利用者:Karanj
小関家移転
予兆
恒心教徒が「クソ弁護士オブザイヤー」の投票開始に沸いていた2015年11月30日、水面下でTwitterで活躍する教徒「乾燥に強い弁護士」氏が上川郡東神楽町の小関家に電凸をしたところ、「移転のため電話機を取り外してあります」という自動音声が再生される設定になっていることを確認。[1][2]
ここに来て、2015年10~11月の段階で小関家が引越しを行った可能性が急浮上し始めたが、
- 仮にも教職にある小関修也がこんな中途半端な時期に受け持ちの生徒をほっぽりだして異動するなどあまり考えられない
- 小関家に引越し費用を払う余裕が果たしてあるのか
- 電話番号を変更しただけの可能性も多分にある
との見解もあり、「引越し説」と「電話番号変更説」の二説が対立したが、いずれも確たる根拠は無かった。
そして12月2日、北陸在住の教徒が小関家にレターパックを送ったところ、本来小関家を管轄とする筈の旭川東郵便局から旭川中央郵便局に転送された事をインドカラケーに報告し、小関家が旭川市街に引っ越したことがほぼ確実となった。
223 :からさん@デフォルト名無し募集中 : 2015/12/02(水) 13:43:38 ID:dkZh4HqI0 オメガ君に送ったレターパックが転送されてたナリ お問い合わせ番号�2276-8592-6123�http://bit.ly/1HFMtH0 http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org634747.png http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org634741.png ガチで引っ越してしまったのですか?
11/30 乾燥に強い弁護士氏、小関家に電凸を行うも、移転を告げる自動再生音声のみが返ってきたことをTwitterにて報告、音声データをアップした。
12/2 北陸在住教徒が、小関家にレターパックを送った結果、旭川中央郵便局に転送され小関家に配達された事をインドケーに報告。
戦場は旭川市へ
小関家移転がほぼ確実となったことにより、小関直哉への糸筋は絶たれたかに思われた。 もう二度とオメガけんまは行えないかも知れない、という不安がオメ学者達の心によぎった。
しかしまたここに伝説の有志がまた一人現れた。 同じくTwitter路線にて活躍する「ターンA」ニキである。
2015年12月5日朝、彼は膨大な資金と時間を投入し雪深い真冬の上川郡東神楽町に徒歩けんまを行い、旧小関サティアンへの登頂を果たす。[3][4] そして彼はガスが止められ、郵便受けが封鎖され、既にもぬけの殻と化していた旧小関家を目撃する。[5] こうして小関家の引越しが完全に確定した。
しかし、小関家は細いながらも次への糸筋を残していた。 ターンAニキが教職員住宅の班長に聞き込みを行った結果、「小関家は旭川市川端町(付近)に引っ越したが、具体的な住所は分からない」「(12月初頭現在も)小関直哉の母親が時折荷物を取りに来ている」との証言を得たのである。[6][7]
こうして重要な証言を得たターンAニキは、恐らく今後訪れられることの無いであろう旧小関家を後にして、一路旭川へ向かった。
その日の残りを全て費やして調査した結果、小関家こそ見つからなかったものの、川端町の団地に居住しているとの可能性が高いという結論に至る。 そしてまた、旭川の図書館で、これまでの年度の教員人事が記された新聞のコピーを入手していた。
12/5 ターンAニキ、真冬の旧小関家にけんまを敢行。 住宅班長への聞き込みの結果、旭川市川端町へ引っ越したとの証言を得る。 その後川端町に移動し捜索するも新小関家は発見できず
12/6 ターンAニキ、美瑛町立美馬牛小学校に電凸し、小関修也が2008年頃に勤務していたことを確認。 同時に川端町に存在する旭川西高校への電凸も行い、小関修也はいないとの解答を得る。 これで小関修也が、小関家を養う小中学校の教職員であること、高校教員でないこと、小関家が2008年頃までは美瑛町に存在したことが改めて確認された。[8]
12/9 ターンAニキ、教員人事記事の洗い出しの結果、2008年度の人事異動にて小関修也が中頓別町小頓別中へと異動していたことが発覚。 しかしながら、すぐに中頓別町小頓別中は異動の翌2009年3月に廃校になっていたという衝撃の事実が発覚。[9]