恒心文庫:泣いた貴鬼
本文
むかしむかしあるところに、貴鬼と厚鬼という兄弟の鬼がいました。
貴鬼にはともだちがいませんでした。学校もきらいでした。貴鬼にとって世界はやさしくないものでした。
そこで、貴鬼はいやなことを厚鬼に押し付けることを思いつきました。厚鬼はやさしい性格で兄には逆らえませんでした。
はじめは厚鬼がおやつをとった、というかわいらしいものでしたが、それはだんだんひどくなっていきました。
厚鬼は不良だ、厚鬼のせいで評判が悪くなるので学校にいけない、厚鬼に財布をとられた、厚鬼がパー券を売って荒稼ぎしている、などなど。
貴鬼は学校にいかなくてもよくなりました。毎日好きな映画が見放題で、競馬場にかよい、パソコンでゲームをしながらたのしく暮らしました。けれどもそんな生活よりも良いものがありました。いやなこと押し付ければ押し付けるほど厚鬼は真っ赤に燃えました。その火はとてもやさしくあたたかく、貴鬼はその火のことがなによりもすきでした。
ある日厚鬼は部屋で首を吊って死んでしまいました。その顔は苦しみぬいた死に顔をしていました。厚鬼が16、貴鬼が17のことでした。
貴鬼はわんわんと泣きました。喧嘩もしましたが、かけがいのない弟でした。
なにより、あの火のあたたかさを二度と感じることができないのが辛かったのです。
それから貴鬼は厚鬼とおなじ温もりを求めて火を探す仕事をはじめました。
けれども厚鬼のような火はなかなかみつかりませんでした。
ある日、ひときわ大きな火にであいました。その火に近づいたとたん、一瞬で貴鬼まで燃え広がりました。
貴鬼はだれよりもあたたかく大きく燃えました。それは厚鬼の火と似ていました。
貴鬼は自分の中に弟がいたことにきづくことができました。
貴鬼の火のもとにはたくさんの人があつまり、世界をやさしく照らしました。
それから長い年月がたち、貴鬼の火はいよいよ燃え尽きようとしていました。
火にあつまったものたちはすでに離れ、貴鬼のような火を求め、人や自分をもやしたりしていました。
けれどもそんなことは貴鬼にはどうでもよかったのです。貴鬼はいつまでも厚鬼といっしょに過ごしました。すべてのはじまりのあのときのように、やさしいあたたかさに包まれながら。
リンク
- 初出 - デリュケー 泣いた貴鬼(魚拓)