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>化学に強い弁護士 細 (→臥薪嘗胆の日々) |
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=== 薪臥・呉王夫差の復讐 === | === 薪臥・呉王夫差の復讐 === | ||
紀元前497年(春秋戦国時代)、越を強勢に築き上げた<ruby lang="jp">允常<rp>(</rp><rt>いんじょう</rt><rp>)</rp></ruby>が死に、太子である<ruby lang="jp">勾践<rp>(</rp><rt>こうせん</rt><rp>)</rp></ruby>が後を継いだ。越と敵対する呉王、<ruby lang="jp">闔閭<rp>(</rp><rt>こうりょ</rt><rp>)</rp></ruby>は宿敵を滅ぼすべく越に攻め込んだのである。 | |||
しかし、紀元前495年、越の奇策によって呉は大敗する。闔閭は足の親指に矢傷を負い破傷。それが原因で無事死亡した。 | しかし、紀元前495年、越の奇策によって呉は大敗する。闔閭は足の親指に矢傷を負い破傷。それが原因で無事死亡した。 | ||
代わって闔閭の太子である<ruby lang="jp">夫差<rp>(</rp><rt>ふさ</rt><rp>)</rp></ruby>が呉王として即位。父の臨終に復讐を誓った彼は日々薪に臥し、その屈辱を思い出していたと伝えられている。 | |||
そして紀元前495年、遂に夫差は精鋭を率いて越を破り、越王勾践を会稽山に追い詰めたのである。 | そして紀元前495年、遂に夫差は精鋭を率いて越を破り、越王勾践を会稽山に追い詰めたのである。 | ||
=== 嘗胆・越王勾践の復讐 === | ===嘗胆・越王勾践の復讐=== | ||
窮地に立たされた勾践。彼は夫差に助命を申し込み、夫差もそれを受け入れた。 | 窮地に立たされた勾践。彼は夫差に助命を申し込み、夫差もそれを受け入れた。 | ||
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こうして越は10年間国力を蓄え、紀元前478年に呉へ攻め込んだ。呉王夫差がおらず太子が留守を任されていた呉は立ち向かうも連戦連敗。紀元前473年、とうとう夫差は皮肉にも、あの会稽山に追い込まれたのである。 | こうして越は10年間国力を蓄え、紀元前478年に呉へ攻め込んだ。呉王夫差がおらず太子が留守を任されていた呉は立ち向かうも連戦連敗。紀元前473年、とうとう夫差は皮肉にも、あの会稽山に追い込まれたのである。 | ||
=== 呉越戦争の終結 === | ===呉越戦争の終結=== | ||
夫差の部下は勾践に和睦を申し込んだ。かつて夫差が勾践の命を助けたように、勾践も夫差の命を助けてくれないかと。 | 夫差の部下は勾践に和睦を申し込んだ。かつて夫差が勾践の命を助けたように、勾践も夫差の命を助けてくれないかと。 | ||
| 30行目: | 30行目: | ||
だが夫差にはもう思い残すことはなかった。 | だが夫差にはもう思い残すことはなかった。 | ||
彼は勾践の心遣いに感謝の念を述べた後自決。呉は、ここに滅びたのである。 | 彼は勾践の心遣いに感謝の念を述べた後自決。呉は、ここに滅びたのである。 | ||
=== 真相 === | ===真相=== | ||
==== 薪に臥すという行為について ==== | ====薪に臥すという行為について==== | ||
毎晩薪に臥せていたら全身の筋肉が柔軟性を著しく失い、動かすたびに激しく傷む事になる。恐らく寝違えどころじゃすまないだろう。ダルビッシュが聞いたらどんなツイートをするのだろうか。 | 毎晩薪に臥せていたら全身の筋肉が柔軟性を著しく失い、動かすたびに激しく傷む事になる。恐らく寝違えどころじゃすまないだろう。ダルビッシュが聞いたらどんなツイートをするのだろうか。 | ||
| 39行目: | 39行目: | ||
そんなことしてるから悪芋に唆されて有能な身内を殺しまわった挙句、国を滅ぼされるのである。無能。 | そんなことしてるから悪芋に唆されて有能な身内を殺しまわった挙句、国を滅ぼされるのである。無能。 | ||
==== 胆を嘗めるという行為について ==== | ====胆を嘗めるという行為について==== | ||
にがそう。 | にがそう。 | ||
熊の肝は栄養豊富であるから理にかなっているといえる。 | 熊の肝は栄養豊富であるから理にかなっているといえる。 | ||
=== 彼らは本当に臥薪嘗胆してたのか === | ===彼らは本当に臥薪嘗胆してたのか=== | ||
実際は後世の作り話だといわれているが、この物語が呉越の悲しき復讐の歴史から生まれたものだという事を忘れてはいけない。 | 実際は後世の作り話だといわれているが、この物語が呉越の悲しき復讐の歴史から生まれたものだという事を忘れてはいけない。 | ||
| 50行目: | 50行目: | ||
しかし、この言葉を愚かしくも、意図的に誤用する連中がいるのだ。'''[[恒心教徒]]である。''' | しかし、この言葉を愚かしくも、意図的に誤用する連中がいるのだ。'''[[恒心教徒]]である。''' | ||
== 恒心教における臥薪嘗胆 == | ==恒心教における臥薪嘗胆== | ||
=== 臥薪嘗胆の日々 === | ===臥薪嘗胆の日々=== | ||
大学後の進路を考えたときに、自分の思いと直面し、司法試験を目指しました。 | 大学後の進路を考えたときに、自分の思いと直面し、司法試験を目指しました。 | ||
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以上の事実・推察と事務所プロフィールを照らし合わせると、<br> | 以上の事実・推察と事務所プロフィールを照らし合わせると、<br> | ||
* 唐澤貴洋は1978年生まれであり、法政二高中退後1年間家でニート 母親の勧めで再入学した定時制の都立山吹高校に3年在学し、1年間予備校で浪人 慶應義塾大学入学当時21歳(3年遅れ)卒業後は早稲田大学法科大学院に入学 | *唐澤貴洋は1978年生まれであり、法政二高中退後1年間家でニート 母親の勧めで再入学した定時制の都立山吹高校に3年在学し、1年間予備校で浪人 慶應義塾大学入学当時21歳(3年遅れ)卒業後は早稲田大学法科大学院に入学 | ||
* 弁護士登録したのが2010年、2004~2009年の間に3年間早稲田大学大学院に在学していたと思われるので、大学院入学前1年間・卒業後1年間の空白期間の存在が確定 | *弁護士登録したのが2010年、2004~2009年の間に3年間早稲田大学大学院に在学していたと思われるので、大学院入学前1年間・卒業後1年間の空白期間の存在が確定 | ||
* 上2点より、唐澤貴洋の経歴には最低でも5年間の空白期間が存在する | *上2点より、唐澤貴洋の経歴には最低でも5年間の空白期間が存在する | ||
32歳で司法試験に合格するまで[[大松|親の庇護のもと甘やかされていた]]ことが伺える。<br> | 32歳で司法試験に合格するまで[[大松|親の庇護のもと甘やかされていた]]ことが伺える。<br> | ||
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また[[恒心綜合法律事務所]]は2011年7月4日設立なことから、事務所開設以前に在籍していた[[坂本総合法律事務所]]には半年たらずしか在籍していなかったことが明らかである。<ref>[https://twitter.com/fuzokubengoshil/status/539429187564482560 小西弁護士の弁によれば「(坂本弁護士事務所に)実質10日しか勤務していない」とのこと。]</ref> | また[[恒心綜合法律事務所]]は2011年7月4日設立なことから、事務所開設以前に在籍していた[[坂本総合法律事務所]]には半年たらずしか在籍していなかったことが明らかである。<ref>[https://twitter.com/fuzokubengoshil/status/539429187564482560 小西弁護士の弁によれば「(坂本弁護士事務所に)実質10日しか勤務していない」とのこと。]</ref> | ||
=== [[田中一哉(サイバーアーツ法律事務所)|田中一哉]]弁護士の臥薪嘗胆 === | ===[[田中一哉(サイバーアーツ法律事務所)|田中一哉]]弁護士の臥薪嘗胆=== | ||
評価こそ教徒間で大きく意見の割れる田中一哉弁護士であるが、発見された当時所属していた事務所のHPに記載されていた[[自分語り]]が、[[尊師]]と同じ臥薪嘗胆民でありながら尊師のようにそれを正当化せず、その頃の自分を自虐的に回想している点が対照的であると評価され、「'''苦労人の有能弁護士'''」として持ち上げられていた。 | 評価こそ教徒間で大きく意見の割れる田中一哉弁護士であるが、発見された当時所属していた事務所のHPに記載されていた[[自分語り]]が、[[尊師]]と同じ臥薪嘗胆民でありながら尊師のようにそれを正当化せず、その頃の自分を自虐的に回想している点が対照的であると評価され、「'''苦労人の有能弁護士'''」として持ち上げられていた。 | ||
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</pre></div></div> | </pre></div></div> | ||
=== [[福永活也]]弁護士の臥薪嘗胆 === | ===[[福永活也]]弁護士の臥薪嘗胆=== | ||
2020年代に入り、[[立花孝志]]や[[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/はあちゅう|はあちゅう]]の弁護人としてスラップ訴訟連発することで注目を浴びている福永活也も、かつて臥薪嘗胆の日々があったことを取材や自身のTwitterでカミングアウトしている。 | 2020年代に入り、[[立花孝志]]や[[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/はあちゅう|はあちゅう]]の弁護人としてスラップ訴訟連発することで注目を浴びている福永活也も、かつて臥薪嘗胆の日々があったことを取材や自身のTwitterでカミングアウトしている。 | ||
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おそらく本人は若者に向けてのエールのつもりでエピソードを披露したと思われるが、その後に資産状況や人脈アピールと続き結局は'''自分が自慢したいだけ'''の内容となっている。 | おそらく本人は若者に向けてのエールのつもりでエピソードを披露したと思われるが、その後に資産状況や人脈アピールと続き結局は'''自分が自慢したいだけ'''の内容となっている。 | ||
{|class="wikitable" style="text-align: left;" | {| class="wikitable" style="text-align: left;" | ||
!{{CallinShowLink|1=https://twitter.com/fukunagakatsuya/status/1531873047019278337|2=https://archive.ph/NdkjD}} | !{{CallinShowLink|1=https://twitter.com/fukunagakatsuya/status/1531873047019278337|2=https://archive.ph/NdkjD}} | ||
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| 118行目: | 118行目: | ||
なお、このツイート前日には福永本人がTwitterでの誹謗中傷による名誉棄損を訴えた損害賠償請求訴訟に敗訴<ref>{{Archive|https://twitter.com/juken_oodorii/status/1531551358494867462|https://archive.ph/26vLP|福永に勝訴した被告側のツイート}}</ref>しており、傷心の中で自分自身を鼓舞した呟きの可能性がある。[[マヨケー]]では「世間体を無視して片っ端から訴訟した結果がこれか<ref>{{Archive|https://ensaimada.xyz/test/read.cgi/43044/1653397247/40-43|https://archive.ph/QJgFJ|【福永活也殺す】パカ弁綜合inマヨケー★2【弁護士界のゴミ】>>40-43}} - マヨケー</ref>」などと憐憫の声が聞かれた。 | なお、このツイート前日には福永本人がTwitterでの誹謗中傷による名誉棄損を訴えた損害賠償請求訴訟に敗訴<ref>{{Archive|https://twitter.com/juken_oodorii/status/1531551358494867462|https://archive.ph/26vLP|福永に勝訴した被告側のツイート}}</ref>しており、傷心の中で自分自身を鼓舞した呟きの可能性がある。[[マヨケー]]では「世間体を無視して片っ端から訴訟した結果がこれか<ref>{{Archive|https://ensaimada.xyz/test/read.cgi/43044/1653397247/40-43|https://archive.ph/QJgFJ|【福永活也殺す】パカ弁綜合inマヨケー★2【弁護士界のゴミ】>>40-43}} - マヨケー</ref>」などと憐憫の声が聞かれた。 | ||
=== 使われ方 === | ===使われ方=== | ||
大抵は本来の意味通り使われているが、上述した確定・疑惑事項から、'''唐澤貴洋は親のすねを齧りながら5年間の大半をダラダラと過ごしてたのではないか?'''と度々疑われたこと<ref>{{Archive|https://twitter.com/CallinShow/status/1528388528056549377|https://archive.ph/9x9HW|後に本人は、多摩川の河川敷をずっと走っていたと述べている}}</ref>より転じて、'''親の庇護のもと甘やかされている者'''・'''定職に付かず自宅で一日を過ごす者'''を'''臥薪嘗胆民'''と呼ぶ。 | 大抵は本来の意味通り使われているが、上述した確定・疑惑事項から、'''唐澤貴洋は親のすねを齧りながら5年間の大半をダラダラと過ごしてたのではないか?'''と度々疑われたこと<ref>{{Archive|https://twitter.com/CallinShow/status/1528388528056549377|https://archive.ph/9x9HW|後に本人は、多摩川の河川敷をずっと走っていたと述べている}}</ref>より転じて、'''親の庇護のもと甘やかされている者'''・'''定職に付かず自宅で一日を過ごす者'''を'''臥薪嘗胆民'''と呼ぶ。 | ||
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なお、最近では親のすねを囓ったか否かは関係なしに、単に一般的な「浪人」(大学受験浪人・司法浪人など)のニュアンスで使用されることが多くなっている。 | なお、最近では親のすねを囓ったか否かは関係なしに、単に一般的な「浪人」(大学受験浪人・司法浪人など)のニュアンスで使用されることが多くなっている。 | ||
== 注釈 == | ==注釈== | ||
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== 関連項目 == | ==関連項目== | ||
* [[素心若雪]] | *[[素心若雪]] | ||
{{語録}} | {{語録}} | ||
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