唐澤貴洋Wiki:検索避け/テクノロジーと差別 ネットヘイトから「AIによる差別」まで/本文
第6章
ネット上の人権侵害に対する裁判の現状
唐澤貴洋………弁護士
1………はじめに
本章では、インターネット上の人権侵害に対して利用される「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)(以下、「プロ責法」と言う)に基づく手続きについての現行法、改正法の概観を示すとともに、インターネット上の人権侵害に関する近年のいくつかの裁判例を紹介し、そこでの判断構造を分析し、現在存在する人権侵害に対し、現行法の有効範囲を示すとともに、そこでの限界を踏まえて、今後どのような立法が検討されるべきかについてその視点を示していきたい。
2………権利侵害への法的対応 ——発信者情報開示手続きを中心に
1 現行法としてのプロバイダ責任制限法
現在、インターネット上の人権侵害に対して、発信者情報開示の点で、どのように対応していくかを簡単に示す。インターネット上で、権利侵害情報[?]があった場合、権利侵害情報の発信者は通常、匿名であることが多いため、権利者情報の公表によって、発生した精神的侵害の回復を求めるための損害賠償請求を行うために、発信者を特定することが求められる。
この手続きで利用される法律が、プロ責法であり、それを受けて制定されている総務省令である「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令」(以下、「プロ責法」と言う)である。
プロ責法は、特定電気通信役務提供者(以下、「プロバイダと言う)がインターネット関連サービスの提供時の管理行為として、権利侵害情報の削除や、権利侵害情報の発信者情報の開示に関して発生するプロパイダの法的責任について、一定の要件下での免責と、権利侵害情報の被害者に対して発信者情報開示請求権を認めた法律である。
発信者は、インターネット接続サービスを利用し、インターネットにアクセスし、自己が管理する端末から、権利侵害情報を発出し、インターネット上でコンテンサービスを提供しているサーバに権利侵害情報を記録する。インターネット接続サービスを利用した場合、フリーWifiを利用していなければ、インターネット接続サービス提供事業者(Softbankなど)(以下、「経由プロバイダ」と言う)は、権利侵害情報の発信者に関する契約者情報を保有している。被害者とすれば、発信者の法的責任を追求するためには、かかる契約者情報を取得する必要があるが、直接的に契約者情報を取得する方法は、発信者が自分でサーバを立てて、権利侵害情報を発信している以外は、コンテンツサービス提供事業者(以下、「コンテンツプロバイダ」と言う)に対して、発信者情報の開示を求め、IPアドレス、権利侵害情報の発信日時の提供を受け、判明したIPアドレスについて管理している経由プロバイダに発信者情報開示請求をするという二段階の手続きを経るしかない。
この二段階の手続きは、総務省の指導のもと、基本的に裁判手続きを経る必要があったため、被害者としては、2度の裁判手続きを行う必要があった。海外のコンテンツプロバイダ(Twitter、Googleなど)に対して、法的手続きを行う必要がある場合、日本国内のコンテンツプロバイダに対して開示請求を行うよりも、求める発信者情報の内容(携帯電話番号、メールアドレス)によって、一段階で手続きを行うこともできたが、この場合、裁判上保全手続きを利用するよりも時間のかかる海外送達手続きを利用せざるを得ず、判決まで1年以上かかることもあった。
海外のコンテンツプロバイダにおいては、ログイン時のIPアドレスしか保有してないとする事業者(Twitter、Googleなど)もおり、ログイン時IPアドレスが、法令上、発信者情報開示の対象とされるIPアドレスなのかといった不毛な争いも裁判上繰り広げられ、被害者を置き去りにした議論を強いられることもあった。
この二段階の裁判手続きの利用にあたっては、証拠に基づく事実の主張、その事実に対する法の解釈適用といった専門的知識が求められる手続きであるため、弁護士の利用が事実上必要とされるため、被害者としては、のちの損害賠償請求での回収を期待することのできない、弁護士費用がかかっている。そもそも経由プロバイダ、コンテンツプロバイダが、事業により得ている利益についての応分の費用をかけて、権利侵害情報への対応が求められる問題について、実質的に、一方的に被害者に負担がかかる構造がそこに存在していた。大手コンテンツプロバイダについては、法的対応を任意で求めても、定型文でただ返してくるという事故の対応の正当性について疑義を感じさせる対応をしてるのが現状であり、その問題は、いまだ解決できない問題として存在している。
2 改正法としてのプロバイダ責任制限法
同法律は、被害者にとって、大変使い勝手の悪い法律であったことから、2021(令和3)年4月21日改正、4月28日公布され、公布から1年6月以内の施行されることになっている。主たる改正点は、従来の発信者情報開示手続きに加え、非訴手続きとして新たに発信者情報開示手続きを設け、一度申し立てた手続き上で、これまでバラバラで行われていた手続きについて、五月雨式に行える手続きとして整備されることとなった。
具体的には被害者が、裁判所に対し、コンテンツプロバイダを相手方とする発信者情報開示命令とともに、提供命令の申し立てを行い(改正法8条、15条1項)、裁判所により提供命令の発令をもって、コンテンツプロバイダから被害者に対し、経由プロバイダの名称提供が行われる(改正法15条1項1号イ)。
これにより、被害者は、開示された経由プロバイダを相手方として、契約者情報の開示命令を申し立てることができるようになる。そして、被害者が、同開示請求の申し立ての事実を、コンテンツプロバイダに通知をすると、コンテンツプロバイダは、経由プロバイダに対して、保有する発信者情報(IPアドレスなど)を提供することになる(改正法15条1項2号イ)。最終的に裁判所より、経由プロバイダに対し、開示命令が発令された場合、発信者の契約者情報が開示されることになる。
その他、ログイン時IPアドレスについて一定の要件のもと、発信者情報開示対象のIPアドレスとされ、IPアドレスのログ保存を求める消去禁止命令も同手続き上で行えることとなった(改正法第16条1項)。また、新手続きを利用すれば、保全手続きによって規律されるため、経由プロバイダに対する呼び出しについても海外送達ではなく、その呼び出しが、相当と認める方法(民事保全規則3条1項)(具体的には、EMSなど)を利用できるようになり、送達にかかる時間の短縮が図られることとなった。管轄については、コンテンツプロバイダについて管轄を有する裁判所に、経由プロバイダに対する開示命令の申し立ても行えるようになり、管轄を異にするということを避けることができるようになる。
以上のように、改正法では発信者情報開示は一連の手続きとして、従前の手続きよりも迅速化が図られるようになった。ただ、実際に、どの程度迅速化が図られるかは、運用によるところもあるので注視が必要である。
3………人権侵害関連裁判例
1 京都朝鮮学校襲撃事件(京都地方裁判所2013年10月7日判決)
①事案の概要
在日朝鮮人の学校を設置・運営する法人である学校法人京都朝鮮学園が、2009年12月4日、2010年1月14日および同年3月28日の3日にわたって複数名が行った街頭での示威活動およびその映像をインターネットを通じて公開したことが不法行為に該当し、これにより同学園が被害(1日分1,000万円)を被ったと主張し、その複数名(関連する任意団体も被告とされている)に対し、その損害の賠償金の連帯支払を求めるとともに、その複数名に対し、法人の人格権に基づき、同様の活動の差し止めを求めた事案である。
示威活動の内容としては、学校周辺で、同校関係者に対し、拡声器を用いて、「『我々はX公園を京都市民に取り戻す市民の会でございます』『主権回復を目指す会及び在特会関西の有志でございます』『(本件学校は)公園を50年も不法占拠している』『日本国民が公園を使えない』『この学校の土地も不法占拠だ』『我々の先祖の土地を奪った。戦争中、男手がいないとこから、女の人をレイプして奪ったのがこの土地』『戦後焼け野原になった日本人につけこんで、民族学校、民族教育闘争、こういった形で、至るところ、至る日本中、至るところで土地の収奪が行われている』『日本の先祖からの土地を返せ』『これはね、侵略行為なんですよ、北朝鮮による』『ここは北朝鮮のスパイ養成機関』『犯罪者に教育された子ども』『ここは横田めぐみさんを始め、日本人を拉致した朝鮮総連』『朝鮮やくざ』『こいつら密入国の子孫』『朝鮮学校を日本からたたき出せ』『出ていけ』『朝鮮学校、こんなものはぶっ壊せ』『約束というのはね、人間同士がするもんなんですよ。人間と朝鮮人では約束は成立しません』『日本に住ましてやってんねや。な。法律守れ』『端のほう歩いとったらええんや、初めから』『我々は今までみたいな団体みたいに甘うないぞ』『この門を開けろ、こらぁ』等の怒声を次々と間断なく浴びせかけ、合間に、一斉に大声で主義主張を叫ぶなどの示威活動」を行い、また、「『不』