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「恒心文庫:悪魔「やれ」」の版間の差分

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*[[懺悔の詩]] - 同趣向のパカソン


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2020年12月30日 (水) 22:31時点における版

本文

貴洋は立ち尽くしていた。窓の外で降り続ける雨の音を聞きながら、ただ無言で佇んでいた。外では激しい嵐が続いている。窓もカーテンも閉めきっているというのに、庭先の木々の軋む音は家中に響き渡り、荒れ狂う風は変わらず家を取り巻いている。
貴洋はその重なり合う音の底で微笑を浮かべていた。陽の光が一切届かないその状況だからこそ、魔が差したのだ。貴洋は笑っているというのに泣いている様にも見える奇妙な表情でヒクッヒクッと頼りなさげに身を震わせている。
その部屋には明かりが無かった。一部屋どころか、屋敷は深い闇に包まれている。雲間で轟く雷が庭先の木を打ち据えたのだ。復旧する目処は無いし、復旧のために動く人間もいない。
月の明かりさえない暗闇で貴洋は笑う。周りに動くものはいない。しかし、暗闇に長いこといた貴洋の小さな目は、足元に転がる薄ぼんやりとした輪郭を先程から捉えていた。
乱雑に丸まった掛け布団。その端から華奢な手足が覗いている。貴洋はおもむろに布団の端に掴みかかると、転がる様にしてそれを剥ぎ取った。
そこには、弟がうつ伏せで転がっていた。顔を伏せたまま手足を投げ出し、腰を高く突き上げたまま倒れている。貴洋は続いて周りを見る。同じ様に腰を虚空へ突き上げた輪郭が幾つも転がっている。
「あ、悪魔がいったんだ」
貴洋の思わず漏らした声が震える。足がもつれ尻餅をつく貴洋。腰がまるで酷使されたかの様に力が入らない。後ろに下がろうと懸命に動かされた足が虚しく中空をかく。
華麗なる一族。有能な父。華やかな母。優秀な弟。誇らしい家族の真ん中で、ただ一人自分だけが胸を張れないこの状況が苦しかった。ふさわしくあろう。胸を張れる様に努力しよう。うまくいかない友人関係の中で貴洋はひたすら机に向かう。しかしうまくいかない。父親の冷たい目。関与してこない母。その中で貴洋の側にいる弟だけは変わらず側にいた。弟は兄を一人にしたくなかったのかもしれない。しかしそれが何より兄には辛かった。比べられる。弟はここがすごいのに、兄はアレだね。周囲は弟を使ってでも貴洋を貶める。
いつしか、貴洋は自分のどこかで悪魔が鎌首をもたげたのを感じていた。こんな一族に生まれなかったら、こんな親から生まれなかったら、こんな弟がいなかったら。もっと生きやすかったかもしれない。硬く熱くドロドロとした暗い感情が、貴洋から噴き出す。渦巻いた複雑な感情に、悪魔が滅茶苦茶にしてしまえと囁く。
そうして気づけば、周りには誰もいなくなっていたのだ。父も母も、そして弟も。今は何も言わず床に転がっている。
「悪魔がやれっていったんだ!!!」
自分の罪の大きさ故か、何かを振り切ろうとして貴洋は大声を上げる。途端、まるで貴洋を追い立てるかの様に家の軋みが大きくなる。強くなる雨脚。吹きすさぶ風が窓の留め金を外しカーテンごと貴洋の部屋へと吹き抜ける。唐突に吹き込んだ風雨に晒された貴洋を打ちつける白い光、次いで轟音。近くに雷が落ちたのだ。惨状を改めて突きつけられた一瞬、何かが貴洋の視界の隅によぎった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
壁に映し出された自身の影。その下半身から悪魔のような角が伸びているのを、貴洋は見た。

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