恒心文庫:唐澤貴洋「ああああああああああああ!!!」
本文
当職は学校から帰る途中だった。
その頃はかなりの反抗期で、親、いや家族全員が、当職にとって邪魔者という感じだったのだ。
母はいつもおせっかいがうるさくて、何よりしつこい。弟も弟で用水路に流したいくらいウザい。
父洋はまだ何も言わない方なのだが、母がいる時だけに限って厳しくなる。そんな家族に、当職はだんだん嫌気がさしてきたのだ。
そして家に帰る。
「唐澤貴洋、おかえりなさい。ご飯できてるわよ」
「いらないナリ」
そう言って当職は部屋にこもった。
いつもの事だ。イライラし過ぎて腹も減らない。当職はベッドに入り、一人憂鬱になっていた。
そして寝ようとした時、当職の部屋のドアが開いた。
何故か家族全員いる。
しかもみんな当職を見て、いかにも作り笑いという感じでニヤニヤしている。
…もうイヤだ、本当にウザいナリ。
当職の眠りまでを妨げる気なのか?…もう…イヤナリ…。
すると母が言った。
「ねぇ、ねぇ、明日…」
「ウゼーナリ!毎日毎日…!お前等の顔なんて二度と見たくないナリ!早くドア閉めろナリ!」
当職はついにキレた。家族は悲しそうな顔をして、ゆっくりドアを閉めた。
「はぁ…」
当職は、再びベッドに潜り、眠りについた…。
気付くと朝になっていた。
どんなに家族の顔を見たくなくても、やっぱりメシは食わなければ死ぬ。当職はしぶしぶ居間へ行った。
母は台所で朝メシの準備をしている。父洋は新聞を広げて読んでいる。弟は朝からテレビに向かってアニメか何かを見ている。
当職は母に聞いた。
「メシはまだナリか?」
母は振り返った。
………当職は言葉を失った。
…母の顔が無い。
まるでツルツルののっぺらぼうの様な…。
「もう少しでできるわ」
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)」
当職は絶叫脱糞した。それに驚いたのか、父洋も弟も振り返って当職を見てきた。しかし、二人とも、やはりのっぺらぼうだ…!
「どうした?」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
当職は怖くて、急いで家を出た。
そして、しばらく走り続けた。
「ハァ、ハァ…」
息を切らすと共に、心臓は驚きの為かバクバクと鳴っている。
「あいつら…化け物ナリ…!何で顔が無いナリか…!?街行く人たちはみんな普通の顔ナリ…!」
当職の心は恐怖に蝕まれた。
あんなの…人間じゃないナリ…!
あんなのと、これから一緒に暮らせるわけがないナリ…!
あの化け物たちに、何されるか分からないナリ!
当職の心は、だんだん黒く染まっていった。
「殺らなきゃ殺られるナリ…!」
そう思った時、当職の手元にはいつの間に鋭い出刃包丁があった。
そして当職は、決心して家の前に戻った。
「殺らなきゃ殺られるナリ…」
当職の頭の中にはその言葉だけが渦巻いていた。
そして家に入った。後ろに出刃包丁を隠して、まず父の後ろに忍び寄る…。
その時、弟の声がした。
「お兄ちゃん!何持ってるの…!?」
しまった!バレた!当職はあせり、とっさに父洋をメッタ刺しにしたのだ。
「ギャアアアア!」
父洋は、のっぺらぼうの顔のまま、背中から大量の血を流し、死んだ。
のっぺらぼうだから、死んだ時の表情は見えない。苦痛は少し軽減した。
当職は少し恐怖心もあったが、殺ってしまったプレッシャーに勝てず、続いて弟もグチャグチャに刺して殺した。
弟は、少し足をジタバタして、それから息絶えた。
そして当職は一番憎たらしい母がいる、台所へ向かう。母は、背を向けてまた何か作っている。
当職は憎しみを込めて、母の背中を『ザクッ』と刺した。
…母は、声をあげず、震えながらゆっくり振り向いた。
………え?
のっぺらぼうじゃない…母の顔だ…。
母は、苦しそうにして、当職にただ一言残して、息絶えた。
「ごめん…ね…」
その台所には、大きなケーキが一つ。
真ん中に乗ってるプレートには、
『唐澤貴洋 たんじょうび おめでとう』
と、母らしい乱雑なつなげ字で…。
当職は急いで父洋たちの所へ行った。
父洋も、弟も、のっぺらぼうなどでは無く、何が起きたのかよく分からないような表情で、何か悲しそうに、口から血を流して死んでいた。
弟の手には、まだスイッチが入ったままの、思い出のゲームボーイが、電子音を鳴らしながら動いている。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)
当職は絶叫して脱糞した。
当職は…ただ一つの大事な家族を…当職の手で…みんな…!
当職は、頭を抱え、顔を手で覆った。脱糞が止まらなかった。
当職が見ていた顔は…幻覚だったナリか…?
本当は…みんな…こんなに当職を思ってくれてたんじゃないか!
当職は、気付くのが遅すぎたナリ…。
そして目が覚めた。当職はやっぱり泣いていた。
一瞬あせってすぐ居間に行ったら、いつも通り家族全員いる。
…よかった…当職は何て夢を見てしまったんだ。
それから反抗期も去り、家族を嫌う事は無くなった。
しかし、その2年後、母は急に発作で亡くなってしまった。
何と、その日は偶然にも、俺の誕生日だった。
そして、母が死ぬ直前まで作っていた手作りケーキを、父に見せてもらった。
そのケーキの真ん中に置いてあるプレートには
「唐澤貴洋 たんじょうび おめでとう」
と書いてあった。
そのケーキは、あの夢に出てきたものと、全く同じものだったのだ。