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恒心文庫:親というのは

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

ある日の事である。Yくんとゲイ・ポルノを見ている最中に、あるものが目に入った。――「極大ペニス!これでチンフェの仲間入り!」なんてことはない、ただのペニス増大サプリの広告である。そんなものを使用せずとも、当職たちの肉樹は既に大木と成っており、逆にこれ以上成長すると生活に支障が出るほどだ。普段なら気にしないそれを、しかしYくんは食い入るように見ていた。
自慰のために露出させたその肉樹は――およそ27.83cmほどあるそれは――痛々しいまでに勃起しており、先端からは淡い白色の樹液が溢れている。
「勃起しながら見つめる行為は、Yがおねだりしている合図です。Yに何が欲しいか尋ね、与えてあげましょう。」
Yくんの履歴書に添えられていた取扱説明書。恐らく彼の親が書いたであろうそれには、こう書いてあった。ご丁寧に図まで記されており、なるほど、目の前の光景がそのまま絵になったようだ。親もこの奇行を知っているのかと、若干狼狽えながらも、このままでは行為に及べないので、とりあえず説明書の通り聞いてみることにした。
「Yくん、これが欲しいナリか?」
声が届くや否や、Yくんは顔を此方に向け、まるで子供をあやす親のような微笑みを浮かべて言った。
「いえ、ただ僕の息子が駄々をこねるンです。これが欲しい、とね。」
いかにもYくんらしい剽軽な返答。見れば膨れた肉樹が脈動し、下には皺の殆ど無い、収縮した陰嚢が姿を覗かせていた。それは当職とYくんに「これをくれなきゃ射精するぞ」と、半ば脅迫に近い形で訴えかけている。なんとも躾のなっていない息子だ。Yくんはちゃんと躾をしているのだろうか。
「わがままな息子ナリねえ……」
思わず呟いてしまう。染み出る樹液に、当職の姿が映っていた。
「ええ、困ったものです。」
手のかかる子ほど可愛いというものか、Yくんはそう言いつつも、笑みを絶やさず浮かべている。やはり親は、どんな子供であれ、どんな性格であれ、それが自分の血の繋がっている実子であるならば、決して見捨てたり等はしないのだな。嫉妬とも、羨望とも言えぬ眼差しを向けながら、ふとそんなことを思ってしまう。
サプリの値段は30万。ぼったくりともいえる値段だが、払えないことはない。開示一つで稼げる金額だ。
早速広告の下に行き、購入手続きを始める。そこは相反する色で着色され、しかも交互に点滅するので、見ているだけでも頭が痛くなる。こんなところに長居は無用だ。途中Yくんが何かを口にしたようだったが、気にせず購入手続きを済ませた。
当職の肉樹はすっかり萎え萎れ、行為に及ぶ気持ちも何処かへ消え去っていた。Yくんの息子も、購入したことを喜び、盛大に射精している。なんだ、結局射精するのではないか。苦笑をもらしながら、その日は事務所を後にした。

空は砕けて神は鳴り、山を訪ねて風が吹く。木々は化粧し人は無く、川の表は凪いでいる。
荒れ狂う嵐の中を、傘も差さずに一人歩く。肌に刺さる寒風も、今の当職には心地好い。下部から沸き上がる欲求不満は語りかける。「おいK、何故交わらなかった。こんなに溜まっているというのに。」行き場を無くした精子は皮膚に押し付けられ、外からでも、その姿を窺える。
「そいつは、君、無理な相談というものナリ。」
「何故だ、無理矢理にでも、襲えばいい話だろう。」
「君は当職に、無抵抗の人を襲えというナリか?」
「下半身を露出させ、しかも勃起している時点で、無抵抗も何もあるもんか。Yくんは誘っていたのだ。」
「しかし、説明書におねだりと……」
「親は子供のことを何一つわかっちゃいない。そんなこともわからんのか、馬鹿なやつめ。」
「……」
よく喋る肉樹だ。それでいて、中々筋が通っている。そういえば昔、あらゆる精神活動の根源となるエネルギーは性衝動である、と主張した者がいたな。精神活動の根源、即ち、自分そのもの。こいつが話すことは全て、当職の本音なのだろう。言いくるめることは不可能だ。
ならば一つ、聞きたいことがある。
ほう、それは何かな。

「何故……君はあの時、萎え萎れてしまったナリか?」

――それが答える前に、一際強い風が起こり、気付けば姿を消していた。同時に嵐は止み、砕けた空からは光が漏れていた。やれやれ、都合の悪いことを聞くとすぐに逃げる。一体誰に似たのだろう。わかりきった答えを問いかけ、自嘲気味に嗤う。
空は何色か――澄んだ青色だ。その下をずぶ濡れの当職が一人歩く。拭く必要は無い。いつか乾くだろう。
歩きながら当職は父のことを思い出していた。

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