恒心文庫:封印
本文
「美奈!美奈!」
裕明の悲痛な叫び声が響く。
阿部通子弁護士―裕明はそこまで面識はなかったのだが―が突如、デートを楽しんでいた裕明と美奈のところに現れたのである。
通子はこの世のものとは思われない表情を浮かべながら手をかざしたのだが、その瞬間、美奈は声もあげず、突然液体となって体の造形を失ってしまったのだ。
「男はすべてホモセクシャルに…女はすべてLCLに…」
通子の呪文のような声が聞こえる。
「美奈を返せ!」
裕明の叫びはどうやら届いていない。
「間に合った…いや、間に合ってないか」
中年の男性が現れる。裕明はその男の名前を知っていた。小西弁護士だ。
冴えない風体ながらも有能として業界内では有名な存在だった。
「小西さん!これは!?」
「ウチのバカ弁護士が封印を解いちまったんだ。A4とB5のコピーを間違えて、俺が怒ったせいで、紙に対し妙な意識を持ったようで…
たまたま会った阿部さんの体に貼ってあった封印の紙をはがしちまったんだ、あのデブ」「どうすればいいんですか!このままだと美奈は!」
「川崎さんか、もう助からないだろう。早く止められればよかったんだが…いや、あのデブを殺しておけばよかったかな」
「後悔してもどうしようもないです!もう一度封印すればいいんですか?」
「そうだ。ただ阿部弁護士は安倍晴明の末裔とも言われている。陰陽道に従った封印を作るのには時間がかかるらしい。」
「でも、男はホモにとか、女は何とかとか言ってますよ」
「くそ!もう殺しちまうか」
「いや、手はあります。僕の事務所はすぐそこです。そのロッカーに箱があります。それを持ってきてもらえますか」
「殺す気か?」
「いや、早くとってきてください。事情は後で。それまで僕がなんとか食い止めます」
小西がロッカーを探すと、厳重に紐で縛られていた箱があった。それを何とかほどくと、刀が現れた。すぐに裕明の下へもっていく。
「これで殺すのか」
「いや、これは大国主神が須佐之男命から奪ってきた『生大刀』(いくたち)です。これなら殺さずに、霊力をもって封じられます。
小西さん!阿部弁護士をつかんでてください!」
「わかった。俺はどうなってもいい。その刀でやれ!」
小西が通子を羽交い絞めにし、裕明は小西にまで刺さらないように気を付けながら、通子に生大刀を突き立てる。
通子は倒れ、周囲の霊気は収まった。
「美奈!美奈!やっぱり戻らないのか!」
「しかし、これだけ霊気を浴びたら、俺もお前も精神が崩壊するだろうな。まあ人類のために仕方ない犠牲ってか」
「そうですね…僕は生大刀を持っていて、出雲の神々の末裔なので、多少は霊力の作用を緩和できると思いますが、小西さんは……」
「まあ仕方ない。俺のことを覚えておいてくれ。でも、コイツはどうするんだ?」
「ウチの事務所で封印します。意識を取り戻せば刀が刺さったままでも事務所内の仕事はできるかもしれませんし」
「よろしくな」
裕明が流転を繰り返し、落ち着いたのは自ら代表を務める八雲法律事務所。
その「特別室」に、刀が刺さった女性が企業関係の法務を行っているという。
そして裕明は自らの予想通り、ホモセクシャルになった。それでも、狂気にあてられて所在不明になった小西弁護士よりはマシだろう。
好みの男を法律事務所に集める裕明。かつての彼女のことを思い出すことはもはやないのだが、それは彼にとって幸せなことかもしれない。
タイトルについて
この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。
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- 初出 - マヨケー 山岡「からさん、あッ…ダメ…いく、いっちゃう、中に出して…」★2 >>669([ 魚拓])