恒心文庫:最も卑劣な行為の真実
本文
1
ここはとある有名喫茶店。透明な硝子張りの隔壁とノーベル文学賞候補の気配で構成された店内は否応なく瀟洒な雰囲気を有している。
余裕がある空間にも関わらず絶え間なく往来する人々を見るに経営的にも盛況を極めているようだ。
連なる木製の席に、この場には到底そぐわない造形の男が二人。互いに差し向かうような形で腰を落ち着かせていた。
片ややや痩せぎすの男。片や背丈があり肉付きも良い男。共通点として二人はアキバ系の面差しを持っていた。
「そろそろ脱糞政権倒したくなってきたな……」
「わかる。例のアレ、やっちゃいます?」
注文したキャラメルフラペチーノを飲み干すと、徐に高価な耳栓を外し大男が呟く。聞くや否や痩せた男ら首肯した。
「やっちゃいましょうか」
二人は同じ思想を胸に抱き、同じ学府の門を叩いた同士。故に片方の怒りや不満は二人の悲憤であった。
最早、かの悪政を看過する訳にはいかぬ。これからは若き者が新しい為政を敷くが然り。
今日はその道筋を立てるべくを密会を開いたというわけだ。
さあ、共唱しよう革命の合言葉を。
「妥当、あ────」
「相席するナリ」
そこまで出掛かった言葉を思わず吞み込む。
店の雰囲気に似合う柔らかな照明の光が遮られ、雑然とした卓上に新参のトレイが音を立てて置かれた。
唐突に彼らの席に闖入したのは恰幅のよいソフトモヒカン。室内であるにも関わらず肩で息をしており、その都度豊かな双丘が服越しに揺れる。
「あ、あの」
「心配いらないナリ。ここなら同僚の目も届かないナリ。うるさいんだよねあいつ」
「はぁ……?」
噛み合わない会話に困惑するが、それは置いといて、なんて蠱惑的な肢体と仕草だろう。名誉の為にどちらとは言わんが胸が異様に高まった。情欲が募る。
ゴクリ、と生唾を呑む音が響いた。
「…………ナリ」
「ど、どうかされましたか?」
ただデブモヒカンがその劣情の主から僅かに後ずさったのは事実。まるで臍下のあたりを本能的に遠ざけるように。
程なくして闖入者も購入分の品を平らげると、そのまま瞼を固く閉じて鼾をかき始めた。
最初の退避以外は同席する男たちには一顧だにせず、アボカドとサーモンのサンドイッチを貪る様はさながら豚。
「ねむった……のか?」
「どうする?一度帰るか?」
「まさか。喫茶店はその高いコストの代償に長々と居座ることができるのが利点だよ。このまま引き上げれば赤字だ」
こうして妙な沈黙は幕を引き、二人はこの国を救う壮大な計画、それに係る密談を仕切り直す。
有意義な時間だと口を開く度に実感が湧き上がる。自動販売機のデザイン改善案。母校の文化祭のアイドルプロデュース。センセーションなる提案の応酬を二人は心の底から楽しんでいた。自己承認欲求が満たされていく、自然と股間も膨張する。
だがこれは準備運動に過ぎない。男汁の放射も累計4回目に差し掛かると、絶頂の余り身体を弓なりに反る大男へ痩躯が切り出す。
「政治、弄るぞ」
2
時は流れ、西日が人工光を塗り犯す頃合い。
国家を揺るがす権謀は早くも暗礁に乗りかかっていた。二人には政治がわからぬ。ただ異常な自己顕示欲だけが若鷹たちの原動力だった。
「まー、今の政権はダメだよね。なにせ駄目だから」
「うん、変えるしかない的な」
こうして内心焦りながらも互いに自尊心を傷つけまいと空虚な言辞を投げ合っているのが関の山。
果たしてそれはどちらの口から出たものだったか、またしても苦心の末の発言が飛び出た。
「だいたい程度が知れる学歴なんだよね~」
「わかる、俺たちSボーイを差し置いてあれが横行するってのが」
苦笑めいた吐息と相槌。それに意外な反応が呈された。
「君たち……Sボーイナリか?」
寝ぼけ眼を擦りながら尋ねたのはあの闖入者。襟の徽章が夕焼を反射している。
暫時、二人の熱意の丈を聞き届けたデブは何度も頷く。
「話は聞かせて貰ったナリ。祖国の未来を憂い、暗君の跋扈に毅然として立ち向かう……その気骨まさしく弊職の後輩ナリ」
瑞々しい唇が動く。呼応するように粘り気のある液体が口元より伝った。官能的甚だしいが、今は男心は捨て置きべきだ。放たれたあるワードに驚きを隠せない。
「え、まさか……あなたは」
「せ、先輩!?」
動揺しつつも喜色を浮かべる二人。まさか斯様な地でも同士、それも先達と見えるとは改めて人脈の脅威を感じる。だが、
「そんな憂国の士である貴職らよ。弊職に妙案があるナリ」
「なっ」
意外極まる提案は先の驚愕を凌駕するには十分すぎる。とんでもない! と阿吽のごとく二人は思いを共有した。
ニューエイジたる俺たちがやるから意味があるんだ。いくら先輩だからと言って手柄が減る真似は御免だ。第一こいつだって邪魔なのに。
そんな感情が脳裏を激しく去来する。断るまででもないが二人の根底にあるのは功名心のみ。いわば自己顕示欲の奴隷である。
「そ、そんな……いくらなんでも偉大なる数パーセントのぶっ飛んだ先輩のお手を煩わせるなど……」
「さしもの僕の人脈でも恐れ多いですよ!」
狼狽の色を晒す二人。額には玉のような汗が滲んでいる。そんな翻意を懇願する後輩に降り注いだ声には変わらぬ熱が篭っていた。
「在学生の側にいるOBがいます」
耳朶を打つ力強い言葉に一様に面を上げる二人。限界まで剥かれた瞳は涙によるものか、炯々たる光を映している。そんな視線を一身に浴びた徽章の男はこう続けた。
「我ら藤沢の学徒、同じ地で薫陶を受け研鑽を重ねた学究の士。例え学び舎を去った今でも友をいたわる心、決して失ってはおりません。声なき若人に智慧を。迷える後輩に指標を。後、弊職の名前は一切出さないでいいナリよ」
「!?」
掌が翻る音がした。正味、大部分は意味のわからない演説だったが、最後の一言。高い買い物が二束三文に変じた。思考を放棄しながら国を変えられるなんて、デモの上位互換だ。
「おい」
大男は小男に視線を向ける。
「ああ」
どうやら相方も思いは同じのようだ。
「で、では是非ご教授を……」
「⚫️はい。まずは小四に────」
その後の結末は論を俟たない。インターネットに強い薫陶を授かった二人は無事、近年稀に見る卑劣な政治犯として日本全土に悪名を轟かせることになった。
その後、動物的な感情の持ち主達に目をつけられた挙句数々の愚行が露見しネットミームの末席を汚すことになるのはまた別の話。
その内一人と自分のイラストが他の玩具と相乗りするコラージュを眺めていた男は、誰に聞かせるでもなく呟く。
「まあ、弊職は後輩にチヤホヤされたかっただけだからどうでもいいナリ」
彼もまた自己顕示欲に囚われた豚に過ぎないのである。
この作品について
尊師の大学の後輩であるTehuと青木大和をモデルにした作品。詳細は当時の報道[1]を参照。
リンク・注釈
- 初出 - デリュケー 最も卑劣な行為の真実(魚拓)