「恒心文庫:チケット券」の版間の差分
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2022年4月18日 (月) 20:48時点における最新版
本文
何があったのか?
この疑問はコンクリートと熱い接吻を交わした唐澤貴洋の頭にまず浮かび上がったものである。
ぼやけた視界が次第に鮮明になり、8本の脚を写した。嘲笑、怒声、ひりつく頬。これらの事実に
より貴洋は今自分が不良に絡まれ、先ほどの拒否の言葉を相手側が受け入れず、暴力的手段に頼り
屈服させようとしたという現実を再認識した。
何がいけなかった?最近気に入りはじめたこの語尾か?それとも何も知らずにこんな路地に踏み
込んだ自分か?うるさい。黙れ。自分を笑うな。お前らとは違う。自分は会計士の息子だ。将来偉くなるんだ。
そんな紙束で金が作れるものか。自分はお前らとは違うから分かる。やめろ。やめて下さい。
地面に這いつくばってそんなことを考えていた貴洋も、絡んできた四人組の内の一番ヤバゲな男に
バタフライナイフを喉元に突き付けられ、3日の内にチケット券を売りさばかないとメッタ刺しにして
殺すと脅された時には思考が恐怖に支配され、従うことしか出来なくなっていた。
やっとのことで家にたどり着いた貴洋の両手には何十枚ものパーティ券が握られていた。家の大黒柱、
稼ぎ頭である敏腕会計士の父、洋はこの日は出張により家を空けていた。母はもうおらず、中には真面目で
人のいい弟、厚史が留守番をしているはずだった。父にこの醜態を晒さなくてよかったとホッとした反面、
相談する相手がいない事に不安を覚えた。外のいつの間にか降り始めた大雨の湿気感じながら貴洋は考えた。
どうすればいいのだ。そして結局貴洋は悩みに悩み,午前2時頃に床に就いた。その兄の様子をずっと伺っていた
厚史は、ボコボコの貴洋の顔とチケット券を見て、「なるほど不良に絡まれたのだな」と結論を下し、二束三文の
紙束を兄の部屋から奪うと夜の街へ飛び出した。
ハッと目を覚ました貴洋は、自身が眠りについてから半刻も経っていないことに気がついた。そして机に置いておいた
チケット券がなくなっていたことで完全に眠りから覚醒した。
「厚史だ!」
つい声に出してしまった貴洋は、しかしそのまま部屋を出なかった。このまま弟がなんとかしてくれるのではないか。
そんな甘えの感情が彼に芽生えた。彼は頭に加え、運動もできる。この前体育の時間において、ダチョウを参考にした
という走りで陸上競技において輝かしい成績を残したのだという。弟なら、彼ならこのまま交番に駆け込むことができる
のではないのではないだろうか?それに、父は最近自分を差し置いて厚史を甘やかしすぎだ。ふざけるな。長男は自分
なのだぞ。順風満帆の人生だし、ちょっとくらい痛い目にあってもいいじゃないか。
次の日の未明、彼は家の周囲に昨日の悪漢共がいない事を確認すると、通学路である用水路沿いの道を目指した。
兄弟は大体そこあたりで下校の際、合流するのだ。いつしか二人の集合場所のようなものになっていた。自転車にまたがり
まだ静かな街を貴洋はほくそ笑みながら弟厚史の姿を想像しながら進んだ。汗だくのドロドロでどこかに隠れてるのではないだろうか。
いつもの快活な顔からは想像できないほどにやつれてはいないだろうか。
しかし貴洋の予想は大きく外れることになる。厚史はいつものへらへらした顔で兄の失態を笑いながら、どういうわけか
全く汗一つかかずに立っていた。なんとあの4人を返り討ちにしてしまったのだ。
「兄ちゃん、やめようぜ隠し事。ああいうのほっとくと家になにされっかわかんないじゃん。つーかなんで兄ちゃんあんなんに
ビビッてたわけ?みんなヒョロヒョロだし。」
その言葉は、プライドの高い唐澤貴洋という男に強く突き刺さった。貴洋は普段ふざけあう時によくする体当たりをいつもより強くした。
弟の横には、ごうごうと音をたてて唸る用水路があった。疲れていたのだろうか、それとも雨で地面が濡れていたのだろうか、
厚史は踏ん張りが効かず、流水の方へ倒れていった。彼はその刹那貴洋の裾の端を掴んだのだが、それを兄は振り払った。
貴洋はそのまま振り向かずにその場を後にした。家に変えるまでの間、彼は念仏、いやそのようなものを唱えていた。
「僕はやってないやったのは悪魔だ悪ぃのは悪魔だ悪魔がやれって言ったんだ
僕はやってないやったのは悪魔だ悪ぃのは悪魔だ悪魔がやれって言ったんだ
僕はやってないやったのは悪魔だ悪ぃのは悪魔だ悪魔がやれって言ったんだ
僕はやってないやったのは悪魔だ悪ぃのは悪魔だ悪魔がやれって言ったんだ
僕はやってないやったのは悪魔だ悪ぃのは悪魔だ悪魔がやれって言ったんだ
僕はやってないやったのは悪魔だ悪ぃのは悪魔だ悪魔がやれって言ったんだ
リンク
- 初出 - デリュケー チケット券(魚拓)
- パーティ券