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「恒心文庫:王の亡骸」の版間の差分

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(相違点なし)

2021年2月14日 (日) 18:53時点における版

本文

桜の木の下には死体が埋まっている、っていうのは彼方の国日本では有名な話らしいね。でも、この木は訳が違うんだ。昔々に日本から贈られたという、今にもこちらに向かって語りかけてきそうな、艶やかな枝垂れ桜。この下には、かつてこの谷を賑わせた王の亡骸が眠っているんだって。吹き荒ぶ春の嵐。二つ三つ相対する桜葉。その枝垂れ桜は、紅く輝きながら、死に急ぐ。風流というより、激しい風景だね。まさに、この谷に生き、闘ったあの王の様子をこれでもかと表しているよ。
その王の名前は、オクトス・デーモニオスといってね、はっきり言って良い王様とは言えない僭主だったよ。色々な嘘をついては、民衆を欺く、酷い嘘つき王だったね。最も多く議員が処刑されたのが彼の時代で、オクトス王に唯一立ち向かった元老院議員のクロニュソスが毒杯を仰がされた事件はこの谷を震撼させたね。オクトス王の悪行は筆舌に尽くしがたい。この谷もまたヘレネー、すなわち大きな国民国家の一つであり、ヘラスの法律や倫理が浸透している、にもかかわらず、オクトス王は違法行為を自慢げに語っていたんだ。語るだけならまだしも、その演説内容で他のポリスの住民やゼウスの気まぐれな怒りに触れて死んだ者を口汚く罵ることすらあったんだ。このポリスの王として君臨していたオクトス王、残念なことに、彼の時代は3年で終わってしまうんだ。紀元12年3月、処刑されたクロニュソスと親交のあった無名の庶民院議員によって、オクトス王の出自がバラされる。矢継ぎ早に、彼の本当の姿が見破られていく。そうして、不名誉な渾名「ティンフェオス」を授かることになる。オクトス王は民に心の限り詫びた。しかし、時すでに遅し。民の間では、ティンフェオスを処刑せよ!の声が高まっていた。それに、オクトス王が心の底から詫びたというのも嘘だったって分かったんだよ。ひどい話だよね。さらに、オクトス王はペルシアと密通していて、そこから軍隊を送ると言って民衆を脅したんだ。まあ、ペルシアは当時、東方での戦争で忙しかったから軍隊が疲れていて無能だったんだけどね。
紀元12年以降のオクトス王については、どこにも史料が残っていないんだ。おそらく、彼はこの混乱のうちに死したのだろうね。ああ、紅い花弁が、僕の頬を殴る。何と見事な枝垂れ桜。

出典
著者不明、コーティ・ハーン編『怒れる風の王』ミュンヒハウゼン出版、初版2012年3月28日

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