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恒心文庫:

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本文

桜が散るか散らないかという頃のこと、H氏は散歩をし街の中央にある広場へとやってきた。
ここではいろいろな店が出ていて人々が行き交っており、その様子をベンチに座りながら見るのがH氏の日課だった。
いつものように腰を掛けあたりを見回すと、見慣れた店の中に初めて見る店があった。
客は誰も立ち寄っていないようで、骨董品を売っているようだ。
そこで売られている品々にすこし興味が出たH氏は冷やかすつもりで近づいてみた。
フードを深く被った男が店番をしているがH氏に気づく様子はない。
「これは何を売っておられるんですか」
H氏は話しかけてみる。
「みての通り壷ですよ」
男はH氏に気が付き答える。
「壷ですか。どうです、売れていますか」
「いやはや困ったものでこれがなかなか売れませんで」
客がいないのだから仕方がない。暇つぶしとばかり質問を続ける。
「どういった経緯の壷なんですか」
「これは悪魔を呼び出すための壷なんですよ」
「はあ、悪魔ですか」
まったく、怪しげなのを売る輩もいるもんだとH氏は思ったが、少しずつその壷に興味が出てきた。
「ちなみにおいくらなんでしょうか」
その答えは一日の食費程度で、H氏の予想に対して随分と安く拍子抜けしてしまった。
悪魔、と言う言葉を聞いていたので、その壷に対してどうしようもなく興味が出てしまい
騙されていると知りつつも購入の衝動に襲われ、最終的にその壷を買う決意をしてしまう。
「では私がいただきましょう」
「お買い上げありがとうございます。ただし、これは悪魔の壷ですから割ったりしないでください」

家に帰ったH氏は、早速とばかり壷を床に叩きつけて割ってしまう。
壷の破片が散乱する。
しかし何も起こらない。
予想通り騙されたのだと気づいたH氏は、とりあえずさっきの店に文句を言おうと再び出かける用意をする。
と、そのとき家のチャイムがなった。
一体誰だろうとドアを開けると小太りの男がいた。
「当職は弁護士をやっております。さて、なにかお困りではないですか」
「いや、特にはないが」
「おやおや、そちらに壷が割れていますね。なにか困りごとがあったのではないですか?」
ふむ、と考えたH氏は、そうだこの弁護士を連れて先ほどの店へ行き
文句をつけてやろうと考え、そのことをこの弁護士に話した。
「わかりました、当職にお任せください」
「ところで費用はいくらかかるのかね」
「いえいえ、ただで行っております」
ふと怪しさを感じたH氏であったがとりあえず頼むことにする。

広場にはまだ先ほどの店はあり、店番に文句をつけた。
「やいやい、さっきの壷だがなんだあれは」
「え、そうおっしゃいますと」
「悪魔なんて出てきやしなかったぞ、嘘つきめ」
「おかしいですねそんなはずは。まさか」
「まさかなんだというのだね」
「もしかして割ってしまったのではないですか」
「割ったら悪魔が出てくるのではないのかね」
H氏が苦情を言うが、店番はのらりくらりとかわして答える。
そこに弁護士が割って入りH氏の主張を繰り返す。

「これが私の弁護士だ。さあ、反論したまえ」
H氏は勝った様子で店番に言い放つが、しかし店番は首を傾げている。
「はて、弁護士とはどこに」
「ここにいるじゃないか。君の目の前だよ」
「いやしかし私にはお客様の姿しか見えませんが」
H氏はどきりとして弁護士の方を見る。
たしかに小太りですこし笑みを浮かべ頬を染めているが、それがすこし人間ではない印象を与える。
もしかしてこれが悪魔なのではないか。
そういえば悪魔は黒いというが、この弁護士も黒いスーツを着ている。
悪魔が私をからかっているのだ。
そう考えたH氏は悲鳴を上げながら家に走り帰ってしまった。

「やれやれちょろい商売だねこれは」
「当職のことを勝手に悪魔だと考えてくれるなんてね」
店番と弁護士が話している。
「クズみたいなやすい壷を少し値段を上げて安く売るだけさ」
「後は当職がもう一回あの家に行って脅かしてやればいい」
「そうすりゃ勝手に更に金を献上してくれるんだから」
「普通に稼ぐんじゃなかなかうまく行かないからね、こういうことも必要さ」
「本職の弁護士業でも同じことやればいいじゃないか」
「もちろん、もう同じようなことはやってるよ。簡単な仕事だね」
そういう世の中なのだ。

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