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「恒心文庫:けんまの絆」の版間の差分

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2021年5月10日 (月) 21:33時点における版

本文

「遊び半分で来るんじゃねーよ!」
スマートホンを片手にH家に近づく男を呼び止め脅しをかける。
相手は驚いた様子でこちらを見つめ、しばらくすると早足でどこかへ去っていく。
パーカーをまぶかに被り顔をなるべく見せないようにした俺は、去っていく男の後ろ姿をじっとねめつける。
最近、この辺りに出没する不審者が急増した。
一体どういうわけで増えたのかは分からないが、そいつらを追い払いH家に近づけないようにしなければいけない。
「交代だ」
後ろから声をかけられる。気がつくと交代の時間になっていた。俺は雨ですっかり冷え切った体をさすりながら、今日やってきた不審者の特徴と写真とを引き継いだ。
次の監視のシフトまでしばらくある。ゆっくりと休み英気を養おう。

以前からこの辺りには不審者が多かった。しかしながら、彼らはもっぱらH家の周りをうろちょろしたり写真を撮っていたので、俺たちは無関係だと考え放置してきた。
ところが肝心のH家は不審者たちに対してなんら手を打たず、そのせいで不審者による嫌がらせは過激化していった。
この前はこの辺りの上空にドローンを飛ばされ上空から撮影されてしまった。また、この付近の地名を検索すると不穏な言葉が並ぶようになり、地価にも影響を与え始めている。
こんなふうになったのは、張本人のくせにまったく対策をとってこなかったH家のせいである。
この辺りを取り仕切るKの指示でH家が町内会に呼び出され、この件について俺たち近隣住民二十人強が詰問をした。
しかし、あいつらは自分は被害者であり悪いのはストーカー達であると繰り返すばかりであった。
いや、なんにも対策を取らず手を打たない被害者は被害者ではない。俺達に火の粉が降り掛かってきている以上、加害者でもある。
Kは激昂し、H家に対し警察に見回りを頼むなり法的措置をとるなりしろと迫ったが、H家はそんなことをしたら嫌がらせが余計に増えると主張し俺達の要求を頑なにのもうとしない。
軽い脅しと制裁のつもりだった。Kの指示で軽く殴ったり蹴ったりを繰り返していたら、女がはじめに死んだ。
主人はそれをみて怒り狂うとKに掴みかかっていったので、Kの腹心Iが近くにあった灰皿で主人の頭を殴りつけた。
鈍い音とともに倒れ込み、床に血痕が広がってゆく。頭の形は変形しており、一目見て死んでいることがわかった。
こうなるととめられない。口封じに二人の子供を俺達は押さえつけ首を絞める。二人は必死に抵抗したが多勢に無勢、結局死んだ。
兄の方は苦しんだ末の窒息死で、醜く顔を歪めている。弟の方は首を絞めている最中力が入りすぎたのだろう、首の骨が折れてしまい、あるぬ方向を向いている。
沈黙がその場を支配した。しかしこのままにしておくわけにもいかない。警察を呼ぶのは論外である。どうにかして死体を隠蔽しようということになった。
主人の体をまさぐり車の鍵を見つけると、H家まで行きそこから車を持ってきた。
家族の死体を載せようとしたがあまりにも車が汚く載せられないのでゴミを片付け整理をしてから積み込んだ。
車を走らせH家まで四人の死体を運ぶと、主人の持っていた家の鍵を使って家の中に運びいれる。
腐っても臭いが極力外に漏れ出ないように窓と雨戸を固く閉じる。
家族の不在を装うために車は、H家の親戚のアパートの駐車場まで運んだ。アパートのことは、家にあったメモを見て知った。
これでしばらくはバレることはないだろう。
問題は家に近づく不審者たちである。もしかしたらやつらが近づいてしまった時腐臭や異変に気がつくかもしれない。
これを防ぐために俺たちはKの指示のもと自警団を結成し、不審者を追い払うことにした。
二度と近づいてくることがないように恫喝をする。もし、感づいたようであれば躊躇なく殺すことにしている。

最近、やけに不審者の数が増え、対応が面倒になってきている。そろそろ最終手段を取る必要があるみたいだ。
あとはKの指示を待つだけである。
焼死体は解剖をすれば死亡した時期は容易にわかってしまうという。頭や首に傷があることから焼死でないこともすぐにわかってしまうだろう。
だからこそ、不審者の写真が役に立つのである。すっかり腐ってしまった死体が炭化するほど燃えてしまえば、死亡時期はぼんやりとしか判定できない。
そこで、死亡推定時期として提出された時期に当てはまる不審者を犯人として差し出せばいい。
このあたりの住人全員で口裏を合わせ、その時期からH家を見なくなった、この写真の男が家から出てくるのを見た、怪しい奴の写真をとることに近所で決めていたと証言すればどうなるか。
放火をした奴についても同様にでっち上げることができる。
そうすれば、俺達の町に平和が戻るのだ。

(終了)

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