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恒心文庫:貴洋が生えている時

提供:唐澤貴洋Wiki
2022年1月25日 (火) 13:48時点における>チー二ョによる版
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本文

オフィス街を歩いていると打ちっぱなしのコンクリの壁から貴洋が生えている時がある。
人と同じように首の上に顔が座っており、膝と肘のところに二つずつ四つの顔、合計五つの顔がある。
その顔はクルクルと回りあたりを見回す。
純白に少し黄色を足したような白目に射干玉を嵌め込んだような黒目
双眸が往来する人々を見据えうっすら口元に笑みをたたえているようにも見えるがそれが笑みなのかどうかはわからない。しかし行き交う人は見えていないのか、見ないふりをしているのか反応する様子もない
忙しなく乗り降りする電車にも貴洋が生えている時がある、やはり複数の顔がありその一つ一つの顔全てが電車の車輪の直径の2倍はあろうかと言う大きさである。
やはり電車に乗り降りする人は巨大な貴洋の顔に目も暮れず人混みの中に消えてしまう。
見えてないのか見ないふりなのかはわからない。
貴洋は空が明るみ始める頃に空から生えてくる時がある、雲間をぬってヌッと現れた顔は死んだ魚のような目で地表を見つめ続ける、そして雨の如く貴洋は降り注ぎ地表を埋め尽くす。窓の外には貴洋の顔がある、道を歩けど海で泳げど山を登れど、電車に乗れど海に沈められどもそこには貴洋の顔がある、勿論みんな見ないふりをする。

駅も道も、遍く天の下にある物は様々な人が利用する。
学生にサラリーマンや暴力団、士業の人間といった普段は同席することもない人間が互いの肩書きや存在に気がつかずにすれ違いつづける。電車で目の前に立っているモノが医者であれ弁護士であれ貴洋であれそれの属性やなど知る由もないのだ
誰であろうとモノであろうと、人であればたとえそれが凶悪犯だとしてもだ。どんなに得体の知れないものでも、それが何か具体的にわからない限り目もくれない。
目の前のものに関心を一切持たないこと、それはある意味では形を変えた見ないふりをしているともいえるのかもしれない。

誰もが貴洋を見ないふりをする。
どこに生えてようと誰から生えようと
誰のそばにいようと
貴方のそばにいようとも。
地表を隈なく埋め尽くした貴洋に幾度もすれ違い目が合いながらも
誰もが見ないふりをしながら今日も1日が始まり終わる。

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。

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