「恒心文庫:カラムーチョ」の版間の差分
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2020年4月27日 (月) 23:30時点における版
本文
「ひ~w」
唐澤貴洋は海老反りになった。運動不足の腰がミチミチと嫌な音を立てるがそれどころではない。それを口に含んだために、唐澤貴洋は平静でいられなかった。
「ひ~w」
口に含んだそれは軽い音を立てて潰れた。粉末状になった欠片が口内に行き渡った時、貴洋がまず感じたのがスナックらしからぬ旨味、次いで地獄の様な辛味であった。
「ひ~w」
これは人間の食べ物ではない。そう判断するより早く貴洋の口内は唾液を絶え間無く分泌し、粉末となったそれを喉の奥へと押し流した。喉元過ぎれば何とやら、しかしとうに旨味は消え去り、燃え盛る様な熱さだけがそこに残っている。ひ~wの用心。貴洋の唾液腺が消化活動にいそしむが、その火が消えることはない。
なぜなら、唐澤貴洋自身が種火を絶えず継ぎ足しているからだ。
「ひ~w」
スナック袋の中、力強く握りしめた拳を貴洋は天高く掲げ、次いで自身の口に突き込んだ。パキパキと軽い音を立てて押し入れられた握り拳、その淵からは白い欠片が散り、少し遅れて赤い粘質な液がぼたぼたと垂れていく。
貴洋は白目をむいていた。しかしその白目の部分にも血管が脈打ち、もはや赤目であった。貴洋は声なき声をあげながらその右足を後ろへと振り上げ、小指だけでタンスの角を蹴り飛ばす。
当然、タンスは微動だにしない。小指だけがあらぬ方向を向いている。唐澤貴洋もあらぬ方向を向きながら火種を貪り続けている。
楽しいわけではない。貴洋は苦しんでいた。しかしやめられない止まらない。もはや意識を挟む間も無く手はスナック袋へと向かい、口は魚類の様に開閉を繰り返している。薄れゆく意識の中、わずかばかりに残った理性で貴洋は考えたのだ。
この刺激から逃れるためには、より強い刺激で目を覚ますしかない。思い立ったが吉日、貴洋は自身に壮絶な責めを課した。
まずは十年強にも及ぶ臥薪嘗胆。社会での居場所を無くし、まず精神的に自分を追い詰めた。次いで自身のアイコン化。実際の生活を感じさせないコミカルな姿により唐澤貴洋が人間であるという認識を希薄にする。次いで常識外の行動をすることで不特定多数からのヘイトを集めた。
もちろん最近は精神的な責めだけではない。いつもとは違い適当に捕まえた女児に向かって何回も腰をぶち当て自分を責める。女児が苦痛で喘ぐがこっちも準備して無いから。つまりお前にたいしての情などない。
しかしこれでもまだ足りない。自分自身が自分をどうしようもない罪人だと責めなければならない。手始めに旅客機にミサイルをぶち込んだ。案の定大変なことになり、唐澤貴洋は自身のあまりの罪深さに身を震わせた。旅客機のニュースに身を震わせていると、次いで別のニュースが目に入った。どうやら何処かで女子小学生が行方不明らしい。物騒な世の中になったものだ。もはや物言わぬ肉塊となったそれに腰をぶち当てながらそう思う。
しかし口の中の火事が収まることはない。最近は暴君なんとかとかいうスナックがカラカラと口の中で暴れている。季節が夏ということも手伝って、もはや貴洋に余力はなかった。
万事休すか。そう思われた時、ふと、視界の端に何かの影が映った。それは父だった。ひどく心配そうな顔をしている。あれだけ大きかった父の姿は、何やら丸くなってしまっている。
唐澤貴洋は思った。自分だけが苦しいと思っていたけど、父にも迷惑をかけていたな。ふと、父の手に何やら水色の棒が握られているのに気づく。
それはアイスバーだった。柄が二つついた、二人で割って食べるアイス。風邪をひいた時、枕元で父が食べさせてくれていたな。
いつしか貴洋は、憑き物が落ちた様にほがらかな微笑を浮かべていた。
リンク
- 初出 - デリュケー カラムーチョ(魚拓)