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「恒心文庫:ときどきカラニーするんです」の版間の差分

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「ときどきカラニーするんです。それですっきりするんですね、実は」
「ときどきカラニーするんです。それですっきりするんですね、実は」
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== 挿絵 ==
== 挿絵 ==
[[ファイル:時々カラニーするんです - .jpg|200px|有志の描いた挿絵]]
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ファイル:時々カラニーするんです - .jpg
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== リンク ==
== リンク ==
* 初出 - {{archive|https://sayedandsayed.com/test/read.cgi/rid/1457064183|http://archive.vn/OtXVi|デリュケー {{PAGENAME}}}}
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2021年1月2日 (土) 08:12時点における版

本文

 その日も当職はどこぞの庶民の法律相談をしてやっていた。上級国民たる当職としては下々の者たちの言説を聞いてやるのもひとつの勤めである。
 相談に来た男はなかなかに屈強な肉体をした人間であった。当職は相談に来た者たち全員の顔写真、全体写真を撮ることに決めているのだが、なるほどその中でも上位に入る筋肉であろう。
 まあ男に興味などない。まず女性はもっと相談に来るべきなんですね。

「ほーん、では遺産の相続でもめていると」、当職は鼻をほじりながら言う。下々の人間の言葉など真面目に聴く気もないのは当然である。「それではつらくて寝れぬこともあるでしょう」

「ええ」と客はうなずいて、「ですからときどきカラニーするんです」

「……失礼、今なんと?」

「ときどきカラニーするんです」

 ――はて、カラニー?

 鼻くそをピンと飛ばしながら、耳慣れぬ単語が出てきたなあ、と首をかしげた。
 しかしここで「カラニーってなんです?」と聞くのでは格好がつかない。なにせ当職は法律のプロフェッショナルであるのだ。
 高貴な生まれかつSFC出身、あまつさえ有能弁護士である当職が、こんな凡俗な人間に質問などするなど我がプライドが許さぬ。

 ゆえに、「ナリほど、カラニーなさるのですね」と威厳たっぷりにうなずいてみせた。

「そうです、カラニーをするのです」、客もうなずいてみせる。「そうするととてもすっきりしますので」

 どうもカラニーというのはすっきりする行為ならしい。遺産関係の法律にそのような事柄があったかしらん、と考えたが、やはりわからぬ。
 そこにYくんがやってきた。湯呑みを載せた盆を持っている。そんなことは事務員に任せればよいのに、なんともマメというか几帳面というか、弁護士より介護職とか向いていそうである。

「ご相談はうまくいっていますか」、来客用の素敵な微笑を浮かべながらYくんは客に言う。

「今丁度、《カラニー》について話しているところでした」と客がこたえる。

 カラニー。
 その言葉が出た瞬間、Yくんの笑みが変化した。
 おや、と当職は不思議に思った。あの微笑はビジネス用の笑みでなく心からの笑顔である。客の前であんな顔をするとはめずらしい。

「なるほどカラニーのお話でしたか」、Yくんは湯呑みを置きながら言う。「実をいえば、僕もときどきカラニーするんです。すっきりしますよね」
 
 ――むむむ?

 当職は内心うなりながら茶をすする。 
 どうも、Yくんもカラニーなるものをときどきするらしい。
 ますますわからなくなってきた。カラニーとは遺産相続問題に関わる法律的ななんやかんやだと想像していたのだが、Yくんがそんなことで悩んでいたことはないはずである。
 カラニーって何ナリ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。当職はYくんの先輩であるのに、教えを乞うなど先輩の示しがつかないではないか。

 はていったい件のカラニーとはなんであろう、と思う当職を置いて、「カラニーには何をお使いに?」とYくんが客にたずねる。

「私は基本的に想像だけでいきますね。モノに頼るようではまだまだですよ」

 ほほう、とYくんは感心したような表情を浮かべてみせる。

「なかなかの上級者でいらっしゃる。僕は画像や文章を併用しないとなかなかうまくいかないんです。途中でなえちゃって」

 ――さて、さっぱり見当がつかない。

 談笑する2人をよそに、当職はとりあえず情報を統合してみる。

 1.カラニーとは何かしらの画像や文章を使用したりしなかったりするものであるらしい。
 2.何も使用しないで想像だけでいくほうが上級者として評価される傾向にあるようだ。
 3.でもYくんは併用しないとなえてしまうらしい。
 4.2人に共通することとして、カラニーをすればとてもすっきりするらしい。

 ……ふむ、やはりわからない。
 こういうときは甘いものを食べて脳を活性化させるに限る。茶菓子に手を伸ばした当職の脇で2人の会話がつづく。

「実は昨晩もしちゃいましてね」
「へえ、ちなみにどんなご想像をなさったので?」
「例のところの書き込みをもとにしました。いいネタを書いている人がいましてね」
「ああ、あそこですか。僕もよくお世話になるんですよ」

 《書き込み》という単語が出てきた。
 ふぅむ、と当職は茶菓子を頬張りながら考える。
 書き込みというのは現代において、インターネッツの掲示板におけるレスを指すことが多々ある。まあ凡人なら知らぬだろうが、ネットに強い当職は知っているのだ。
 それではひょっとするとカラニーというのはITに関する言語であるのだろうか。iモードIDなどが関係しているのであろうか?

「Kさん、Kさん」とそのときYくんに声をかけられた。慌てて口の中の茶菓子を飲み下し「なにかね?」と威風堂々たる声で返答する。

「Kさんはカラニーについてどう思われておられるんですか?」とYくんは微笑みながらたずねてくる。

「ああ、それは私も気になるところですね」と客が同調する。

 さて、少々まずいことになった。カッターシャツの脇下に汗がにじみでてくるのを感じる。
 ここで「わかりません」ではあまりに不格好だ。さりとて、適当なことを言えば「一同:決まっていない」などという過去の過ちを繰り返してしまうかもしれない。

「あ、ああ……カラニーね。うん。当職としては、なかなかいいと思うナリね、うん。自由だからね。そういうのはね。いいじゃあないか、カラニー」

「へえ、Kさんは度量が広いなあ」とYくんが感嘆した声をあげる。

 ――よかった、どうも正解のようだ。

「まあ当職だからね」、当職は胸を張って見せる。「その程度のことでは、築き上げてきた臥薪嘗胆の日々は崩れないナリよ」

「ところでY先生はどうなんです」と客が言う。「《リャマニー》をなさる方もおられるようですが?」

 ――リャマニー?

 カラニーの謎が解けぬうちから、新たな謎が生まれてしまった。

「いやあ僕なんて」、照れくさそうに頭をかきながらYくんは言う。「いまだに慣れてなくて。その言葉を聞くだけで、つい気恥ずかしくなっちゃいますよ」

 はてリャマニーとはなんであろうか、と内心思いつつも当職は顔色に出さぬようつとめ、取りあえず取り急ぎ人生の先輩として発言しておく。

「うんYくん、それは当職が思うにまだまだきみの度量が足りないのだね。リャマニー、大変結構なことじゃあないか。Yくんも頑張って当職のような弁護士を目指せナリ。
 まあ当職と違って、きみでは才能の壁に阻まれるだろうけれど……それでも、そこそこの有能にはなれるナリよ?」

「さすがだなあKさんは」

「うむうむ、もっと褒めたまえ。カラニーでもして、精神を鍛えるべきだね、うん」

 ナリナリ、とにやけながらこたえたとき、客がそそくさと立ち上がった。気のせいか前かがみである。

「すみません、それでは私はこれで」

「あれ、もうお帰りなのですか」、内心舌打ちしながら言う。あと少しで相談料をふんだくれたのに。

「ええ。先生のお口から直に「カラニー」ときいていると、どうも辛抱たまらなくなってきまして。これから家でカラニーと洒落込みます」

「ああそうですか、カラニーですか」、当職は大きくうなずいてみせる。「心ゆくまでなさい」

 我ながら実に大物らしい言動である。
 客が去っていくと少々疲れを感じた。時計を見ればもう2時間も仕事をしている、これでは疲れてしまうのも当然だ。

「Yくんや、当職はちょっと休むからあとは頼むよ」

 適度な休息が寿命を伸ばすのは常識である。当職は応接用ソファに横たわって昼寝をすることにした。
 しかし辛抱しにくくなるとは、カラニーとはなんなのであろう。ITと辛抱が関係する単語とはいったい……。

 考えながらも、うとうとといい塩梅に眠りに落ちた頃合いに、
「いるか無能!」と威勢の良い声が飛び込んできた。
 当職の知りうる限りこのような罵声とともにやって来る人間はひとりしかいない。

 実に嫌なタイミングであるなあ、と思いながらもしぶしぶ瞳を開けると、やはり風俗弁護士ことKNS先輩が眼前に立っていた。

「なんだ生きてるのかクソデブ。トドみたいにソファに転がってるから、ついに無能をこじらせて死んだのかと思ったぜ」

「何しに来たナリか」

「暇潰し」、どさりと向かいに腰かけると言う。

「帰れナリ。ここは暇潰しスポットじゃないナリ」

「ああ、無能は心が狭いなあ」、先輩は言うとやれやれと大袈裟に肩をすくめてみせる。「ベルトの穴は年々広がってるくせに、どーしてそうも狭量になれるんだかね」

 相変わらずマシンガン罵倒に定評のある御人であるが、「狭量」とまで言われて流石にカチンと来たので言ってやることにした。

「当職の度量は広いナリよ? ついさっきもそう言ってほめられたばっかりナリ」

「お前がほめられる? 連続仕事時間記録でも恒心したのか?」

「違うナリ。カラニーを認めたナリよ」

 途端、先輩は両目を見開いた。
 ほほう、なかなか貴重な表情が見れたものだ、と当職は内心にやにやする。
 どうも《カラニー》というのは絶大な威力を発揮する言葉のようである。
 当職が認めることが大きな影響を及ぼすということは、やはり有能弁護士が関係しているのであろうか?

「へえ、お前……カ、カラ……アレ、認めてるのかよ」

「当然ナリ。有能弁護士としてそのくらい認めずしてどうするナリか?」、小指で耳をかきながら当職は言う。

「ふ、ふーん、お前がなあ」、先輩は腕を組む。気のせいか少々顔を赤くしているようである。「カラ……ああいうの、結構精神的に来ると思うんだが」

「当職の鋼メンタルはその程度ではぶれないナリ。意外と業務に影響はないですしね、実は」

「まあ、そのなんだ」、先輩は落ち着きなく部屋中あちこち視線をやりながら言う。「それは結構、根性あるじゃねえか、うん」

 なんともまあ、めずらしいこともあったものである。あの先輩が当職をほめるとは。

「ふふん、当然のことナリ」、実に愉快な気分で当職は言い、ついでに思いついて付け足す――「先輩もしているナリか? カラニー」

 瞬間、驚いたことに先輩は激しく赤面するとうつむいた。

 ――いったいこれはどうしたことか。

 上級国民として他人の心配くらいはしてやるので、いたわりの言葉をかけてやる。

「先輩どうしたナリ? 風邪でも引いたナリか?」

 しかし先輩はこたえない。
 ただ耳まで赤く染めてうつむくきりである。
 普段「ああ言えばこう言う」を地で行く先輩がこうも黙り込むとは少々様子がおかしい。
 さすがに気になったので身を起こし、先輩の耳元で話しかけてみる。

「まさかカラニーが何か引っかかったナリか? 遠慮なくすればいいナリよ? カラニー」

 あいもかわらず赤面したまま無言である。わずかばかり身を震わせているのはなぜであろう。

「先輩、何を恥じているナリか? カラニーは自由ナリよ。……ひょっとしていつもしているナリか? カラ――「帰る!」

 先輩は叫ぶと事務所を飛び出していった。
 あの人が台風のように来たかと思えば去っていくのは常であるが、当職の発言に一言も返さず逃げ出すとはめずらしい。
 再びソファに寝転がり、まったく今日はどうもいろいろと妙なことつづきだなあ、と耳をほじりながら考える。

「あれ、もう帰っちゃったんですか?」、新たに茶を汲んできたYくんが不思議そうに言う。「お茶を淹れたんですけれど」

「なんか知らんけど、『カラニーしてるのか』ってきいたら逃げてったナリ」

「へえ、あの人も案外シャイですねえ」、Yくんはカラカラと笑った。「そこへいくと、まったく動じないKさんは流石だなあ」

「当たり前ナリ、当職を誰だと思っているナリか」

 そのときボーンと柱時計が鳴った。お昼の12時、当職の終業時間である。有能は非常に効率よく働くので無能と違い日々3時間労働で済むのだ。

「もうこんな時間ナリね。当職はお出かけするからあとは任せるナリ」

「駄目です。今日はM上さんが取材に来られる日ですよ」

 はてM上? 少々考えてから思い出す。
 ああ、インターネッツの悪いものたちに妙に持ち上げられているあのITジャーナリストか。

「めんどくさいナリねえ。ちょっと出かけて《カラニー》したかったのに」

 瞬間、Yくんが茶を載せた盆を落っことす。その顔は驚きに満ちている。
 やはりカラニーという単語の効果は絶大であるようだ。

「か、Kさんもカラニーなさるんですか? しかも外で?」

「何を当然のことをきくナリか? もちろんするナリよ。毎日するナリ」、少々話を盛っておく。

「毎日!?」、Yくんはますます驚愕した顔で言う。「その、なんていうんですか……ご自身への愛情がすごいんですね」

「愛なき時代に愛を。」、ここぞとばかりに決め台詞を言ってやる。「当職がいつも言っていることナリよ。ありがたい言葉なんだから紙に書いてトイレの壁に貼っておきなさい」

「いやぁ、なんというか……やっぱりKさんはすごいなあ。自分で、しかも外でするなんて、僕にはとても……あの、警察にはお気をつけてくださいね」

「国セコがどうかしたナリか? 連中なんて当職の私設部隊みたいなもんナリ」

「いやでもさすがに、その、露出というのは……」

 Yくんがなにかしらモゴモゴと言っているそのとき、事務員が来客を告げた。件のM上が入って来る。
 名刺交換をして、適当な世間話をひとつふたつ。

「しかし先生、現代にいたるまであの規模での炎上というのは類を見ないものであるわけですが」、ジャーナリストは言う。「相当なご心労なのでは?」

「やはりうつ状態になりました、夜寝られないとか」、もちろんメディア用の回答である。

「ははあ。では先生は、そういった逆境をどうやって乗り越えたのでしょう?」

 む、と言葉に詰まる。まさか「ロリドル鑑賞」とは言えないことくらい当職でも想像はつく。以前テレビ局のインタビューでそうこたえて、Hに叱られたのだ。
 Yくんが心配そうにこちらを見ているのが視界の端に入る。

 ――まあ安心したまえ、Yくん。今日は良い知識を手に入れたからね。

 当職は胸を張ってこたえた。

「ときどきカラニーするんです。それですっきりするんですね、実は」

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