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==人物== | ==人物== | ||
=== 経歴 === | ===経歴=== | ||
[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E9%87%8E%E4%B8%80%E8%8B%B1 Wikipedia]より | |||
1920年、平田百貨店従業員・河野一三、房の長男として朝鮮京畿道京城府にて出生。 | |||
一か月後、内地に帰国し父の故郷の広島県を経て東京府の田園調布に移り、そこで幼少期を過ごす<ref>日本戦没学生記念会、p27</ref>。 | |||
1938年、東京府立第一商業学校(現・東京都立第一商業高等学校)を卒業し、1941年東京実業学校(現・東京実業高等学校)教諭を経て、旭硝子、衆議院議員秘書となる<ref>産業新潮 - ユーモア対談(15) 自然の理に反した行動には明日がない</ref>。 | |||
その後、明治大学商学部に入学。1943年9月に大学を繰り上げ卒業し、10月1日に海軍予備(海軍予備員)学生3期生として海軍館山砲術学校に入学。 | |||
同基礎教育課程では区隊学生長をつとめる<ref>日本戦没学生記念会、p24</ref>。 | |||
翌1944年1月30日の基礎教育課程修了後、陸戦科特別攻撃隊要員に選抜され、3月恩賜賞を受け砲術学校を卒業し、海軍少尉任官。 | |||
呉鎮守府第101特別陸戦隊(通称・山岡部隊)隊員に選ばれる。12月1日、アンダマン諸島へ赴任、同島の海軍根拠地隊(7第12特別根拠地隊)陸警隊北辺隊教官となるが、間もなく司令部の専任参謀島崎繁一大佐附副官となる<ref>日本戦没学生記念会、p28</ref>。 | |||
1945年8月、南アンダマン島の約400人の住民を無人島であるハブロック島に移住させる事となり、その移送指揮官に命じられるが、実行2日前に高野正好少佐の提案で移送は水警隊の移管となる。 | |||
なお、移住した住民のほとんどが耕地のない同島で餓死した({{wpl|日本軍によるアンダマン・ニコバル諸島の占領#飢餓と戦犯事件}})ことの責任を問われ、河野の代わりに移送指揮官となった2名の予備士官は戦後シンガポールのチャンギー刑務所にて絞首刑となった<ref>日本戦没学生記念会、p30</ref>。 | |||
終戦時大尉。復員し従七位に叙せられる。 | |||
1954年、公認会計士試験に合格。 | |||
1955年、明治大学中央商科短期大学講師に就任。 | |||
1963年4月、大東文化大学経済学部経営学科助教授となり、1976年大東文化大学経済学部長に就任し、1978年まで務める。名誉教授、オーデリック特別顧問、大蔵省公認会計士試験委員、センチュリー監査法人会長を歴任。 | |||
1984年、同学部附置の経理研究所(現・経営研究所)初代所長に就任する(~91年)<ref>[http://www.daito.ac.jp/research/laboratory/business/information/philosophy.html 大東文化大学経営研究所]</ref>。また論文「会計方法論の論理構造」により、明治大学より商学博士号を取得<ref>[http://ci.nii.ac.jp/naid/500000033077 CiNii 博士論文 - 会計方法論の論理構造]</ref>。 | |||
大東文化大学名誉教授、オーデリック特別顧問、大蔵省公認会計士試験委員、センチュリー監査法人会長を歴任。 | |||
1992年、日本公認会計士協会学術賞を受賞。1994年、勲四等に叙せられる。 | |||
1996年、連合駿台会の前身である明友クラブ会長に就任<ref>[http://rengosundaikai.jp/about/about-2/ 歴代会長のご紹介]</ref>。 | |||
また、毎年4月に行われるシンガポール・チャンギ殉難者慰霊祭での世話人会長を長らくつとめていた<ref>日本戦没学生記念会、p33</ref><ref>[http://www.shoueiin.jp/annai/ceremony_apr_02.html 昭栄院 年間行事 チャンギ殉難者慰霊祭]世話人代表のあいさつを行う河野の姿が確認できる</ref>。 | |||
2015年7月逝去。享年94。 | |||
=== 年表 === | |||
*1920年 - 8月に朝鮮京城府(現ソウル)で[[河野一三]]、房の長男として誕生、9月に広島県を経て東京の田園調布に移る。 | *1920年 - 8月に朝鮮京城府(現ソウル)で[[河野一三]]、房の長男として誕生、9月に広島県を経て東京の田園調布に移る。 | ||
*1938年 - 東京府立第一商業を卒業し、明治大学商学部に入学 | *1938年 - 東京府立第一商業を卒業し、明治大学商学部に入学 | ||
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<br clear="all" /> | <br clear="all" /> | ||
=== | ===軍歴=== | ||
機関誌『わだつみのこえ』127号…[連載]語り継ぐ戦争体験者の証言⑥ [[BC級戦犯60年目の証言と日本の戦争]] | 機関誌『わだつみのこえ』127号…[連載]語り継ぐ戦争体験者の証言⑥ [[BC級戦犯60年目の証言と日本の戦争]] | ||
では、私の生い立ちから……。 | では、私の生い立ちから……。 | ||
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同年十月海軍予備学生となって館山海軍砲術学校に入隊しました。 | 同年十月海軍予備学生となって館山海軍砲術学校に入隊しました。 | ||
四ヶ月の基礎課程を終わって翌十九年三月、恩賜優等賞を受け卒業し、海軍少尉になり、そのさい特別攻撃隊要因に選ばれたのです。 | 四ヶ月の基礎課程を終わって翌十九年三月、恩賜優等賞を受け卒業し、海軍少尉になり、そのさい特別攻撃隊要因に選ばれたのです。 | ||
「声のわだつみ」より、唐澤一英氏へのインタビュー | |||
簡約:氏は明治大学在籍中、海軍予備学生(学徒出陣の一種)に志願し、准少尉候補生として任官。 | |||
海軍に能力を認められ、呉鎮守府第101特別陸戦隊(通称山岡部隊、S特攻部隊とも)に編入される。 | |||
部隊の任務はイ号潜水艦に搭乗しての米本土ボーイング及びロッキード社への攻撃だが、潜水艦の撃沈を受けて任務は中断。 | |||
のちに部隊には三沢、北海道の基地から攻撃機に分乗し、敵のテニアン飛行場に着陸しB29飛行機を破壊する作戦が与えられたが、米軍に察知されたことにより部隊の飛行機は壊滅。 | |||
山岡部隊が実戦に出ることはなく、一英氏は当時の日本領アンダマン島の司令部にて基地の管理と対英攻撃をすることになる。 | |||
その過程で現地住民のヘブロック島への移送指揮を執るはずだったのだが、二日前に任を解かれ、任務は谷岡中尉、鶴田少尉の担当となる。 | |||
戦後にこの移送は戦争犯罪とされ、担当者である谷岡中尉他はチャンギー刑務所で絞首刑となった。一英氏は、一歩違えば自分が刑に処されていたと振り返っている。(簡約ここまで) | |||
戦後に氏は会計士の資格を取得し、センチュリー監査法人元会長、大東分化大学名誉教授など多くの経歴を持っている。 | |||
''[http://krswisgod.blog.jp/archives/30352647.html 恒心スポーツ:文献から読み解く、唐澤弁護士の家系]より'' | |||
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===会計士、会計学者として=== | |||
センチュリー監査法人(現・新日本有限責任監査法人) 代表社員に就任し、国内会計監査法人としては当時五番手であった同監査法人を海外への頻繁かつ念密な協議のもと{{wpl|KPMG}}に加盟させ<ref>ただし、現在では森公高が理事を務めた「有限責任あずさ監査法人」が日本国内メンバーファーム(加入監査法人)に取って代わられている</ref>飛躍的に業容を拡大させた中興の祖として知られている。 | |||
アメリカ文化への理解が深く、会計学者としては著書や「[[アメリカ合衆国の活力根源について]]」、「[[アメリカ合衆国の活力根源について#「日本企業に米国式会計を導入せよ」|日本企業に米国式会計を導入せよ]]」といったコラムにおいて、明治期以来、日本国内において採用されてきた従来のドイツ式企業会計・法人税制・商法をアメリカ式のものに改革すべきであると主張していた。 | |||
===[http://researchmap.jp/read0026044/ 鈴木一道]氏による文献=== | ===[http://researchmap.jp/read0026044/ 鈴木一道]氏による文献=== | ||
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== 外部リンク== | == 外部リンク== | ||
*{{wpl|河野一英}}-Wikipedia | *{{wpl|河野一英}} - Wikipedia | ||
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