「平成27年8月3日」の版間の差分
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8月3日当日、[[茂み]]がピュアけんま配信中に愛宕警察署に連行される事件があり、[[ピュア虎ノ門]]周辺はすぐ警察の飛んでくるとんでもない所という認識が広まった。これが[[チキンレーサー]]の心に火をつけ、以後けんま民が大量進出した。 | 8月3日当日、[[茂み]]がピュアけんま配信中に愛宕警察署に連行される事件があり、[[ピュア虎ノ門]]周辺はすぐ警察の飛んでくるとんでもない所という認識が広まった。これが[[チキンレーサー]]の心に火をつけ、以後けんま民が大量進出した。 | ||
当時は[[唐澤貴洋のご尊顔開示事件]]により伝説の希少生物[[ | 当時は[[唐澤貴洋のご尊顔開示事件]]により伝説の希少生物[[唐澤貴洋|弁護士唐澤 貴洋]]の[[疑惑尊師|発見・撮影]]がブームになっていたこともこれを後押しした。ブーム初期を支えた[[paranoid]]の配信では尊師ではないが[[唐澤洋]]の撮影に成功した。 | ||
出会い厨を誘導してけんまさせるという出会い厨ラジコン路線が開拓されたのもこの頃である<ref>http://tesuya.esy.es/bbs18c/test/read.php/asahara/1439784759/79 が最初だろうか</ref>。 | 出会い厨を誘導してけんまさせるという出会い厨ラジコン路線が開拓されたのもこの頃である<ref>http://tesuya.esy.es/bbs18c/test/read.php/asahara/1439784759/79 が最初だろうか</ref>。 | ||
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しかしながらこの手のコンテンツでありがちな「出る杭は打たれる」風潮がたたって、9月頃から安藤亮太バッシングが始まるようになり、[[事務所一派]]と関わってしまったことが決定打となって安藤は一度身を引くこととなる。この辺の経緯については[[安藤良太#炎上以後]]を参照。 | しかしながらこの手のコンテンツでありがちな「出る杭は打たれる」風潮がたたって、9月頃から安藤亮太バッシングが始まるようになり、[[事務所一派]]と関わってしまったことが決定打となって安藤は一度身を引くこととなる。この辺の経緯については[[安藤良太#炎上以後]]を参照。 | ||
安藤の影響で急増したけんま配信主であったが、配信主同士の自己顕示欲の暴走やいざこざ、アンチ活動が絶えなくなり([[加藤力]]・[[ハナミズキ騒動]]など)、彼らを生み出したけんま配信路線自体への批判も増加、けんま配信は下火となる。サイレントによる過激路線は継続されていたが、長谷川家の車([[マンチ]]・[[青シュヴィッツ]] | 安藤の影響で急増したけんま配信主であったが、配信主同士の自己顕示欲の暴走やいざこざ、アンチ活動が絶えなくなり([[加藤力]]・[[ハナミズキ騒動]]など)、彼らを生み出したけんま配信路線自体への批判も増加、けんま配信は下火となる。サイレントによる過激路線は継続されていたが、長谷川家の車([[マンチ]]・[[青シュヴィッツ]])破壊などエスカレートする過激路線に対して非[[上級国民]]である長谷川一家へはやり過ぎとの批判が強くなりこれもまた下火となる。 | ||
ブームが終わったのは[[麻原彰晃掲示板]]の閉鎖(2015年11月17日)、あるいは[[事務所騒動]]が激化しけんまどころでは無くなった2016年初あたりであろう。 | ブームが終わったのは[[麻原彰晃掲示板]]の閉鎖(2015年11月17日)、あるいは[[事務所騒動]]が激化しけんまどころでは無くなった2016年初あたりであろう。 | ||