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恒心文庫:悪いものたち

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本文

某国。そこでは数多のカルト宗教が幅を利かせていた。一見すると平和な国だったが、各宗教が別の宗教を糾弾し、スパイ行為や暗殺も平然と行われていた。その内実はまさに「万人の万人に対する闘争」であった。インターネットに端を発するル・モンド・アミキャルもまた、その一つであった。
ル・モンド・アミキャルとは、神と呼ばれる人物ーーこの人の名は濫りに発してはならないーーに対してあらゆる手段を用いて罵倒し、厄災や罪を全て神に被せる、それによって、その名に冠されたような誰も傷つくことのない「やさしい世界」の実現を目指す、倒錯的にして合理的な宗教である。以下、この宗教については、モンドと略す。
モンド自体の発足は2012年頃と言われているが、定説は存在しない。その発生の経緯については、著者自身調査不足であり、本稿の大命題には関わらないことであるので、今回は触れないでおこう。
2015年、突如出現したのが、モンド随一の悲劇の人と呼ばれるアンドロポフである。彼は幼くして身よりを無くし、投機によって生計を立てていた。彼は孤独な人であった。嫌いなものばかりが増えてゆき、大切なものを失い続けてきた。であるからして、彼がモンドに入信したのは必然の理だったのかもしれない。
時を同じくして、自らをシュプリームと称し、モンドの教えを公に露出しようとする者がいた。彼は自らの支持者を着実に集め、ついにゲネラーレ・ムジーク(以下ムジーク)という過激な一派を形成した。しかし、ムジークのやり方は褒められたものではない。というのも、彼はモンドという宗教を用いて私腹を肥やすことを企んでいたからである。教養ある読者の方はお気づきだろうが、これは16世紀のヨーロッパに横行していた贖宥状の販売に似ている。これだけならまだ許そうという寛容な信徒もいたが、その穏健な姿勢も打ち砕かれることになる。
2016年、アンドロポフが自らの犯罪ーーモンド信徒とはいえ仮にも法治国家に属していたため、その国家の罪であるーーを暴露。同年2月、全国的に報道された架空のテロ予告、(日本円に換算して)数百円程度の軽微な窃盗の反復。これら複数件の犯罪行為により、彼は檻に入ることとなった。
しかし、アンドロポフの置き土産は驚天動地を誘うと同時に、信徒の彼への同情心を焚きつけるものであった。当初はアンドロポフの単独犯とされていたテロ予告の共犯としてシュプリームの名が上がったのだ。さらには、アンドロポフが盗んだ物を盗品と知りながら公の場で販売していたのもシュプリームであり、アンドロポフはムジークを批判していたにもかかわらず彼らに金蔓として利用されていた……その他数々の衝撃的事実が判明し、ムジークは非難を浴びることとなる。
2018年、裁判中のアンドロポフに名指しされることを恐れてか、シュプリームは自らの国家的犯罪を隠匿し、その上で自らに近づく者、自らを批判する者に国家の司法の力で脅しをかけているという。暫定犯罪者による法の槌。皮肉だが、恐ろしいことだ。「やさしい世界」は今やディストピアである。
その身に起こる悲劇をトラジコメディとして捉えていたアンドロポフにも、もう限界が来たようである。彼にこそ必要だった「やさしい世界」に彼は裏切られ、尊き命を自ら絶つことばかりを考えているという。
おお、神よ、道を誤ったシュプリームに悔悟の念を、迷える仔羊アンドロポフに救済の光を与えたまえ。

出典
五条三重子『ル・モンド・アミキャル殉教者列伝』民明書房、初版2038年4月19日
*この書は本来2018年4月に刊行予定だったが、ある宗派の妨害により発行が20年延期された。

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