「恒心文庫:洋式便器の存在価値」の版間の差分
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2020年12月31日 (木) 14:58時点における版
本文
人種が違えどその差はない。それが人類の辿り着いた結論ではなかったか。
かつて某国で行われていた人種隔離政策である、アパルトヘイト。その廃止によって、人種差別は終わりを迎えたのではなかったか。
今目の前にあるのは、アパルトヘイト時代のような光景。尿意を催して虎ノ門の某所にある便所に向かってみれば、驚くべき光景が広がっていた。
「男性用トイレ」
「女性用トイレ」
「唐澤貴洋用トイレ」
なんということだ。人種差別ではないのか。
しかも障害者差別でもあるはずだ。私は身が震えて動けなかった。
それでも、周りの人々は気にも留めない。ただ各々の性別のトイレに入り、ただ用を足して帰るだけだった。唐澤貴洋用トイレなど目に入らぬかのように。
私は好奇心から、唐澤貴洋用トイレに足を踏み入れることにした。異性用のトイレに立ち入れば捕まりかねないが、唐澤貴洋用トイレに入った所で捕まることも無かろう。
唐澤貴洋用トイレの中は、大便器の小部屋が一つと洗面台一つがあるだけのこぢんまりとした空間だった。
ただ不思議なのは、普通のトイレと違って仄かな加齢臭が漂っていることである。
不思議に思いつつも、加齢臭の源である小部屋の扉に手をかける。そして開いてみるとそこには、
「たったかひろ…飯をくれ…」
有能会計士、唐澤洋の姿があった。
大便器の代わりに小部屋の中に固定されている彼は、産婦人科でよく見る分娩台の上で、いわゆるM字開脚を披露していた。僕の股間も思わず盛り上がる。
「たかひろ…頼む…糞をしてくれ…」
目隠しされている彼は、僕のことを唐澤貴洋だと思っているのだろう。しきりに食料を要求してくる。
だが、僕は唐澤貴洋ではない。先天性の唐澤貴洋なんて、そうそういるはずもない。
その懇願に不気味なものを感じ、僕は足早に立ち去ることにした。
唐澤貴洋用トイレの中には、”洋“式便器があるーーそれは過去の話である。
冷静に考えて欲しい。
頭唐澤貴洋が、トイレで用便すると思うだろうか。
つまり、来るはずのない唐澤貴洋の糞便を待ちわびるしかない唐澤洋が生き延びる確率は初めから0だったのだ。
そうして、この国はまた一人の有能会計士を失った。
そういえば、唐澤貴洋用トイレなんてものを考案したのは誰だっただろう。確かあの、もみあげが黒い、腹黒そうな、唐澤洋を敵視していたーー。
刹那、後頭部に激痛を感じた。
黒いもみあげが視界に入る。
そしてそれが、僕の最期だった。
終わり