利用者:呉鎮守府第101特別陸戦隊
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【質問】 旧日本海軍に存在した特殊部隊について教えてください.
【回答】 旧日本海軍には特殊部隊が存在しました. 呉鎮守府に存在した呉鎮守府第101特別陸戦隊でした. この部隊は,ただの海軍陸戦隊ではありません. 敵地に潜入して敵基地の破壊工作を行う海軍のコマンド部隊でした.
ネットでは詳しい資料が存在しなかったので,ウィキペディアの資料を参考にしますが, 呉鎮守府第101特別陸戦隊は指揮官が山岡大二少佐であったため,山岡部隊という通称がつけられていました. また,潜水艦に乗っての破壊工作を想定していたの,でS特攻部隊(S特)とも言われていました.
旧日本海軍にはこの山岡部隊の他にも, 佐世保鎮守府第101特別陸戦隊(山辺部隊)や 同第102特別陸戦隊(常盤部隊) などが存在していました.
任務はアメリカ海軍のUDT(後のSEALS),英国のSBS(海兵隊特別舟艇部隊),イタリア海軍空挺/潜水大隊と同じ任務を持っていただけでなく, 破壊工作活動も任務としていたので,ドイツのオットー・スコルツェニーSS少佐を指揮官とするSSコマンド部隊や, 韓国空軍の684部隊(シルミド部隊)と同じ性格の任務も持っていました.
1944年に館山海軍砲術学校で編成. 主に風格が欧米人風で,知力・体力に優れた兵士が350名選抜されました. 英語やアメリカ本土に関する地理や交通,風習に関する教育が徹底され,隊員の食事もアメリカ風でした. また,短い自動小銃をはじめ40kgの荷物を背負って,一日60kmを駆け足で移動する強行軍や, 富浦町大房岬の海岸にある100m近い絶壁を素手で登る訓練も行うなど, さながらSASやSEALS並みの訓練が行われました.また訓練は夜間に行われました.
当初の計画では,グアムやサイパンなどの島に潜水艦で近づき,深夜の闇に紛れて敵基地や航空機を破壊する作戦が想定されましたが, 大戦末期による米駆逐艦の哨戒活動が活発化したので断念. 1944年にはカリフォルニア州ロサンゼルス郊外のボーイング,ダグラス等の軍需工場破壊計画が立案され,ゴムボートで米本土に上陸, 山中を拠点に車を強奪して工場に向かう計画が立てられた他,米大統領暗殺命令も出ていたとも言われています. しかしこちらも,沖縄戦激化のため中止. 本土空襲が激化すると,マリアナ諸島のB-29爆撃機破壊を目的とした「剣」作戦が計画されました. 一式陸攻に隊員を乗せてサイパンやグアムに強行着陸し,B-29を破壊する計画だったそうです. また,300名の陸軍空挺部隊と共同攻撃や,機銃を増設した銀河72機による攻撃も計画されました. 広島と長崎に原爆が投下されると,原爆貯蔵庫だったテニアンもターゲットに追加されましたが, 当時三沢基地にいた山岡部隊は,青森大空襲による三沢基地の破壊により計画を延長, その間に日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏したので,結局,山岡部隊は一度も実戦に参加する事はありませんでした. なお,山岡少佐は後に海上警備隊(後の海上自衛隊)に入隊. 1968年1月,海上自衛隊を海将補で退官し,1991年に他界しています.
しかし,これほどのコマンド部隊が旧日本海軍に存在したとは,恥ずかしい話,つい最近まで知りませんでした. なお,現在の海自の特殊部隊「特別警備隊」はSBSから訓練を受けている事から,これらの任務が付与されている可能性はありますが, 何分こちらも隠密部隊なので,実際はどうなのかはわかりません. バルセロニスタのCR-Z in mixi,2010年03月09日10:06