあって転んでもタダでは起きない。正直汚いと思うが確かに勝負を挑んできた時、金剛さんは負けたら提督を諦めるとは一言も言っていない。金剛さんと霞の間で言い争いになっているが金剛さんの性格からいって考えを曲げる事は無いだろう。向こうからは「つまり提督を寝取れば…」とか物騒な事をブツブツ言ってるのが聞こえてきた。これは本当に提督を寝取られないように気をつけねば…Nice boatもといNice destroyerなバッドエンドは私もごめん被りたい。
後ろからはヒエーって叫びも聞こえてくる。比叡さんには本当に同情する。



「私達の出番が無くて良かったですね。」
事の顛末を双眼鏡で見ていた綾波はほっ、と息をつく。
「そうね、多分矢矧が偵察機でも飛ばしてると思うけど一応提督にも詳細を報告しときましょう。無事任務遂行したし間宮のタダ券でも貰えるかもね。」
「間宮♪間宮♪」
恐らくある意味今日一番気を張ったと言える霧島一行も帰還の途につく。
「ところで霧島さん。私こんな写真を撮ったんですが…」
綾波が霧島に記録用に持ってきたデジタルカメラ(防水防塩加工済み)で撮った写真のうち一枚を見せる。
「この彩雲…あそこに居る4人の隊の所属機じゃ無いですよね…?」
「そういえばそうね…この塗装は誰所属のだったかしら…?」
「夕立、それ分かるっぽい。」
「夕立ちゃん、分かるの?」
「それ多分隼鷹さんの所属機っぽい。前一緒に出撃したから覚えてるっぽい。」
「隼鷹の…?でも何でこんな所に…?」
「…脱走兵、とか…?」
「いずれにせよ問題ね。それも提督に報告しておきましょう。」

後日、この写真が決め手となり今日の演習で賭けをやっていた事がバレて隼鷹が加賀からお説教を受けたのはまた別のお話。

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