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恒心文庫:雛鳥

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本文

オラ森地下40298階。
光の一切差さない地下への階段を、洋は降りている。
片手に持つ燭台の火がほのかに揺れ、足元を照らす。
洋はその後にぴったりとついていく。
むき出しのコンクリートが洋の足裏に冷たさを染み付くように残していく。
洋は何も履いていなかった。
靴も、ズボンも。下着も、上着でさえも何も羽織っていない。
裸である。
洋は地下へと続く階段を、裸で降りているのである。
汗のはる洋の胸板、その薄く濡れた表面に照ら照らと燭台の橙色の光が揺れ、雫となって滴っている。
ふと、洋の白もみの影から汗が一つ滑り落ちる。
それはたるんだ顎、肉に埋まった首、盛り上がり垂れ下がる乳房、ひび割れたかのごとく皺の入った腹を順に順に伝い、やがて濡れそぼった陰毛の先に散りばめられる。
小さな光を閉じ込めたその暗黒はまるで星空のようにまたたいている。
洋は無言であった。
普段のアヒル口は一文字に引き締められ見る影もない。
ただその向こう側で何かを咀嚼するかのように、洋は絶え間なく顎を動かしている。
丹念に口内の何かを噛み砕きながら、しかし飲み込まないように。
時折漏れる熱い吐息が、周囲の静寂を沈黙に変え、その重苦しい空気に押し込められるように洋は下に下に降りていく。
そうして洋は最下層、そびえ立つ鋼鉄の扉と向かいあった。
洋は燭台を傍らに置くと、節くれだった拳、その手のひらを扉に押し当てた。
足に、腕に血管が浮き出る。顔にマスクメロンのように青筋が走りもみあげがパノラマに広がる。鼻息荒く咀嚼を繰り返す口内に唾液がさらに分泌される。
そして数tはあろう扉はあっけなく開いた。洋はスーパーおじいちゃんなのだ。
しかしそんな洋と言えども口に物を入れながらの激しい運動はさすがに堪えたのか、えずきながら傍らに置いた燭台をふんだくる様に掴み取ると転げる様にして扉の中の暗闇へ駆け込み、そのまま転んだ。
洋の手から燭台が離れ、弧を描いて落ちる。
それは思いの外軽い音を立てて床を転がり、橙色の小さな火はパチパチと音を立てて広がっていく。
ン!ン!
洋が声なき声に力を込め必死にうめくが、火は一層勢いを増し、いつしか部屋の様相をあらわにしていく。
そこには、ワラが敷き詰められていた。何重にも折り重ねられ厚くなったワラが床に敷き詰められており、その外側から上がった火の手が内側へと煽り立てている。
その中心に、男が一人立っていた。
まだ年若い、あばらの浮き出た細身の青年である。
彼は洋と同じ様に肌を晒しながら、局部だけは黒のブーメランパンツで隠している。
両腕は後手に縛り上げられ、しかしその場から動こうとしない。
ただ大口をあけて、絞り出すような奇声を上げながら首を伸ばしている。
やるせなく立ち尽くすその姿は、どこかダチョウに似ていた。
必死に叫ぶ彼の姿に、洋は火に焦がされながらも乗り越える。
そして叫び続けてひび割れた唇を、洋は慈しむように指先でひと撫でふた撫ですると、自身の肉厚の唇で塞いだ。
待ってました。そう言わんばかりに厚史は洋のじっとりと濡れた艶やかな唇に乾いた唇を懸命に何度もなすりつけ、摩擦のエネルギーがグチュグチュと白い泡になって飛び散る。
しかしそんなものは気にならない。ピタリと合わさった口、その内側を3週間ぶりのご飯が通っているのだ。
約3時間かけて噛み砕かれ、洋の唾液や胃液がよく絡まってオジヤのようになったヒジキや天ぷらやバナナ、様々なものが洋から厚史へと流れ込んでいるのだ。
厚史は洋のゲロを浴びながら、全身で喜びを表すかのように、そしてさらなる喜びをせがむかのように洋に唇をなすりつけ愛ながら飛び跳ねる。
もう直ぐ空っぽになりそうな洋は、愛ゆえに大腸の中身を逆流させ、口から口へと大便を放る。
愛ゆえである。愛で成り立つこの場はいわば愛の巣である。
燃え盛る火の中、二人は最後の時まで貪り合うのだ

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