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恒心文庫:「粘土でできた人形」

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

いい加減誹謗中傷にも慣れてきた。だが、疲れは溜まるようだ。しかも、単なる誹謗中傷ではなく、はては命まで狙われているかもしれないほどなのだ。疲れも溜まるというものだろう。
それともこれは、単に仕事によるものだろうか。
唐澤は疲れたといった様子でいつもの店に向かった。
彼は弁護士である。ビルにバーやホテルもある、大きなビルに事務所を構える大物だ。
ところが数年前に一人の青年の弁護をしたせいで、炎上にさらされている。

その炎上とは…よそう、よそう、といったように彼は頭を振る。
気付けば席についていた。注文を取りたいところだが、どうも今日は鬱々としている。
これはストレスだろうか。

「あの…すいません。ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか。」
そこに一人の青年がやってきた。
席はまだ空いている。釈然としなかったが、無言で首を縦に振った。
「すいませんね。何かお困りのようでしたが。」
しばらく間を置いて、えっ、と唐澤は反応した。この手の相席では無言が普通である。

知らないうちに口に出ていたのだろうか。
「申し訳ございません。独り言を聞かれてしまっていたようで」
青年は首を振る。
「いいえ、そういうわけではありません。私、仕事柄見分けてしまう癖がついていまして。どうやら図星のようですね。」
仕事柄、図星。相談してくれてもいいんだよ、と諭すような口調。
最近のカウンセラーは自分から営業をかけていくらしい。
「あ、申し遅れました。私こういうものでして…」
「問題解決研究社?」
「はい。お客様は私のことをカウンセラーだと思っておいででしょうが、そうではありません。問題解決に対して違った角度から取り組む会社です。」
いつの間にかお客様になっている。
だが、確かにカウンセラーではないようだ。
よく見れば、豪華な身なりをしている。カウンセラーとは違った目つきである。そもそもこんなビルにカウンセラーなんているわけがないのだ。
だめでもともとだ。彼は話してみることにした。

「……なるほど。大変な目にあっていらっしゃるのですね。炎上とは初めてのケースだ。」
青年は頼りなさげに顎に手を当てる。
「解決できますか。」
「いいでしょう。問題解決に取り組むことにします。規模はよくわかりませんが……何ぶんネットの炎上には縁がない身分で。」
唐澤は少しムッとした。
それを青年は敏感に察した。
「不快にさせてしまったのなら申し訳ございません。最善の方法を選びましょう。」

少しした後、青年は粘土でできた人形を取り出した。
「呪術ですか。」
「話が早くて助かります。呪術です。」
「この人形は、現在、または近い未来で受けている災厄を肩代わりさせることができる代物です。一発殴れば、一発殴られる未来を回避することができます。軍人達はこれに銃弾をぶつけて効果を示されていましたね。」
「また、首を絞められている最中でも、この人形の首をずっと絞めていれば、苦しみは何処かへ行ってしまいます。」

これはガーズー族の…と説明を繰り広げられている間、唐澤は案の定、といった感じで呆れた態度になってしまっていた。
「いえ、そのようにお思いになさるのもごもっとも。この現代の世の中では伝統の一片にしかならないのが現実です。」
「しかし、この効果は現実です。一晩ほど貸してあげましょう。効果がなければ、お詫びのお金も払います。」

そこまで言うなら、と結局もらってきてしまった。
現在唐澤は自分の部屋にいる。
そして彼はもらった人形に、罵声を浴びせる。これで誹謗中傷はなくなるだろうか。

翌日、開いたばかりの店にいたのは二人だけ。
不満げな唐澤と、真顔の青年である。
「あなたの人形は効果がなかったじゃあありませんか。」
「そんなはずはないのですが…誹謗中傷している掲示板というものを見せていただけますか?」
唐澤は用意したパソコンを見せる。青年はしばらく見ていたが、おもむろに口を開いた。
「人形にはどんな罵声を浴びせましたか?なるべく全てを思い出していただけるとありがたいのですが…」
唐澤はため息をついた。嫌な顔をしながら、自身を誹謗中傷していく。「無能」「脱糞」「掘られた」etc…
青年はパソコンを無言で打ち込んでいくが、しばらくしてニヤリと笑った。
「確かに効果はあったみたいですよ。ご覧ください。あなたの言った言葉を避けるように誹謗中傷がなされている。」

しかし解決には至らず、また、貴重なデータもとれた。代金は結構です、との言葉を残して、青年は何処かへ行ってしまった。呪術師でも出張営業はあるらしい。
結局彼の手元に残ったのは、謝礼とお詫びとして渡された10体の人形だけ。これでなんとかしろということか。

最初唐澤は人形にひたすら罵声を浴びせていた。
だが、しばらくすると意味のないことに気付いた。連中は避けて通ってくるし、何よりも近い未来分の誹謗中傷しか防げないのだ。毎日罵声を浴びせるわけにもいかない。
だから今度は、根本からの解決を試みた。ネット”炎上”、というのである。人形を燃やせば、脱することができるのではないか。これは大炎上である、と彼は自覚していたので、10体一気に燃やしてしまった。
しかし、ダメだったようだ。ガーズー族とやらは、きっとパソコンに触れたことがないのだろう。

翌日、唐澤は火災報知器の音で目を覚ました。同じく目を覚ました老いた父と共に慌てふためいていたが、単に小規模な火が出ただけらしい。
「こんなこと初めてじゃよ。なんにせよ、単なるボヤで良かった。こんな都会のこんな高級ビルで、火災などあってたまるものか。」


しばらくして、唐澤はぞっとした。
初めてではない。11回目である。

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