「恒心文庫:製造物責任法」の版間の差分
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2019年8月17日 (土) 20:18時点における版
本文
「ア゙ァーッ ォギョヴァアア!!」
小学校中に響く叫び声。
またアイツか、そう思い私は溜息をついた。
「小関先生、また直哉くんが!」
女性教諭が職員室に駆け込んでくる。
「申し訳無い、今行く」
私は机の脇に掛けてあった木刀を手に取り、四年生の教室へと走る。
私、小関修也はこの北海道の大地で児童相手に教鞭を取ることを何よりの誇りとしていた。
そして私の息子である小関直哉は、児童の一人としてこの小学校に通っている。
「家族と、家とは別の空間で生活するとは、気恥しいながらも幸せだろう」と思われる方もいるかもしれない。
しかし小関直哉には、そもそも人間としての問題があった。
彼は知的障害児だったのである。
しかもそれは先天的なものだった。 人間の遺伝子情報を構成する染色体は二十三対存在するが、彼の二十一対目の染色体は六十兆個にわたる細胞全てについて一つ分多かった。
いわゆる二十一番トリソミー、ダウン症である。
彼は小学四年生になっても一桁の足し算すら出来ない知能であった。
おまけに彼は遺伝子の采配が狂っていたせいで、知能と引き換えにその身体の成長速度は異常であり、身長は小学四年生にして既に百八十センチメートルに達していた。
しかし北海道の田舎のちっぽけな小学校に擁護学級を作る余裕など無いため、仕方無く一般児童と一緒のクラスに入れられていた。 授業の度に彼の鉛筆は歯形と唾液にまみれ、ノートは破られて小関直哉の口腔内で咀嚼されていた。 担任と同級生は彼のおぞましい行動を引きつった笑みを浮かべ見るしか無かった。 アレを製造した私にも間もなく冷たい視線が送られるようになった。
教室に着いた。
並ぶ机の間で、小関直哉が仁王立ちで高らかに奇声を上げながら、Tシャツだけになって自らの魔羅を摺り上げている。 児童たちは既に教室から避難したようだ。
教室の真ん中で一人、性の快楽に興奮するその大男、いや害獣の姿は滑稽な見ものというより非現実な白昼夢である。
周りのクラスから応援に駆けつけた男性教諭たちが数人がかりで取り押さえようとしていたが、その筋骨隆々としたゴリラのような体を抑え込むことはできず、逆に小関直哉の振り回す腕に簡単に吹き飛ばされる有様だった。
教室の端にうずくまる、鼻血を流す同僚の男性教諭と目が合う。
「あんな化け物を作りやがって、責任を取れ」
その怯えと怒りの混ざった瞳はそう語っているように、私には見えた。
私は木刀を構えた。 腕には覚えがある。 一応子供向け剣道場の師範代も勤めたこともあった。
木刀を思い切り不良品の頭蓋に向け振り下ろす。 カボチャを床に落とした時のような鈍い音がした。
「オ゙ア゙ーッ」と小関直哉が奇声を発する。 私は続けて何発も、渾身の力を込めて素振りを打ち込む。 しかしこの失敗作は、人間の出来損ないの癖に想像以上に頑丈な様で、五発目であべこべに木刀が折れてしまった。
得物が無くなった私は急ぎ廊下側に逃げる。 激昂した小関直哉がイキリ勃たせた一物と下半身を丸出しにしながら追い掛けてくる。 しかし怒りのせいで僅かな知能も雲散霧消してしまったのか、彼は並べてある机に足を取られ転倒してしまった。 私は廊下に設置してあった消火器を手に取った。 ズシリと鉄の重量が感じられる。
「ヴオーッ」
そう叫びバタバタと足掻く失敗作の頭に消火器を振り下ろす。
ごんっ。 ごんっ。 ごんっ。 ごんっ。 ごっ。 ごんっ。 ごんっ。
ごんっ。 ごんっ。 ごきっ。 ごきっ。 ごきっ。 ごきっ。 ごんっ。
赤い鉄の塊が脳に命中するたびに、小関直哉の魔羅からはぴゅっ、ぴゅっ、ぴゅっと生命の素が力無く吹き出る。 生涯誰をも孕ませることの無いであろうその欠陥遺伝子の塊を避けつつ、私は消火器を真正面から欠陥品の顔面に打ち込んだ。 鼻と口から血が散る。
そういえば最近、製造物責任法というものができたと小耳に挟んだことがある。 私の受け持つ児童たちに質問してみると皆知っていたようだ。 今は社会の授業でそんな事まで習うのか、と驚いた。
工業製品に何か欠陥があって、購入し所有した人間がその欠陥によって損害を生じた場合、欠陥品を作った人間がその全責任を負わなければならないらしい。
人間はどうなのだろう。 いや、私の目の前の「これ」はどうだろう。 これの遺伝子はヒトのそれではない。 遺伝子数が四十六分の一だけ違うのだから、ヒトとの差異は二・一七パーセント。 チンパンジーのヒトとの差異は一・五パーセントと聞いたことがある。 ならばこれはチンパンジーよりヒトから遠い存在ではないか。 単なる動物であり有機体の塊だ。 法律上はイヌやネコと同じく「モノ」に分類されるのだ。 それなら、この欠陥品を作り出した責任は私が背負わなければならない。 この不良品を作り出した製造業者たる私がこの欠陥品を処分しなくてはならないのだ。
ああ、面倒くさいなあ。 赤と白が混じる教室の床の上で、私は小さく溜息をついた。
製造物責任法 第三条
製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。
リンク
- 初出 - デリュケー 製造物責任法(魚拓)