「恒心文庫:高齢者問題はぁ!日本のみならずぅ!唐澤家の問題じゃないですか!」の版間の差分
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2021年5月10日 (月) 21:33時点における版
本文
細く開いた遮光カーテンの隙間からは西日がさしこみ、部屋の中に一条の光の筋をつくっている。
明かりとなるものはそれ以外この部屋にはない。
夏だというのに窓を締め切りカーテンもつけていないものだから、部屋の中は湿気と熱気に充ちていた。
本棚には法律関係の本や司法試験予備校のテキストが並んでいる。
この部屋の持ち主はどうやら、法律関係の勉強をしていた、あるいは今もしているようだ。
机の上には大学の入学式の写真だろうか、若い男を中心に両親と思しき男女がその両隣に立ち写っている。
机の面する壁にかかるコルクボードの上では、とりわけ手紙のようなものが目立っていた。
そこには「貴洋頑張ってね。あなたはやればできる子だから 母より」と書かれている。
差し込む西日が、薄暗くもはっきりとこれらの情景を照らしている。
机のある壁の反対側、ベッドの上では二人の人影が重なる。
上になっている小太りの男の方からは汗が滴り落ち、下の人影を濡らす。
「母さん。母さん」
そう言いながら男はひたすらに腰を振る。
時折唇を重ねては女の舌を吸うように自分の舌と絡め、それが終わると窮屈そうに身をかがめては女の乳房を吸う。
「母さん、大好きだよ。母さん」
彼の発する恍惚の声と喘ぎ声、彼の陰茎が母と呼ばれた女の膣をかき混ぜる音、くちづけ、乳房吸いの音、音、音。
淫靡な空間に、夏の熱気はふさわしかった。
「母さん、愛しているよ」
小太りの男はなおも母に語りかけながら腰を動かし快楽を貪る。
しかし女の方は反応を見せない。
男がどれだけ動こうとも声も出さなければ、身じろぎ一つしない。
それにこの暑い部屋では不自然なことに、汗一つ女はかいていなかった。
彼女を濡らすのは男の汗だけだった。
「ねえ、母さん、大好きだよ。どうして動いてくれないの」
男は母と呼ぶ女の髪の毛に手を絡める。キスをする。相変わらず女は動かない。
彼が手を髪の毛から離すとそこには女の髪の毛が大量にくっついてきた。
いや、髪の毛だけではない。彼女の頭皮ごとくっついてきたのだ。
女は腐りかけていた。部屋には強烈な腐臭が染み付いていた。
「あああああああああああああああああああああああ」
部屋の音が絶叫に上書きされた。
彼が母の死体を発見したとき、すぐにはその現実を受け入れることはできなかった。
大好きな母が死ぬなんてありえない。眠っているだけだ、起こせばいいのだ。
彼はまずそう思った。しかし起こし方がわからない。
耳元で語りかけてみても頬を叩いてみてもなんら反応を示さないのだ。
だから考えた。生気を注ぎ込めばいいと。
手近な部屋に運び込むと母の服を脱がせ、自分も全裸になった。
それから彼は時を経つのも忘れて彼女に覆いかぶさり一日腰を振り続けた。
自らの精液を注ぎ込み続けた。
だが、母は動かない。それどころか、発見した時にはもう時間が経っていたのだろうか、先ほど見たように彼女は腐敗を始めている。
母を保存し、自分のものにし続けるにはどうすればいい。
彼は考えた。そうして思いつく。摂取すればいいのだ。同化してしまえばいいのだと。
彼は台所に行くと、包丁をいくつか手にとった。人間の体は切断しづらいと聞いていたので、とりあえず全部の包丁をひったくった。
そして、母の置いてある部屋へと戻る。
しかし、この瞬間を見咎めたものがあった。
帰宅したばかりでリビングでくつろいでいたところ、目のうつろな男を見咎めたのである。
明らかにいつもとは違う。声はかけずに目で追う。後をついて行く。
包丁を持った男が部屋に入っていくのを見ると、とてつもない恐怖に襲われた。
「なんで……なんで……の部屋に……」
ドアに耳を当て中の様子をうかがう。一体何をしているのだろう。
聞こえてくる音は明らかに異様であった。
ぐちゃぐちゃと肉を切り刻むような音、ゴリゴリと骨に刃をあててこするかのような音。
たまらずドアを勢い良く開け中を見る。
そこには血まみれになった女の身体と、それを一心不乱に刻む男の姿があった。
息を呑む。
思わず叫ぶ。
・・・ ・ ・・・・・・
「父さん!僕の部屋でおばあちゃんに何をしてるんだ!」
報道によれば、会計士の男は自分の90歳になる母が死んでいるのを発見すると
それを弁護士をする自分の息子の部屋へと運び込み解体しようとしたのだという。
幸い、帰宅した息子によって発見されその試みは阻止されたが、遺体損壊の容疑でこの会計士は逮捕された。
これを報じた新聞記事は、高齢者問題と母親への行き過ぎた愛に言及しながら報道を締めくくった。